表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/295

チートスキルとラジオ体操

 二歳になった時、とんでもない事に気付いてしまった。


 この世界、TVもネットもないのよ。今更だけど。

 だから余暇に何をするのかっていうのが大問題なのよ。

 チェスはあった。

 本もある。印刷ではなくて誰かが描いた物を魔法で転写するらしい。

 もちろん勝手に転写は出来ないように保護魔法がかかっている。

 紙が高いから貴族の読む本は贅沢品で、平民が読む本は黄ばんだ荒い紙を使った雑誌に近いつくりの本だ。


 日が昇っている間は働いて、暗くなったら仲間と飲みに繰り出して、酔ってさっさと寝てしまう。そして翌日もまた早朝から起きて働くのが平民の毎日だ。

 貴族の場合、労働の代わりに自分を磨くために時間を使ったり、茶会や夜会、舞踏会なんかに参加する。大人はね。

 あとはほら、家族持ちなら夜はいろんな過ごし方があるじゃない。ねえ。

 二歳児に何を言わせるのよ。


 で、二歳児は、夕食食べて、ちょっと本を読んでもらったら、もう寝なさいって言われちゃうんだよ。昼寝してるから眠くないのに。

 それでベッドでごろごろ、ぐだぐだ。

 精霊に魔力あげながら、捕まえようと手を伸ばしては逃げられるを繰り返して暇つぶし。本気で捕まえる気はないんだ。掴んじゃいそうになったら追うのをやめるから、相手もそれはわかってるみたいで速度を変えて飛んでくれたりする。


「あれ?」


 その日もなかなか寝られなくて精霊と遊んで、仰向けに寝っ転がりながら空中に手を伸ばしてた。

 そしたら不意に、何か光ったのよ。

 ピって音もして、昔見たSF映画みたいに空中に透明な板みたいなものが表れて、そこにずらーっと文字が並んだ。

 もっとわかりやすく言うと、タブレットの画面部分だけが空中に浮かんでいる感じ。


「うわ。懐かしい。日本語だ」


 そう。そこには日本語で、「あ」から順番に文字がならんでいた。

 試しに「アゼリア帝国」っていれてみたら、出て来たよ。ずらーっと。

 建国について。それ以降の歴史。産業。芸術。歴代の皇帝について。貴族についてもリンクで飛べるようになっている。


 ああこれウィ〇ペディアだ。

 チートか。チートスキルか。最強型主人公の異世界転生か!

 戦わないけどな!

 内政もしないけどな!

 だっておかしいでしょう。なんでこんなものを持たせて転生させるの?

 この世界の事はこの世界の人達にまかせて発展させようよ。

 それとも何? 実は地球の偉人達も異世界転生者だったの? そうやって世界は回ってるの?


 私は平穏に健康に生きて、素敵な旦那さんと巡り会って結婚したい。

 今回はな!

 前回は恋愛すらまともにしなかったからな! 二次元が恋人だったからな!

 泣いてないからな!!


 画面の向こうには行けなかったけど、異世界転生して、周りに格好いい人がたくさんいるんだから、誰かひとり確保すればいいのさ。

 石投げて当たったら、その人をくれるとかそういうスキルない?

 ウィキ〇ディアよりそっちがいい。ひとりでいいのよ。ひとりで。

 わかってるよ。向こうにだって選ぶ権利はあるよ。くそーー!!


