琥珀先生の面接 後編
前話でディアドラが招待した令嬢の数をひとり減らしました。
ごく簡単な登場人物まとめを投稿しました。
アーロンの滝と聞いて、私はなんとなく華厳の滝を思い浮かべていた。皇都にある滝だからもっと小さいかもと思ったけど、精霊王がいる滝なんだから荘厳な雰囲気がないと。
実際の滝は、高さは華厳の滝と同じくらいで、幅がナイアガラの狭い方の滝くらいあった。
精霊車を降りた時から、ゴーゴーと水の落ちる音がしていたはずだよ。
滝つぼが湖になっていて、皇都の外側にでっかい川になって水が流れていく。水しぶきが飛んできて冷たいし、音がうるさくて大きな声じゃないと会話出来ないよ。
『精霊王、おられるか』
話しかけたのは将軍の精霊獣だ。
これからこの地は、皇族が代表者になって琥珀と付き合っていくので、私達は同席するだけ。何もしなくていいはずだ。
『いらっしゃい』
琥珀先生が登場した途端、水が落下する爆音がすーーっと小さくなった。
いつぞやの学園の森に出現した時と同じように、先生は見えないソファーにゆったりと座っているようなポーズで、空中に浮かんで現れた。相変わらずの女性らしい曲線美のプロポーションで、ちょっと甘さのある優しい声なので、バーのママさんに来店の挨拶をされたような雰囲気なんだけど、背景が滝だから。ザーザーゴーゴーいっちゃってるから。生半可な迫力じゃないよ。
でもこれだけ色っぽい綺麗な女性を前にしたら、空中に浮いている事なんて気にすることじゃないんだよね。近衛騎士の皆さん、すっかり見惚れてるもん。今回初対面の皇子ふたりも、こんな美人だと思っていなかったのかびっくりした顔で固まっている。
「おまえ達何をしている!」
陛下に注意されて、はっとして、私達兄妹以外が跪いた。将軍とお父様が初対面の時も惚けなかったのは、ふたりとも愛する人がいたからだろう。だったらお兄様達はどうしたの? 一度にみんなに会ったから見惚れている場合じゃなかったのか、好みが違うのか。
「申し訳ありません」
『よい、気にするな。それよりもこの短期間でよく精霊の道を作ってくれた。多くの者が魔力を与えに学園の森に来るのを見ていた。嬉しく思う』
私の誕生日に湖で会った時や瑠璃の住居で会った時と、今の琥珀では話し方が違う。アランお兄様に果物を食べさせていた琥珀先生とはまるで違う顔だ。でも、表情は随分と柔らかくなった気がする。特に大人達のしでかしたことのせいで、精霊のいないままの皇子達を見る眼差しは優しい。
『だが、まだ我らの森を破壊したことを許したにすぎん。信頼関係を築けるかどうかはこれからだ』
「はい。承知しております」
『ゆえに他の者のように我が住居に招くことはしない』
「……はい」
そこで辺境伯と差が出てしまったか。
でもまあ、このままの関係が続けば仲良くなれそうだと思うんだよな。というか、なって。
すっごい仲良くなって祝福ももらって、もうベリサリオなんて気にしないぜってくらいになって。
『皆の者、立つがよい』
琥珀の言葉に従ってみんなが立ち上がる。
まだ喜んでいいのか、本当にこれで中央も豊かになるのか、よくわからないままなので空気が重い。
『今回、予想外に早く私が許したので驚いている事だろう。それには理由がある。ペンデルスやニコデムス教の話を他の精霊王から聞いておるだろう』
陛下達の顔が少し険しくなった。
私なんかよりたくさんの情報を得ているだろうから、海峡の向こうの状況の悪さをいろいろ聞いているんだろう。
『この国にニコデムス教が入り込む隙を作りたくないのだ』
あれ? そういう話の流れだっけ?
私の誕生日に精霊王が集まってくれた時に、他の精霊王が自分の担当地域の人間の自慢大会していたから……。
って思っていたら、余計なことを言うなよって顔で琥珀先生に睨まれたぜ。
うちの家族、さっと視線をそらしてる。私だけばっちりと目が合っちゃったよ。大丈夫だよ? 私だってちゃんと空気が読めるよ?
