もうひとつの真実 前編
今日中にもう一話アップします。
初めてレビューを書いていただきました。
ひのる様、ありがとうございます。
皇都のタウンハウスで着替えを終え、私達家族は皇宮に向かった。
精霊を得るために中央の人達は森に行っているので、祝賀会は夕方からだ。まだ時間があるので、私達は控室で休むことになっている。
それぞれに側近をひとりずつ連れて皇宮の広い廊下を歩くと、忙しげに行き来していた人達が全員道を開けて横に退いてくれる。ベリサリオに遠慮している人と、顕現している精霊獣が壁際で伏せをしてしまって動けない人と、精霊達が守ろうとして私達の周囲をぐるぐる飛び回っていて怖いから、近寄りたくなくて避けている人と、どれが一番多いんだろう。
貴族の中でも身分の高い家の控室が並ぶ区域に入ると、廊下のきらびやかさが増し、執事やメイドの衣服も高価なものになり、すれ違う相手が少なくなる。
廊下の片側は、中央に噴水のある中庭に面して回廊風になっていて、今日は天気がいいので日差しが差し込み、タイルの床に等間隔に柱の影が伸びていた。
「パウエル公爵、森に行かれなかったのですか?」
お母様と手を繋いで中庭を見ながら歩いていたから、前を歩くお父様が急に足を止めたのに気が付かなくて、ぽふんと背中にぶつかってしまった。
「もう私はこの年ですからな。今更精霊を増やしても魔力が足りないでしょう。息子達はアーロンの滝に行きましたよ」
「いや、三属性をそこまで育てられているのなら、もう一属性も育てられますよ」
パウエル公爵はジーン様を皇帝に推す一派の親玉だったと聞いている。
過去形なのは元宰相のダリモア伯爵が処刑された二年前から、表立った動きをしていないからだ。ダリモア伯爵やその時に罰せられた人達に責任を押し付けて、責任逃れをした彼らは、重要な職から外されたというのだ。
でもそのせいで、皇宮の仕事が以前のように上手くいかなくなっているらしい。
パウエル公爵とその妹婿であるダリモア伯爵は、大きな派閥をまとめあげ、政務を執行する優秀な人物であったことは間違いがない。
目の前の五十代の男性は、ナイスミドル!! って感じの素敵なおじ様だ。
只物じゃねえぞ感バリバリで存在感がすごいんだけど、彼の頭上には大きく育った精霊が三属性分、緊張しているのか細かく震えながらうろうろしている。多分もう精霊獣になっているんじゃないかな。
おかしいよね。ダリモア伯爵や彼と一緒に捕まった人達の精霊は、二年前の時点で消えかけていたか消えていたよ。二年前、同じような状態だった陛下の精霊は、一属性しかいないのにようやくギリギリ精霊獣になれるかなっていうくらいだ。
つまり、魔力量の違いがあっても三属性を精霊獣に育て上げた公爵は、伯爵達とは違って、その頃からちゃんと精霊を育てていたって事になる。
「彼らが噂のお子様達ですか。三人共、精霊について正しい知識を広めるために尽力されているそうですな。いや優秀なお子様達で羨ましい。うちの倅は織物に夢中で領地に籠ってますよ」
「公爵の領地の絹織物は有名ではないですか」
「だからといって公爵家の者が自ら手を出す仕事ではありません。ただ、得手不得手はしかたありませんからな。我が子ながら地味な男のくせに、織物関係にだけ才能を発揮する。困ったものです。……ああ、愚痴をお聞かせしてしまい失礼しました。よければお子様達を、紹介していただけますかな?」
お母様の私の手を握る手に少し力がこもった。苦手なんだろうな。
私は割とこの方の初対面の印象は悪くない。曲者だとは思うけど貴族は曲者揃いだから、むしろそうじゃなかったら、あなた大丈夫? って心配になるわ。
「長男とは以前、会ったことがありますよね」
「クリスです。ご無沙汰しています」
「学園で首席を取っているそうだね。皇太子にも信頼されているそうじゃないか」
「こっちが次男のアランです」
「はじめまして」
「そしてこっちが長女のディアドラです」
「はじめまして」
私とアランお兄様が品よくお辞儀をすると、パウエル公爵は目を細めて微笑んだ。
「私には孫がいましてな、上が女の子で今年四歳になります。先程学園の森で精霊を二属性手に入れたらしくて」
「ほお、この短時間にですか」
「そうなのです。下の男の子はまだ一歳なのに、彼も精霊を手に入れたそうなんです。息子には落胆させられたが、素晴らしい孫を授けてくれましたよ」
孫の話になった途端、優しそうなお爺さんの顔になった。
現実に絶対悪なんていない。アニメやゲームみたいに敵はみんな性格破綻者なんてことはありえない。会ったこともないのに敵勢力認定なんてしちゃだめだ。……まあ、この印象だって彼がそう見せようとしている可能性があるんだけど。
