悪役令嬢にはなれない
ダグラスの設定を変更しています。カーライル侯爵嫡男です。三大公爵家にジーンが加わって公爵が四つになったと書いてあったのに、公爵家がいつの間にか増えていました。
前話に抜けていたダグラスとデリルの外見の記述を追加しました。
話の流れは変更ありません。
昼食会の後はダンスパーティーだ。
エールの産地としても有名なコルケットは、町ごとに有名な銘柄のエールを作っているくらい、産出量も国一番だけど消費量も国一番だ。
ダンスパーティーといっても夜の舞踏会とは違って、軽快な明るい曲に合わせてみんなで踊りながらエールを楽しむ、地方色豊かな緩い感じのパーティーなの。私はこういうおおらかな感じなのは大好き。
街並みといい、エールが有名なところといい、たぶん前世の世界のヨーロッパにもこういう田舎町はあると思う。
ただ中央の格式ばったやり方が好きな人達の中には、あんなのはダンスパーティーじゃない。田舎臭い集まりだと馬鹿にする人もいるらしい。
地方色が豊かだからこそ、いろんな名産品が生まれるし旅行が楽しいのにね。
多民族国家で他所の民族のやり方を馬鹿にしちゃ駄目よ。
でも最近、辺境伯ばかり目立っているから風当たりが強くなっているみたい。
「知らない方ばかりで緊張しました」
「でもお食事はとても美味しかったです」
今回はベリサリオから私の側近になる人達、アイリスとシェリルに一緒に来てもらっている。経験を積んでもらわないとね。
つい「様」をつけて呼んでいたら、側近なんだからダメだと言われてしまった。
私だけ呼び捨てにする関係って、なかなか慣れないよ。
彼女達は同じく側近として来ている人達と同じテーブルで食事をしていた。
出される食事は同じだけど、たぶん話題はだいぶ違うはず。子供達はまだ互いの顔を覚えて仲良しを捜すっていうのどかなやり取りだろうけど、大人達は情報の探り合いよ。自分の仕える主人に有用な情報を集めるのも仕事だからね。中には酔って愚痴をこぼすやつもいるかもしれないじゃない。でもそんなことをしたら、あっという間に貴族中に知れ渡るわよ。
ふたりとも周囲からいろいろ聞かれたらしい。
ドラゴンと精霊獣が互角にやり合っていたとか、蘇芳が大切そうに頭を撫でていたとか、いまだにUMA扱いの私にどんどん伝説が加わっていくもんだから、この機会に少しでも情報を掴んで帰らなくてはと思っているんだろう。
やり合ってないし、アランお兄様も同じように頭に手を置かれていたけど、それは噂にならないんだよね。みんな、聞きたい話しか聞かない。
なんなの。蘇芳をロリコンにしたいの? 私に怪獣大戦争をさせたいの?
「ディアドラ様。少しよろしいかしら?」
不意に声をかけられて、びっくりして振り返った。だって、私に声をかけていい人は皇帝一家しかいないんだよ。それ以外の人は私に声をかけてもらおうと、視界に入るようにさりげなく移動してるじゃない。
まいったな。めんどくさいな。事なかれ主義の前世を持つ私としては、何もなかった振りで答えてしまいたい。
せめて互いに迷うような、前回のパトリシア様とのやり取りのような感じだったら、仲良くなるきっかけにもなったのに。
でもそんなことを言っていたら、貴族としては失格だ。身分が大きな意味を持つこの世界で、下の者に公の場で失礼な事をされたら、ちゃんと対応しないと家族が笑われる。
それだけじゃない。側近達もうちで働く者達も、時には領民だって軽く見られる。
声をかけてきたのは、波打つ赤毛がゴージャスな美人さんの女の子だった。彼女の周りに他に三人、年齢が同じくらいの女の子が並んでいる。精霊がいない子ばかりだから中央の子なんだろう。
とても緊張している感じで顔が強張っているけど、敵意は感じないかな。虐められる感じではない。
でも彼女達、たぶん十歳よりちょっと上ぐらいだと思うのよ。成長の早いこの世界では、第二次成長期が始まっているみたいで背が高いし、胸も大きいし、すっかり大人っぽい。同い年の男の子に比べて、この時期の女の子は発育が早いんだよね。それが四人よ。
こっちは六歳と七歳の女の子だから、体格差が大きいのよ。中学生と小学校中学年くらいの差があるのよ。小柄なシェリルなんて怖がっちゃって、私の腕に縋り付いてきている。これ、周囲から見たら、年下の女の子を虐めているお姉さん達に見えない?
