皇帝の椅子 後編
さんざん殺人事件や政権争いの話題を書いておきながら今更ですが、ぬるい設定なんで生暖かい気持ちで読んでいただきたいと思います。
本当に恋愛要素はどこに行ってしまったんだ(;_;)
修羅場ですよ。それも深刻な。国をかけた。
でもジーン様は口元に笑みを浮かべたままで、話し方も世間話をしている時と変わらない。
たぶん優秀な人なんだろう。皇帝として貴族として、政治の面でこういう人は強いんだろう。
今回だってエルドレッド皇子が茶会に来ないことに文句を言いに来なかったら、私はウィキくんを見なかった。そしたらこんなに短期間で行動を起こしたりしなかった。
私が動かなかったら精霊王もここにはいない。
毒殺は誰にも気づかれない間に起こり、バントック派と皇子は殺され、犯人はわからないままになっていたかもしれない。
この世界に科学捜査なんてないからね。
そしたらジーン様の計画通り。
もしかしたら皇太子も殺すつもりだったのかもしれない。
ジーン様の計画が上手くいけば、その手が血にまみれていても彼が次期皇帝だ。
精霊王は人間の地位や権力に興味がない。精霊と精霊王の住む場所を害さなければ、誰が皇帝になろうと気にはしない。
「自分で行動に移すと決断したんだろう? 今更私のせいにするな。憎いバントック派をあんなに殺せたんだ。満足だろう?」
「それがあなたのやり方なのか」
ジーン様に比べれば、皇太子はまだ感情が顔に出るし、人との付き合い方も不器用だ。
今も、ジーン様を睨みつける瞳には、苛立ちや怒りが滲んでいる。
「やりかた?」
「邪魔な奴は殺すのが。エルドレッドも殺そうとしたんだろう」
「彼がね、私じゃない」
「弟はバントック派だと言ったんだろう?」
「あのままだったらなっていただろう?バントック派の側近に囲まれて、バントックの言いなりになって茶会を開いていたじゃないか」
それでも皇太子だって、今のジーン様と同じ年になる頃には、きっともっと成長しているはずだ。
正義や清廉潔白なんて私だって皇帝に求めやしない。
ずる賢さや腹黒さ、計算高さだって皇帝には必要だろう。国のために臣下を犠牲にしなくてはいけない時だってあるかもしれない。
それでも、このやり方はどうなの? 他にもやり方があったんじゃないの?
「アンドリュー、賢いきみならわかるだろう。利用されるような皇族は邪魔だ。時には家族であろうと切り捨てる決断が皇帝には必要だよ。それが出来ないと将軍や姉上のようになるよ」
「なるほど、それは一理あるね」
パウエル公爵が穏やかな声で言いながら、テーブルに肘をついた手を組んだ。
「では、皇帝の地位を望むあなたに質問させてください。皇帝になってあなたはまず何をしますか?」
「……え?」
「中央が厳しい状況だと先程殿下が話していたでしょう? 皇帝になるのなら、明日からでもすぐに公務についていただきたい。バントック派の抜けた穴もありますし、まずは何をどうするのかお聞かせ願いたい」
「……姉上と将軍は退位させ、今まで皇帝の座を私物化していた罪で捕える。バントック派の役職に人をつけて、今までと同じように政治を行えばいいんだろう」
今まで自信満々に答えていたのに、急に視線が泳ぎだして焦りが見えた。
「そうか、ジーン様にとっては皇帝になる事がゴールなんですね」
私の呟きにジーン様がむっとした顔で睨んできたけど、図星でしょ?
