甲板での攻防
「石になーれ」
私の明るい声が船上に響いた。
いやあ、瑠璃ってばすごいわ。
効果音もエフェクトもなく、私が言葉を最後まで言い終わるより早く、イヴァンは石になっていた。
ベジャイア城で石にされた人と違って青味がかった色なのは、瑠璃の好みかしら。
「は? なに?!」
「う、嘘だろ」
私以外、人間が石になるところを見たことがある人はいなかったみたい。
戦闘力に自信がある男達は剣を抜いて向かってくる相手より、こういう攻撃のほうがこわいでしょ。
人数的にも絶対勝てると思っていたのに、突然自分達がやられる立場になって大慌てよ。
「石になってもまだ生きてるからさわらないでね。砕けちゃったら、中の人が死んじゃうわよ」
本当に石にされているのか確かめたくて、背中に触れたり軽く叩いたりしている人達がいたので注意してあげる私ってやさしいと思わない?
でもいっそ死んでいる方が彼らとしてはよかったのかもしれない。
この状況で今後ずっと生きていかなくちゃいけないと思っているんだろうな。
砂にしちゃったらさらさらって風に飛ばされてそれで終わりだけど、石は人間に戻せるのに、カザーレ達はそんなことは知らないから、霧の中で顔色が真っ白になっていて余計に表情が判別しにくいわ。
「いったい何をしたんだ!」
カザーレの声はひっくり返って悲鳴のようだ。
船員やカザーレの部下達は、逃げるべきか、人質を取るべきか、いっそ私を殺すべきか迷っているみたい。
「私の仲間に近付いたら石に……」
「ぎゃー。本当に石だ! 石になった!」
「冗談じゃねえ! こんなのやってられるか!」
どうやら私の注意を聞かないうちに、パニックになった男が見た目の弱そうなミミに飛び掛かろうとして石にされたらしい。
それを近くで見ていた男が喚いている。
船の奥に逃げ出した男は、私達の部屋に待機しているルフタネン兵に捕まるだろうからほっとこう。
「私ね、ずっと不思議だったんだけど、精霊王が私の後ろ盾になっていることは知っているわよね。それなのに私をシュタルクに連れて来ようとするニコデムスは、何を考えているの? 私がこんなところにいたら、精霊王達が心配して見守ってくれているのなんて当たり前だと思わない?」
精霊王と聞いて、今にも逃げ出しそうな様子で男達はきょろきょろしだした。
かくれんぼしているわけじゃないんだから、どんなに周りを探しても見つからないわよ。
「さて、これで落ち着いて話が出来るわね。カザーレ、ここはどこの港?」
「…………」
顔色が悪いなあ。
もしかして震えてる?
「う、うわーー!」
「たすけ……」
私が一歩近づいただけで、カザーレの傍にいたふたりの男達が慌てて階段を駆け下りようとして、途中で石にされていた。
彼らは黄味がかった石になったから、違う精霊王がやったのかも。
「邪魔だから石は海底に沈めておいて。残りの人生は魚を眺めて過ごしてもらいましょう」
「な……な……」
全ての石像がいっせいに消えたのを見て、敵は全員すっかり戦意喪失してしまっている。
腰を抜かして座り込んだまま、出来るだけ私から離れようと後ろにずりずり下がっていくのはやめなさいよ。情けないなあ。
うちの執事やミミの命を狙ったんだから、このくらいは当然でしょう。
もちろんニコデムスを撲滅して王宮に到着したら、石は人間に戻して裁判を受けさせるわよ。
拘束して連れて行くより石にした方が無抵抗で楽なんだもん。
「ベリサリオの港ならもっと明かりが灯っているはずよ。建物はうっすらと見えるのに窓から明かりが見えないってことは、使われていない港かしら? 海峡入り口近くでこの船が停まれるくらいの大きさのシュタルクの港といえば、精霊王の住居だったのに勝手に潰して軍港にした場所があったわね」
「……気付いて……いたのか」
「あたりまえでしょ」
「いつから気付いていたんだ!」
これは私への質問じゃない。
カザーレは私の肩越しに、後ろにいるカーラに向かって叫んだ。
「初めて会った日からよ」
「……は、はは……ははは。俺を騙してからかっていたのか」
「騙したのはあな……え?」
「ぐほっ」
むっとしてぶん殴ってやろうかと思った時、私の横をものすごい勢いで赤い塊が通過してカザーレの腹に激突した。
腹を押さえて呻いたカザーレに、今度は緑色の光を纏った小さな九尾の狐がダイレクトアタック。
カザーレはその場で尻もちをついた。
そこからは見事な波状攻撃よ。
二属性が続けて攻撃している間、残りの二属性が周りを牽制して、カザーレの仲間が助けようとして近付いたらすぐ、そちらにもふさふさの尻尾でべしべし攻撃していた。
その間、カーラのことはハミルトンの精霊獣がしっかりと守っているというナイスな協力体制よ。
「見事だわ」
なんて言っている場合ではなかった。
「はい、そのくらいにして。殺しちゃ駄目よ。彼にはまだ働いてもらうんだから」
「みんな、もういいから戻って来て」
私とカーラが呼び戻したらようやく、ずたぼろになったカザーレを残してカーラの精霊獣達が戻ってきた。
もう何か月もカーラがつらい目に合っている様子や、クスリのせいで具合が悪くなっているのを傍で見ていたんだもんね。
それなのにカザーレに被害者ぶったことを言われたら、許せないのは当たり前よ。
「彼らを回復して」
