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秘密の集会 後編

「あの……」


 胸の前で両手を握り締めて、パトリシア様が立ち上がった。


「今からお茶会に招待していただくことは出来ますか?」

「そうですな。幼少のころから親しくしていただいたというのに、私は何も気づかずに来てしまった。このまま殿下をバントック侯爵の派閥の者ばかりの茶会に行かせるなど出来ません」


 パトリシア様の肩を抱いてグッドフォロー公爵が言う。


「私も出席します。よろしいでしょう、お爺様」

「もちろんだ。私も出席しよう」


 ノーランド辺境伯とモニカ様も参加表明か。

 出来ればそれは、この後の話を聞いてから決めてほしいな。


「殿下、ここにいる全員の招待状……いや、その場に入れれば何でも構わないでしょう。用意していただけますか。参加不参加は、さすがにもう時間がないので、それぞれ調整が必要ですし今は明言出来ないと思います」


 クリスお兄様、ナイスだ。


「わかった。まとめて精霊省に持っていく」

「それが確実ですね」

「パトリシア様、モニカ様、スザンナ様」


 私は立ち上がり、近い席に腰をおろしている三人に近付いた。


「三日後の茶会に出るにはドレスの用意などが大変でしょう。みなさんでドレスを持ち寄ってお直しをしませんか? たくさんのドレスが集まれば素敵な新しいドレスが作れます」

「いいですわね。皆さんに声をかけましょう」

「私は茶会に出席するかどうかわかりませんけど、そちらは参加したいですわ」

「いつも頼んでいる店の者を呼びましょう。手伝ってくれるはずです」

「場所はフェアリー商会の皇都支店を使います。商会にいるお針子さんにも手伝ってもらいます。……それと、これからは私の事はディアとお呼びください。そしてよろしければ、私と仲が良いのだと噂を流してください。あなた方に何かあったら、私は本気で怒るんだと」

「守ろうとしてくださるのね」

「ありがとうございます」

「私もパティーと呼んでください」


 彼女達だけじゃなくて、お食事会に呼んだお嬢様方はしっかりと守りたい。全員、精霊がいるから大丈夫だとは思うけど、念には念を入れないと。


「僕もディアって呼んでいいかな?」

「お断りですわ」


 にっこり笑顔の皇太子には、にっこり笑顔でお返事を返す。


「この呼び方は親しいお友達と家族限定ですの」

「そうか。それはしかたないね」


 言いたいことがあるならはっきり言えよ。毎回、奥歯にものが挟まったような言い方をしやがって。まあ、私もいろいろ隠しているので言えた義理じゃないんですけども。


「ディアドラは兄上の味方なのか?」

「味方?」

「いや……」


 え? こいつ、兄に代わって自分が次期皇帝になろうと考えているの?


「違うよ」

「え?」


 クリスお兄様がすぐ横に立って、耳元で囁いた。


「ディアはどっちの皇子と仲良くする気なのか聞いているんだよ。もっとはっきり言うと、どっちが魅力的なのかと……ぶん殴ろうかな」


 説明しながら怒らないでください。

 

「ちょうどいい機会なので、ここで私の立場をはっきりしておきましょう。皆さまも精霊王を後ろ盾にした娘が何を考えているか、どういう子供なのか気になっておいででしょう」


 メイド服を着た女の子が皇族高位貴族が居並ぶ中、腰に手を当ててぐるりとその場にいる人達の顔を眺めるって、珍しい光景よね。

 私がお食事会に招待した方のうち祝賀会で会った五人の家族に、カーライル侯爵とダグラス様、コルケット辺境伯とヴィンス様、魔道士長と副魔道士長。そして皇太子と第二皇子。他にメイドや側近、副官などが壁際に控えているからこの部屋に三十人はいるのよ。


「まず、ベリサリオ辺境伯長女としては、全てお父様に一任しています。ただの六歳の娘が家の事に口を出すのはおかしいでしょう? 政治にはまったく興味がありませんし、我が家には優れた嫡男がおりますので、好きにさせていただいておりますの」


