東西対決?
22日修正しました。
精霊省大臣なのに、ベリサリオ辺境伯が精霊王とノーランド辺境伯の初会合に顔を出さないのは変だよなと思いまして、多少書き足しました。
高く澄んだ空は晴れ渡り、ポツンと浮いていた白い雲がゆっくりと城壁の向こうに流れていく。早朝の澄んだ空気は少しだけ冷たくて、思わず手で腕を擦った。
城の前の広場には精霊車と馬車が並び、その横にずらりと馬が並んでいる。
揃いの鞍をつけているのが騎士団の馬で、それ以外は冒険者の馬だ。馬車の数だけでも二十台近くあるから護衛の数も半端ない。
その周りを忙しく行き来する人達は、小説の挿絵で見た冒険者そのままの姿をしている。
背中に大きな剣を背負っている人、プレートアーマーを着ている人、ローブを着ている人、弓を背負っている人もいる。意外なことに女性の姿もちらほら見かけた。
「アランお兄様、冒険者ですわ。皆さん強そうです」
「ディアの精霊獣の方が強いよ」
「そこは人間同士で比較しましょうよ」
「ディアの方が強いよ」
……そりゃな。精霊獣が強いって事は、私が強い魔法を使えるって事だからね。
でもさ、そうじゃないでしょう。ロマンでしょう。
朝からテンション上がっていたのに!
「お兄様、機嫌悪いんですか?」
「違うよ。眠い……」
「夕べ、遅くまでジュード様達と話し込んでいたんでしょう」
「……そんなことないよ」
私達がガールズトークしていた時、男共もジュード様の部屋に集まっていたんだって。
男ってそういう時はどんな話をするんだろう。無言でエロ本回し読みしてたりして。
今日はノーランド辺境伯とその御家族も、冒険者と同じような出で立ちをしている。
辺境伯は何を着ていても戦士っぽいから、革の胸当てとでかい斧が似合いすぎてこわいくらいだし、次期辺境伯のコーディ様は軽装備にローブを羽織って、彼の奥様のグレタ様は弓を背負っているのよ。並んでいると冒険者パーティよ。とても貴族には見えない。
でもノーランド辺境伯領の貴族が全部そうかというと、全く違う。
中には冒険者のような服装の人もいるけれど、特に女性はドレス姿の人が多い。少し丈が短いし、長時間馬車に乗っていても皺になりにくい素材ではあるけれど、他所の領地でも見かける普通の貴族の服装よ。
私も残念なことにドレス姿で、意外にもアランお兄様もいつもと変わらない服装だった。俺も戦うぜ! みたいな服を着るかもって期待してたんだけど、私達まで戦闘しなくちゃいけない状況になるような敵なら、戦う前に逃げなくちゃ駄目だろって冷静に言われてしまった。
そりゃあ公爵扱いの貴族の、まだ十歳にも満たない子供ふたりに戦闘させたなんて事になったら、ノーランド辺境伯の面目丸つぶれよね。
なので私のお仕事は、精霊車の中でおとなしくしている事です。つまらん。
「気を付けて行ってきてくださいね」
「くれぐれも無茶しないで」
早朝だというのに、カーラ様とパトリシア様が見送りに来てくれた。モニカ様も家族の元に顔を出している。他にも留守番の貴族の奥方や娘さんが見送りに並んでいるから、さっきから冒険者の男共がちらちらとこっちを見てくるよ。
これだけ綺麗どころが並んでいれば無理もないけど、前を見ないと転ぶぜ。
「さすがに騎士団の方は逞しい方ばかりですわね」
「え? 騎士団の方、いるんですか?」
近くにいた御婦人の言葉につい反応したら、みんなの注目を浴びてしまった。
「ベリサリオのディアドラ様ね。そうね、他所の方にはわかりにくいかもしれませんわ」
「騎士団の方は胸当てに紋章がついてますのよ。あの黒い胸当てです」
「ああ、防具が黒くて素敵だと思っていました」
「でしょう!」
ノーランドの騎士団は耐魔獣用に冒険者に近い装備なんだ。うちの騎士団とはだいぶ違う。
でも冒険者にも黒い装備の人がいるからわかんないよ!