「質問してもよろしいでしょうか」
陛下の声に私と琥珀の視線での攻防は幕を下ろした。
「精霊王がそれほど警戒するニコデムス教と砂漠化されたペンデルスは、どのような罪を犯したのでしょう」
『ほう……人間には伝わっておらんのか』
琥珀先生の唇が綺麗な弧を描き、威圧感が一気に増した。
『あやつらは、人間は神に選ばれた種族だと思っている。その種族より強い存在はあってはならない。優れた人間が、精霊がいなくては魔法を使えないなどという事があってはならないと考えたのだ』
もうその段階で、一番優れているのは人間じゃないと気づけと私は言いたい。
いや気づいてはいたんだろう。でもそれを認めたら国が立ちいかないくらいに、ペンデルスはその考えを基本に国を運営してしまっていた。ニコデムス教はペンデルスの国教だからね。
『それであやつらは、人間だけで魔法を使えるようにしようと考えた。精霊獣を育て実験をしたのだ』
「実験?」
『どれほど魔力を与えないと消えるのか。持ち主の人間と隔離した状態で魔獣に襲わせたらどうするのか。解剖したらどうなるのか。ほかにも毒を与えたり、手足をもいでみたりいろいろだ』
「なんと……」
「……ひどい」
『それで我々は、全ての精霊をペンデルスから避難させた。そうすると誰も魔法が使えなくなるだろう? それをやつらは精霊王が国を乗っ取る気だと国民を扇動し、精霊王の住む場所にいっせいに火を放ったのだ』
そりゃあ見捨てるよね。
ペンデルスではいまだに精霊王は国を滅ぼした敵だと思われている。その前に自分達がしたことは綺麗さっぱり忘れていてね。
「それで彼らは精霊と共存して栄えている国の存在を許せないのか」
「だからといって他国の王子まで暗殺するとは」
皇帝と将軍が厳しい表情で話しているのは、以前ちらっと話に出ていたルフタネン王国の第二王子暗殺事件の話だ。
あそこね、島が四つもあるんだよ。元は別々の小さな国だったのを統一したのが今の王族なんだって。
若くして国王になった現王は、他の島との結びつきを強くするために嫁を貰ったわけですよ。全部の島から一人ずつ。王妃四人よ。
王子が五人、王女が七人いるんだよ。そりゃあ政権争いも起こるわ。
つい最近、第三王子か第四王子の派閥に第二王子が殺された。どちらにもニコデムス教が入り込んでいるらしいよ。
第五王子は一番小さな島出身の王妃の息子で、もうすでに王位継承権は放棄してる。
王太子はもう二十歳よ。優秀な人らしいし、今更何をしているのかね。
第二王子と王太子は同じ王妃の息子だから、ふたりまとめて亡き者にしようとしていたんじゃないかって話もあるらしいよ。
「ニコデムス教を警戒する必要性は理解しました。我が国ではそんな宗教は広めさせません」
「ペンデルス人の入国を禁止してもいいかもしれんな。ベリサリオ辺境伯、すでに検問は強化しているんだったな」
「はい。海峡側ではなくルフタネン側の港から密入国しようとした者が、何人かおりました」
『ふむ。そなたら精霊について国民に教えているはずよな』
「は?」
突然話題が変わったので、将軍と陛下が顔を見合わせた。
因みに私を含めた子供達は、突っ立ったまま黙っておとなしく話を聞いてます。特に皇子達は空気です。
『対話をし精霊が反応するようになったという事は、精霊が言葉を理解しているという事だと理解しているはずだな』
そりゃそうだろ。じゃなかったら対話出来ないだろ。
『つまり傍にいる精霊は、いつも人間の話を聞いていると理解しているよな』
「はい。あの……ベリサリオに入浴などや夜間など……隣の部屋に待機させるといいと聞いておりますし、そうしています」
『そうだ。聞かれてまずい話の時は離しておけばいい。どうも中央の者達にはそれがわかっていない者がいるようだぞ。精霊はみな、自分に魔力を与えてくれる人間を守ろうとするため、決して盗聴などしてはいないが、精霊や精霊王に害をなす話をしていれば、我らに知らせてくる。また、ディアドラに害をなそうとする者がいても知らせてくる』
ですよねーーー。後ろ盾になっているんですもんねーーー。
でも、なんでここでその話題?!
「そういう者が入国しているのですか?!」
ああ、そういう話? お父様に言われなかったら、悪口言われてるの? とか思ってました。
いかんなあ。危機管理出来ていないなあ。
『今のところそうではない。だが、ディアドラに害をなそうという話は我々に筒抜けになるぞと皆に伝えておいた方がいいぞ。我ら精霊王はそれを許さない。ディアドラは我らと人間の関係修復のために、すでに多大な働きをしている。ニコデムス教の者にとっては、彼女はすでに邪魔者だ。ディアドラを守るために、我々は後ろ盾になったのだからな』
うーん。やっぱり私の悪口を言っていると精霊王に筒抜けになるっていう事だよね。
理由としては私の身を守るためだけども、盗聴になっちゃうから、悪だくみする時には精霊を離しておけってことなわけだ。
でも精霊を離して会合していたら、悪だくみしているって言っているようなものじゃん。
「ディア、急に食事会に不参加となった子達に精霊はいるのか?」
「え?」
クリスお兄様に囁かれてはっとした。
「どうなんでしょう」
でも害って身の危険だよね。ちょっと意地悪したくらいで何かしたりしないよね。
『さて、では精霊を戻そうか』
琥珀先生、こっちを笑顔で見ながら話すのやめてくれませんかね。
精霊がここにいるんだから、今のひそひそ話も聞いてますよね。
「琥珀様、何か知っているな」
アランお兄様が呟いたら、掌に集めた光を風に乗せて飛ばしながら、琥珀先生がそれはにこやかな笑顔を私達兄妹に向けてきた。
アーロンの滝の周辺も学園の森も、精霊が戻り、木々の葉が鮮やかさを増した。魔力を森に与えていた人達の中には、すぐに精霊を手に入れられた人もいて、明るい歓声があちらこちらから聞こえてきた。
皇子達は琥珀から土の剣精をプレゼントされていたよ。
毎日のように学園の森に通っていたそうだから、たぶんすぐにもう一属性くらいは精霊を手に入れられるだろう。
ようやく四属性の精霊王の元を訪れ、それぞれの地を治める人間との橋渡しが出来たので、私たちベリサリオの仕事は一段落だ。中央の人達への精霊講座は魔道省と精霊省で合同でやるそうだ。
アーロンの滝に向かう貴族や、精霊を得るために散策する貴族達と入れ違いに、私達家族は一足早く皇宮経由でタウンハウスに帰ることにした。
この後の祝賀会に出席するために着替えないといけないのよ。
まだ皇宮には茶会以外に顔を出していないから、私が初めて参加する公式行事よ。
気が重いし、ストレス半端ない。
皇都で生活していたら長生き出来そうにないな。
いつも感想、評価、誤字脱字報告ありがとうございます。
次回は祝賀会です。