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快適な船旅   3

 自分達の分も昼食を用意してあったので、テーブルにずらりと料理のはいった容器を並べて食事をした。

 お皿じゃなくて容器に入っているというのが普段と違っていて、ピクニックに来ている気分よ。

カミルとデリルもいるからとても楽しく賑やかに食事が出来た。


「おかしいな。今、敵陣の中にいるんだよな。これから本土に乗り込むんだよな」


 目の前に置かれた美味しそうな料理の皿を見ながら、ハミルトンが小声でぶつぶつ言ってた。真面目ね。


「船の揺れのおかげかしら。それとも実際に作戦が始まったからかしら。最近食欲がなかったのに、とても料理が美味しく感じるわ」


 カーラの方がその辺はおおらかね。

 私と付き合いが長いから慣れているとも言えるか。


 私達が元気にやっていると知らせないと、乗り込んできそうな人がたくさんいるので、食事が終わってしばらくして、カミルとデリルは報告のために一度転移して帰って行った。

 私は食後の休憩が終わった後、寝室の床にマットを敷いて、部屋でも出来るストレッチと体操を始めた。

 男子には見せられない姿だ。

 カーラもたくさん食べたからと一緒に体操を始めたんだけど、御令嬢のやる運動ってダンスくらいのもので、それも平民になってからは練習していなかったそうで、だいぶ体が硬くなっていた。

 ジェマやミミの手も借りてストレッチをして、太腿や二の腕に効く体操を教えてあげて、わいわい楽しくすごせたわ。

こういうのはひさしぶりで楽しいと、カーラは頑張りすぎてへばっていた。たぶん明日は筋肉痛ね。

 こんな時に筋肉痛になっても平気かな。

 回復魔法を使った場合、せっかくの運動が無駄になるのかどうか試してみたいところだ。


 夜は予想通りカザーレが一緒に夕食をと誘ってきたので、船内で一番豪華で居心地がいい私達の部屋で食事をすることになった。

 カザーレが連れてきたのは、イヴァンという子爵家の五男だという男だ。 

 室内の変わりように驚いたみたいで、暫く入り口に立ち竦んだまま動けなくなっていた。


 昼にお弁当を運んでいたふたりを従者として連れて来たけど、彼らは給仕のやり方をわかっていないので、ただ部屋の隅に立っているだけだ。

じゃあ、一緒に食事をしたら? と聞いたんだけど、平民が貴族と同じテーブルで食事をするのはありえないと言ってイヴァンに断られた。

 カーラもハミルトンも今は平民なのに、よくもまあ彼らの目の前でそんなことを言えるものだ。

 もしかしたら彼らにも遠慮させて私とだけ食事をしたかったのかもしれないけど、そんなことは私が許さないし、カザーレがそれに同意したら海に落としてやるところだった。


「ぜひ、イヴァンとお呼びください」


 って言われたけど、私達の方は誰ひとり名前で呼んでいいと言わなかったので、彼は私のことを不満げな顔で妖精姫と呼んでいた。

 手入れの行き届いたサラサラの金髪を肩の上で切り揃えた彼は、眉毛や爪の手入れも完璧だ。

 貴族を相手にする時には、目つきの悪い他の人達より彼の方が上手く商売出来るだろうけど、カーラ達に向ける視線が優越感に満ちているのがいやらしい。

 この場で彼が同等と認めているのは、カザーレと私だけだということを露骨に態度に示していた。


「ではお願いね」


 前菜が全員の前に並べられてすぐに声をかけると、精霊達が主の食事にいっせいに浄化の魔法をかけ出した。


「こ、これは?」


 カザーレもイヴァンも顔色が一気に変わっている。


「あら、御存知なかった? 帝国では二度もニコデムスが王宮に毒を持ちこむ事件があったでしょう。それで最近貴族の間では、毒味の代わりに自分の精霊に浄化魔法をかけてもらうようになったのよ。お互い様だから、これは主催者にも失礼には当たらないという考え方で、お店でも浄化魔法を使う人が増えているの」