「馬車に乗ってくれ! 出発するぞ!」
それぞれの馬車に貴族達が乗り込み、その周囲を騎士団と冒険者が警護するために配置につく。
私とアランお兄様も見送りの人達と別れて自分達の精霊車に向かい、小型化した精霊獣を顕現させた。
竜巻や岩の形のアランお兄様の精霊獣は、大型化させたら意外にも人型になった。ただし綺麗な女の子じゃないよ。なぜかランプの精みたいなやつ。アニメにあるでしょ。あれが四色分。
はっきり言おう。きもい。
肌が緑に赤に黄色に青のごつい禿げのおっさんだよ。アランお兄様のセンスがよくわからない。
今は小型の状態で顕現したけれど、ベリサリオと違ってまだ精霊獣を初めて見る人が多いのか歓声が上がった。
精霊を持つ冒険者は増えたといっても、精霊獣まで育てるのは大変らしい。だから精霊獣を持っているのは、ランクの高い魔道士冒険者の証になっているんだって。
「おはよう。私は休憩するまでは精霊省の精霊車で行くから、アラン、ディアを頼んだよ」
「はい」
今回私達は精霊省のお手伝いという名目で参加しているらしい。やることは変わらないけどな。
お父様もベリサリオ辺境伯としてではなく、精霊省大臣としてお仕事で参加しているから、ノーランド辺境伯とうちの間に貸し借りは発生しないし、特にこれで仲良くなるはずもない……って、誰も思わないよね。どう見ても仲良しだよ。でもそういう体裁が大事なんだって。私にはよくわからん。
今日は精霊車が四台加わっている。
そのうち二台がうちの精霊車で、一台が精霊省の、そして今回お試しで精霊車を一台、ノーランド辺境伯にお貸ししている。
御者の座る席につけた風よけが風の抵抗を受けにくく丸みを帯びていて、夜でも走れるように魔道具のヘッドライトが二個ついているから、ちょっと車っぽい。
私の乗る精霊車は、長い時間乗らなくてはいけない時用に椅子のクッション性にはこだわった。寄り掛かりたいから肘掛け付きよ。天井の一部をめくるとミラーがつけてあるのよ。小物入れに飲み物を入れるアイスボックス完備。出来ればリクライニングシートにしたかったんだけど、空間魔法を早く覚えろって言われてしまった。
「きみ達はのんびりしていてくれていいんだからね。はいこれ、途中で食べてくれ」
コーディ様がお菓子の入った袋を持って、様子を見に来てくれた。背後に小型のゴーレムのような精霊獣を従えている。
「ありがとうございます」
挨拶をして馬車に乗り込もうとしていたら、コーディ様は窓から中を覗き込んでいた。
「なにか?」
「あ、いや。宮廷魔道士が空間魔法の話をしているのを小耳にはさんでね。もしかしてきみはもう、使えるんじゃないかと思って」
おい、宮廷魔道士。口が軽すぎるだろう。
「まだ風と土の精霊がもう一段階成長するようなんです。空間魔法は全属性の精霊獣が成長しきらないとダメみたいです」
「ほうほう、やはり全属性いるのか。育てるのに何年くらい……」
「おい、出発だと言っているだろう」
「あ、父上。すみません。ではあとで」
ノーランド辺境伯に連れられてコーディ様が去っていく背中を見送り、私達はさっさと精霊車に乗り込んだ。
精霊の説明に出かけるたびに御者をしてくれているダニーがいるので、私とお兄様はまるっきりやることがない。ジェマやアランお兄様の執事や側近は後ろの精霊車に乗っている。ふたり分の精霊が取り囲んでいる精霊車だから、護衛をつける必要ないからね。
「空間魔法、一部ではかなり噂になっているようだよ」
椅子にクッションを並べながらアランお兄様が教えてくれた。
「魔道省と精霊省、どちらが開発を進めるべきかで問題になったんだって」
「お父様、たいへんそうですね」
「平気だよ。宮廷魔道士長も副魔道士長もディアの弟子だし、皇都の精霊の森の件で父上に借りがある。共同研究にしようって事で決着はついたらしいけど、実際は魔道省はすでに精霊省の傘下に入ったようなものだって」
うわー、まじかー。皇宮ではそんなことになっているのか。
お父様、色男風の優しい雰囲気なのにやる時はやる人だもんな。
「その話、いったい誰から聞いたんです?」
「ふふん」
