秘密の集会 前編
私達は祝賀会が始まって一時間もしないで退出してしまったので、大広間にはまだ多くの人が残っているそうだ。
今日は中央の人達のめでたい日なのだからと、辺境伯や地方の貴族が早く退出するのは、好意的に受け止められたらしい。
私はミーアから軽めの荷物を受け取り、主の荷物を精霊車に運んで帰るメイドの振りをして両親の馬車に紛れ込んだ。
そろそろ外は日が落ちて、城の窓から漏れる灯りと外灯だけでは、馬車がちょっと道をそれると闇に紛れてしまう時間帯だ。
本館でさえいくつもの棟に分かれていて、そこで毎日仕事をしている人でも全部は把握できない広さだ。そこに皇子達が住む建物や、迎賓館、温室、兵舎等の建物が、それぞれ庭に囲まれて点在しているのだから、人目につかない場所などいくらでもある。
精霊車が停まったのは、うっそうとした木々に囲まれた古びた洋館だった。
いったい何のために作った建物なんだろう。白を基調にした瀟洒な雰囲気は女性のための建築物のようにも見える。
そこに続々と集まってくる公爵、侯爵、辺境伯の身分の方々。クーデター起こしたら成功しちゃいそうなメンツなのがこわい。ほとんどが琥珀の担当地域外の人達なので、全員精霊をいくつも連れているから、室内が精霊だらけよ。
御令嬢達には出来れば安全な場所で待っていて欲しかった。これからする話は楽しい話じゃないし。
でもパトリシア様とスザンナ様、モニカ様はこの場に参加している。カーラ様はヨハネス侯爵が娘を心配して欠席させて、自分だけが参加している。リーガン伯爵は自分だけ伯爵だからと不参加にしようとしたのに、お世話になっているコルケット辺境伯に捕まったみたい。なんで自分がここに紛れてしまったのかわからなくて、隅の椅子に座っている。
「これは……どういうことだ」
私に誘われてやってきたエルドレッド皇子は、広間の壁に沿って用意されたソファーに座る顔ぶれを見て顔色を変えた。
彼はまだ七歳。将軍譲りのがっしりとした骨格のおかげで同年代の男の子より体格がいい。母親譲りの赤毛と金茶色の瞳は兄弟お揃いだけど、アンドリュー皇子が穏やかそうな優しげな顔をしているのに対して、エルドレッド皇子は意志の強そうな顔をしている。目力がすごいよ。
「なぜ兄上まで……」
先に来ていたアンドリュー皇太子は、側近をふたり従えてひとり掛けの椅子に足を組んで座っている。皇太子だからしかたないけど、態度がでかいよ。まるでこの場にいる貴族達は、彼のために集まったかのように見える。
そう見えるようにしているんだろうな。
エルドレッド皇子の方はたったひとりだ。この場に連れてくるほど信頼出来る側近はいないのだろう。茶会の件があるために身構えていて、椅子を勧めたら少し離れた場所を選んだ。
七歳の子供にはかわいそうだけど、完璧にアウェーだよね。
「ここにいる方々は、先程殿下とお話した時にいらしたご令嬢の保護者の方々ですわ」
「……そうか」
ちょっとおまけが増えているけどね。
あの場にいたダグラス様もカーライル侯爵と顔を出し、ベリサリオとノーランドが揃うのならばとコルケット辺境伯も来ている。
祝賀会の途中だというのに魔道士長と副魔道士長も来ていて、部屋の入り口で中にいる人の顔ぶれを見て、一瞬、回れ右をして出て行こうとしていたのには笑った。
「殿下は侯爵以上全員に招待状を出したはずとおっしゃったでしょう? ここにいる方々には届いていませんのよ」
「それは……確認した。こちらに不備があったようだ」
「まあ」
お友達同士のお誕生日パーティーなら笑って済ませる話だけど、一国の皇子のための誕生日の茶会に、このメンバーを呼ばなかったと公になったら、エルドレッド皇子は地方をないがしろにする皇子だと思われても仕方ないわけだ。精霊王絡みで親しくしておかなくてはいけないはずのこのタイミングで、辺境伯を全員呼ばなかったんだよ。不備があったでは誰も納得しない。
「ご相談があるとお話したのを覚えていらして?」
こんな話し方しているけど、着ているのはメイド服だぜ。
しかもメイド服で変装しているの私だけだぜ。
注目されて動向を監視されているのは私だけだし、ちゃんと周囲に結界を張って人が近づいたらわかるようになっているので、他のご令嬢は変身しなくていいんだって。
そんな結界あるのに、私の変装って必要だったの? これ、誰かの趣味じゃない?
