守ってあげたい系野生児
この世界にも、誕生日にはパーティーを開いてプレゼントを贈る風習がある。
うちは高位貴族だから、子供達の誕生日にも盛大なお祝いをする。
私も今年の誕生日から、お兄様達のようにお祝いをするらしい。
今までは身内中心で、大人だけ招待していたのよ。
三歳児だとまだ何時間も客の相手は出来ないでしょ。子供同士で遊ばせるにしても、ちょっとまだ不安のある年だよね。
ただこの世界は現代日本に比べて寿命が短いからか、大人になるのが早いみたい。
四歳児の私で小学低学年くらいの体格。
アランお兄様は六歳だけどかなり大きくて、身長がクリスお兄様とあまり変わらない。九歳のクリスお兄様は見た感じが中学はいったばかりくらい。東洋人て見た目幼いもんね。
この国の教育機関は皇都近郊に集められていて、十歳から初等教育課程に通い、十五から高等教育課程に通う。
平民でも裕福な家の子供は学校に通えるけど、それは初等教育課程まで。十五からは親の仕事を手伝い、技術や商売を覚える子がほとんどだ。
そして、貴族の場合は十五から結婚相手をめぐるバトルが始まる。
十五になるまでは、親が勝手に結婚相手を決めるのは認められてないのよ。水面下では約束を交わしている家もあるんだろうけど、恋愛結婚する人もかなりいるらしい。
十五以下じゃその子が将来有望かどうかなんてわからないじゃん。いい制度だと思うよ。
高等教育課程に通いながら自分で伴侶を探す人も多くて、卒業と同時に結婚するのがご令嬢としては一般的。ほとんどが十五で婚約しているらしい。
私は誰と結婚するのかな。
恋愛したいな。
誕生日会を四日後に控えた朝、私はお父様からいただいた鏡台の前に座っていた。
四歳児の誕生日プレゼントが鏡台ってどうなの?
そりゃ、鏡は贅沢品よ? 特に曇りのない大きな鏡はね。
でもね、楕円形の鏡をぐるりと取り囲む装飾に小さい灯りがついていて、貴金属や化粧品を入れる引き出しまでついている鏡台なの。
四歳児にいらないだろ、そんな物!
ありがとうございます。嬉しいですって言ったけどさ。
くれるの十年後でもよかったよ。
ただおかげで私は、生まれて初めてまともに自分の顔を見ました。
少しは見てたさ、廊下に鏡が置いてあるし、壁が鏡になっている場所もあるから。
でも四歳にさえなっていなかった子供が、廊下の鏡の前で立ち止まったりはしないでしょ。遠くからちらっと見て、金髪でお母様にちょっとは似た感じ? って思ってたくらい。可愛いって言われても、そりゃあお嬢様にそれ以外にどう言えっていうのよねって聞き流してた。
そうしてようやくまじまじと見た自分の顔がやばかった。
あの親と兄達の家族なんだから、かわいくないわけがないわ。
胸のあたりまでの長さがある髪はお父様と同じシルバーに近いブロンドで、光が当たると後光がさしているみたいにきらきらする。
お母様に似た形のいい眉と、ちょっと小ぶりな鼻。目は子猫のように大きくて目尻がちょっと下がっているせいか愛嬌がある親しみやすい感じがする。瞳の色は紫で、マッチが五本くらい乗ってしまいそうなばさばさの睫のせいもあってお人形さんみたいだ。
お母様が凛とした高嶺の花風の美人なのに対して、私は守りたくなる系の可憐なお嬢様風。見た目だけは。
守りたくなる雰囲気の野生児。
子猫みたいに目がクリクリな美幼女。中身アラサー。たまに魔力切れで気持ち悪くて嘔吐いてる。
……見た目詐欺だな。
いやちょっと待て。
レックスが女の子の子守でも真面目にやってくれてたのって、早く一人前の執事になりたいからだよね。美幼女の相手が出来るからじゃないよね。信じていいよね。
護衛がふたりもついてたのも運搬用だよね。美幼女誘拐の危険があったとかじゃないよね。
そういえばつい最近、執事がもう一人増えたのよ。今年二十二のブラッドっていうやつ。おまえ絶対堅気じゃないだろうって感じの目つきの鋭いやつ。
家族以外と接する機会が増えるから、守りを固めたんだろうか。
日本人だった頃は、普通過ぎて目立たない一般人だった。
会社は制服があったから余計に個性が埋没して、なかなか名前を覚えてもらえなかった。
それが突然、この可憐なお嬢様があなたですよ!って言われても、全く実感がわかない。
鏡なんて朝しか見ないから、まあどうでもいいんだけどさ。
家族が時々、残念そうな顔をしている理由が今日わかったよ。
シンシアに髪を後ろで三つ編みにしてもらって、動きやすい服を着て今日も訓練場に向かう。
午前中は家庭教師が来て勉強したり、魔法や作法を学ぶから、自由に動けるのは午後からになったのだ。
私が走る時はね、護衛も一緒に走るのよ。なぜかブラッドも一緒に走ってた。おまえやっぱり、ただの執事じゃないだろう。
