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ディアの身の安全が最優先

 地下牢にいる人達は、きっと食事を与えられていないだろう。

 もしかすると王宮にいる人達のほとんどが、まともなものを食べていないかもしれない。

 食べ物は大事よ。

 せっかく助け出したのに空腹で死なれてしまっては意味がないから、行動を起こすまでの時間に、必要になりそうな物を出来るだけマジックバッグに詰め込んだ。


 そして、次に重要なのが私の服装よ。

 敵陣の地下牢にドレスをひらひらさせて行けないでしょ。

 汚れてもかまわない動きやすい服にしなくては。


「ということで、ハミルトン、服を貸して」

「なんで僕?」

「体型が近いのがあなただけだから」

「女の子と近い体型なんかじゃない!」


 まさか、こんな反応をされるとは思わなかった。

 普段は大人びているのに、そこは子供っぽいことを言うんだ。

 まだ十一歳だし細身だし、私とそれほど身長だって変わらないじゃない。


「僕はそんな小さくない」

「何言っているのよ。視線の高さがほとんど変わらないでしょ」

「…………」

「今は同じだってだけよ。二年もしたらにょきにょき身長が伸びるでしょ。すぐに見あげなくちゃいけなくなるのよ」

「当たり前だ。僕はノーランド民族の血が入っているんだからな。すぐにジュードみたいになるんだ」 


 それは……どうだろう。

 あそこまでごつい感じにはならないんじゃない?


「ハミルトンってジュードみたいな体型になりたいの?」

「男ならみんなそうだよ」


 そうなの? ってカミルの方を見たら、首を横に振っていた。

 ルフタネン人は細身が多いもんね。

 ベリサリオも長身で細身の人が多いのよ。

 筋肉質でもムキムキじゃなくて細身の方が、私も好きなんだよなあ。

 腕の筋肉が私の太腿くらいありそうな大男とか、暑苦しくて近付きたくないわ。

 

「ヨハネスって細かったわよね? カーラもどっちかって言うと……」

「私は背が伸びているわよ。ディアよりだいぶ高くなったでしょ」

「うそ。……ああああ、いつのまに」


 これから大変な仕事が待っているのに、こんなところで心にダメージを負ってしまったわ。

 私の心の友はパティだけよ。

 彼女にはあのまま、コンパクトで性格も可愛いのに、きりっとした猫目の気の強そうな顔をしているってギャップを貫いてほしい。


「……着替えて来る」

「女の子は身長よりむ……なんでもない」

「ハミルトン。喧嘩なら買うわよ」

「何でもないって言ったよ!」

「それよりディア、上にちゃんとコートを着るんだよ。ないなら俺のを貸すから」


 なんでコートの話なのよ。

 そこは、


「ディアは成人したら、ナディア夫人みたいになるよ」


 って慰めてくれなくちゃ。

 カミルのコートなんて借りたら、裾を引きずって地下牢の掃除をしちゃうわよ。


 この国の恥ずかしさの常識が、未だに私にはよくわからない。

 胸が零れそうなドレスを平気で着るのよ?

 ダンスをしたら、胸の谷間を見せまくりよ。

 それなのに膝を見せたら恥ずかしいとか、家族や婚約者の前以外で靴を脱いで素足を見せたらいけないとか、どういう基準なんだろう。

 南の島国や東方諸国では夏はサンダルを履くのが普通で、ルフタネンでも最近サンダルを履く人が増えているのよ。

 ベリサリオも夏は暑いから、サンダルがあると涼しくていいのにな。



 でも私だって、敵も味方もほとんど男性ばかりの状況だから、お尻の線がはっきり見えるパンツ姿でうろうろするのは、さすがにどうかと思うわよ。

 女性が下半身の体形がわかるような服を着るのもNGだから、悪目立ちしちゃう。

 だからカミルはコートを着ろとうるさいのよ。


「ベルトを締めれば何とかなるわね」


 精霊車の中に衝立で隔てて、ジェマとミミが試着室を作ってくれたのでそこで着替えた。

 肩幅が違うから、シャツの肩がずり落ちてしまうのは仕方ない。

 足は私の方が長いみたいで、裾はちょっと短かった。

 私はね、スタイルはいいのよ。手足の長いモデル体型なの。

 ただちょっと、こう出るべき場所がね。

 いや、まだこれからよ。


「一回しか着ていないから活用しなくちゃ」


 マジックバッグから取り出したのは、戴冠式の日に精霊王に会いに行く時に着たローブだ。

 ゲームの魔道士が着ているようなおしゃれなやつよ。

 これなら足元まで隠れるし、フードもついている。


「素敵。それなら動きやすそうね」


 でも、褒めてくれたのはカーラだけだった。


「上にそれを着るなら、下はスカートでもいいじゃないか」


 ハミルトンはむすっとしているし、


「派手じゃないか?」


 カミルは苦笑いになっている。

 白地に紫と青の模様の入っているローブだからね。

 カミルみたいな黒ずくめにしたほうがいいってこと?


