気分は探偵
設定ぬるぬるなので、ゆるい感じで読んでいただけるとありがたいです。
謁見の申し込みは皇太子にしてもらった。
臣下から、明後日に謁見を入れたいなんて無茶な指定は出来ない。かといって、私の名前で問答無用で会わせろなんて言ったら、皇宮中の騒ぎになってしまう。
当日は騒ぎになるだろうけど、その日まではこちらの動きを知られたくなかった。
そして第二皇子の茶会がある日、バントック侯爵派の主だった貴族が茶会に出席していて手薄になる時間を狙って、私達は謁見の間に向かった。
大勢で一度に動くと目立つので、違う通路をそれぞれ通って、時間もずらして謁見の間の扉の前に集合する。
皇太子と辺境御三家、三大公爵とジーン様、ヨハネス侯爵、カーライル侯爵、ブリス伯爵、マイラー伯爵とそれぞれの側近や補佐官という錚々たるメンバーだ。
アランお兄様やパトリシア様と彼女のお兄様のデリック様、オルランディ侯爵とスザンナ様、ノーランド次期当主とモニカ様、リーガン伯爵とイレーネ様はお茶会に参加するためにここにはいない。皇子の茶会に出席したいご令嬢の保護者には、バントック侯爵派がこちらの動きに気付いた時に動けるように茶会に出席してもらっているのだ。
これだけの顔ぶれと人数が謁見の間の前に集まれば、扉前の係官や警護の近衛が不審に思うでしょ? だからみんなには出来るだけ普段通りの顔でいてねとお願いして、何事だろうとこちらを見た係官に、唇に人差し指を当ててしーってしながらウインクした。
「ちょっと母上を驚かせてみたくてね」
皇太子も笑顔で言ったから、サプライズだと誤解してくれたみたいだ。
「さて、もうそろそろいいかな」
「そうですな。時間が惜しい」
「これはどういう……」
ジーン様とランプリング公爵だけは何が起こるかわからなくて、訝しげな顔をしているけれど、ひとまず今は様子を見ているみたいだ。
「失礼しまーす」
精霊省の補佐官が私の合図に合わせて勝手に扉を開け始めたので、係官が慌てて飛んできた。
「まだ前の方が」
「大丈夫。宰相でしょう?」
「かまわん。さがれ」
皇太子に言われ、どうすればいいのか誰かに教えてほしくてきょろきょろと周囲を見回す。でも教えてくれる人などいるはずもなく、警護の者もこの顔ぶれを前にどうしていいかわからないで迷ってしまっている。
近衛が動かないのには理由がある。ジーン様と仲のいいパオロ・ランプリング公爵は近衛騎士団団長なのだ。十九で近衛騎士団団長ってさ、政治に口出しされないように、文句ねえだろって地位につけてやったぜって感じじゃない?
それでも近衛の騎士団団長がいるのに、下手なことは出来ないし、茶会の方にバントック侯爵派の騎士は回されているみたい。
平和ボケしている貴族の子息ばかりの近衛では、とっさの判断が出来なくて、私達は悠々と謁見の間に足を踏み入れた。
謁見していた途中の宰相は、手にしていた革を板で補強した表紙の付いたノートを閉じ、陛下に一礼して私の後方に下がった。
謁見室の両側には各大臣や魔道士長、それぞれの補佐官、警護の近衛が並んでいる。その中央を皇太子と肩を並べて陛下の足元まで進みながら、私達は前もって分担していたとおり耐物理、耐魔法等の防御結界を各精霊に展開させた。
今頃は部屋の周囲の廊下でも、この部屋と控室から誰も出られないように結界が張られているはずだ。
第二皇子の手違いだったからって、御令嬢が茶会に出席する用意を整えるためっていうだけで、何時間も転送陣の間を貸し切りにさせてくれるんだもん。この場にいる貴族達の領地から、精霊獣を連れた精鋭部隊を送り込ませてもらったわよ。今頃は皇宮内や皇都のバントック侯爵派のタウンハウスで、いつでも動けるようになっている。
「これは……どういうことだ」
謁見の間の突き当りだけ、壁が濃い青で彩られ、壁の上部と天井がど派手に黄金で飾られている。三段階段を上がる高さにある壇上には、背凭れが二メートルはありそうな黒い椅子が二脚置かれ、将軍と陛下が座っている。
簡易ではあっても正装の軍服を着た将軍は、英雄の名に恥じない見事な偉丈夫ぶりだ。隣に座る陛下も、ひだの付いた薄手の足首まであるドレスに、豪華な刺繍の付いた襟の大きな上着を纏って、足を組んでゆったりと椅子に座る様子は麗しく気高く見える。
前皇帝崩御の後、組織を一新させ国内をまとめ上げた若く美しい女帝と、優れた指導者を失った混乱につけ込み、侵略を企てた隣国を蹴散らした英雄。
他国の使者が、今私が立っている位置に立った時、この若き指導者のふたりを見れば、帝国の未来は安泰で敵に回るのは得策ではないと思うのかもしれない。
「こんにちは、陛下。将軍。本日私は、ベリサリオ辺境伯の娘ではなく、精霊王の後ろ盾を持つ妖精姫としてこの場に来ました」
