円卓会議
「何をのんきなことを言っているんですか!」
話がまとまりそうになっている中で、ハドリー将軍が苛立ちを含んだ大きな声で言いながら立ち上がった。
「さんざんご迷惑をおかけした妖精姫に、そんな危険な真似をさせるわけにはいきません。おやめください」
彼らが座っているのは、私が上で寝られそうなくらい大きな円形のテーブルだ。
シュタルクの人達は私のいる側からは離れた位置に座っていたので、将軍は少しでも距離を詰めようとしているのか、テーブルに手をついて、上に乗り上げそうなくらいの勢いだ。
「どうして?」
「どうしてって、敵の本陣の地下牢ですよ。うら若い女性が乗り込むような場所ではありません」
オベール辺境伯は見た目どおり物静かな人なのか、それとも思慮深い人なのか、他の人達の反応と私の答えを注意深く観察しているようだ。
「つまり私が女だから駄目だと」
ハドリー将軍と同じようにテーブルに手をついて、幾分身を乗り出してまっすぐに将軍に向き合った。
「ただでさえ王都は物資が不足しているんです。地下牢に捕らえられている人達は、何日も食事を与えられず拷問だってされているでしょう。捕らえられている人の中にはご年配の人もいるのではないですか。その人に少女を危ない目には遭わせられないから助けに行けなかったというつもりですか? 今夜、命を落とす人がいるかもしれないんですよ。残された家族に、あなたはどう説明をするつもりですか」
うっと声を詰まらせ身を退いた将軍を睨みつけていたら、カミルに肩を叩かれた。
「そういう説得の仕方を軍人にしないであげてくれ」
「男同士って、そうやってかばい合うのよ」
残された家族や恋人の気持ちを考えてよ。
彼らにとっては、大切な人を助けてくれるなら、相手は誰でもかまわないわよ。
「将軍、我々も少し落ち着こう。状況の変化が目まぐるしく、他国に比べてあまりに我が国が遅れているのを目の当たりにして、だいぶ感情的になっているよ」
「それは……そうだが」
将軍の腕に手を添えて落ち着いた声で話すオベール辺境伯は、軍師的立ち位置なのかしら。
このふたりが協力し合うことになったおかげで、ようやくシュタルクはニコデムス排除に動き出したのね。
「娘が失礼な言い方をして申し訳ない。しかし、ディアなら出来るんです」
お父様も立ち上がり、私の頭に手を乗せた。
「王太子とニコデムスの大神官は捕らえましたが、大変なのはここからです。王宮を奪還し、軟禁されている貴族達を助け出したとしても、こんなにも自然が失われてしまった大地をよみがえらせるのは並大抵では出来ません。何年も何年も地道な努力が必要になります」
お父様の言葉に、特にベジャイアの人達が深く頷いていた。
ルフタネンは精霊王がふて寝していた間も、国民は精霊を育てることを忘れなかった。
それは習慣化していたからだ。
子供が出来たら精霊を探すことが、当たり前の常識になっていたからだ。
四歳の時から精霊を育てる方法を広めてきた帝国でさえ、領地によって精霊の数にかなりの差が出ていて、未だに精霊を見たことのない人だっているって聞く。
ベジャイアはもっと深刻だ。
ようやく復興に向けて一丸となって動き出したけど、やらなくてはいけないことが多すぎて、つい、精霊を育てることを後回しにしてしまう人も多いらしい。
シュタルクの場合は、国が滅亡する危険とまだまだ隣り合わせだ。
国中からほとんどの魔力が失われていたから、精霊王が一回祝福してくれたくらいでは、半年も持たないと思うの。
これをきっかけに魔力を放出して精霊をちゃんと育てた地域は、半年後には作物が少しは実るようになるだろうけど、安心してしまって手を抜いた村は、またひどい状況に逆戻りしてしまうんじゃないかな。