 しんと静まり返った中、私の声だけが室内に響くのはドキドキものよ。自分の行動が正解なのか全くわからなくてこわいけど、もうやると決めたからにはやり通すのさ。


「次に、精霊王を後ろ盾に持つ私の考えですが、その前に精霊王のスタンスについて確認させてください。精霊王は人間の地位、権力、財力に全く興味がありません。皇族と平民とで態度を変えたりもしません。気にするのは魔力量とその人の資質、性格、考え方です。精霊王にとっての敵は、精霊を傷つけ、精霊王の住居を破壊する者達です。更にこの国の精霊王達は、私の意に添わないことをする者を排除します。ここ重要です。害をなす者ではないんです。意に添わない者なんです」


 急に室内がざわざわと騒がしくなる中、皇太子は額を押さえて呻いている。

 

「精霊王を後ろ盾に持つ私個人にとっての敵は誰か。大切な家族と大切な友人達を害する者達です。私は今みなさんを友人の家族として、精霊と共存しようと動き出した方々として信頼して親しみを感じています。ですからあなた方に危害を加えようとする者がいたら許せませんし、信頼を裏切って精霊に危害を加えたりしたら許せないと思います。あ、政治的にベリサリオの敵になっても、それは精霊とは関係ないので、普通にベリサリオ全員で力を合わせて倒しますね」

「ならば今回の件も、精霊王は出てくる話ではないな」

「今回の件とは、茶会の招待の事かしら? そんなことで精霊王のお手を煩わせるわけないじゃありませんか」


 ここに扇がないのは残念だわ。私、今なら悪役令嬢っぽく出来るはず。


「でも、皇太子暗殺未遂なんて物騒なことが起こっているのに、その皇太子との縁組の話を持ってきた陛下は、充分に私の意に添わないことをしていると思いますのよ。いえ、暗殺があろうとなかろうと、その気がないというのにしつこいだけでも、意に添わないことをしてますわ」


 本当に怖いんだよ、私の後ろ盾。意に添わないってさ、範囲が広すぎて危ないじゃん。私があほの子で気に入らない子はやっつけちゃえって考えたら、国中砂漠だらけでその子は排除されちゃうのよ。しかも相手が皇帝の場合はもっと大変よ。


「皇太子殿下はあの場にいらっしゃいましたよね。瑠璃は『おまえの意に添わぬことをする者は排除する。国がおまえの意に添わぬことをした場合は、全ての精霊がこの国を去る』と言ってました。陛下が私の意に添わないことをした場合、それは国が私の意に添わないことをしたのと同じではありませんか?」


 慌てて腰を浮かす方々を、お父様とクリスお兄様がそっと手で制した。


「ディア、あまりみなさんを驚かすものじゃない」

「申し訳ありません。こんなことで帝国を砂漠にしたりしませんわ。そんなことしたら、大切な家族とお友達が困ってしまうじゃないですか。ねえ」


 口元にだけ笑みを浮かべて皇太子を見つめた途端、精霊達が小型化しているとはいえ、精霊獣に顕現した。


『この者が何かしたか』

『やるか』


 それと同時に、部屋にいたすべての精霊が壁際に移動して一塊になった。

 この状況、妖精姫というより魔王になってない?


