砂漠のオアシス
みんなでペンデルスに行こう! なんて宣言したのに、実際に訪問するまでに四カ月もかかってしまった。
そりゃね、あれだけのことがあったんだから当然といえば当然なんだけど、いくつも国が絡むとひとつのことを決めるのにも時間と手間がかかるのよね。
シュタルクは新しい国の中心をハドリー将軍の領地に作ることに決定した。
早い時期から精霊を育てていて、港からもベジャイア国境からも近すぎず遠すぎず利便性のいい場所だからだ。
でもハドリー将軍が新しい国王になるのではなくて、今回早い時期からニコデムスと離れるように進言していた高位貴族達で、帝国のブレインのように意見を出し合って国を運営していく形にするんだって。
それはいいと思うんだけど、シュタルク人はハドリー将軍やオベール辺境伯達でさえ、精霊さえ育てれば今までのやり方で国が再興出来ると思っていたみたいなのよ。
それを指摘したのはオベール辺境伯の息子のギヨームだった。
「一度、ルフタネンや帝国の様子を見る機会を作っていただけませんか? シュタルクがどれほど遅れているのか、国外に行ったことのない人達はわかっていないんです。シュタルクのやり方は古いんです。今のままでは諸外国との差が開くばかりです」
彼のことは、正直ほとんど覚えていなかった。
シュタルクは他のやつらが問題ありすぎて誘拐事件まであったから、気にしていられなかったっていうのもある。
寡黙でいつも眉間に皴を寄せていて目力が強くて、貴族的な面立ちの人が多いシュタルク人にしては珍しいタイプではあるんだけどね。
近付きにくい強面のタイプなのよ。
「特にベリサリオには行くべきです。これからの復興の目標になります」
彼の提案通りにシュタルク首脳陣はルフタネンの王都とベリサリオを訪問し、自国との差に衝撃を受けて、最後には無言で項垂れて国に帰って行った。
帝国でもベリサリオは特別よ?
精霊を育てるのを推奨してもう十年経っているし、貿易のための専用街道を作って、車道と歩道をきっちり分けて、精霊車が馬車の倍以上のスピードで行き来している。
街には精霊や精霊獣を連れた人が普通に歩いていて、フライだって市民の手軽な乗り物で、子供だって乗っている。
フライに関してはルフタネンの方が最先端だけどね。
仕事に使えるように改造したフライが、バイクや自転車みたいな感覚で使われていて、フライの渋滞が起こる場所もあるんだよ。
「これは……すごいな」
一緒に訪問したベジャイアの人達も唖然としていたわ。
「そんなに悲観的になる必要はないでしょう。我々が試行錯誤して開発を進めた最先端のものを輸入すれば済む話です」
そんな人達にクリスお兄様はあっさりと言い切った。
「我が国の皇都は歴史のある建物が多いために再開発が非常に難しい。しかしシュタルクもベジャイアもすでに多くの建物が破壊されているんですから、住民を説得する手間がいりません。景観や利便性を考慮して、精霊と共存出来る新しい街の開発にすぐに着手すればいいだけです」
だから、言い方ってものがあるでしょう。
そうやって余計な敵を作らないでよーって思っていたのに、ベジャイアの宰相やシュタルクの高位貴族の中でクリスお兄様はすぐに大人気になった。
言い方はきついけど、具体的な方法をわかりやすく提示するから、計画を実現するための方針が立てやすいんですって。
「しばらくベジャイアに来ないか?」
「いや、シュタルクに外交官として滞在してくれないか?」
「これ以上ベリサリオや帝国に借りを作っていいんですか? 下手したら属国になりかねませんよ?」
「「ここまで大きな借りがあったら少しくらい増えても変わらない!」」
いや、変わるでしょう。
私に借りを作るのと、クリスお兄様に借りを作るのでは意味が違うよ。
「彼の貸し出しはしていません」
パウエル公爵に言われて、それでもあきらめずに宰相達が口説こうとするという場面を何度も見ている。あれはもうじゃれているだけかもしれない。
クリスお兄様ってパウエル公爵とかベジャイアの宰相のようなタイプの人に好かれるのよね。
裁判の方は、二回出席しただけだった。
前世の裁判の感覚を覚えていたから、何か月も、下手したら何年もかかると思っていたのよ。
でも全てが一週間で終わったわ。
ニコデムスの、いや、強盗団の悪事は全てはっきりしているので、さっさと終わらせてこれからのことに時間を使いたいというのは、当たり前の感情ではある。
厳しい取り調べが行われたって言うから、拷問なんかもあったのかもしれない。
パニアグアは裁判の席でさっさと殺せとしか言わなかったし、アルデルトは何を言われてもまったくの無表情だった。
国王は毒殺されていたそうで、白骨化した死体が王宮で見つかったそうよ。
「ふたりだけで来る予定だったのに」
みんなでペンデルス訪問をすることになったと話した時、カミルはがっかりしていた。
精霊王が一緒じゃないと訪問出来なかったんだから、今回はふたりきりは無理なのに。
「いつまでも拗ねているなんて情けないな」
