ふたりの時間
その後は非常にスムーズに会議が進行し、もう終わり? って驚くぐらいに早く解散になった。
明後日の午前中に私はカザーレの船に乗るので、ともかくもう時間がなくて、会議なんてしている場合じゃねえんだよって考えている人が多かったんだろうね。
会議が終わった途端、我先にと会場を飛び出していく人の姿が、先程のカーラの屋敷から転移の穴に飛び込んでいく人達と重なって見えたわ。
やっぱり無茶な日程だったか。
でも私やヨハネス姉弟は旅の荷物をまとめるくらいしかやることがなくて、それも侍女がやってくれるので、予定通りお友達を招いて語り明かした。
婚約したり、職に就いたり、立場は変わってなかなか会えなくなっても、顔を合わせると今までと同じように会話が弾む仲間に出会えたのは幸せだ。
カーラの話を聞きたかった子が多くて、カーラがみんなに囲まれて笑顔で話している姿が見られて、心にわだかまっていたつかえが取れたような気持ちになった。
モニカとカーラは涙ぐみながら抱き合っていた。
ハミルトンもジュードやうちのお兄様達と居間で話し込んでいたみたいよ。
男の子はパジャマを着て、ベッドでいつでも好きな時に寝られる状態で話したりはしないのかな。
修学旅行の夜みたいで楽しいと思うけど、クリスお兄様はもう十九歳だし、野郎だけでパジャマ姿でくっついて寝るっていうのはしないか。
してくれたら覗きに行くのに。
翌日は商人を屋敷に呼んで、カーラと旅用のドレスを選んだ。
夕方になる頃には、カーラは少し緊張してきたみたいで食欲もないようなので、部屋でゆっくりしてもらうことにした。
私は緊張というよりは、ようやくこれで今までの恨みを晴らせるぞっていう意気込みの方が強い。
ちゃんと食べて寝て英気を養わないとね。
どこにニコデムスの残党がいるかわからないから、私がカザーレに話した通りに各自過ごすことになったので、両親はベリサリオに、クリスお兄様は皇宮に、そしてアランお兄様は自分の領地にいるので、静かな夜だ。
「ディア様、カミル様がいらっしゃいました」
美味しく夕食をいただいて、部屋でまったりと過ごしていた時にカミルの来訪を知らされた。
明日には会う約束をしていたのに、こんな時間に来るなんてどうしたんだろう。
急いでガウンを羽織って、カミルが待っている居間に行って驚いた。
カミル以外誰もいないのよ。
ここまで案内でついてきたリュイも部屋に入らないで扉を閉めたから、カミルとふたりっきりよ。
あれ? いいの?
「ディア?」
椅子から立ち上がって振り返ったカミルは、少し疲れた顔をしていた。
服はいつもの民族服だけど、襟のボタンをはずして胸元が開いているし、髪も乱れている。
急いで仕事を終わらせて駆けつけたって感じよ。
「どうしたの? 何かあった?」
ここ何日かは頻繁に顔を合わせていたので、ひさしぶりに会った時のような戸惑いはない。
それよりカミルの疲れた様子が気になって、すぐに傍に近寄って乱れた髪を整えようと手を伸ばしたら驚かれてしまったようだ。
カミルって目を大きく見開くと、瞳の色が微かに薄くなるのよね。
兄である国王と、ほとんど同じ瞳の色になる。
「こっちは何もないよ。昨日俺がルフタネンに帰ってから、きみの方が皇宮でいろいろあったんだろう?」
「私? 何かあったっけ?」
会議のことを言っているのかな?
それともノーランドとの話し合いのこと?
どちらも、いろいろあったなんて含みのある言い方をするような内容ではなかったわよね。
「詳しいことを聞こうなんて思っていないぞ。他国の俺には話せないこともあるだろう」
「へ?」
何が言いたいかわからなくて、カミルの顔を覗き込んだ。
身長差があるから首を傾げた状態で覗き込むと見上げる形になるじゃない?
カミルはいったん顎を引いて迷惑そうに私の視線を避けてそっぽを向いたあと、ちらっと視線だけこちらに向けてから、唐突に顔を近付けてきて触れるだけのキスをした。
「な、なに?」
「かわいい顔をして見上げているから」
「もう! 変なことを言っているから、何かあったのかと思って心配したのに!」
「一時間しかないし座ろうか?」
「一時間?」
「疲れた顔をしているって心配した夫人が、一時間だけディアとふたりだけで過ごす権利をくれたんだ」
お母様が犯人か。
私としては嬉しいけども、カミルってばそんなに疲れた顔をしてたの?
それなのに無理して会いに来たの?