自分で妖精姫と名乗る恥ずかしさがわかるか。
私が内心恥ずかしさに悶えている間に、私と皇太子以外の人達が背後で一斉に跪き、私の精霊が小型化して顕現し、私と皇太子を守るように周囲を囲んだ。
今日こそは悪役令嬢を演じきってみせるわよ。
いや、国のためになる事をやるんだからヒロインなのよ私。
魔王って言ったやつは、あとで瑠璃の湖に重しをつけて沈めるからそのつもりで。
「少しお話させていただきたいことがありますの。それと、いくつかご質問もさせていただきたいですわ」
陛下は私の顔を暫く凝視し、次に皇太子に視線を移した。
「どういうことだ、アンドリュー」
「恐れながら、妖精姫の言葉を無視してよろしいのですか?」
皇太子は見事なまでに無表情のまま、一歩後ろに下がった。
この場の中心は私だよと、態度で示してくれたわけだ。
「無視してもいいですよ。時間がないのでこちらは勝手に始めます。私、歴史の勉強をしているんですよ。それで陛下や将軍についても習ったんです。そこに陛下は非常に優秀な方で帝位継承で国内がごたついている隙に国境線を広げてやろうという諸外国の動きに気付き、自ら女帝に立つと宣言し、古い考えの者は排除し、強力なリーダーシップを発揮して国をまとめ上げたって書いてあったんです」
ウィキくん参照。
たぶん歴史の教科書があるのなら同じようなことが書かれているだろう。
「でも陛下と何度かお会いした感想は、あまり喋らない印象に残らない人だな……だったんです」
部屋の両端に居並ぶ人達が、私の遠慮のない物言いにざわめきだす。
陛下や将軍の眉間に皺が寄った。
「私って自分で言うのもなんですけど、面倒な存在だと思うんですよ。私が下手なことをしたら、この国がなくなるかもしれないんですから。そうしたら普通、どんな子供なのか確認したくなりますよね。でも私に接触してきたのは、皇太子殿下と変な手紙を送ってきたジーン様だけですよ。城に誰か送り込んでくるかと思ったけど、来てないですよね」
「いや、多少全国の貴族から間諜が来ていたが、潰した」
「辺境伯の砦である城に、そうやすやす入れないでしょう」
お父様とクリスお兄様の台詞に、傍に座っていた他の辺境伯や侯爵方がさりげなく遠くに視線を向けた。今は親しくしているけど、こうなる前は私が不気味だったわけだ。
「まあともかく、それでおかしいなあって思ったわけです。それで調べました」
頭の中では二時間ドラマの終盤近く、盛り上がる音楽が鳴り響いている。気分は犯人を暴く探偵だ。
「前皇帝が崩御したのは、陛下が十七歳。将軍が十八歳。将軍が卒業を迎える歳でした。ふたりはすでに学園では有名な恋人同士だったんですよね。でもその頃から、皇女の嫁ぐ相手が侯爵家の次男でいいのかという声があったそうですね。皇帝が健在なら問題ないでしょう。あるいはバントック侯爵が今ぐらいの力を持っていれば、ふたりが結婚して新しい公爵家を作っても、何も問題はなかったでしょう」
「……何が言いたい」
「今から言います」
威圧感満載の将軍に、少しもひるむことなくあっさりと私が答えたので、将軍が意外そうな顔になった。
今更でしょう。私が今まで一度でも、あなた達にびびったことがありますか。虎の威を借る狐じゃなくて、精霊王の威を借るディアだよ。
「皇帝が亡くなり、皇位継承権の通りであれば、正当な次期皇帝になる権利を持っているジーン様がいるのですから、皇女としては年若い皇帝が政治をしやすくするために、他国に嫁いで戦争を回避するか、力のある貴族に後ろ盾になってもらうために嫡男に嫁入りするか、そのどちらかになりますよね。まだ学生で何の成果もあげていない侯爵次男は立場が弱い。でもエーフェニア陛下が女帝になれば話は別です。婿に入る方は陛下の補佐をすればいい。弟から権利を奪ってしまうが、たった五年。ジーン様が十歳になった時に皇位を譲ればいい。そう考えたんじゃないですか?」
「……」
沈黙だって、ひとつの答えだよ。黙秘は認めるけどさ。
「パウエル公爵、間違いがあったら訂正してくださいね」
「いや、陛下がその頃の主力派閥であった私に相談してきたのは、間違いなく今の話だ」
「パウエル公爵」
椅子の肘掛けを握り締める陛下の手に、ぐっと力がこもって白くなっている。
いつのまにか謁見室にいる誰もが、真剣な顔で私の話を聞いていた。
「将軍は愛する人と結ばれるために進んで最前線に立ち、次々と勝利を勝ち取った。一気に功績をあげ英雄になった。ここまでなら、私がここで蒸し返す必要はありません。でも五年後、あなた方はジーン様に皇位を返さなかった。なぜでしょう?」
背後ではノーランド辺境伯とコルケット辺境伯が、跪いているのに疲れたのか地面に胡坐をかいている。イフリーまで、椅子の代わりになってくれる気らしく、さっきから足をつついてくる。でもさすがにそれは態度がでかすぎるでしょう。