「何もやらないからね。みんな戻って。臨戦態勢にならないで」

「なるほど、これが本当のきみか。最初からこうしてくれていれば接し方も変わったのに」

「最初? 四歳児に何をさせるんですか」

「違う。そのあとの……いやなんでもない」


 お父様が留守の間に、ベリサリオの城で私に会ってたってばれたらやばいと思ったな。


「もう敬語はいいよ。きみに手を出したらまずいと、もっと徹底するべきだ。陛下に関しては……」

「暗殺について知らなかったなんて言わせないわよ。皇太子暗殺未遂に気付けないなんて、陛下は皇帝の器ではないと言っているようなものだわ」

「不敬じゃないかい?」

「そうよ。処罰するというならやってごらんなさい。今回だけは私はこのスタンスを貫くわ」

「今回だけ?」

「正確には今日から三日間だけ」


 しばらく無言で睨み合ったのち、見つめ合ってないよ。睨み合ったんだよ。皇太子はため息をつき、降参だとばかりに首を緩く横に振った。


「さすがクリスの妹だ」

「そうだろう」


 クリスお兄様、そこは得意げにするところではありません。

 そして、こういう場だと存在感を消して、ひっそりと全員の様子を窺っているアランお兄様はぶれないな。私とクリスお兄様が目立つ中、ひとり陰に潜んでいる。


「どんどん時間が遅くなる。殿下は部屋にお戻りください」

「……あ、ああ」


 私の演説に呆れたのか、皇子は素直に頷いて立ち上がった。


「副魔道士長、よろしくたのむ」

「はい。窓から本館内に潜入しましょう。中に入ってしまえばなんとでもなります」


 皇子の帰る方法を話している間、たくさん話して喉が渇いたので、ミーアが持ってきてくれた果実ジュースを一気飲みした。ぷはー、乾いた喉に染みわたるぜ。


「ディア、はしたないよ」

「え?」


 慌ててまわりを見たら注目されていた。

 もういいよ。こういうやつなんだよ、私は。御令嬢っぽくないんだよ。


 皇子が帰って、そろそろ解散ムードになり始めた頃、奥の部屋からパウエル公爵と宰相が顔を出した。随分長いこと待ってもらってしまった。意外な人物の登場に、これで終わりじゃないのかと顔を見まわす人達にお父様が声をかけた。


「では、本題に入らせていただきます」


 クリスお兄様の側近のライが紙の束をお兄様に手渡した。


「これからこの紙を配ります。読み終わったら返却してください。処分はこちらでします」

「それは?」

「読んでいただければわかります。現在の陛下が即位されてから今まで、中央で何が行われていたか。知りたくない方はここでお帰りになってくださっても結構です」


 そう言われて帰る貴族はいない。彼らにも領主として守らなければいけない人達がいる以上、知らないわけにはいかない。

 ずっと奥の席に黙って座っていたお母様は、膝の上できつくハンカチを握りしめている。アランお兄様は紙に書かれたことを読む皆の表情を、じっと見ている。


「これはすごい。五年前に皇太子と話すまで私も知らなかった話がすべて書かれています」


 パウエル公爵は大きく息を吐いてから、私達兄妹の顔を順番に見つめた。


「これは誰が? いや、みなさんで?」

「それはお答えできません。重要なのは、そこに書いてあることが事実かどうかです」

「事実だ」


 皇太子があっさりと答えて、紙をエルトン様に手渡した。


「噂以上ですな。殿下のおっしゃる通り、ベリサリオはこわい」

「これだけ人材が揃っていて、精霊王の後ろ盾なんていう反則技まで持っているのに、当主が権力を欲しがらずに、領地に帰って商売したいって言うんだからおかしいだろ」


 皇族からしたら不気味だよね。中央の権力争いをしている貴族から見たら、絶対に本音を隠しているって思われるはず。でも領地でいろいろやっている方が楽しいんだもん。


「最近、暗殺や事故が減ったのはベリサリオ辺境伯のおかげだそうですよ。中央の精霊を持たない人々は、尾行されたり狙われたら、精霊省か魔道省に逃げ込めと言われているそうです。そこなら間違いなく精霊獣が守ってくれますから」

「それでたいした用もないのに、来客が多い時があったんですな」

「しかも要所要所にベリサリオ出身の者が入り込んでいるそうじゃないですか。宰相の副官にもいるそうな」

「人手が足りないから、誰かいないかと言われて紹介しただけですよ」

「またまた」


 お父様とパウエル公爵が楽しそうにお話している。火花なんて散ってませんよ。気のせいですよ。


「それでどうするつもりだ」

「どうするって」


 皇太子の相手は私かい。ここはクリスお兄様とのツーショットで、私に癒しを与えてよ。


「三日後に陛下と会えるように手配してもらいます。無理だったら謁見中に押しかけます」

「過激だな」

「さっき言いましたでしょ。今後三日間だけは私は好きにさせていただきます。水戸黄門になるんですから」

「みと?」

「そこは聞き流して」

「わかった。ただし、その場に僕もいさせてもらう」

「いたい方はどなたでもどうぞ」

「待て」


 ようやくお兄様が割り込んでくれたけど、皇太子に向かって「待て」って。身内だけの時はいいけど、ここでは駄目でしょ。


「茶会の方にも人員を割り振りたい。それにこれ以上巻き込まれたくない人は、帰るなら今ですよ。残るなら計画に参加してもらいます」

「残るだろう。ここにいる方達は」


 クリスお兄様とお父様のやり取りを聞いて、立ち上がる方は誰もいなかった。

 


いつも感想、評価、誤字脱字報告ありがとうございます。

真面目な話が続いたので、次回はイレーネ視点の話です。

イレーネは祝賀会に来ていた伯爵令嬢です。

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