「ああ、リストも持って来た」
「ありがとうございます」
「僕から説明しよう。ディアは座ってて」
「はい」
目立ちすぎるのはいけないと思ったのかな。クリスお兄様が説明を引き継いだ。
「ディアは今まで公の場に出なかったので友達が少ないんです」
クリスお兄様? 話を引き継いだ途端に何を言ってくださってますの?
「それで友達を増やそうと女の子だけの食事会を計画しました」
「そうか、大変だな」
気の毒そうな顔をするな。私の心配をできる立場じゃないぞ。
「その時、四人のご令嬢から食事会をするならこの日にしてほしいと、開催日を指定されたんです。それが殿下の茶会と同じ日でした。しかし七日前にやはり参加出来ないと、また四人揃って断ってきたんです」
「誰だそれは!」
「バントック侯爵令嬢チェリー様とキャナダイン侯爵令嬢キンバリー様。キャボット伯爵令嬢セアラ様、コニック伯爵令嬢ルビー様」
「チェリー? 従姉のチェリーか?」
「はい。我が家から招待状を送ったのが七月の初めです。もうその時に彼女達はここにいる方々へは、殿下からの招待状が来ないとわかっていたと思われます。なぜわかったのでしょう?」
「親がそうしたと知っていたからか」
クリスお兄様と話している間、父兄達は無言で皇子の様子を観察していた。地方の貴族は皇子と接して人柄に触れる機会はそうはない。この場で少しでも皇太子と第二皇子の人となりを把握しようという考えだろう。
「その四人は殿下の茶会に出席になっているんですね?」
「……そうだ」
「エルドレッド、自粛中だったにもかかわらず誕生日の祝いをしようとしたのはなぜだ?」
アンドリュー皇太子の顔つきは険しい。今年に入ってからだいぶ背が伸びて大人びて、皇太子オーラがびしばし出ている。ただ私の不信が原因でか、どうしても黒く見えるんだよね。皇帝やる人が黒くないと困るんだけどさ。
「茶会は三日後ですから、もう自粛期間ではありません」
「陛下に今年はやめるように言われていたよね」
「おじい……バントック侯爵が問題ないとおっしゃって」
「つまりおまえは、陛下よりバントック侯爵の言葉に従うのか。その結果、バントック侯爵に招待客を決められ、誕生日だというのに彼の派閥だけしかいない茶会を開催することになったのか」
「……」
私に頼まれて持ってきたリストが書かれた用紙は、エルドレッド殿下が強く握り締めたのでくしゃくしゃになってしまった。
「殿下の側近や補佐官の出身を調べさせていただきました」
クリスお兄様が再び話し始めた。
「側近は見事に中央のバントック派ばかりですね。補佐官と執事の中にはダリモア伯爵の紹介した者が多くいるようですが、やはりここも中央の者ばかりです。意外なのはランプリング公爵の紹介の人がいるんですね。精霊を持っている者が少し。精霊獣は皆無だ」
「でも生まれた時からずっと、傍にいた者達ばかりだ」
「それはそうだろう。皇子を自分の派閥に取り込むために、バントック侯爵が最初から身内で固めたんだ」
もう皇太子は弟に対する苛立ちを隠していない。祖父とその家族に甘やかされ、よいしょされ、プライドばかり大きくなった子供は周囲をまったく見なかった。
子供だからさ、普通はそれでいいのよ。七歳なんて、まだまだ親に甘えて遊んでていい時期よ、日本なら。でも皇族なんだよね。国の最高権力者の一族なんだよ。
「……お爺様が? なら、兄上はどうなんです? 兄上の側近は……」
「紹介しよう。彼はエルトン。ブリス伯爵の次男だ。ブリス伯爵領はベリサリオ辺境伯領の隣にある。彼の土と水の精霊には何度も身を守ってもらったよ」
「身を守る?」
「お爺様の決めた側近は五歳の時にクビにした。使えないし、バントック侯爵を中心にした派閥は、金を集めて贅沢三昧しているからね。しかも精霊を育てていない。彼らの好きにさせていたら、中央は砂漠になっていたよ。今回はベリサリオが救ってくれたようなものだ。……そしたら急に事故にあうようになってね」
