快適な船旅 1
十日から二十日に時を駆けてしまったみたいで、だいぶ更新が空いてしまいました。
来週で今年が終わるって本当ですか?(◎_◎;)
翌日は快晴。船旅日和だった。
客船が寄港する港ではなく貨物船や漁船専門の港だと聞いたので、襟や袖口だけ白の焦げ茶色のドレスを選んだ。帽子も靴も茶色。黒いリボンがついているのは、このくらいはおしゃれしていきましょうとネリーが懇願したからだ。
カチコミに行くのにおしゃれは関係ないのにね。
カーラのドレスも地味なダークグレーだけど、後ろで三つ編みにした鉄色の髪が目立ってとても綺麗。
執事や侍女達は濃紺の制服姿で、ハミルトンは商人のような動きやすそうな飾り気のない服装なので、金持ちの商家の子供達とそのお供に見えるんじゃないかな。
戦闘になった時のことも考えて、同行しているのはルーサーとレックスの兄弟執事とジェマ。そして、リュイとのじゃんけんに勝ったミミだ。
クリスお兄様はシュタルクに乗り込んだ後、向こうの貴族やベジャイア、ルフタネンとの交渉をする役割なので今はまだ待機中。
アランお兄様は近衛騎士団に所属しているので、皇帝の傍を離れて妹について行くわけにはいかなくて、代わりにルーサーを寄越したの。
お父様が直々にベリサリオ軍を仕切ると言い出したので、留守番にさせられたとも言うわね。
港は元ヨハネス領にある。
カーラとハミルトンにとっては複雑な心境かもしれない。
でもふたりとも毅然とした態度で、笑顔さえ見せている。
嫌でも強くたくましくならなければいけなかった友人達を、私はせいいっぱい応援したい。
「おはようございます。お迎えに伺えず申し訳ありません」
港の入り口に到着するとすぐにカザーレが駆け寄ってきた。
「お荷物を……あまりないようですね」
後ろに三人も力のありそうな男を従えてきたのは荷物持ちのためか。
精霊獣のいる貴族の常識を、彼らは何も知らないのね。
「私達は全員、収納魔法付きの魔道具を持っているの。大荷物を持って移動する貴族は帝国にはほとんどいないわよ」
「収納……全員がですか?」
「驚くようなことではないのよ。あなた達も一属性でいいから精霊を育てなさい。収納魔法付きの魔道具を使えない商人なんて、ベジャイアでもやっていけなくなる日は近いわよ」
「あ……はい。国に帰ってから腰を据えて精霊を育てようと思っていました」
「それがいいわね。あなたなんて魔力量が多そうだから、二属性くらいは簡単に育てられるわよ」
カザーレの後ろに立っていた若い男に話しかけると、彼は自分に話しかけられたことが一瞬わからなかったのか、左右を見て背後まで見て、それから自分を指さした。
「そう、あなた」
「精霊を育てられる……」
「何を驚いているのよ。ルフタネンでも帝国でも一番熱心に精霊を育てているのは平民の子供よ。精霊がいれば仕事を選べるようになるし、フライに乗れれば騎士団にも入れる。親も熱心に協力するわよ」
「フライに……俺が乗れる……」
「おい、何をぼーっとしている。みなさんを船に案内するんだ」
自分達には精霊は育てられないと思っていたのかな。
後ろの三人が驚いた顔で立ち尽くしているのに気付いて、カザーレは大きな声で注意を引き、肩を叩き、船の方に押しやった。
せっかく妖精姫を船に乗せることに成功しそうなのに、味方が動揺しては困るんだろう。
ふふん。これは寝返る人が出てくるかもしれないわね。
歩いているうちに私達の背後にも男がふたり、さりげなくついてきた。
カザーレはカーラと並んで、私とハミルトンの少し前を歩いている。
レックスとミミが私とハミルトンの左右について、ルーサーとジェマが私達の背後を守って、神経を張り詰めさせているのがわかる。
私だけがのほほんとしているのは悪いかなって思うけど、ハミルトンも緊張でガチガチになっていそうなんだもん。
いつも通り、何も疑っていないような顔で、好き勝手やった方がいいと思うの。
「あ」
「ハミルトン? どうしたの?」
「あの男が姉上に何か渡した」
「へ?」