「軟禁されていた時からずっと、英雄になっている将軍や皇帝として脚光を浴びていた陛下を見て来て、皇帝の椅子に座ることが目標だったんでしょう?」
「何をわかったようなことを……」
「私でもひとつわかっている事がありますよ。今、ちゃんとした理由もなく陛下と将軍を退位なんてさせようものなら、国民の支持をあなたは得られない」
「国民? そんなものは適当な作り話を流せばどうにでもなる!」
ようやくジーン様の感情が見えた。どうも私は嫌われているらしい。
だよねー。私が、彼の計画をめちゃくちゃにしている一番の原因だもんね。
「ならばおまえはどうするのだ!」
「そうですね」
聞かれた皇太子は、すっかり落ち着きを取り戻した様子で、顎に手を当てて考えながら口を開いた。
「陛下と将軍にはしばらくお飾りになってもらいます。精霊の森の失態と今回の大量毒殺事件の責任を取って退位するが、息子に仕事を引き継ぐ必要がある……という事にして、三年くらいは猶予がいるでしょう」
自分の両親に、お飾りになってもらいますって言っちゃうのか。
この人も皇族なんだな。当たり前だけど。
「それと同時に国を精霊王の担当ごとに四つに分け、各場所から一人ずつ代表を出してもらって、補佐をお願いしたい。私が十八になるまでは、私とその四人で国の最高機関として政治を行います。しばらくは辺境伯方にお願いするか誰か推薦してもらって、中央はパウエル公爵でいいでしょう。中央はもう農業で地方と競争するより、国の中心にあるという地の利を生かして、商業都市にするべきだと思うんです。まずは街道の整備、物流の……」
「あ、もういいです」
誰も止めないので、私が止めた。
「え? まだ途中だよ」
「長いでしょ? 一時間くらい話していそうじゃないですか」
くすくすとおじ様方から笑いが漏れた。
国の未来を夢中になって語る若い皇太子は、かなり好感度を上げている。
好感度をどうあげるかも、上に立つ者は計算しなくちゃ駄目だね。
「辺境伯三人を巻き込む案はいいですな」
「まったくです。彼らだけで結束されては困りますからね。是非とも力を貸していただきたい」
本人達が目の前にいるのに平気でそんな会話をしている公爵ふたり。
「引退は先延ばしにしてコーディに行かせるか」
「いや、そこは父上が……」
「うちも息子に行かせましょう」
「ええ!?」
「私は精霊省大臣ですし、息子はまだ子供ですから……」
「大臣やめればいいでしょう」
「そんな……」
辺境伯三人も皇太子の出した案に賛成ではあるようだ。
頑張れ、お父様。
「……そうか。きみはアンドリューの味方か」
「はい?」
なんで突然そんな話?!
「皇太子と結婚する手はずになっているのか」
「なってませんよ」
「ありえない」
私と皇太子の否定の言葉を聞いて、ジーン様だけでなく、周囲からまで意外そうな声が聞こえた。
というか、ここに来てそんな言いがかり?
ジーン様、がっかりだぜ。
「じゃあ疑われているようなので、私の相手に求める条件を発表します」
「相手に求める?」
ジーン様は意外そうだ。
そうか、彼はまだ私が皇族と結婚する気がないのを知らなかったか。
「まず皇族じゃないこと。あ、他国の王族もダメです。それと皇位継承権を持っている人もダメです」
「え?」
「はあ?」
あちらこちらから意外そうな声が聞こえる。
エルドレッド皇子まで間の抜けた声を出しているのは何なの?
「一番重要なのが、全属性精霊獣持ちであること」
「ディアと一緒にいて退屈させないくらい頭の回転が速いこと。彼女を守れるくらいの権力と身分と財産を持っていること」
「……クリスお兄様」
『それは……生涯独身で通すのか?』
ちょっと待って。それを瑠璃が言う?
責任の一端は瑠璃にもあると思うの。
ほら、みんなコメント出来ないくらいにドン引きしているじゃない。
「我々が最初から皇太子殿下を皇帝にするために、今回の行動を起こしたのかと言われれば、確かにその通りです。ジーン様がアンドリュー皇子の立太子を薦めた言葉を聞いていたので、まさか帝位を求めているとは思っていませんでしたよ」
コルケット辺境伯の言葉に、他のふたりの辺境伯が頷く。
「ノーランドは皇太子殿下の即位を希望します。あの時、ダリモア伯爵とジーン様のやり取りをこの目で見てますからね。同じように他の貴族も使い捨てるだろう人に仕えられません」
「利用するなら、最後まで気付かせないように利用しなければ駄目ですよ。禍根を残すといずれ足を引っ張られる」
「さすがグッドフォロー公爵、こわいこわい」
「いやいや、パウエル公爵ほどではないですよ」
このオジサン達、実は仲いいな。
「ジーン、なんでこんなやり方をした」
苛立ちを堪え、うめくような声でビジュアル系公爵が、いやランプリング公爵が言った。
「なんで? 軟禁されて忘れられていた私に、他にどうしろと?」
「相談してくれればよかっただろう。ここにいる方達への橋渡しだって出来たはずだ!」
「なんでも持っているおまえに何がわかる!」
ランプリング公爵から距離を取り、ジーン様が忌々しげに叫んだ。