「いいの。堂々と侵入して、堂々と助け出すの。重要人物が地下牢に入れられていたんですよって、世間にばらさなくちゃ」

「世間じゃなくて敵にばれるよ」


 でも転移魔法をフル活用する予定だから、移動距離は少ないのよ。

 このローブは防御力が高いし、いざという時にも役に立つと思うんだけど。


「ディアはさ、どうして自分から面倒事に首を突っ込むんだよ」


 ハミルトンがテーブルに頬杖をついて、もう片方の手で乱暴にお茶をかき混ぜながら言った。

 カーラは彼の隣の席に座っていて、私とカミルはテーブルを挟んでローブの裾を持ち上げたり、布地の丈夫さを確認していたのに、少し機嫌が悪そうな顔で真剣な口調で言い出したから、思わず動きを止めて注目しちゃったわ。


「どうしてって、私は精霊王のおかげで安全だから」

「ニコデムスを倒したいって言うのはわかるんだよ。でもシュタルクはその前からおかしかっただろ? もう大神官は捕まえたんだから、あとはハドリー将軍にやらせればいいんじゃない?」

「精霊と人間が共存出来る国にするのが目的なんだよ」


 すぐに答えられなかった私の代わりに、カミルが答えた。


「このままだと平民がたくさん死んでしまうじゃないか。自分が贅沢することばかり考えていた貴族達は自業自得だから放置してもいいが、国民が気の毒だ」

「そうなんだけどさ、だからってディアがそこまでやらない方がよくないか?」

「そうね。上手くいかなかったら、また助けてくれると思われたら困るわね」


 カーラまで心配してくれちゃってるの?

 精霊王が守ってくれているから危なくないし、地下牢の人達を助け出したら、そこから先はハドリー将軍を呼んで任せるのに?

 そりゃあ他の人にとっては命がけの作戦になってしまうだろうけど、私は出来てしまうんだもん。


「精霊王に恩返しもしたいのよ。今までたくさんお世話になっているから。シュタルクの精霊王だけ、人間と仲良く出来ないのは気の毒でしょ?」

「お世話になっているんじゃなくて、お世話しているような……」

「ハミルトン。精霊と人間が共存出来る世界を作る手助けをするっていうのは、俺が精霊王に後ろ盾になってもらった時の条件でもあるんだ」

「あー、そうなんだ」


 カミルはテーブルに腰を降ろして片手をついた。

 私だと、よいしょって乗らないと座れない高さなのに、さっくり座れるのが憎らしい。

 

「でもハミルトンやカーラの心配も理解出来る。そう考えるとベジャイアを脅したのは正解だったし、ディアが怖がられるのも正解だな」

「そうだね。簡単に頼みごとが出来ない雰囲気の方がいいよ。便利に使われちゃ困るだろ」

「まったくだ」


 便利に使う?

 私って、そんなお人よしに見えるの?

 新生ディアドラは畏れられているんじゃないの?


「わざわざ精霊王が村を祝福をして回ってくれたんだ。それなのに魔力を放出しないで精霊を育てなかった村があって、また作物が実らなかったとしても、それは俺達にはかかわりのないことだ。ディアに何か言ってきたら」

「精霊を育てないとかふざけんな。ぶっ飛ばすぞって言えばいいんでしょ」

「……言い方」


 ハミルトンは細かいわね。

 そんなに心配ばかりしていると若禿になるわよ。


「しっかりしていていいじゃないか。領地を得たら、彼が治めて行かないといけないんだからこのくらいがいいのさ」

「そうだよ」

「家令や執事も雇い直しになるんだろ?」

「何人かは残ってくれているけど、信用出来る人を探すのは大変そうだよ」

「かといってノーランドには頼めないし、ベリサリオに頼り過ぎは危険だぞ」

「しないよ。クリス怖いもん」


 そうね。

 使用人がベリサリオびいき過ぎるのは問題よね。

 クリスお兄様に任せると内通者を作りそう。

 騙そうとか利用しようとかじゃなくて、心配だから報告させようって考えでも、ハミルトンの知らないところで使用人がクリスお兄様に報告していたら嫌な気持ちになるもんね。


「準備は出来たし、そろそろ行きましょうか」

「そうだな。ふたりは国に戻るんだろ?」

「ディアが無事に作戦を終わらせたか見届けないうちは帰れないわよ。ハドリー将軍を王都に迎えたら、あなた達は戻ってくるんでしょ。一緒に帰りましょう」


 カーラはわざわざ立ち上がって、ぐるりとテーブルを回って私の手を取った。

 何度大丈夫だって言っても、私は化け物並みに強いって知っていても、友達も家族も心配してくれる。

 自分達と同じ、普通の女の子みたいに接してくれる。

 だから悲しませたくはない。


 自分が大事にしなくちゃいけないものは何なのか。

 本当に守りたい人達は誰なのか。

 間違えないようにしなくては。


「うん。一緒に帰ろう。きっとお母様が心配しているわ」


 全ての準備が終わって外に出ると、もうお父様達も将軍達も準備を終えて港に集まっていた。

 港の端に精霊車を一台停めて、魔道具の照明で明るく照らしている。

 ここが空間を開くポイントだ。


「ディア、無理はしないと約束してくれ」


 カミルと一緒ならと許可を出してくれたお父様なのに、肩を掴む手が少し震えている。


「危険だと思ったらすぐに戻ってくるんだ。もともと私達が進軍して救助する予定だった人達だ。誰も助け出せなくてもかまわない」


 気持ちはわかるけど、シュタルクの人達のいる前でその台詞はどうかと思う。


「カミル。たとえディアが嫌がっても、危険と判断したら抱えて転移で戻ってくるんだ。いいな」

「はい。なによりディアの無事が最優先です」

「その通りだ」


 きりっとした顔で握手しながら何を言っているのさ。

 精霊王が守ってくれているんだから、私はだいじょう……ぶじゃないかも。

 本当に私の身に危険が迫ったら、王都が砂漠になるかもしれない。

 やばい。無理をしないでちゃんと避難しよう。


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