目を向けたら、カーラはいつの間にか小さな袋を受け取っていて、中から何かを取り出して口に運んでいた。
「食べた」
まさかお菓子をこんな場所で渡すわけもないし、たぶんクスリよね。
酔い止めだとでも言ったかな。
「精霊が反応しないな」
カーラの頭上に浮いている精霊達が無反応なので、ハミルトンは戸惑っているみたいだ。
「あなた達は祝福を受けたじゃない。クスリや毒だとしても無害だったら反応しないわよ」
「あ、そうか。祝福すごいな」
こうして実際に効能を確認すると、確かにすごいよね。
毒物だけじゃなく、病気にもかかりにくくなるし、体が強くなるから怪我も軽傷で済むようになるらしいのよ。
それを世界中の精霊王に重ね掛けされたんだから、私とカミルがどんどん人間離れしていくのも納得だわ。
あいさつ代わりに祝福したり、通りすがりに祝福していく精霊王もいるんだから。
今まで祝福を使う機会が滅多になかったから、祝福しても問題のない相手が出来て、楽しくて祝福しちゃうんだって。
でもこれ以上人間離れしたくないんで、通り魔祝福はやめてほしい。
「だとしても、私の目の前でクスリを飲ませるとはいい度胸だわ」
「う……うん、確かに」
「楽に死ねると思うなよ」
「ディアと話していると、カミルってすごいなって思うよ」
「え? なんで?」
地味な格好をしていても、港には圧倒的に女性の数が少ないせいで、私達は目立ちまくって注目された。
でも精霊を大量に連れて歩いている一団に絡んでくるお馬鹿さんはいないようで、手を止めて振り返るだけだ。
見た目は商家のお嬢さんでも、精霊を全属性連れている人間が三人も揃っていたら、私達は貴族ですと言っているのと同じだったね。
「あの船です」
客船ではないから、飾り気も何もないごつい船だ。
船員達が忙しそうに荷物を運びこんでいる様子が、とても慌ただしい。
表向きはベジャイア行きの船だけど実際はシュタルクに行くはずなのに、けっこう荷物を積んでいくのね。
シュタルクに不足している物を、この機会に出来るだけ多く持ち出そうとしているのかな。
「こちらです。足元にご注意ください」
かなり古いな。
シュタルクの現状を考えれば、これだけの船を維持するのも大変なんじゃない?
甲板の木は木目以外の部分がすり減っていたけど、掃除は行き届いているみたいだった。
忙しそうに行き来している乗組員達も私達に気付くと足を止め、じっとこちらを注目している。
こいつら全員、私が誰で、どこに連れて行こうとしているのか知っているのよね。
カーラも同じようなことを考えたのか、不安そうにこちらを見たので、大丈夫だよと笑顔を返した。
「こちらの部屋になります。左右の部屋も空いているので、好きに使ってください」
「まあ、三部屋も? 一部屋で充分だったのに。ありがとう」
私が笑顔で礼を言っている間に、さっそくミミがドアを開けて室内に入り、中を確認していた。
「一部屋ではさすがに……」
七人だから、普通に考えればそうよね。
精霊獣のいる生活を知らない人達と、私達とでは生活の常識がだいぶ違っているのよね。
部屋はごく普通の船室だ。
部屋の奥にベッドが二つ置かれていて、壁際にデスクと椅子があるだけ。
それでもトランクを置くための台と小さなサイドボードが付いているし、けっこう広いから、この船の中ではいい部屋をくれたのかもしれない。
「狭いでしょうが客船ではないので我慢してください」
「大丈夫よ。綺麗に掃除もしてくれているし、このまま利用出来そう」
「利用?」
けっこう広いと言っても、私達七人とカザーレがはいると窮屈だ。
外に残っている三人の男達が中を覗き込んでいるせいで、入り口が塞がっているのも圧迫感がある。
早く出て行ってくれないかなと思っていると、カザーレがサイドボードの上から大きな箱を持ってきた。
「これをみなさんに着けていただきたいんです」
なんだろうと中を覗き込んだら小さな箱がいくつもはいっていたので、ひとつを手に取り蓋を開けてみた。
「ブレスレット?」
うわー、カーラに渡したのと似たような魔道具だ。
こんな雑な渡し方で、私達がおとなしくつけると思っているの?