 ともかく結婚して子供産んで、今回は両親に孫を見せて。

 そして長生きしたい。穏やかな老後を送りたい。

 チート使って戦ってる場合じゃないのよ。

 幸せな結婚とか穏やかな老後とか、なにげにハードル高いんだからね。


 でもまあもらえるモノはありがたくもらっておくわよ。

 暇つぶしに読むものが出来たし、使う機会のなさそうな日本語もこれを読んでいれば忘れないでいられるでしょう。


 そうしてアゼリア帝国について調べて驚いた。

 現在、国を治めているのは女帝エーフェニア。御年(おんとし)二十八歳。

 先帝がなくなった時、エーフェニア様は十七歳。弟君に至ってはまだ五歳。

 普通なら誰か後見人をつけて弟が皇位につくんだろうけど、アゼリア帝国は女性の地位が比較的高くて、過去にも三人ほど女帝が国を治めた歴史があった。

 しかもエーフェニア様は非常に優秀な方で、皇帝継承で国内がごたついている隙に国境線を広げてやろうという諸外国の動きに気付き、自ら女帝に立つと宣言し、古い考えの者は排除し、強力なリーダーシップを発揮して国をまとめ上げた。

 そんな彼女の右腕になったのが、旦那であり元侯爵家次男だったマクシミリアン将軍だ。

 わが国唯一の将軍は、女帝と熱愛の末に結ばれた美丈夫だ。

 愛する女帝のために国軍の総帥となり、国境に攻め入った他国を全て返り討ちにしていき、むしろ国境を広げてしまった偉大な武人だ。

 女帝が身籠り動けない間だけ、代わりに玉座に座ることもあり政治の手腕もなかなかだと評価されていても、あくまでも自分は国を守るのが役目と、普段は政治に一切口を挟まない。


 ウィキくんにはさ、写真も載ってるのよ。誰がどんな方法で写したのか教えてくださりやがれなんだけど、これがまたいい男でね、ともかくでかい。女帝と並んだ写真なんて、女帝の頭のてっぺんが将軍の胸くらいまでしかない。

 海外の格闘家とか軍人の筋肉ってすごいじゃない。二の腕の太さが女性の太腿ぐらいあるやつ。あんな感じでごつくて、顔も整っているけど強面で、だけど女帝にぞっこんめろめろらしい。

 女帝の方は見事な赤毛の気の強そうな美人で、もしかしてツンデレ?

 なにそれ理想のカップルじゃない。薄い本が三冊は書けるわ。


 でも私、あんまり筋肉ありすぎるのは苦手なんですけどね。細身マッチョがいいよ。

 どうもまだ感覚が日本人だから、東洋人が周囲にひとりもいないのが寂しい。さらっとしょうゆ顔を拝みたいよ。

 まあ二歳児なんで、どんないい男がいても気付いてもらえるわけもないんだけどね。


 ともかくおかげで我が国は今のところ安泰。

 ちょっとでも不穏なことをすると、女帝が政治的に、将軍が物理的に、その国を潰しにかかるので、みんな平和に貿易しようぜってことで戦争吹っ掛けてくる国はなさそうだ。


 ついでに我がベリサリオ辺境伯についても調べてみた。

 辺境伯って異国と接している場所を治めている分、広大な領地と軍を持つことを許されているらしく、国境守備の要だから立場も強いんだって。

 しかもうちは辺境伯って言っても、辺境じゃないのよ。

 西と南は海なので、まず海軍を持ってる。大きな港も持っている。

 南には大きな島国ルフタネンがあり、西は海峡を挟んでシュタルク王国があるから、戦争が始まったら最前線だけど、今は貿易の最前線。

 しかも年間を通して温暖な気候だから、夏には避暑地になり国中から人が集まる。つまり社交場がここに移行する。

 そりゃ皇族だって大切に扱うわけだ。


 そしてベリサリオ領はお茶の一大産地でもある。

 日本茶じゃないよ? 紅茶ね。

 でも紅茶とお茶の差が発酵度合いの差だってことは私だって知っている。

 いいよね、日本茶もほうじ茶も。そして抹茶!


 いや、そういうのはいいんだ。

 ウィキくんにやり方が出てても、新しい産業を興したりしないよ?