孫だよ。第一皇子だよ。息子が英雄になったおかげで力を持つようになったからって、やりたい放題過ぎるだろう。
「こっちの彼はギル。ハクサム伯爵の三男だ。身を守るために精霊を持っている側近が欲しいとある方に相談したら、紹介してくれたんだ。精霊獣は二属性だけだけど精霊としては全属性持ちだよ」
全属性持ちか。うちの家族と魔道省以外で、この宮廷では初めて見たかもしれない。地方に行けば何人もいるんだけどね。
あれ、ちょっと待って。
「アンドリュー皇子。暗殺されそうになっているって、初めてお聞きしたんですけど」
「初めて話したからね」
いつものような笑顔を向けてくる皇太子に、私は片眉をあげてみせた。
「つまりそういう事は話さないままで、私を渦中に引っ張り込むつもりだったということですか?」
「クリスに散々言われていたから、本気で求婚する気はなかったよ」
今まで静かだった部屋の空気が動いて、小声で会話する声が微かに聞こえてくる。
「きみがどういう子なのか。味方になってくれるのか確認したかっただけだ」
「その説明で瑠璃が納得するかしら」
「僕が納得しない」
「僕も」
「まず何がどうしてそういう話になっているのか説明していただきましょうか」
お兄様達とお父様も納得しなかった。皇太子と側近が身構えるほどにマジな顔で詰め寄ろうとしないで。
「エルドレッドの周囲はバントック侯爵の派閥ばかりだ。ディアドラがエルドレッドと親しくなった途端、取り込んで利用しようとするだろう。そうさせるわけにはいかなかったから、きみの反応を見たかったんだよ」
「いちおう、今はそういうことにしておいて差し上げます」
「ふたりは仲がいいのか」
むっとした顔でエルドレッド皇子が聞いてきたけど、周囲を見て。機嫌の悪い家族と興味津々な友達と、政治的にいろいろ考えているおじ様方がいるのよ。
「これが仲良く見えるのか?」
「ちっとも仲良くありませんわ」
あかん。これ、仲良く見えるやつや。
「ともかくエルドレッド殿下はこれからどうなさるんですか」
「どうとは……」
「皇太子を暗殺しようとするような、中央特権主義のバントック侯爵の派閥に取り込まれたままでいいのか……という質問ですよ」
クリスお兄様に聞かれて、エルドレッド殿下はぐっと口元に力を入れて考え込み、ちらっと皇太子に視線を向け、次に私に視線を向けた。こっち見るな。
「兄上の話が本当ならば、側近も傍仕えの者達も一掃する。だけどすぐには出来ない」
「すぐにしたら駄目だ。下手をしたらおまえも暗殺されるかもしれない」
「うっ……」
自分にも身の危険があると聞いて、大人に囲まれても今まで胸を張っていた殿下が、初めて不安な表情を見せた。
「そういうことなら、そろそろ殿下には自室に戻ってもらいましょう」
「なんでだ!」
「ここに来るために側近達を撒いてきたのでしょう。長居は危険ですし、茶会の日まであなたの態度を彼らは観察しますよ」
お父様は、まだ七歳の子供が命の心配をしなくてはいけないのが気の毒なんだろう。立ち上がり殿下の元に近付いて膝を折り、ゆっくりと言い聞かせるように話している。
「招待されていないと文句を言われたと。誰がリストを作ったんだと怒ってください。恥をかいたと我々を悪く言うのもいいかもしれません。自分の身の安全を第一に」
「大丈夫だ。もう僕しか手駒がいないんだろう? そう簡単には殺さないさ」
「精霊を手に入れたばかりだし、育て方を習いたいと言ったらどうですか? 副魔道士長あたりに傍にいてもらうと安全ですよ」
「私? あ、はい」
突然話を振られて、端の方で黙り込んでいた副魔道士長が慌てている。
「あの……」
胸の前で両手を握り締めて、パトリシア様が立ち上がった。
いつも感想、評価、誤字脱字報告ありがとうございます。
小説を書いたおかげで知る事が出来たこともありますし、ネットってすごいですね(おばさんの感想)
話の流れが穴だらけですけど、少しでも楽しんでいただけたら幸いです。