私は平和的に話し合いしてるつもりだった 4
なかなか立ち上がらないバーソロミュー様達を促し、手を貸して椅子に座らせてくれたのはクリスお兄様だ。
コーディ様もその様子を見て立ち上がり、精霊王に深々と頭を下げてから椅子に戻った。
伯爵以外全員が着席したのを確認して、私は先程カーラ達が入ってきた扉から外に顔を出して、お茶と軽食を持ってきてくれるように頼んだ。
土下座している伯爵に気付いても、無表情を貫いている皇宮の従者達はさすがだ。
カーラとハミルトン、そしてジュードが座るソファーの前にもテーブルを用意してもらった。
「この後、続いて会議だから、少し食べておいた方がいいわよ」
「おまえ、すごいな」
ジュードに感心した声で言われたので、カナッペを食べようと口を開いたところで動きを止め、口を閉じてから振り返ったら、
「悪い。食べてくれ」
なぜか謝られてしまった。
『これは美味い』
『ディアは会議のたびに何か食べているな』
「そんなことはありません」
機嫌を直してくれたのはいいんだけど、私の周囲とテーブルにいる人達との温度差がすごい。
床が冷たかっただろうから温かいお茶を飲んでもらいたかったのに、誰も手をつけないで深刻な表情で待っている。
「皆さん落ち着いたところで、話の続きを再開しましょうか」
「ディア、先に少し、私が話してもいいかな?」
「はい。もちろんです」
お父様に言われて頷いた。
正直ありがたいわ。
ベリサリオ対ノーランドにならないようにしようってことで私が話したのに、余計に問題が大きくなっちゃったもんね。
「今回の問題をノーランド領内だけで処理したのは、かなりまずかった。以前ならよかったんです。十年前ならそれで問題がなかった」
テーブルに両肘をついて手を組んで、お父様は静かな口調で話し始めた。
「辺境伯領は帝国との戦争に負けた国だった地域で、我々は帝国人と民族が違うため、中央の者達は我々を下に見ていた。コルケットは放牧や農業しか出来ない田舎で、ノーランドは魔獣の住む野蛮な土地。そしてベリサリオは戦争になれば帝国を守る壁になるための地域だと思っていました。だから、そこで何があっても気にしなかった。どうでもよかったんです。でも今は違います」
ベリサリオは精霊王絡みで力をつけて、今では貴族の中で最高位になっている。
コルケットもクッションやシートの素材になる魔獣の育成に成功して、これからますます発展して金持ちになっていくだろう。
ノーランドだって、皇妃の実家ということで発言権が増し、中央にも勢力を広げていくはずだ。
この十年は精霊王の登場で帝国内に大きな変化が起こり、次は新皇帝の即位により、産業を中心に勢力図が塗り替えられていく十年になると思う。
国中のベッドやソファー、精霊車のシートが新商品に変わっていくわよ。
「今は帝国中の貴族が、ノーランドに注目しているんです。ディアが妖精姫と呼ばれるようになった頃のベリサリオもそうでした。すり寄って来る者もいれば、どうにかして引きずり落とそうとする者もいる。罠を仕掛けてくる者もたくさんいましたよ」
……そんな話、聞いたことないんだけど。
もしかして私が学園に入学する年齢まで、フェアリー商会の仕事に没頭出来る環境にあったのは、それに夢中にさせて引き篭もり状態にしておくためだった?
変なやつらと関わらなくていいように?
うわ。家族に守ってもらっていたんだ。
「クラリッサが帝国中に招待状を送っても、ほとんどの者が断ったはずです。では、彼女の招待を受けたのはどういう者達だと思いますか?」
「内情を探るために、各貴族が寄越した者達なのでは?」
コーディ様の答えにお父様は頷いた。
「大半はそうですね。ベリサリオも何人か参加させていたので、どんな話が出ていたのか知ることが出来ましたから。でも他にもいたんです。彼らはクラリッサや伯爵に酒を飲ませ、おだて、煽り、失言を誘っていたそうです。あなたの計画に、不自然なほど積極的に賛同している者達がいませんでしたか?」
お父様に聞かれて、スウィングラー伯爵は床に呆然と座り込んだ。
まさか本当に賛同者がいたと思っていたんじゃないでしょうね。
「どこの誰が煽っていたか、リストを作っておきました。おそらくすでにクラリッサの暴言は帝国中の知るところになっているでしょう。今日の会議でその話を持ち出そうとしている者もいるかもしれません。バーソロミュー殿、この件の片を付けないうちに死んでも、詫びにはなりませんよ。周りが余計に大変なことになるだけです」
「……なんてことだ。クラリッサひとりのために……こんなことに」
「もうノーランドは権力の中心に立ってしまった。このような問題はこれから何度でも起こりますよ。モニカ様が結婚した後も、皇妃と陛下の仲を裂こうとする者が現れ、皇子が生まれれば、また新たな権力争いが起こるでしょう。バントック派の二の舞になるなという意見はもっともですが、足場を固め、それなりの力を持たなくてはモニカ様が気の毒だ。なんなら今からでも、コーディ様がブレインに加わる方がいいと思いますよ」
「なんならベリサリオは抜けて……」
「クリス」
モニカが陛下の婚約者候補になったのは、私の友達だったからで、私が推薦もしたんだった。