「学園にいた時も下手に私に近付いたら、陛下とバントック派に目をつけられると、誰もが遠巻きに眺めるだけだった。おまえだって、気の向いた時に顔を出すだけだ。親の愛も友人も地位も手に入れているおまえには、さぞかわいそうな奴に思えただろうさ」
「ジーン?!」
「正当な皇位継承者は私だ。その権利を奪った姉の子供を、なぜ皇帝にしようとする。暗殺しようとしてくるバントック派を一掃しただけだ。他の貴族に手を出す気なんてなかった。それは彼らが勝手にやっただけだ」
他に方法はあったんだよ。軟禁されていたとしても、ランプリング公爵もダリモア伯爵も面会出来ていたんだから。
ふたりにたのんで仲間を作って、今回私達がやったようにすればよかったんだ。
でもジーン様は誰も信じられなかった。
今だってたったひとりでそこに立っている。
「私は……」
『待ちなさい』
口を開こうとした私を琥珀が遮った。
『あなたがつらい役目を負っちゃ駄目よ。大人にやらせなさい。それに私はジーンを私の担当の土地の代表とは認めない』
「な……なんでですか。私は精霊をちゃんと育てている。精霊王の森を開拓したのはダリモアだ」
まさか精霊王に否定されるとは思わなかったらしい。
ジーン様は顔色を変えて、琥珀に何歩か歩み寄った。
『知っている。もうそれについては罰を与え、許したばかりだ。だがな、おまえはあそこが精霊の森だとダリモアに聞いて知っていただろう? 知っていて止めなかった。何もしないのも罪だぞ』
「な……にを」
『精霊は人間と対話する。つまり人間の言葉がわかる。だからお前はそこにいる者達と会う時に、精霊を隣の部屋に隔離しただろう? 精霊獣は育てば少し離れていても主の指示を聞くぞ。隣の部屋なら丸聞こえだ』
待て。それは声だけだよね。
お風呂、覗いてないよね。
『ああ、心配するなよ。普段精霊は共存する人間の指示を一番大事にする。意味もなく私達が聞いても、主の秘密を話したりはしないぞ。だが、精霊王の森に関することは別だ』
「……」
琥珀がジーン様の方に手を伸ばすとすぐ、ジーン様の風の精霊がふわりとその手に乗った。
『残りの二属性の精霊獣は、おまえとの暮らしが長い。今回精霊の森を壊したわけではないので、かれらはそのままにしておこう。だが新しい精霊を今後手にすることはない。……そういえばパウエルも知っていたな』
「……はい」
背筋を伸ばして椅子に座り直して、パウエル公爵は頭を下げた。
『おまえは森を壊すのに反対して、地方に追いやられたと聞く。精霊獣も随分と可愛がってくれているそうじゃないか』
琥珀のその笑顔は、パウエル公爵が精霊獣をなんて呼んでいるか知っているな。
『皇帝に誰がなるかは人間が決めることだ。だがジーン、おまえはアーロンの滝に近付くことは禁じる』
皇帝の代わりに誰かが中央の代表として精霊王に会えば、その人の影響力が強まるだろう。他の精霊王と会っている辺境伯との繋がりだって強まる。
それに今、精霊王に会えない皇帝って受け入れられないだろう。
不意にノックの音がして、先程出て行った近衛が戻ってきた。
「どうでした?」
皆の注目を浴びて、彼は青い顔で口を開いた。
「給仕の者がふたり廊下の奥で自害しており、彼らが飲んだ毒がグッドフォロー公爵方のカップに残っていた毒と同じものでした。あの……彼らの持ち物の中に、ニコデムス教の者が持つ腕輪がありました」
「なんだと!」
つまり、精霊と仲のいい私のお友達やその家族を、ニコデムス教のやつらが殺そうとしていたって事?!
「それと、殺されていた貴族の方の中に、手の甲にひし形の痣のある者がおりました!」
「ペンデルスの者か?!」
「バントック派は精霊に興味を持たないとは思っていたが、まさかペンデルスと繋がっていたのか」
こわい。皇子を取り込もうとしていた派閥に、精霊を敵にする国や宗教が関わっていたの?
もし今回気付かなかったら、帝国はどうなっていたんだろう。
「瑠璃……知っていたの?」
『多少はな。彼らは精霊を持たないから情報が得にくい』
『だから我々が顔を出したんだ』
申し訳なさそうな瑠璃の肩をどついて、蘇芳は私の頭をわしゃわしゃと撫でた。
『悪いことばかり考えるなよ』
「バントック派を殺害したダリモア派と、それを利用しようとしたジーン様と、精霊を育てている貴族を殺そうとしたニコデムス教と、いつのまにかバントック派に紛れ込んでいたペンデルス人?」
複雑すぎるだろう。
三つ巴どころじゃないぞ。
『権力の頂点だ。ちょっとでも隙を作れば付け込まれる』
『そんな難しいことはひとまず置いておいて。私は子供を暗殺しようとするような男は嫌いよ。だからジーンはダメ』
翡翠の言葉に、私は大きく頷いた。
みなさんの皇帝予想をにやにやしながら眺めつつも、こんな結末かよ!と思われるんじゃないかなと画面の前でドキドキしています。
意外にディアを皇帝にという意見が多かったですが、その場合、彼女を人間と恋愛させる未来が作者には見えませんでした(;´Д`)
次のエピローグで一章は終わりです。
二章は恋愛にグググ……っとシフトチェンジしていきます。
ニコちゃん教も忘れていませんよ。
よければぜひ、十歳になったディアの活躍も読んでください。