 自分用にちょっと作るだけ。そのうちね。


 話を戻そう。

 皇宮での仕事や社交もあるのに、広大な領地をうちだけでは治めきれないでしょ? だからいくつもの男爵や子爵や騎士爵に土地を分け、街には領主を置いて管理をしている。

 つまり皇族が本社の経営一族で、うち支社長みたいなものだね。

 しかも大都会のでかい支社を切り盛りしているから、経営陣も一目置いて大切にしている。ただし妙なことをすれば当然クビにされる。


 そうなると、うちの領地内にいる貴族達にとってはベリサリオ家が直属の主君なのよ。うちの屋敷はほとんど城と言って問題ない規模だったしね。

 いやあ、図面を見てぶっ飛んだね。

 港から我が家まで緩い坂道になっていて、攻められた時のために直接はいけないようにぐるりと丘を回るようになっていて、そこに城壁がある。

 その中が貴族の屋敷街で、さらにもう一つ城壁があって、その中に広大な敷地をもつ城が建っている。

敷地の中には建物がいくつもあって、城や私達を守るための騎士団の寄宿舎や練兵場。馬場もあるし、馬車を停めておくスペースだけでもかなりの面積があった。


 主だった貴族が、自分のうちの子供を皇族の側近や侍女にしたがるように、うちもお兄様達の元に貴族の子供達がいつも顔を出している。

 さすがに私はまだ二歳なんで、たぶんあと二年ぐらいは平和に生きられると思うの。

 でも十歳になると冬場は皇都近郊の学校に行かないといけないみたいだから、そうすると面倒ごとが増えそうね。それまでに腕力はつけておいた方がいいかもしれない。








 月日は流れ三歳になりました。

 私、絶賛ベリサリオ家の問題児ディアドラです。

 だいたいディアドラって名前からして悪役でしょう。いいけども。


 べつに名前が悪役だからってメイドいびったりしないわよ。

 ダナもシンシアも明るくてかわいい子なんだから、長くそばにいてほしいのにいじめたりしない。

 問題は、普通のお嬢様って行動範囲狭いのよ。これが男の子だったらここまで心配されないんだろうけど、上が男ふたりだったから、女の子に対する夢と希望が膨らんでたのね。

 それをものの見事に粉砕してやったわ。はっはっはっ……はあ。


 廊下は駆けてはいけないと言われたので、ちゃんとお外で走ってますよ。

 それもどこなら転ばないで安全に全力疾走できるか考えて、中庭を越えた先に騎士の訓練施設があるのを発見して、広い野外の訓練場の隅を借りることにした。

 お兄様達だってそこで剣の練習をしてるんだから、走るくらいはいいじゃんね。


 ただ私が移動すると、メイドか執事がひとり以上。護衛がふたり以上。洩れなくついてくる。

 執事って言ったって、お父様の執事長の孫でまだ十歳のレックスって子なんだけどね。お兄様達の執事はある程度経験を積んだ十代後半の子達なのに、そこは女の子。将来仕事をするわけでもないしメイドを多くつけているから、男手が必要な時もあるだろう的な感覚でつけられている。ちゃんと教育はされている途中みたいだけど。


 気の毒だよね。十歳の男の子が三歳の女の子のお守りなんてさせられて。たぶんアランお兄様あたりの執事になりたいんだと思うのよ。そのほうが将来的にも遣り甲斐があるでしょう? なのに嫌な顔をせず、それは丁寧に扱ってくれるし私の考えをちゃんと聞いてくれる。いいやつなんだよ。


 城内なのに護衛がふたりもつくなんて大袈裟なんだけど、これはたぶん、私があまり無茶なことをした場合、ひとりが抱えて強制運搬しなくてはいけないから、もうひとり、両手の塞がっていない護衛が必要なんだと思う。

 ごめんよ。いちおう城内にどんなところがあるか見たかったんだよ。動けるようになったもんだから、三歳児なのつい忘れちゃうんだよ。

 気が付いたら溝にはまってたとか、滑って転んで芝生の上をスライディングしたとか、擦り傷切り傷当たり前だからね。そのたびにお母様やメイドたちが悲鳴上げて大騒ぎになっちゃう。

 そんな騒がなくても、水の精霊が回復魔法かけてくれるんだよ?