『えーーー』
『ブーブー』
『僕はヤダ』
「まだ役に立ってもらわないといけないのよ」
カーラとハミルトンの精霊獣は、絶対に回復なんてしないぞという様子だったので、私の精霊獣達が彼らを回復してくれた。
でも見た目はかわいい狐達に、立っていられないほどぼこぼこにされたカザーレは、心が折れてしまったようで座り込んだままぼんやりしている。
彼の仲間達も、どうしたらいいかわからないようで立ち尽くすばかりだ。
「リヴァ、ダメージなしで水をぶっかけて差し上げて」
ダメージなしだって言ったのに、水の勢いで押し流すほどに派手にやったわね。
溺れかけているやつがいるわよ。
「ごほっ。げほっ。な、なにを……」
「うえっ」
「し……死ぬ」
「少しは目が覚めた? もう一度水をかけられたくなかったら、話を聞きなさい」
「お、俺達は家族を守るために仕方なく」
「そうだ。国のためにやるしかなかったんだ」
言い訳を始めたのは、カザーレの店にいた男達だ。
私達のやり取りに興味を見せず、どうにかして逃げ出そうとしているのが金で雇われて、よく事情を知らないならず者達だな。
「国のため? おもしろい。どの辺が国のためか説明してもらおうじゃないの」
腰に手を当てて近付いたら、彼らは身を寄せ合って船の甲板の端っこで震え出した。
「精霊獣を弱らせる魔道具をカーラにつけさせて、二度もクスリを飲ませたわよね? 夕べの食事は? あれにもクスリが入っていたんじゃないの?」
「ひーー」
「帝国やベジャイアにいたんだから、ニコデムスを信じるのと精霊と共存する道を選ぶのと、どちらが国民のためになるのかわかっているはずでしょう。カーラと知り合いになったのなら、全て話して私に助けを求める道もあったはず。でも楽な道を選んだんでしょ? 上からの指示に従っているだけでいいのは楽だもんね」
故郷では飢えている人もいるのに、帝国で美味しいものを食べて商人の真似事をして、楽しく暮らしておきながら、これは国のためだと言い訳して自分を正当化していたんでしょ?
そしてとうとう犯罪に手を染めて、私を騙してシュタルクに連れて来ようとした。
「あなた達、今のシュタルクの状態を知っているの?」
「……一方的に指示が送られてくるから、実際の状況はわからない」
「呆れた。ここまで愚かだったとは。ニコデムスは滅びの教えだと気付いて、国王に精霊との共存を進言した貴族達は、地下牢に入れられたり軟禁されたり、処刑された人もいるそうよ」
もう反撃する気力もなく俯いていたカザーレ達も、今の言葉で目が覚めたようだ。
驚きに目を見開き、ようやく私に注目した。
「もう王宮に残っているのは目先の権力と金に目が眩んだ馬鹿ばっかりよ。国王でさえもう何か月も姿を見せていないから、殺されている可能性があるそうよ」
「なんてことだ。なんて……」
「カザーレ、どうするんだよ。俺の家族は国にいるのに」
「有名な将軍がいるでしょ。彼は早い時期から領地に籠っていたから無事で、オベール辺境伯と一緒に兵を率いてベジャイア軍と合流して進軍しているわ」
「ハドリー将軍が?」
「じゃあ、俺達のしてきたことは?」
「もうすぐ辺境伯と将軍の軍もここに到着するはずだから、あなた達が国のためにしたことを話してみたらいかが?」
彼らの表情を言葉であらわすと「絶望」だな。
ショックで泣いているやつもいる。
カザーレなんて放心状態よ。
「そんなあなた達に、国のためになる仕事を与えてあげましょう」
にっこり微笑んで言ったら、恐怖に満ちた顔を向けられたんだけどなんで?
ここは喜ぶところでしょう。
「あなた達は最初の計画通り、船を降りて私をニコデムスに引き渡してちょうだい。あとは私が適当にやるから大丈夫」
「あ……あの……」
精霊に興味を示していた男が、おずおずと手をあげた。
「俺の故郷はベジャイアとここの間にあるんです。戦場になっているかもしれないんですか?」
「ああ、その心配はないわ。その軍にはシュタルクとベジャイアの精霊王も一緒にいて、ニコデムス教の貴族だけ拘束して、精霊との共存を望む人達にはいっさい手を出さないことになっているの。むしろ精霊王が村々に祝福して回って、作物が育つようにしてくれているはずよ」
「ありがたい……ありがた……」
「くそっ……なんで、俺達……」
「本当に国のためを思うならシャキッとしなさい。あなた達にも出来ることがあるんだから。いい? 船を降りたら出来るだけ執事達の傍に固まっておとなしくしていなさい。聖女は自分から進んでニコデムスのためにシュタルクに来たって神官達は思わせたいはずなの。拉致したなんて事実は隠したいんだから、あなた達は処分される可能性が高いわよ」
ようやく自分達の置かれている立場がわかったようね。
カザーレ達はよろめきながらも立ち上がった。
「申し訳ありませんでした」
いっせいに頭を下げたけど、許すとは言えない。
私に手を出してしまったからには、私が許しても周りが許さない。精霊王も許さない。
でもここで協力するなら、自分の故郷が蘇る様子を少しは見ることが出来るでしょう。
こうして会話している間に、金で雇われただけの男達は逃げようとしていたが、次から次へと石にされて、甲板に彫刻がずらりと並んでしまっていた。
これを全部海に沈めたら、魚達の迷惑になるかも。