「ディアドラ様」
小声で斜め後ろからアイリスがそっと差し出してきたのは、ご令嬢の武器でも防具でもある羽根飾りの付いた扇だった。
やるな、おぬし。
そうよね、ここは悪役令嬢ディアドラ様の出番よね!
「あの……どちら様?」
閉じた扇の先を顎に触れさせながら、困った顔で首を傾げる。
こ、これでいいのよ。私の顔のタイプで毅然とした感じは無理があるのよ。守りたい系野生児なんだから。腹黒悪役令嬢なのよ。内弁慶じゃないんだから!
「まあ、ブリジット様をご存じないの?!」
知らんがな。初対面でしょうが。
それより緑色の髪のあなた、声が大きすぎるよ。目立つよ。あなた達、自分の首を絞めているよ。おばさん心配になってきたわ。
「私、ブリジット・リディア・フォン・チャンドラー。チャンドラー侯爵の三女よ」
「侯爵?!」
目を大きく見開き、扇をぱさっと開いて口元を隠す。
片手で扇を開いたり閉じたりするの、けっこうむずかしいわね。練習しておけばよかった。
「まあ、先に声をかけていらしたから、てっきり皇族の方で私が存じ上げない方がいらしたのかと思いましたわ」
「……何を言っているの?」
「あなたは辺境伯令嬢でしょう?」
ねえ、四人とも知らないみたいなんだけど、この子達やばくない?
「あら、もしかして父が公爵相当の地位になったことを御存じないのかしら?」
「え?」
「皇族に次ぐ地位をいただいたんですのよ?」
「な、なにを言っているの? ありえないでしょ?」
「そんな話、知ってた?」
「では、大臣になったことも御存じない?」
「ええ?! ちょっと、どういう事?」
「知らない。嘘じゃないの?」
うん。いるいる。中高のどこのクラスにもいるよ、こういう子達。
流行りのスイーツと大好きなバンドとかっこいい男の子にしか興味ないんだよ。
「嘘? 今、私を嘘つきよばわりなさったの? 初対面で身分の下の方が先に声をかけた上に、許可もしていないのに名前で呼んで今度は嘘つきよばわり? チャンドラー侯爵令嬢が私をどうお思いかよくわかりましたわ」
ため息をついて悲しげな顔で俯く。
ちらっと視界にこちらに来ようとしたダグラス様が見えたから、彼女達に見えないように眉を顰めて来るなと目線で合図を送った。
女の喧嘩に男が口を出したら駄目よ。まして年の近いイケメンくんは駄目。
『この者達が何かしたのか』
『悲しいのか。大丈夫か』
『こいつら倒す?』
『我らの敵か?』
様子を見ているだけでは我慢出来なくなったのか、精霊達が私とブリジット様の間に割り込んできた。それに負けじとシェリルやアイリスの精霊達までふたりの前に出てきた。
精霊はまあ口を出してもしょうがない。守るのが仕事だもんね。
「大丈夫よ。問題ないから静かにしてね」
様子を見ていたダグラス様が傍にいた男の子に何か話をして、その子が周囲を見回してから駆け出した。
あ、もしかしてこれは、側近に両親かクリスお兄様を呼びに行かせたかも。
「な、なんなのよ。私はただ、茶会に招待してあげようとしただけよ!」
あーもう駄目だこれ。どうやって収拾つければいいの?
初対面の相手を茶会に誘うなら、少しは調べようよ。
「お断りします」
「な……なんですって?!」
「むしろ、この状況で承諾すると思っているのが驚きですわ」
「ちょ……ちょっと待って。まさかクリス様に何か言う気じゃ」
「え? どうして。話しかけただけじゃない」
「だってアンドリュー皇子が……」
今度はこちらに背を向けて四人で話し出したぞ。
やっぱりクリスお兄様とアンドリュー皇子狙いか。
「ディア、いったい何の騒ぎなの?」
横から聞こえた声にほっとしたの半分、やばいって思ったの半分。
だってお母様の声が氷点下以下の冷ややかさなんだもん。いろいろ終わる人が出る気がする。
金色の髪を結いあげて、スタイルの良さを引き立てるドレスを纏ったお母様は、ともかく目立つ。立っているだけで思わず目を向けてしまう美しさ。
さっきまで話し込んでいた四人も、急に顔色を変えて黙り込んだ。
「アイリス、状況を教えてくださる?」
「はい、ナディア様」
私に聞かないところがさすが。
私だと彼女達を庇ったり、自分で何とかしようとするからね。
ただ、話を聞くうちにお母様の口元が、綺麗な微笑みを浮かべたのが怖い。
「まあ、あなたキャシー様の娘なの」
「……母を御存じですの?」
「ええ、とっても。でもそれよりお聞きしたいことがあるわ。なぜチャンドラー侯爵家の者がここにいるの?」
「え?」
「誰が招待なさったの?」
四人揃って真っ青な顔でうろたえているのはどういう事?