「うるさいな。皇帝がこんな場所にいていいのか」
私達がいるのはペンデルスのオアシスが遠くに見える岩山の上だ。
岩と言っても砂漠の砂と同じ白っぽい色をしていて、草一本生えていない。
この砂漠、寒いのよ。
夏場は涼しくて過ごしやすいけど風が強くて、砂嵐が起こると何も見えなくなってしまうんだって。
それ以外の季節は寒いのに雪は降らず、からからに乾いた刺すような痛みを感じる冷たい風の吹く死の大地なのよ。
帝国より北に位置しているから覚悟はしていたけど、ここまで厳しい気候だとは思わなかった。
でもさすがファンタジー。
黄色みがかった白い砂の大地が見渡す限り続く中に、唐突にぽつんと緑豊かなオアシスが存在するのよ。
そこだけまるで見えない壁に守られているように、砂が中に入り込むこともないし、大きな湖は豊かな水を湛えている。
人々は明るい色合いの防寒着を着込み、帽子を被って、砂と同じ色の石造りの四角い建物に住んでいるの。
みんなと一緒に……と言ったけど、私と一緒にいるのは陛下とモニカとカミルだけ。
フライをプレゼントすることになったので、アランお兄様とパティは使い方を説明するために、エルダやジュード達と一緒に正式にオアシスを訪問しているの。
クリスお兄様は忙しすぎて今回は訪問出来ないので、スザンナも次回一緒に訪問するからいいと来ていないから、時間が出来たら私が連れて来てあげないとね。
「すごいな。どこを見ても砂ばかりだ。ここを緑地化して国を作るのか? 俺にはとても出来ないな」
「そうか? あの大国をひとつにまとめる方が、よっぽど苦労が多いんじゃないか?」
陛下へのクリスお兄様の話し方もひどいけど、カミルも今まで通りタメ口なんだよな。
カミルは公爵だから、気になっているんじゃないかと思って陛下に聞いたら、
「おまえの敬語の方が気になる」
って言われた。
「おまえひとりでもやばいのに、帝国がまだ一度も交流したことのない複数の国と親交のある男と結婚するんだぞ。おまえら夫婦は他国の王族より立場が強いだろうが」
そんなつもりはないのになあ。
そりゃあ月に何度かルフタネンやベジャイアに行って国王とお話しているし、シュタルクの生き残った貴族達は私に恩を感じてくれている。
でもだからって、偉そうな態度なんて取ったりしないわよ。
シュタルクなんてまだマイナス状態なんだもん。
国としての形が出来るまでにも、まだまだ時間がかかるだろう。
ペンデルスだってそうよ。
他国に住んでいたペンデルス人が戻る気になっても、ずっとペンデルスに住んで耐えていた人達との間が、すぐに上手くいくとは限らないでしょう?
きっとこれからもたくさん問題が起こって、ひとつひとつ解決しながら前に進んで行くしかないのよね。
「ここにあの石像を置くの?」
モニカが話しているのは石になったパニアグアのことだ。
なぜ私達がオアシスではなくて砂漠にいるのかというと、ここにパニアグアを放置しに来たからなのよ。
殺してしまうのは簡単だけど、彼はいろんな人達に憎まれていて、ただ殺すだけでは納得出来ないという意見が多かったの。
それでパニアグアが襲撃して崩壊させたこのオアシスが、これから徐々に人が増えて大きくなって、やがて石像が立っている場所まで緑が広がるまで、この場所で死ぬことも狂うことも出来ないまま、ただひとりきりで遠くからオアシスを見つめ続けるという罰が課せられたのよ。
『寒さは感じるようにしたわ。この気候だと、石が風で浸食されるけどどうする?』
「オアシスが広がるのが先か。浸食されて壊れるのが先か。どっちでもいいんじゃないですか?」
翡翠の質問にカミルは興味なさそうに答えた。
まあね。私としてもどうでもいいと思うわ。
それより砂漠のあちらこちらに精霊王がふらふらしている方が気になる。
今日もたくさん集まったなー。
「王太子の方は王都に放置されたんですって?」
「そうなの。自分のせいで死の街になってしまった王都に魔力が戻って、緑豊かになるまでひとりで見守れってことになったらしいわ」
「ディアは、それでいいの?」
「私?! なんで?」
「モニカ嬢、その質問の意味を教えてくれ」
「カミル! 近付きすぎだ!」
魔力がないあの街は人間が住める状況ではないから、石になっていても、アルデルトの体も蝕まれて内臓がやられて痛みが伴うのに、死ねないままに何十年もひとりで立ち続けなくてはいけないのよ。
自分だったらと思うとぞっとするけど、彼らのやったことを考えると、仕方ないのかなとも思ってしまう。
彼らのせいで大事な人を失った人は、いったいどれほどいるんだろう。
パニアグアは特にやることが残虐だったそうだから、このくらいの罰では甘すぎるくらいかもしれないわ。
『ねえ、ディア。少しくらいオアシスに祝福してもいいわよね』
急にふわりと飛んできたモアナに聞かれた。
「少しくらいって? 人間に影響がないようにしないと駄目よ」
『じゃあ、砂漠に祝福したらどうかな』
マカニまで何を言っているの?
