ウィキくん頑張る
キリがいいところまでなので、今回は短いです。
テーブルに抱えてきた筆記用具と紙を並べ、床に直に座って胡坐をかいた。ミーアが置いて行ってくれた紅茶とクッキーで一息つき、おもむろにウィキくんを開く。
普段全く日本語を使わないので、ウィキくんを開きながら書いてあることを小声で声に出して読みながらメモを取り、テーブルの上に時系列に沿って並べて行った。
日本語に触れても、生まれたばかりの頃に感じたような懐かしさは、だいぶ薄れてきている気がする。
大好きな家族と友達が出来て、今の私を自分と思えるようになってきて、少しずつ日本での生活が遠い思い出になっていく。六年は長いよ。
いまだに日本の両親の事を考えると申し訳ない気持ちになるけど、私が不幸になったらもっと申し訳ない。
よし、気合を入れるぞ。
ウィキくんは調べる対象の種類によって、説明のまとめ方が決まっている。
個人のページは名前の下に簡単な経歴が書かれ、次に、書かれている内容の目次が書かれている。経歴も目次の各項目もリンクで飛んで読みに行けるようになっているから、これなら関係ない項目を読まなければ、知らなくていいことは知らないままでいられるよね。たとえば好きな食べ物とか恋愛事情とか。
精霊についての項目はもちろんチェックだ。
…………。
私さ、精霊に対するスタンスが見たかったんだよ。嫌っているとか、共存したいと思っているとかさ。精霊の名前が知りたかったんじゃないんだ。
風の精霊がふーちゃんで水の精霊がみーちゃんて。名前に「ちゃん」まではいってるのか。この人、ペットの前だと喋り方や声まで変わっちゃう人と同じタイプでしょ。
パウエル公爵っていう人なんですけどね。
あのダンディーなおじ様がふーちゃんて……いや、ありだな。好感度あがったな。
奥さん亡くして子供は巣立って、精霊獣が生きがいだって言ってたもんな。
公爵嫡男に生まれて、優秀で切れ者で挫折なんて知らないで生きて来たんだろう。それが前皇帝崩御で全て変わってしまった。それまで共に国を支えてきた仲間は地方に追いやられ、中央に残ったのは精霊の存在など気にも留めず、魔道具があればいいという考えの者ばかり。
それでもいまだにパウエル公爵の派閥の人は、宮廷に意外と残っているようだ。目立たないようにして時を待っていたのかもしれない。
たしか今、中央で一番力を持っているのが、陛下の後ろ盾になっているキャナダイン侯爵とバントック侯爵を中心とした一派だ。ダリモア伯爵の実家だったトリール侯爵もこの一派だった。
ええとバントック侯爵が将軍の実家で……え、なにこれ。
うそ。ちょっと陛下の項目も読まないと。
「ディアドラ様、みなさんお帰りですよ」
「誰も入れないで」
「ディア、殿下の側近の名前と誰の紹介か調べたよ」
「ジン、アランお兄様からもらってきて」
密会の時間は二時間後。家族に説明することも考えると、あと一時間半。
まとめるのに三十分。
ああ……着替えもするんだ。
「うきゃああああああ!! 時間がないいいい!」
「ディア、どうした?!」
「ドアを開けろ」
やばい、落ち着け。全部まとめなくていいんだ。要点だけだ。
熱くなれよ、諦めんなよって、前の世界で誰かが言ってた。
「大丈夫ですから、一時間待ってください。誰か着替えももらってきて」
くっそ。書かれていたことをただ読み流して、萌える!って喜んでた二歳児の私を殴りたい。
将軍の項目は……ジーン様の項目は……。
ああ、やばいやばい。鳥肌が立ってきた。
この国の根底からくつがえしてしまうかもしれない。
『着替えだ』
「ありがとう」
立ち上がって、着替えながらウィキくんのリンクをたどって、結い上げていた髪もピンを乱暴に外して髪をおろし、ポニーテールにしてから三つ編みにしてくるくるっとまとめる。
「この人、ダリモア伯爵の紹介なの? こっちも? この人はランプリング公爵?」
ランプリング公爵ってジーン様の友人のビジュアル系の人よね。ベースっぽい人。
ベースって変人が多い気がするんだけど、今は関係ないわね。