得意げな顔をして、アランお兄様はごろんと座席に横になった。
壁に足をあげて肘掛けを枕にして、本格的に寝る気だ。
「なにかあったら起こして」
「その前に飛び出して暴れてきますね」
「やめて。ちょっとでいいから寝かせて」
どれだけ寝不足なのさ。
私は眠くないから、ひとりで寂しく窓から外を眺めた。
全く揺れないから、いつ出発したかわからないほどよ。
早朝だというのにたくさんの人に見送られて、精霊車と馬車の長い列は城から町中へ、そして城壁の外に向かっていく。
城の中だって物珍しくてきょろきょろしてたから、町に出たらもう窓に齧り付いたね。馬車が通るのは一番広い通りだから、両脇にある建物はどれも立派だ。
看板がね、剣や弓の絵が描いてあったり、鎧の絵が描いてあったり、金床とトンカチの絵が描いてあったり。前世でやったゲームのようで懐かしい。そして感動。
RPGの世界だ。ファンタジーだ。
通りの端からこちらを眺める人達の服装も、ファンタジーと聞いて思い描く町の人の服装のまま。誰もアロハシャツなんて着ていない。
「あまり顔を出すなよ」
声をかけられて顔を向けたら、馬に跨ったジュード様がいた。
この子、ノーランド辺境伯のお孫さん。モニカ様のお兄さんでアランお兄様と同い年。
昨日の歓迎会では態度悪かったのに、今日はアランお兄様と仲良くなっていた。夕べ一体何を話したんだ。
「アランはどうした」
「寝てます」
「しょうがないなあ。しばらく貸してやると言ったのに、徹夜して読んだのか」
「なんの本ですか?」
「魔獣全集」
「私も読みたいです!」
「魔獣に興味あるのか。いいよ、返すのはいつでもかまわない」
「ありがとうございます!」
イケメンゴリラなんて思ってごめんね。いいやつだった。
でもでかいよ。八歳ですでに百六十くらいは身長がありそう。ノーランドの人達、骨の太さから違うんだよ。
しかし健全だったな。魔獣全集か。男の子が集まって話すのって魔獣の話なの?
日本でいうところのゲームやアニメの話みたいなもの?
皇宮では誰が今力を持っているらしいとか、将来働くならどこがいいとか、今後経済はどうなりそうだとか……クリスお兄様じゃあるまいし、そんな話するわけないな。
「城壁、近くで見ると更に大きい……え?」
城壁を出たら、大草原が広がっていた。そして他には全く何もなかった。
まじ?! 本当に全くなにもないの?!
果てしなく続く大草原に、低い樹木がところどころに生えているだけよ。
遠くに森が見えて、そのさらに遠くに山が見えるだけ。目的地はあの山の麓のはず。
「ふえーーーー」
うわあ、あの遠くに見えるの魔獣じゃない?
あれだ、イメージとしてはサバンナだ。
ところどころにある岩地や木々の周囲で魔獣が群れている。
辺境すげえええ。
「乗り物で寝られるお兄様が羨ましい」
どこまで行っても風景が変わらない。大草原だから。
二時間ずっとそんな風景が続けばさすがに飽きるわ。
休憩を入れた後は、アランお兄様にお願いして魔獣全集を貸してもらった。
「魔獣に興味があるのかい?」
「どんな種類がいるのかは知りたいです」
お父様が馬車に乗ってきたから、アランお兄様はさっきまでのだらけた態度が嘘のように、姿勢よく椅子に座って外を見ている。
我が家の最後の良心だと思っていたのに、大人になるって悲しい。
「レッドボア、三頭接近」
「馬車に近付けるな!」
「倒しました!」
冒険者と騎士団の選りすぐりの兵士が揃っているから、倒すの早いね。
戦闘を見たくて窓のカーテンを開ける頃には倒し終わっているの。
たぶん近付く前に弓と魔法で倒しちゃうんだろうね。
昼ご飯は用意されていたサンドウィッチを馬車で食べるだけ。
向こうに昼過ぎに到着して、辺境伯が蘇芳と話をしている間に貴族達は精霊を捜して、冒険者達は今夜泊まる場所を決めて夕食の準備よ。
精霊王の住む場所に行くのに、野宿しないといけないとなると、子供を連れてはいけないな。
でも、瑠璃の湖に子供達が遊びに来ているのを精霊王達は羨ましがっていたんだよなあ。
「オーガスト! ドラゴンが飛んでいる。こっちに来た場合、精霊獣での援護を頼む!」
ドラゴン?!