苦手だ。言葉に含まれる意味まで考えるとか。裏まで読むとか。
だってそうなると、ここで会ったのも偶然じゃないかもしれないんでしょ。
「ディアドラ嬢」
「はい」
「二歳違いなら学園でも一緒になるでしょう。仲良くしてあげてください」
「もちろんですわ。それに一歳で精霊を持てたのなら私と同じです」
「おお、そうですか」
「少しの魔力で動かせる魔道具の玩具がありますでしょ。天井からつるす玩具です。それなら遊んでいるうちに魔力量を増やせますよ」
「ちょっと待ってください」
アランお兄様が横から割って入ってきた。
「確かに魔力量を増やすのに、あの玩具はいいと思うんですけど、それで妹は夢中になりすぎて気絶していましたから、注意しないと危険です」
「……いや、あれはディアだから」
「それはそうだけど」
小声でふたりのお兄様が言い合っているのを聞いて、公爵は愉快そうに笑い出した。
「はははは。噂は本当だったのか。気絶するまで魔力を精霊にあげて、魔力量を増やしたと」
「……ソンナコトアリマセンヨ」
「いや、面白いお嬢さんだ。ぜひ三人共、うちの孫と仲良くしてやってください」
公爵の言葉に両親はちらっと視線を交わした。
だって陛下と親しいお母様と、ジーン様を皇帝にしたいパウエル公爵では、今までお互いに避けていたんだから。それが突然友好モードで来られてどう対応しようか困っているんだろうな。
「私は大臣になるまではほとんど領地におりましたので、公爵にお目にかかる機会がまずなかったかと思います」
「そうでしたね。前皇帝が崩御され国境沿いで小競り合いが起きた時も、ベリサリオがどこからも攻められなかったのは、日頃からの辺境伯の外交と軍の強化のおかげです」
「そう言っていただけるのは光栄です。そのため公爵が三属性もの精霊獣をお育てになっているとは存じ上げませんでした」
「精霊獣とわかりますか」
家族全員で大きく頷くと、パウエル公爵は嬉しそうに相好を崩した。
「今までは我が派閥が既に分裂していると知られるわけにいかず、ずっと精霊の姿のままでしたからな。最近は屋敷で好きにさせてやれるようになりました」
「分裂?!」
「そうです。精霊の森を破壊する決定をダリモアがした時に、うちの派閥は二つに分裂したのです」
マジで?!
『本当だ』
「そうだったのね……って、私が考えている事がどうしてわかったの」
『驚いた顔をしていた』
私と自分の精霊が会話したのに、パウエル公爵は本当に驚いたみたいだ。目を瞬かせて私を見て、驚いていない家族を見て苦笑いしながらため息をついた。
「なるほど。本当に精霊王達に愛されたお嬢さんなんですな。まさか私の精霊が、勝手に会話してしまうとは思いませんでした」
「では、精霊の森を壊したのは、処罰された者達だけのした事だったんですか?」
「精霊王がそう判断したのなら、それでいいのでは?」
「違います」
お母様の手を離し、私は一歩前に出た。
「あの時、伯爵が精霊の森を破壊したのはジーン様を皇帝につけるためだったと言ったんです。陛下が精霊王を怒らせて、精霊に愛されていたジーン様が許しを得て皇帝になるって」
「……あの馬鹿はそんなことを言ったのか。いや、それも確かに考えてはいたんだろうが」
「誤解しないでほしいんですけど、琥珀は伯爵達をどのように罰するかについては何も言っていません。彼らの精霊をなくしただけです。精霊が中央からいなくなったのは伯爵のせいではなくて、それを放置し政権争いに利用したみんなへの、特に陛下への罰だったはずです」
「ディア」
アランお兄様に肩を押さえられた。でもさ、精霊王の決断に任せるってなんか違うじゃん。
人間が自分達で判断しなくなったら、それは共存じゃなくて依存だよ。
「陛下への罰? 初めて聞きました」
え? もしかして皇宮内では、全部ダリモア伯爵のせいになっているの?
あの時琥珀は、伯爵に対してと同じくらいに陛下にも怒っていたのに。
あれ? 待って。なにかをあの時おかしいって思わなかったっけ?
「……少し話を聞いてもらえますかな」
「では、あちらで話しませんか?」
「クリス」
「どうやら僕達の知らないことがあるみたいじゃないですか」
一瞬両親は迷ったみたいだけど、私とお兄様達はすかさず頷いて、クリスお兄様がさっさと話を進めてしまった。
両親が迷うのもわかるのよ。ベリサリオ辺境伯とパウエル公爵が話し込んでたって、すぐに噂になるだろう。たぶん他の辺境伯や陛下からいろいろ聞かれちゃう。
でも、今まで陛下側からの話は聞けても、ジーン様を皇帝にしたいと思っている人達の話は全然聞けていないじゃない。情報は一方からだけ得ちゃ駄目だよね。