『ベジャイア国境とオアシスを結ぶルートに祝福するのはどうだ? 砂漠の中に一本の緑の道が伸びているのは、なかなかいいと思わないか?』
「瑠璃までどうしたの?」
「彼らは早くペンデルスを国にしたいんだよ」
カミルに言われて納得した。
新しい精霊王の誕生を早めたいんだね。
『ベジャイアもシュタルクも精霊との共存のために手助けしたんだもの。ペンデルスだってかまわないでしょ』
シュタルクの精霊王達も、自国のことを気にしなくちゃいけない時期なのにしっかりと来ているのね。
『この国のことはタブークに行ってからも気にはなっていたのよ。今のペンデルス人は昔のこととは関係ないんですもの。こうやって精霊と共に生きる道を歩んでくれるのなら、多少の力添えはしなくちゃね』
元ペンデルスの精霊王まで来ているのか。
あー、これはオアシスが広がるのに、そんなに時間がかからないな。
パニアグアのいる場所まで、すぐに緑が広がるんじゃない?
シュタルクだって精霊王達が死の街にしたままにはしておかないんじゃないかな。
罰にならない気がしてきた。
「ディア、俺とモニカを戻してくれ。この人数の精霊王達が祝福したら、その魔力の影響を受けるだろう。体調が悪くなるのはまずい」
「なんで陛下とモニカだけ逃げようとしているんですか。私だって帰りますよ」
「おまえとカミルは今更だろう」
「初対面の精霊王がいらっしゃるんでしょう? ディアは帰れないわよ」
東方の国や南方の島国の精霊王達が、カミルと結婚する相手に会いたいって言っているので、ここで会うことになっているの。
瑠璃達もかなりひさしぶりに会うんですって。
新しい国が出来ると聞いて、みんな気になって仕方ないんだろうな。
「ディア、そろそろ時間だ」
「ちょっと待って。祝福は私達が帰ってからにして」
もう充分健康だし魔力も強いし、長生きだって出来るんでしょ?
いや、長生きしすぎるんでしょ?
これ以上祝福されたらどんどん人間離れして、カミルとふたりでよくわからない存在になっちゃうわよ。
「わかった。オアシスの方に行こう。どうせ姿は見えないようにしてくれているんだし観光しよう。初対面の精霊王とは……そうね、湖の上で会おう。最初に瑠璃と話をしたのも湖の上だったのよ」
「じゃあ移動しよう。ほら、あそこにもう来ている」
「え?」
うわ、オアシスの近くに二十人くらい精霊王が集まっている。
あんなにいるの?!
どれだけ国があるのよ。
『ディアだけで挨拶するのは駄目だ。俺も行く』
『私もよ。他国の精霊王が挨拶に来るのなら、まずは私達に一言あるべきよ』
いつものごとく瑠璃と翡翠が保護者のように、私の両側に立って肩に手を置いた。
『だったら私達だって、カミルと一緒に行かなくちゃ』
『そうだな』
ルフタネンの精霊王も集まって来たよ。
カミルも私も保護者が多すぎなのよ。
『あなた達は私が連れて行ってあげるわ』
琥珀が陛下の肩に腕を回し、
『ならば俺がモニカを連れて行こう。ノーランドの人間だしな』
モニカの肩に蘇芳が手を置いた。
『彼らが移動したら祝福するよー』
『俺は街道の方に行ってくる』
いつもは風の音しかしない砂漠が、今だけはうるさいくらいに賑やかだ。
オアシスも精霊育成マニュアルやフライが大量に届けられて、多くの人が広場に集まっているようだ。
人々の笑顔の明るさに、このオアシスをずっと守り続けてきた彼らの強さを感じるわ。
私と同じ転生者がよかれと思って広げてしまった間違った宗教の傷跡が、早くこの世界から消えて、どの国に行ってもたくさんの精霊と人々が、互いを思いやって共存出来る世界になってほしい。
ペンデルスの人達が早く彼らの精霊王に会えるように、私にも何か出来ることがあるだろうか。
『こっちも祝福する?』
『オアシスの湖の向こう側にも行かないと』
「やりすぎは駄目よ! ゆっくりとした変化じゃないとまずいわよ! 他所の国の精霊王が勝手なことをあまりしちゃ駄目だからね! 話を聞きなさーい!!」
まずはこの精霊王達を落ち着かせるのが私の仕事だな。
次回、エピローグです。