責任感じるなあ。
あの頃は、愛情が大事とか、ちゃんと婚約者候補に向き合ってくれとか、そんなことばかり気にしていて、その後の権力争いまで考えていなかったわ。
特権階級の中でも、侯爵家以上の高位貴族ってひと握りだからね。
金と権力に群がる人は、どこの世界にもいるもんよ。
「ノーランドを陥れようとする者がいた……」
バーソロミュー様とコーディ様の顔つきが変わった。
瞳に光が戻ったというか、顔つきがきりっとしたというか。
バーソロミュー様なんて闘争心で若返った気さえするわ。
最初からお父様が話せばよかった。
私から話すと、精霊王に敵対する気なのかという脅しになるとは考えてなかったわ。
私もうちの家族も妖精姫という立場が、ここまで力を持っていると思っていなかった。
そうか。新生ディアドラは強いんだ。
精霊王がすぐに駆け付けちゃうし、三国の最高権力者に、約束がなくても面会出来る立場だということを忘れちゃ駄目ね。
皇帝陛下が招集した会議は、大臣や主だった貴族達が集まり定例会が開かれる大会議室で行われた。
会議室というよりは議会の行われる部屋に似ている。
五段くらい高くなった席に陛下が座る席があって、その周囲に議長や書記の座る椅子と机が用意されている。
大臣達が右の最前列に座り、左の最前列はブレインや高位貴族の席だ。
その後ろに会議に参加する資格を持つ貴族達の席が並んでいる。
私は陛下が用意してくれた席に、カーラとハミルトンと一緒に座った。
これから会議で話す内容に関係する私達の席は、陛下のいる場所にすごく近い。
クリスお兄様はブレインの席だし、お父様はベリサリオの席にいるので、私がふたりを守らないと。
「ニコデムス関連の話の前に、ノーランドから話したいことがあるそうだ」
この会議で、クラリッサを糾弾しようとする貴族がいるかもしれないから、先手を打って、ノーランドが自らその話題に触れることにしたんだって。
バーソロミュー様も会議に顔を出しているけど後ろの方に控えていて、発言するのはコーディ様だ。
どうやって説明することになったのか私は聞いていなかったから、コーディ様の話の持っていき方に感心してしまった。
クラリッサの催した集まりに参加した者の中に、故意に彼女を酔わせ、ベリサリオに対して悪意があると思わせるような発言を促し、ノーランドとベリサリオを仲違いさせようとした者がいる。
その場にいたベリサリオの関係者が、不審な行動をした者達のリストを作成している。
簡単にまとめるとコーディ様の話したのはこんな内容だ。
あくまでクラリッサは、故意に酔わされて、思ってもいないことを発言させられた立場だってことね。
ノーランドとベリサリオが協力して犯人探しをすると言うことで、良好な関係を維持しているということも示したわけだ。
クラリッサをモニカの教育係にするとか、スウィングラー伯爵の野望なんかは酔っ払いのたわごとなんだから、このような席で話題にすることではないってことにしたんだな。
「よろしいですか」
パオロが議長に発言を求めて立ち上がった。
「その集まりには私の部下も何人か出席しており、我々も問題のある行動をしていた者達の身元を割り出していますので、そのリストを提出出来ます」
おおお、素晴らしい!
騎士の人達はノーランドでもベリサリオでもないから、公平な立場でのリストを入手出来るのね。
さすがパオロって、スタンディングオベーションしようとしたら、腰を浮かせた途端に四方から手が伸びてきて座らされた。
レックスはわかるけど、カーラやハミルトンまで私を抑えようとするのはどういうこと?
「たとえ悪意のある者達に利用されそうになったとはいえ、クラリッサやその場で同調した者達もそのままにはしておけません。クラリッサは我がノーランド家から追放。平民として修道院に送ります。また集まりに出席し、問題のある発言をした者達はプレイステッドの塔に収監し取り調べを行っています」
会場内がどよめいた。
だって、パーティの席で酔っ払って問題のある発言をしただけで、牢獄送りよ。
クラリッサなんて追放よ。
何があったのか詳しく知らない人達からしたら、ノーランドはそこまでするのかって驚くわよ。
そこまでやるなら、他にも何かあるんじゃないかって思う人もいるだろうけど、関係者はすでに牢獄行きになっちゃっているから、騒いでも無意味だしね。
「尚、クラリッサの子供達に関しては、半年以上前からノーランドとは接触をしておらず、クラリッサとはもう何年も別々に暮らしております。ニコデムス討伐に関して功績をあげたことで、ベリサリオ辺境伯が彼らの後見人になってくださるという申し出があり、今後はベリサリオの保護下で生活していくことになりました」
ノーランドを罠に嵌められたと喜んでいた貴族達にとっては、どれもこれも気に入らない内容ばかりなんだろう。
カーラ達の話題になったら何人かの貴族がぎろりとこちらを睨んだが、カーラ達のすぐ近くには私がいる。
わざと順番に視線を合わせ笑みを浮かべたら、全員、はじかれたように視線を逸らして二度とこちらに顔を向けなかった。
いくらなんでもそんなに怖がらなくていいんじゃない?
でも名前と顔はチェックしたわよ。
レックスが。