騎士が訓練しているのを眺めながら、広い訓練場を五周は走る。
いい眺めですよ。
逞しい男達が汗をかきながら訓練に励む。
イケメンもたくさんいるからね。目の保養をしつつ体力もつく。素晴らしい。
ごつい男達の肩にふよふよと丸い光が飛んでいるのも可愛いよね。
精霊には剣精と魔精と二種類いるんだって。
たいていみんながつけているのが魔精。私もふたつくっついてる。
たぶんみんなは意識して魔力をあげていないんだろうね。だから直径四センチくらいしかない。
私のなんて倍はあるのに。
なんでディアドラの精霊だけ大きいのかなってクリスお兄様に聞かれたから、魔力をあげるんだよって教えてあげたら家族がびっくりしてた。知らなかったらしい。
まずは家族で試して、本当に大きく強くなるようなら領地の貴族や騎士達にも教えるんだって。
そういう情報は社交で役に立つから、あなたは黙っててねって言われた。
目立ちたくないから喜んで黙ってるよ。
でももうクリスお兄様の精霊も大きくなってきたから、そろそろ城にいる騎士達には教えていいんじゃないかな。彼らが強くなるのは悪い事じゃないよね。
うちの家族では、アランお兄様だけがまだ精霊がいない。
それを気にしているせいか、それとも思春期か、最近アランお兄様は私を避けている。
クリスお兄様はたぶんIQが高い。
私みたいに前世の記憶があって賢いと言われるのとは違って、素の頭がいいんだと思う。
記憶力も高いし頭の回転も速い。そのせいで子供達からはちょっと浮いてしまっているらしい。
学校で首席を取るだろうと言われている天才の長男と、我が道を突き進む変わり者の妹に挟まれた次男。本当に気の毒だわ。
アランお兄様だって充分に賢いし、剣の才能はクリスお兄様より間違いなく上なんだけど、比較される兄妹が濃すぎた。
だから私のこと嫌いかもなあ。
私は、真っ直ぐでおおらかなアランお兄様が大好きなんだけどな。
そんなことを考えながら、騎士に剣を教えてもらっているお兄様達を眺めてた。走りながらね。でかい護衛ふたりと執事に囲まれながらね。
そしたら、剣を振り切った時にかすかにアランお兄様の手がほわって、緑色に輝いた。
見間違いかと足を止めてまじまじと眺めていたら、もう一度輝いた。間違いない。
「お疲れですか?」
「ディアドラ様?」
「教えなくちゃ」
「え?」
そこから全速力よ。
意味もなくクラウチングスタートしちゃったわよ。
いくら四歳児でも、ちゃんとフォームを調べて練習していたから早いよ。護衛達が大慌てした。
訓練していた騎士達も何事かと注目してた。
でも、あんた達は訓練しなさいよ。それが仕事だろう。幼女にかまうな。
「ディアドラ?」
男を三人背後に引き連れて、綺麗なフォームで全力疾走で向かってくる四歳児に驚いて、いつもは落ち着き払っているクリスお兄様もさすがに目を丸くしてる。
アランお兄様の方は最近苦手な私が近づいてきたせいか、剣を振るのをやめて休憩に入るために歩き出そうとしていた。けど、逃がさない。
「アランお兄様!!」
「え? 僕?」
まさか自分に用事があるとは思っていなかったようだ。
「もう……練習……止めちゃうんですか?」
さすがに全力疾走したあとはきつい、がしっとアランお兄様の腕を掴んだまま、上体を折ってはあはあしてしまって言葉が続かない。
「大丈夫?」
「練習見たいです!」
「もう今日は……」
「アランお兄様格好いいのに!」
ずるいアラサー女子は、美幼女のルックスをここで使うぞ。
紫の瞳をウルウルさせて眉尻を下げて見上げる。
ただし汗だく。はあはあ言っちゃってる。
「お兄様、強いし格好いいからもうちょっと見たいです」
「それは……ディアドラがそう言うなら」
「わーい」
え? 僕は? って聞いてくるクリスお兄様はちょっと待ってて。
さんざん女の子達に素敵って言われてるの知ってるぞ。
いまさら妹にまで褒めてもらわなくてもいいだろう。寂しそうな顔をしないで。
注目を集めてしまったせいで少し緊張して、でもその分さっきよりも集中してアランお兄様は剣を構えた。
そうしてまた剣を振り切って。
「光ったあああああ!!」
手元がまた緑色に輝くのを見た私は叫びながら、驚いて硬直しているアランお兄様の手を掴んだ。
「剣精だよ、風の剣精! アランお兄様はやっぱり剣の才能があるんですわ!」
いまさらなお嬢様言葉だけど、周囲が驚きに静まり返っているからたぶんみんなわかってない。大丈夫。
「剣精? 本当に?」
やっぱりひとりだけ精霊がいないの気にしてたんだね。
期待に目を輝かせて、でも不安そうな顔で私を見ているアランお兄様の可愛い事!! 全力で抱きしめてあげたい!!