 今日もダナとレックスと護衛をふたり連れて、日課の訓練場に行く。

 ちゃんと怪我をしないように準備運動だってするよ。

 といっても、どんな運動がいいかよくわからない。


 体育の授業ってさ、子供に運動を好きになってもらわなくちゃいけないんじゃないの? こういう運動を続ければ、大人になっても成人病にならないで済むよって毎日自宅で出来る運動を教えればいいのに、なんで運動嫌いになるような教え方するかね。私? 大っ嫌いだったよ。

 でも今はもう、大人になってから運動を始める大変さは身に染みている。運動の大切さもわかってる。それで寿命縮めたようなものだから。

 今度の人生では、子供のうちから毎日運動するのを日課にして、筋肉も持久力もつけて、大人になっても体を動かすのが苦にならないようにするんだ。


 で、なんの話だっけ。ああ、準備運動。

 そこは日本国民なら誰でも知っているあの運動ですよ。ラジオ体操第一。

 これなら体育の前にさんざんやらされたから覚えている。

 伸ばすときは思いっきり伸ばして、膝を曲げる時だって角度や膝の向きもちゃんとすると、考えつくされた体操だから、体中の筋肉がほぐされるし汗もかくのよ、これが。


「ディアドラ様、いつもしている体操はなんですか?」


 訓練場を使わせてもらうようになって一か月くらいして、騎士のひとりに尋ねられた。


「準備運動」

「ほお。初めて見る運動ですが、ご自分でお考えになられたのですか?」

「……なんとなく?」

「一緒にやらせていただいてもいいですか?」

「へ?」


 なんでなんでなんで? そんな気にするような動きしてた?

 あ、もしかしてダナが目当てか。かわいいもんね。

 騎士の中にも女の子はいるんだよ?

 でも騎士になろうって子達だから、体はでかいし髪はバッサリと短い。

 そこにメイド服を着た可愛い女の子が来るんだから、お近づきになりたいわけだ。そうだろ、わかってるぞ!


「その体操、非常に理にかなっていると思われます」

「そうなの?」

「はい。是非ともご教授ください」


 あ、真面目だった。ごめん。三歳児なのに心が汚れてた。


「だいいちたいそう! いち、に。次は手をこう」


 難しい言葉は使っちゃまずいから、まだあまり話したくないんだよね。

 だからやってみせて覚えてもらう。


「だめ、足。ちがう」


 やるならちゃんとやれよ。伸ばすところは体全体を伸ばす。

 しっかしさすが騎士団、体格のいい奴しかいないね。でかいわ。

 平均身長百八十くらいあるんじゃないの? なにそれこわい。


「これは、なかなか」

「え? そういう体操だったのか?」


 どうも三歳児がやると、手足が短いせいかよく動きがわからなかったらしくて、大人がやってるのを見て興味を持った騎士が集まってきた。

 おかしいなあ。この世界の子供は日本人より成長が早いんだけどなあ。

 単に人種の問題かもしれないけど、日本人だと五歳児くらいにはなってると思うんだ。

 あ、五歳児ってまだ幼稚園生か。そりゃしょうがないわ。

 どんなに真面目にやっても、大人がやるのとは見た目が違うわ。


「体が熱くなってきたな。冬は特に訓練の前にこれをやるといいんじゃないか?」

「誰か、ディアドラ様に教わってマスターしろよ」


 待って?

 え? これを騎士団で採用するの?

 つまり私、異世界転生して最初に伝授したのがラジオ体操?

 いやーーーー!! それはいやーーー!!


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
本作の書籍版1巻~6巻絶賛発売中。

i449317

― 新着の感想 ―
[一言] 「新しい産業を興したりしないよ?自分用にちょっと作るだけ。そのうちね。」 いいね。自分のために少し作る。最高です!
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