「これをつけていただいていれば、私の客人だということが誰にでもわかるので」
「船の中を自由に歩き回っていいのね!」
嬉しそうに言ったら、
「いいえ、違います。あまり出歩かれては乗組員の仕事に支障が出ます」
慌てて否定された。
「じゃあ、なんのためにつけるの? どうせ部屋にいるのなら関係ないじゃない」
「甲板に出る時に、問題が起きないようにという……」
「この船、そんなに治安が悪いの?」
「そういうことでは」
「じゃあなんなの? それにこれ、あなたがカーラに贈ったブレスレットにそっくりじゃない? あなた結婚を申し込む相手に、こんな大量に買い込んだ物を渡したの?!」
「……え」
カーラが私のすぐ横でショックを受けたように俯いて、ふらふらとベッドに近寄り、こちらに背を向けて座った。
さては、にやけそうになるのを見られたくなかったな。
「同じ物ではないですし、彼女には他にも贈り物を用意してあるんです!」
「あ、そうなのね。だったらいいけど」
私にも効き目があるのか試してみようかと、箱から摘んで取り出した途端、ブレスレットの宝石にピシッとひびが入り、破片がパラパラと床に落ちた。
「うわ。持っただけで石が割れたんだけど」
「ええ?!」
「お嬢、手を怪我したら危ないので触らないでください」
「でも、壊しちゃった」
握り潰してなんていないわよ。
宝石じゃない鎖の部分を摘まんだだけよ。
「これは魔石だったんじゃないですか?」
真剣な表情でミミが前に出てきた。
「ディア様は魔力量が並外れて多いうえに魔力回復量も多すぎて、いつも魔力が身体から漏れ出しているじゃないですか」
「そうね。おかげで私の周囲にいる精霊が元気になるもんね」
「ですから、こんな安っぽい小さな魔石では、ディア様の傍に置いただけで割れてしまうのでは? 魔石ではないのなら、魔法吸収量の多い宝石なんでしょう」
「そうなの?」
何も疑っていなそうな顔で首を傾げつつカザーレを注目する。
人口密度が高いから室内は暖かいけど、そんなに汗をかくほどではないわよ。
ふと入り口に視線を向けたら、覗いていた男達が慌てて顔を引っ込めた。
「よく……わかりません。店でまとめて作ってもらったアクセサリーで、うちの商会のマークが入っているので……それで着けてもらおうと思っただけで……」
「壊してしまったから、弁償するわ」
「い、いえいえ。気にしないでください。これは、じゃあ、つ、着けない方向で」
「そう?」
そんな突然怯えないでほしいんだけど。
この程度のことで驚いていたら身が持たないわよ?
「まだ、荷物の積み込みがあるので、いかないと! 出航する時にまた来ます!」
あー、箱を抱えて出て行ってしまった。
そんなに慌てると、余計に疑われるのに。
というか、まだ疑われていないと本当に思っているのかな。
「商人としても犯罪者としても二流以下ですね」
彼らが出て行った扉にカギをかけながらルーサーが言った。
「いっそのこと、この船を乗っ取ってしまったらどうですか? 向こうに到着してから動きやすくなります」
「駄目よ。それじゃあ彼らの犯罪歴が一個減ってしまうでしょう。妖精姫誘拐犯という項目がつくかつかないかで、処罰が大きく変わってくるわ」
「何度も処刑は出来ませんよ」
「処刑して終わりだなんて、そんな甘い刑でニコデムスの神官を許す気はないのよ」
彼らの犠牲になった多くの人達と、精霊達の思いを晴らすためにも、二度とニコデムス教徒が現れないように徹底して潰さなくては。
「素晴らしい。さすがディアドラ様です」
「ルーサー、やめてよ。ディア様は御令嬢なのよ」
「そうだよ。船を乗っ取るなんて。乱暴なことをさせようとしないでくれ」
文句を言っているジェマやレックスより、ルーサーの方がこういう時は話していて楽ね。
アランお兄様至上主義だから、割と私に対して雑だしね。
「本当に、カミルはすごいな」
ハミルトン、だからなんでカミルが出てくるのよ。