精霊車に馬を並べて叫んだノーランド辺境伯の表情は険しい。
カーテンを全開にして、窓から身を乗り出して空を見上げたら、まだだいぶ遠いけど巨大な物体が飛んでいるのは見える。
「一部の貴族がパニックを起こしそうだから、安心させるためにこちらの精霊獣を大型化する。ドラゴンが近づいてきたらそちらもたのむ」
「わかりました」
辺境伯の合図で三体の精霊獣が大型化した。四メートル以上ありそうな大きなゴーレムはコーディ様の精霊獣だ。
「馬車を停めるな。隊列を乱すなよ」
「こっちに近づいてくるぞ!」
「アラン、ディア、まず一体ずつ大型化しよう」
「はい」
アランお兄様が風の精霊獣を大型化したので、緑色の巨人が姿を現した。
うん。キモイ。
お兄様には言えないけど、趣味最悪。
お父様の精霊獣は空を駆ける天馬よ。
こっちも属性によって青味がかっていたり赤っぽかったりするんだけど、動物だと気持ち悪くないんだよね。むしろ格好いい。
馬といっても蹄が私の顔くらいあるでかい馬だよ。足も筋肉が発達していてごつい。たぶんあの足で蹴られたら、人間は一撃でげきょって折れ曲がってしまう。
私が巨大化させたのは水の精霊獣のリヴァだ。
でかすぎて普段なかなか活躍させてあげられないから、今日ぐらいは思う存分身体を伸ばしてもらおう。
「うわ、なんだこれ」
「でかい。これなら勝てるぞ」
リヴァは東洋のドラゴン型よ。翼はなくて長いやつ。
星の付いた球を集めると願いを叶えてくれちゃうやつと同じ竜型だぜ。
こちらに近づいてくるせいで、どんどんでかくなってくるドラゴンは、赤く輝く鱗を持ち悠々と翼を広げていた。
でも迎え撃つ東洋のドラゴンだって、銀色の鱗が光を反射して青く輝くのよ。その隣には緑色の肌をした巨人やゴーレムだっているんだから。
……怪獣映画みたいになってきた。
見る見るうちに近付いてきたドラゴンは、私達の少し手前で着地した。
なにしろでかいから、着地の衝撃で地面が振動するし砂埃が立つ。
もわりと黄色く煙った視界の向こうで、ドラゴンは地面すれすれまで頭を下げて不思議そうにこっちを見て、首を傾げている。
精霊獣が珍しいのかな。ちょっとかわいい。
相手がどんな奴かわからないから、ちょっとつついてみようと思ったのか、ドラゴンがゆっくりと前足をあげるのに気付いて精霊獣達が臨戦態勢に入ったその時、ドラゴンと私達の間を光の壁が遮った。
「なにこれ」
「なんだ?!」
じっと見たら眩しさで目をやられそうな、地面からライトで上空を照らしたような光の壁が、二車線道路くらいの幅でずっと先まで続いている。ドラゴンも眩しかったらしく、何歩か後ろに移動した。
『精霊王が道を作ってくださった』
『このままこの道を進めば安全だ』
「おお、我々を守ってくださるのか!」
「このまま馬車を走らせろ!」
精霊獣の言葉に、倒れそうだった御婦人方の顔つきが明るくなる。
ドラゴンを気にして落ちていたスピードを一気に上げ、馬車は走り出した。
何が起こっているのかよくわからないのか、ドラゴンはその場にすわったまま私達を見送っていた。
いつも感想、評価、誤字脱字報告ありがとうございます。
まだ精霊王に会えませんでした……。
次回は会います。