「やばい。よくわからん」
人間関係が入り乱れすぎだろう。
それになんだこの暗殺未遂とか暗殺って文字の多さは。
「ダリモア伯爵の周り、けっこう暗殺されてるじゃん」
それで焦って、ジーン様を早く担ぎ出そうとして失敗したか。
つか、こんな身近で暗殺って。突然殺伐としてきやがりましたよ。
駄目だ。キリがない。ここから先は、帰ってゆっくりまとめよう。
ともかくこれからの密会で話すことはまとめ終わった。
出来るだけ簡潔にまとめた紙を手にメイド服でドアを開けると、応接間に家族が座っていた。
「お待たせしました」
話しながらソファーに歩み寄り、私に注目している家族をゆっくりと見回した。
「これから私が書いたこの紙に書かれている事を読んでいただきます。今までに得た情報から導き出してはいますが、あくまで私の想像なので、これから証拠集めをしなくてはいけません。でもパウエル公爵やサッカレー宰相の証言があれば、なんとかなるはずです」
「ディア? ……なんの話だい?」
「私は水戸黄門になると決めました!」
拳を握り締めて宣言したら、慌てて立ち上がったアランお兄様が額に手を置いて熱を測りだした。
「もう、なんですか。おかしくなっていませんよ」
「おかしいよ。いつもだけど」
「たぶんこの後の会合で、皇太子が話そうとしている事と同じですよ」
「どういうこと?」
ソファーの座面に膝をついて身を乗り出していたクリスお兄様に、手にした紙を突きつける。重要なところだけ説明は書いてあるけど、だいたいが時間経過に沿って箇条書きになっているから、すぐに読み終えるはず。
「頭を使いすぎて吐きそう。一か月くらい寝たい」
「冬眠はもうちょっと待ってくれ」
アランお兄様に寄り掛かったら、ひとり掛けの椅子に座らされた。これから秘密集会? 説明は他の人に任せる。知恵熱出るわ。
「父上……思っていた以上にまずいですね」
「だが、おそらくこれが正解だ。ナディア、読むなら覚悟してくれ」
「ええ。その言葉で内容がだいたいわかりましたわ」
「転写しよう。人数分いるな」
え? もっとさ、驚こうよ。
六歳の子供がそれを書いたのよ? この国の今後を大きく変えていくかもしれない内容よ?
いろいろと問い詰められると思っていたのに、うちの家族、私の奇行に慣れすぎだろう。
「待ってください。この後の会合で他の方の意見や証言を聞くまでは、ここに書かれている事が正しいと決めつけては困ります」
「そうだね。でもわざわざこうして僕達に見せたんだ。ここに書かれていることは事実なんだろう?」
「閉じこもっていたって事は、どうやってこの事実に辿り着いたかは秘密なんだね。こういう力をむやみに使う子じゃないって、私はディアを信じているから」
「お父様。ありがとうございます。それにいつもは出来ません。無理」
主に私の集中力が。
いろんな立場から見ないと事実がわからないと思って、今回は個人のページをこれでもかって程見たからね。ちょっともう最初の方に何を読んだか忘れたかも。
「それでも裏付けはいりますよ。パウエル公爵を呼んでおいて正解でしたね」
「殿下に話して平気ですか? 彼の周りはバントック侯爵の手の者ばかりですよ」
「先に茶会の話をして、彼には帰ってもらうか。ナディア、そろそろ行かないといけない時間だがどうする?」
書かれていた内容にショックを受けて、お母様は先程から顔を両手で覆って俯いてしまっている。
「私も行きますわ。子供達が行くのに私が行かないわけにはいきません」
お母様は立ち上がり、私とお兄様方を並ばせて三人まとめて抱きしめた。
「あなた達は賢いし強い。精霊王達に愛されてもいる。でも私にとってはそんなことは関係ないの。大事な子供達なの。クリスでさえまだ成人していないのよ。絶対に無理はしないで。あなた達に何かあったら、私が精霊王の元に乗り込んでこの国を砂漠にしちゃいますからね。それと、ディア」
「はい?」
「意外とメイド服が似合ってるわ」
無理に笑顔を作ったお母様を、私からもぎゅっと抱きしめた。