招待状なしで来ちゃったの?!
それなのに私に話しかけて、あの態度なの?!
「あなた達、なんでここにいるの?!」
悲鳴のような声と共に、真っ青になったシンディー様が駆け付けてきた。
この方はコルケット辺境伯の娘さんで、今年十七歳。
普段はおとなしそうな雰囲気のお姉さんだったのに、今は泣き叫びそうな顔をしている。
「私……姉の招待状を」
「あれは間違えて送ったからとレベッカに話して断ったでしょ! 捨ててって言ったのに!」
「そんな……知らなかったのよ」
そもそもお姉さまの招待状で、あなたが来ちゃ駄目でしょ。しかも四人で来るってすげえな。根性あるな。
おそるべし恋愛脳。おそるべし肉食女子。
「申し訳ありません。私、知らなくて友達を招待してしまって、それで母に聞いて慌てて断ったんです。レベッカは事情を知っていて、間違いだとわかっていたと言ってくれたのに」
えーと、これはどういう流れだ?
うちとチャンドラー侯爵家には何かあるの?
侯爵家と辺境伯家での争いって何だろう。領地は近くないもんな。
「落ち着いて。そのお話は聞いていますから大丈夫ですわ」
お母様が肩に手をそっと乗せて微笑んだのを見て、シンディー様はほっと息をついてから、深々と頭を下げた。
「本当に申し訳ありません」
「キャシー様とのことは、もう昔の事ですもの。今更、事を荒立てるつもりはありませんわ。でもそちらのお嬢さん方が、娘を嘘つき呼ばわりしたのは話が別よ」
すっと取り出したのは、バラ色の地に黒いレースが繊細な模様を描く扇だ。それを音もなく開いて、赤く塗られた唇を少しだけ隠すのが艶っぽい。
あの扇が似合う人はなかなかいないよ。華やかで妖艶で、でも品がいい。年を重ねても私には真似できないだろうな。
「招待状も持たない侯爵家のお嬢様が、私の娘をないがしろにするなんて。チャンドラー侯爵家はどうなさるのかしら。……もちろん、招待状もない者を大事な娘に近付けた主催者の方にもお話は伺いたいわ。警備はどうなっていますの?」
いやん。ママンマジ怒。
コルケット辺境伯御一家が、大慌てで駆けつけて来たわ。
明日、やっと精霊王に会えるというのに気の毒すぎる。
「ナディア、きみが愛するディアを心配するのはわかるが、せっかくのパーティーをこの娘達のために台無しにはしたくない。別室で話さないかい」
いつの間にか颯爽とやってきて、お母様の肩を抱いてやさしく話すお父様。さすがです。
お母様の冷ややかさに青くなっていた四人が、こんな状況なのにうっとりとした視線を向けたせいで、余計にお母様を怒らせている。
もう私、関係ないよね。ここにいなくていいよね。
「そうですわね。明日には翡翠様に会えると、みなさん喜んでいらっしゃるんですものね」
「クリス。ダグラスくん。私達は席を外すからディアを頼むよ」
「まかせてください」
「え? あ、はい」
呼びに行ったのがダグラス様の側近だったし、普段から仲がいいカーライル侯爵の息子だからと、しっかりと巻き込んでいるお父様がぬかりない。
ノーランドでは大人と子供がはっきりと分かれていたし、女の子は女の子だけで固まっていたから私に声をかけてくる人はいなかったんだよ。
でも今回は側近もいるから、私が駄目なら側近と仲良くなっておきたくて、大人も子供も話しかけてくる。私だってたくさん声をかけられているから、護衛代わりに侯爵家嫡男を使おうとしてるんじゃない?
「べつにダグラスはいいよ。ディアに近づくな」
「いい加減に少しは妹離れしようよ」
「ふん。ディア、バルコニーでひと休みしようか」
「はい、お兄様」
私の返事が終わらないうちに、すっと横からエスコートのために手が差し出された。
「ダグラス……」
「おとなげないよ、クリス」
機嫌悪そうなひっくい声を気にするどころか、ダグラス様は楽しそうで、私がため息をつきながらその手を取ると、するりとお兄様の横を通り抜けてバルコニーに歩き出した。
いつも感想、評価、誤字脱字報告ありがとうございます。
話を短くするかもといった割にはなっていません(◎_◎;)
区切りを考えると、このくらいが書きやすいようです。