「英雄の父親という名声、皇帝の義理の父親という権力、次期皇帝の祖父という次世代でも力を持てる立場、バントック侯爵はそれを手放せなかった。それにアンドリュー皇子が生まれてしまった。その時彼は三歳? 四歳? 可愛い盛りですよね。自分の息子にあとを継がせたいって思ったんですか?」
うん。今更だけど六歳児の言うセリフじゃないね。家族以外ドン引きしながら聞いている。いい加減に慣れてよ。
「ジーンを殺すと言われ……」
「エーフェニア!」
将軍が止めたけどもう遅い。
「それもありましたね。実際にジーン様は何度も暗殺されかかっていますもんね」
「ああ、陛下が言いなりになったって全く無駄だったよ。精霊に何回助けてもらったことか」
「それは私も証言出来ます。ずっと軟禁しておきながら、あらゆる手段で殺そうとしてきた。おかげで我々は、精霊のありがたさと有能さをいつも痛感していましたよ」
ビジュアルバンドの……いえ、ランプリング公爵の肩にも精霊獣になっていそうな精霊が二属性浮いている。彼はジーン様の身を案じて、皇宮の隅にある別邸に軟禁されていたジーン様の元に顔を出していたそうだ。
「それで精霊を育てていたパウエル公爵派は、地方に追いやられたんですね。殺せないから。逆に精霊を育てなかったダリモア伯爵の派閥は何人も暗殺され、彼らの言いなりになって精霊の森を開拓した。彼も気の毒です。ずっとジーン様を皇帝にしようと模索していたのに、最期には裏切られて切り捨てられてしまったんですから」
「え?」
はっとしてランプリング公爵が振り返っても、ジーン様は微かに口元に笑みを浮かべたまま私を見ていた。この人は不気味。四歳児に書いた手紙の内容といい、なにを考えているかいまだにわからない。
「そういえばおふたりとも、皇太子殿下も何度も暗殺されかかっているって知ってます?」
「えっ?!」
「まさかそんな」
「驚くんですか? このまま彼らに力を持たせていると、中央は力を失い砂漠になると五年前に相談しましたよね」
この状況と皇太子の立場だから止むを得ないのだろうけど、殿下の両親を見る眼差しは冷ややかだ。五年前って今の私と同じ六歳だよね。優秀すぎるだろ。
「今は我慢してくれとしか言ってくれないので、私はパウエル公爵に相談したんですよ」
「皇太子殿下と出会えて、私はようやく主君と思える皇族の方と出会えました。前皇帝に仕えたように皇太子殿下に仕えられるよう、様々な部署に仲間を潜り込ませておいてよかった。ようやくこの日を迎えられたんですから」
パウエル公爵は皇太子を推す派閥。今回行動したメンツは、みんなそうなのかな。
一方、バントック侯爵は言いなりにならない皇太子の代わりに、エルドレッド皇子を取り込みたくて、身内しか招待しない誕生日会を企画した。無理矢理でも誰かと縁組でもさせて取り込むつもりだったのかもしれない。
「そんな……私は知らなかった。ジーンが軟禁されていたなんて。精霊の森についても、アンドリューが暗殺されそうになっている事も」
「陛下、あなたが言っているのは要約すると、私は無能ですって意味ですよ?」
「きさま! いくらなんでもそれは不敬だぞ!」
私の煽りに反応して、将軍が立ち上がろうと腰を浮かせ、近衛の何人かが私に駆け寄ろうとして、
『ほう、この娘に不敬と言える立場の者が人間にいたか?』
ごおおおおお……と音を立て、将軍と近衛のすぐ前に火柱が上がると同時に、私の肩にポンと手が置かれる重みを感じた。
「蘇芳、来たの?」
『面白そうなことをしているじゃないか。瑠璃が突っ走るのはほどほどにしてくれと心配していたぞ』
相変わらずの美丈夫ぶりで、笑いながら瑠璃からの伝言をしてくれるとか、仲がよさそうで、私としては御褒美です。
『今の話、私も聞きたいから邪魔しないでほしいわ』
私と将軍の中間の、床のタイルがぼこぼこと波打ち、そこから頭頂部がゆっくりと現れ、次にこちらに背を向けているから後頭部が現れ、首が……肩が……。
琥珀! その登場の仕方は何?!
瑠璃が湖から現れた時には湖面が光り輝いて、その光が集まって空に昇っていく中からイケメンが現れたから精霊っぽかったけど、これは駄目! エフェクト大事!
背後から見てもナイスバディだけど、ずももももも……って床から現れちゃうと怨霊かラスボスっぽくなっちゃうから!
「蘇芳……あれはちょっと」
『だよな。出てくるのに時間がかかりすぎる』
そっちかーーーい!
って、声に出して突っ込んでないからね。トリオ漫才になっちゃうから。
心の中でだけ突っ込んで、思わず脱力してぽふんとイフリーの上に座ってしまった。
来ちゃった by琥珀