 二度も! ニコデムスに! 毒を使われたせいよ。

 だから、あなた達がこの料理にクスリを入れていたとしても、全部浄化魔法できれいさっぱり消してあげるわ。


「属性によって魔法を使用した時の光り方が微妙に違うのよ。それで食事会の時には、あらかじめ座る席で何属性の精霊の魔法を使うか決めて、光を楽しんだりする時もあるそうよ」

「そ、そうなんですか……」

「さあ、食べましょう」


 凝った料理ではなかったけど、料理人はだいぶ頑張ってくれたみたいで、彩も綺麗だし味も悪くなかった。

 でもどんなに美味しい料理でも、一緒に食べる相手が重要よね。

 昼食の時とは違って、ピリピリした雰囲気の中で食事するのは消化に悪そう。


「こうして妖精姫と食事を共に出来るとは、夢のようです」


 私の隣に当然のように座ったイヴァンが気取った口調で言った。


「お美しいとは聞いていましたが、ここまで素敵な方だったとは。嬉しい驚きです」

「どうも」

「船酔いは平気なのですか?」

「まったく問題ないわ」

「ご健康で素晴らしい。今日のように波が穏やかな日に船酔いする方とは違いますね」


 え?


「体が弱い方が国外に嫁ぐというのは大丈夫なんでしょうか。商家の嫁というのは忙しいものですから」


 なんで結婚に反対しているようなことを言い出すの?

 船に乗せてしまったからもう大丈夫ってこと?

 カーラが帰ると言い出さないように、カザーレは苦労しているんじゃないの?


「イヴァン」


 ほら、カザーレが怒っているわよ。


「食事の席で、そんなぐったりとした様子を見せられては。落ち着いて食事が楽しめないでしょう」


 こいつはまだ、平民が自分と同じテーブルにいるのが気に入らないのか。

 カーラ、カザーレ、ハミルトンの順番でテーブルの向かい側に座っているので、座る場所が離れてしまったカーラの表情はよく見えない。

 私の向かいの席にいるハミルトンは、食事の手を止め、拳を握り締めてイヴァンを睨んでいた。


「では、別の部屋で食べたらいかが? 私の大切な友人を侮辱する方とは、落ち着いて食事を楽しめないわ」

「ぶ、侮辱など誤解です。無理をして付き合っていただいて負担になっては悪いと言いたかったんですよ」


 んなわけあるかい。こいつはなんなの?

 ……あ、もしかしてシュタルクの貴族なんじゃない?

 本当に私が船に乗るのか確認するために、シュタルクから来たのかもしれない。

 それで、カザーレ側の事情をよくわからないまま好き勝手言っているのかも。


 カザーレもなんで黙っているのよ。

 カーラに惚れている設定はどうした。

 打ち合わせくらいしておきなさいよ。

 なに? 私を怒らせたいの? それでわざと言っているの?


「妖精姫様は船がこわくはないのですか?」

「こわい? なぜ?」

「沈んだらどうしようと考える御婦人も多いと聞いているので」


 今度はなんなんだ。

 船の上では自分達の方が優位だとでも言いたいのか。


「沈んでもどうもしないわよ。精霊獣が飛んで避難させてくれるもの」

「え?」

「この船で見かけた人達の誰ひとりとして精霊を育てていないのね。船が沈んだら誰も助からないわよ。どうして精霊を育てないの?」

「……忙しいので」

「ふーん。時代の流れに乗れないようでは、商人として一流とはいいがたいわね」


 イヴァンは精霊獣が飛ぶことも、椅子ごと主を浮かせられることも知らないの?

 フライがなんで浮くと思っているのよ。

 もしかしてフライの存在も知らない?


「あなた達、今後ベジャイアで商売を手広くやっていく予定なんでしょう? ベジャイアは今、急激に変化しているのよ。情報は集めているの?」

「も、もちろんですよ」


 その割にはカザーレのほうをちらちら見て、反応を窺っているように見えるんだけど?