「本当です! 魔力を手にぼわっと、魔道具使うときみたいにやってみてください」
「こう?」
アランお兄様が剣を鞘に戻し、両手を胸の前で掌を上にして魔力を集めると、手首あたりまで緑色の光に包まれた。
これが剣精。
成長させると体全部を包んで防御力を高めながら、武器に属性も持たせてくれる優れもの。ただし餌はやっぱり魔力。剣を使うからと魔力を増やす訓練をおろそかにすると強くなれない。
魔精でも身体強化の魔法を覚えることは出来るらしいんだけど、剣精は数が増えると防御が重ねられて、だいぶ強くなるらしいのよ。ウィキちゃん情報ね。
「よく気が付いたね」
「光ってたから」
クリスお兄様に聞かれて首を傾げる。注目していたら、誰だって気付いたんじゃないかな。
「あの、私に精霊がいるの見えますか?」
お兄様達に剣を教えていた中年の騎士に聞かれた。
「うん。騎士様も剣精ですよね。黄色いから土?」
「おお。以前に魔道士にそう聞いたんですが自分では見えなくて」
「アランお兄様みたいに掌に魔力ですわよ」
「ディアドラ」
「あの、うちの隊に他に剣精を持つ者はいますか? 最近、精霊を持たない者が多くて」
「そんなことはないですわ。ほとんどの方が……」
「ディアドラ。アランに剣精がいたことをお父上にご報告に行こうか」
「……はい」
え? 今の言っちゃ駄目だった?
餌をあげないからだよとは言わなかったよ?
「隊長。日を改めて全員の精霊の状況を調査しましょう」
「おお、そうしていただけますか!」
「はい。騎士達が強くなるのは我々にとっても嬉しい事ですから。ただディアドラはまだ四歳なので、一度には無理だと思います。そのあたりも改めて父も交えて相談させてください」
うわ。九歳の男の子の台詞とは思えない。
しかも余裕の笑みと、これ以上ここでは話せないよという圧力付き。
「ディアドラを連れて行って」
いつもの癖なのかクリスお兄様が自分の護衛のひとりに命じて、彼が私に近付こうとした途端、ブラッドが彼と私の間を遮るように動いた。
「それは私共の仕事です。クリス様の護衛であっても、ディアドラ様に許可なく触れないでいただきたい」
え? ええ?
そこまで気にするところなの?!
あ、私の護衛達が当然だという顔で頷いている。
「そうだな、すまない。きみに言うべきだったな」
ちょっと睨み合いになったけど、そこで譲るクリスお兄様はさすがなんだろう。ただ、悪い笑顔になっている。
ああこの人、誰にでも優しい微笑みを向けながら、腹の中で計算するタイプか。
「アランもディアドラも一緒に来てくれるね」
「はい」
「わかりましたわ。じゃあブラッド、連れて行ってくださる?」
抱っこしてーと手を伸ばしたら、ブラッドが驚いた顔になり、目を逸らしながらごほんと咳をした。
「承知しました」
「ちょっと待って。僕が連れて行こうかな」
今度はブラッドと私の間にクリスお兄様が割って入ってきた。
「お兄様が?」
「おんぶしてあげる」
「はい」
先程までとは違って、いつもの優しい眼差しになったクリスお兄様にほっとして抱き着いたら、嬉しそうに頭を撫でられた。
家族なのに、いつも優しいのは計算だったら寂しいよ。
「距離がかなりありますから無理はなさらないでください」
私の頭を撫でているクリスお兄様をじと目で見て、ブラッドがさりげなく私の肩に手を置いた。
まあ私もおんぶは無理だと思うけどね。
でもなんでみんな、そんな真顔になってるかな。アランお兄様が不思議そうにしてるだろう。
「大事な妹に変なこと考えてないよね」
「なんですかそれは。子供にいつも怖がられて、懐かれたことがないから驚いただけです」
「ならいいけど。ディアドラを頼むよ」
「お任せください」
どうでもいいけど、おまえら、私を見る時だけ優しい顔になるのやめろ。
どうしてみんな幼女に優しいんだ。
今の怪しい会話はなんなんだ。
「あれ? ディアドラ。精霊が増えてるよ」
アランお兄様に言われて振り返り、ふわふわと浮かぶ緑色の光に気付いた。
「僕と同じ風の精霊だね」
「アランお兄様の精霊とお知り合いなのかしら」
「だったら一緒に屋敷に行っても寂しくないね」
アランお兄様は私の癒しだ。
クリスお兄様は早めに味方にしないと。