「だから指導者が必要なんです。国を動かす人達が、物事を決定する優秀な人達がいなくては、人々はバラバラになってしまいますよ」
お父様に説得されても、ハドリー将軍は口をへの字にして考え込んでいた。
理屈ではわかっていても、成人していない女の子を危険な場所に行かせることに賛成出来ないのかも。
「どちらにしても、まずは精霊王に協力を頼まないといけないだろう」
「そうね」
「精霊王方、いらっしゃいますか?」
カミルが上の方を見上げながら言った途端、世界が急に広がった。
精霊車の中にいたのに壁も天井も一瞬で消えて、足元には草原が広がり、明るい日差しが眩しい青く澄んだ空が広がり、木々は初夏を思わせる緑の鮮やかな葉を茂らせている。
遠くには白い浜辺が続き、穏やかな波が打ち寄せているのが見えた。
『昔、ここはこういう景色だったのよ』
シュタルクの水の精霊王が、懐かしそうに目を細めた。
『春には白い花が一面に咲いて、空の青と海の青がどこまでも続いていて、美しかったわ』
国ごとに固まって草原に佇んでいるんだけど、微妙に光が揺らめいているせいで、私達と同じ場所ではなく、薄いカーテンの向こう側にいるように見える。
いっせいに跪いた人達は、指先に触れる草の感触に戸惑いつつも、美しい風景に見入っていた。
『カミル、呼んだ?』
いつのまにかモアナがカミルのすぐ近くに移動していた。
彼女の背後にはルフタネンの精霊王達が顔を揃えていて、少し離れて帝国の精霊王達も来てくれている。
「ディアと俺でシュタルク王宮の地下牢に行きたいんだ」
「いつもお願い事ばかりで悪いんだけど、連れて行ってくれる?」
カミルはルフタネンの精霊王に、私は帝国の精霊王に話しかけた。
『おまえの願い事は、ほとんどが誰かのためになることばかりだ。そしてほとんどが精霊のためにもなることだ』
『そうよ。だから遠慮なんてしないで』
そう言ってくれるけど、瑠璃も琥珀も、笑顔で頷いている蘇芳も翡翠も、みんな私に甘すぎよ。
『ベリサリオ辺境伯に許してもらえるなんて、随分信頼されているじゃないか』
「クニ、髪をめちゃくちゃにするな」
ルフタネンの火の精霊王は蘇芳より背が高いからな。
赤い巻き毛で浅黒い肌の大男よ。
カメハメハ大王ってこんな人だったりしない? しないか。
「あの」
離れた場所から声が聞こえたのでそちらを見たら、テーブルの向こうに手だけが出ていた。
『みんな椅子に座って。それじゃあ話しにくいでしょう?』
シュタルクの水の精霊王が許可を出してくれたので、跪いていた人達が遠慮がちに立ち上がった。
意外なことにベジャイアの精霊王達が静かだ。
シュタルクの精霊王も、話しているのは水の精霊王だけだ。
私やカミルの後ろ盾になっている精霊王達を尊重しているのかな。
『またおまえを怒らせたらいけないから、あいつら慎重になっているんだよ』
笑いながら蘇芳がそっと教えてくれた。
怒らせたのなんて、もう随分前のことなのに?
精霊王にとってはついこの前なのかな。
「あの」
ああ、そうだった。
手をあげていたのはハドリー将軍だったのね。
長身の将軍が小さくなって手をあげている姿が可愛くて笑ってしまう。
『どうしたの?』
「我々を、いえ、私を王宮に連れて行っていただけませんか」
『それは駄目よ』
きっぱりと琥珀に断られても、ハドリー将軍は納得がいかない顔をしていた。
自分の国のことだから、他国の人間に任せないで自分で動きたいんだろう。
『あなたに手助けしたら人間に干渉したことになってしまうわ。私達はディアの後ろ盾になっているから、ディアが行きたいところに送ってあげるのは問題ないの。でもそれだけよ。手伝わないわよ』
『でも守る。後ろ盾になっている以上、我らは保護者だからな』
もうお父様も慣れているみたいだけど、瑠璃と琥珀に囲まれて肩や頭に手を置かれていると、私達親子みたいじゃない?