「じゃあ、ペンデルスとの国境紛争が終結して和解したのは知っているわよね?」

「え?」


 自分は貴族だと偉そうにしたいのなら、感情を読まれないくらいのことはしなさいよ。

 慌てているのが丸わかりよ。

 

「まあ、御存知ない? カザーレも?」

「……はい。知りませんでした」

「紛争自体はもうずいぶん前に終わっていたのに、国境に面している領地を持つ伯爵が、ペンデルス側と協力して紛争を起こしている振りをして、不当に補助金をせしめていたんですって」

「……」

 

 あら、この話題はまずかった?

 部屋がシーンと静まり返ってしまったわ。


「それで正式に和睦して、国境近くにペンデルス人の街を作ったのよ。そこは砂の被害にあわないようにベジャイアの精霊王が協力したの」

「ニコデムスに協力したんですか?」


 カザーレもイヴァンも本気で驚いているようだ。

 彼らはペンデルスの現状を知らないみたい。

 ニコデムスの神官達にすっかり騙されて、掌で転がされているんだろう。


「ペンデルスにはもうニコデムス教徒はいなかったそうよ」

「は?」

「手の甲に痣のあるペンデルス人は誰一人いなかったんですって」

「そ……そんなはず……ニコデムスの聖地があるじゃないですか?!」


 すぐ隣で大きい声を出さないでほしい。

 貴族なら、ここは感心した振りでもして、食事が終わってから本国に確認するくらいのことをしなさいよ。

 あなた達がシュタルクの上層部や神官達から、まともに情報をもらえない立場だと教えてくれたようなものよ。


「さあ? どうしたのかしらね? ベジャイアに帰れば御家族の方に教えてもらえるんじゃないかしら? 理由はどうあれニコデムスと決別したのであれば、ペンデルスともいい関係を築けるでしょう。彼らはベジャイア国民になりたいようだと聞いているから、いずれはペンデルス人のいる場所もベジャイア国に含まれるんじゃない? 砂漠に棲む魔獣の素材を手に入れやすくなるわね」

「……そう……ですね」

「……」


 おーい。演技演技。あなた達はベジャイアの商人という設定でしょう。

 そんな衝撃を受けた顔をしてちゃ駄目よ。

 聖地だと信じていたんだもんね。

 シュタルクにいる神官達は、ペンデルスはまだニコデムスの国だと話していたんでしょ?


「ニコデムスが私を聖女扱いしているってご存知?」

「え? ああ、それはもちろん」

「私ね、自分は聖女じゃないのにって、ずっと嫌な気持ちだったの」

「……そ、そうなんですか」

「でも今はね、ある意味聖女かもしれないって思うのよ」


 イヴァンに顔を向けてにっこりと微笑んだ。


「ニコデムスをこの世界から殲滅する役割を担った聖女だと思わない?」


 カザーレもイヴァンも何も返事を返してくれず、会話が弾まないまま食事が終わった。

 急に食欲がなくなってしまったみたいで、デザートがなかったのよ。

 でも、体調が悪そうな顔をしていたから、仕方ないわね。

 彼らも船酔いしたんじゃないかしら?


「イヴァンてやつ、話の途中で海に沈めてやろうかと思った」


 カミルとデリルが奥の部屋から出てきた。

 いつの間に戻ったのよ。


「カーラ、あんな奴は気にするなよ」


 カーラがお腹を押さえながら俯いているのを気にしてデリルが言うと、彼女は慌てて顔をあげて手を横に振った。


「気にしてなんかいないわ。あの話を聞いてむっとして、わざとらしく咳払いをしてやろうかと思ったのよ」

「え?」

「そしたらお腹の筋肉が痛くて、ディアと運動しすぎたせいだと気付いておかしくて、でも笑ったら駄目でしょ? それに笑うともっとお腹が痛いの」

「……姉上」


 今回は、みんなの残念そうな眼差しをカーラが独り占めよ。

 私のせいじゃないわよ。

 私は無理しちゃ駄目だってちゃんと言ったから。



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