「そんなに疲れているなら無理しなくても……あ、私は癒し効果があって疲れがとれるんだっけ。じゃあ、はい」
ソファーに座って両手を広げたら、カミルは驚いた顔で固まって暫くためらってから、ようやく隣に腰を降ろして抱き付いてきた。
「カミルの方こそいろいろあったんじゃないの?」
「会議や手配で忙しかっただけだよ」
「じゃあ、私と同じだわ。帝国民はね、妖精姫を怒らせると子孫代々祟られるとでも思っているんじゃないかしら。下手に逆らうなってお触れでも出ているみたいな態度なのよ」
「そりゃそうだろう。何回も強烈な行動力を見せつけているんだから」
「なにかしたっけ?」
カミルは心底呆れた顔はしたけど、ついさっきまでの疲れた表情よりはマシかな。
「でもちょっと反省した」
カミルの肩に顎を乗せて話そうとしたら痛いと文句を言われてしまった。
しょうがないからもぞもぞと居心地のいい体勢を探して、肩に頭を乗せて寄りかかった。
「家庭内の話ってとてもデリケートな問題で、家族以外の人に関わらせたくない場合ってあるじゃない。特に仕事関係の相手とか、友人だからこそ知らせたくないとか。男性って特に」
「そうだな」
「それなのに絶妙に取扱注意の私が、ストライクゾーンど真ん中にストレートを投げ込んでは駄目よね。特に年配の男性にとっては、居心地悪すぎたと思うわ」
「また意味のわからない単語が出てきたけど、いつものように問題の核心をぶち抜いてしまったのか」
「うん。ムカついていたから言い方もきつかった。最初からお父様に話してもらえばよかったのに、しゃしゃり出てしまって反省している。でもそれくらいかな。他には特に何もないわよ」
クラリッサを今のまま修道院に入れても、逆恨みをして、また何かやらかすんじゃないかという心配があるって、あの場にいた全員が思っていた。
それでクリスお兄様が言い出したのが、修道院に行くのはまだましだったんだと思わせるような恐怖を、一度味わわせた方がいいという提案だった。
石にされて海の底に沈められるとか、砂にされて指の先から消えていくとか、悪夢でもいいから体験させたらどうかっていう話ね。
実際どうすることになったのかは私は聞かされていないけど、蘇芳と瑠璃が乗り気だったので、たぶん何かしらの罰は与えられているんだろうな。
その提案があったからこそ精霊王達は、クラリッサを修道院に入れるという提案を受け入れたようなものだもん。
「こういう時は、なんで帝国に生まれなかったんだろうって思うよ」
「え?」
あ、考えこんじゃってた?
何か話しかけてくれていたのに無視しちゃったかな。
「ディアはなんでもひとりで出来るってわかっているけど、少しは頼りにされたいし」
「してるでしょ」
「他の男に対してと俺に対してと態度が同じでも、一緒にいる時間がもっと長ければ」
「なんの話さ。カミルに対してと他の男に対して同じ? 私がカミル以外とキスしていると思っているの?」
「まさか。してないよな」
「ぶっ飛ばすわよ」
ああ、いけない。
こういう時に悲しまないで、拳を作ってしまうから可愛げがないのよ。
「さっきも言ったけど、帝国の男達は私に近付いたらやばいと思っているの。友達にはなれるけど女の子とは見てもらえないのよ。彼らからしたら猛獣が服を着て歩いているようなもんよ」
「それはディアがそう思い込んでいるだけだろ。こんな可愛い子を女の子として見ないなんてありえない」
「帝国男子からしたら、カミルの考えがありえないらしいわよ」
「あいつら馬鹿なのか」
いやいや、私から見てもカミルの方が希少種よ。
自分が男だったら、こんな魔力お化けのゴリラは嫌だ。
しかも精霊王の守護付きよ。
「たぶんみんな、ディアがどんどん大人っぽくなって、女性らしくなっていくから意識して照れているんだ」
ええええええ?!
「? どうした?」
あまりに意外なことを言われたから、思わず立ち上がってカミルの額に手を当ててしまった。
大丈夫。熱はない。
「大人っぽくなった?」
「うん」
「私は成長遅くない? こうなんというか、痩せっぽちでみすぼらしいというか」
「ディア、女の子なら一日に一回くらいは鏡を見ようか」
「見とるわ!」
毎日髪を整えてもらう時に、日によっては薄く化粧する時に、退屈しながら自分の顔を眺めているわよ。
「ディアは会うたびに綺麗になっているよ。だからしばらく会えなくてひさしぶりに会うと、変化に戸惑ってしまうことがあるんだ」
「カミル?」
「今まで通りに声をかけていいのか。会っていない間に、俺のことはどうでもよくなっているんじゃないか。ガキ臭くて魅力がないと思っていないか……もっと頻繁に会える立場なら、ディアが大人になっていくのをずっと見ていられるのに」
さっきまで真顔で可愛いとか綺麗だとか言っていたくせに、急に照れて視線を逸らしながらそんなこと言わないでよ。
やばい。きゅんきゅんする。
そうか、これがきゅん死ってやつだ。
確か前にも似たような会話をしたことあるよね。
あれからちっとも進歩してないってことかな。
恋愛に関しては全く自分に自信が持てなくて、そのせいでカミルに負担をかけているのかも。
私だって、もっと素直に自分の気持ちを言わなくちゃ。
「私も」
「え?」
「私もしばらくぶりに会うたびに、どうやって挨拶したっけとか、どんな距離感で接していたっけとか、戸惑ってた。カミルは会うたびに背が高くなって、体型だって変わって、大人の男性に近付いていて、私は置いてけぼりになっているみたいで」
「そうなのか?」
「……照れくさくて言えなかった」
「……俺も」
ぐはっ。
嬉しくて照れくさくて、顔がにやけてしまう。
たぶん今、顔が真っ赤でふにゃっとしていて、ものすごくだらしないことになっている。
こういう時に可愛く色っぽくするにはどうすればいいの?
恥ずかしくて視線を合わせられないんですけど。
と、ともかく座ろう。
『おう、カミル。ルフタネンの精霊王に……うがっ!』
突然、空中に現れた蘇芳の顔面に、私は反射的にクッションを思いっきり投げつけた。