そこに翡翠や蘇芳も混ざろうとするから、くっつきすぎなのよ。
ちらっと見たら、カミルもルフタネンの精霊王に囲まれていた。
「以前からお聞きしたいと思っていたのですが、なぜその少女だけが精霊王様にとって特別な存在なんでしょうか」
おお。ハドリー将軍、それはいい質問だよ。
面と向ってその質問をした他国の人は、今までいなかったよ。
『そんなの当たり前じゃない。帝国で人間と精霊が共存出来たのはディアのおかげだからよ』
なぜか翡翠が胸を張って得意げに答えた。
『まだ四歳の時に帝国中を回って、精霊の育て方を広めてくれたのよ』
『ルフタネンの精霊王もディアには世話になったし、なによりカミルに嫁いでルフタネンに来てくれるからね』
『ねー』
マカニが説明する横で、モアナがにこにこしながら手を振っている。
『ベジャイアも世話になったし、迷惑もかけたんだよな』
風の精霊王、迷惑をかけたのはあなただけよ。
あなたが発言した途端に、他の精霊王達がはっとした顔をして私を見たじゃない。
私が、あなたに会いたくなかったって言い出したらどうしようって心配してるんじゃないの?
風の精霊王も発言してから、私の顔色を窺わないで。
精霊王にまでこわがられていると思われたらどうするのよ。
『シュタルクも大きな借りが出来そうよね』
うっ。いつの間にかあちこちに貸しを作って回っているみたいになってしまってる。
これは笑いごとではないかも。
今回なんて、王宮に乗り込んで捕まっている人を助けるって、一番貢献が高いところを私やカミルがやっちゃうって、貸しが大きすぎだったわ。
シュタルク関係者が絡んでないのはまずいよね。
ハドリー将軍が難色を示すのも理解出来るわ。
「お父様、軟禁されている人達の救出は明日になるんでしょうか」
「そうだね。時間を合わせて複数同時に救出する計画だよ」
シュタルクの兵士は参加するけど、そこでも中心になっているのはルフタネンの兵士で、見た目的にルフタネン人の方が目立ってしまう。
これは警戒するわ。
ここまでやってやったんだからと、シュタルクに圧力をかけてくる国があるんじゃないかって心配になるよ。
そうじゃなくても世論的に、シュタルク首脳陣は他国に助けてもらってばかりだったなんて話になったら、今後の統治がやりにくくなってしまう。
うーーん。
「将軍は今夜はここで野営の予定だったんですよね」
「はい。ベジャイアとシュタルクの合同軍は港で野営し、休息を取ってから、また村への支援に回る予定でした」
前の計画ならそれでもよかったのよ。
王太子とパニパニが、港まで来ちゃうから面倒なことになっちゃったんじゃない。
「わかりました。将軍には精鋭部隊を選んでもらいます。何人でもいいので、その人達も将軍も早めに仮眠して、深夜に動けるようにしておいてください。地下牢救出作戦が完了したら、私が空間を繋げて王宮に来てもらいます。そして翌日、軟禁されている人達の救出作戦の指揮を執ってください」
「なるほど、それはいいね」
どや。
お父様も納得の作戦よ。
「それなら早めに来てもらおう。王宮には近衛がいるはずだ。彼らと戦闘になった場合、俺達が説得するより将軍がいてくれた方が話が早い。上手くいけば味方に出来るはずだ」
カミルに言われて、そういう危険があることに気付いた。
勢いと力業でなんとか出来ると思ってしまうのはやめないと。
私は精霊王に守られているからいいけど、相手は大怪我するかもしれないもんね。
味方に出来る人に怪我をさせては駄目よ。
「そうしていただけるとありがたいです。よろしくお願いします」
「お気遣いありがとうございます」
ハドリー将軍とオベール辺境伯は深々と頭を下げた。