名演技を披露するわよ 4
私がカーラを大事にしているということをカザーレに示すために、普段使用している精霊車の中でも飛び切りのやつをお迎えに使った。
中はもちろん空間魔法で広くしてあり、パウダールームや着替え用の個室も完備している。
椅子のクッションは新製品なので座り心地最高よ。
精霊車にはジェマとエセルという強力な護衛がいるし、ハミルトンもいるからカザーレも不埒なことは出来ないでしょう。
カーラとカザーレをふたりきりにはしないからね。
既成事実を作ってしまおうって考えている危険があるもん。
「精霊車が到着しましたよ」
カーラ達が到着する頃には、ヨハネス邸にいたメンバーは私の転移魔法で全員移動完了して、先程と同じように隣の部屋に控えている。
でも今回はマジックミラーはなしよ。
あまり瑠璃に甘えてばかりではいけないし、演技しているところをお兄様達に見られるのは恥ずかしいからね。
カーラの演技は見たくせに! と、言われそうだけどいいの。
お兄様達、私のことは全力でからかうでしょう?
「お部屋にお通ししました」
「じゃあ、私も行くとしましょうか」
髪を整えて飾りをつけてもらったので、普段は高価な物を身に着けてはいないけど、おしゃれには気を使っているお嬢様っぽい雰囲気にはなっているはずよ。
豪華なドレスを着ているより、普段着風の動きやすい服装の方が妖精姫のイメージにはあっているんじゃないかな。
扉の前で足を止め、大きく深呼吸して心を落ち着かせた。
カザーレは妖精姫にどんなイメージを抱いているんだろう。
儚げで優しいイメージ?
それとも商売を成功させているのは知っているんだから、活発で聡明だと思っているのかな。
どちらにしても、そのイメージは叩き潰してあげるわよ。
レックスが扉を開けて脇に退くと、ソファーに並んで座って手を握り合っているカーラとカザーレの姿が目に飛び込んできた。
ハミルトンは少し離れたひとり掛けの椅子に、退屈そうな顔で座っている。
恋人って、こんなにずっと手を握り合っているものなの?
大きなソファーなのに、そんなにくっついて座るもの?
ってことは、カミルが手を握ってくるのは普通なのね。
いちいち照れてしまう私がおかしかったんだ。
まずジンを背に乗せたイフリーが部屋に入り、ガイアが続く。
街中で見かける精霊獣のほとんどは、小型化していると子猫や子犬サイズだから、カザーレはイフリーの大きさと初めて見るガイアの姿に驚いたみたい。
この世界に麒麟を知っている人はいないもんね。
東洋風の竜を知っている人もいないから、私の周囲をふよふよ飛んでいるリヴァだって珍しいんだけど、ルフタネン国王とカミルの精霊獣も竜の姿をしているし、賢王の精霊獣も竜だったので、昔からルフタネンの物語には竜が登場していたの。
それで余計にルフタネン国民は、竜の精霊獣を持つ私を歓迎してくれるのよ。
精霊獣の後から私がゆっくりと部屋に入っても、カザーレはすぐには私に視線を向けなかった。
イフリー達が向かってきたらどうしようと警戒しているのか、逃げようと腰を浮かせたところでやっと私の存在に気付いたようだ。
そうよね。
精霊獣にびびって愛するカーラから離れて、自分だけ逃げようとしちゃ駄目よね。
背もたれに手をついて移動しようとした体勢から、ゆっくりと元の姿勢に戻る間もずっと私の顔から視線を離さず、目を大きく見開いて唖然とした表情をしている。
初対面の人はたいていそういう顔をするのよ。
みんな、驚くほど可愛いって言いつつ、人間の可愛さではないからこわいとも思うらしいのよね。
でもたいていは私の性格を知るうちに、あの残念な眼差しを向けてくるようになるのよ。
「ディア」
勢い良く立ち上がったカーラは、けっこう雑な態度でカザーレの手を振り払い、小走りに私の方に近付いてきた。
精霊獣達はカーラの邪魔にならないように道を空けた後、挨拶をするために立ち上がったカザーレと私達の間に陣取った。
これでカザーレは、私にもカーラにも近付けなくなったわ。
「体調がよくないと聞いたわ。もう大丈夫なの?」
出来るだけ心配しているように見せるために、表情を鏡の前で練習してきたわよ。
今は私も女優よ。演技派なところを見せてあげよう。
「フェアリーカフェに迷惑をかけてしまってごめんなさい」
「何を言っているの。うちの店でよかったわよ。ハミルトンもひさしぶりね」
私からもカーラに手を伸ばし、ふたりして手を取り合って近くのソファーに腰を降ろした。
ハミルトンはカザーレのように立ち上がってはいない。
親しい間柄だってことを態度で示そうと前もって打ち合わせして、平民になったからと態度は変えないことになっている。
「そうだね。今でも姉上のことを心配して手紙のやり取りをしてくれているんだってね。ありがとう」
「友達なんだから当たり前でしょう? お礼を言われるようなことじゃないわ。そしてあなたが」
今まで存在を無視していたカザーレの方に顔を向けると、びくっと肩を揺らして背筋を伸ばした。
緊張しているのか奥歯に力を入れているようで、口端がくぼんで顎に力が入っているから、表情が厳しくなってしまっている。
そんな顔でじっと見つめられたら、たいていの御令嬢はこわがると思うわよ。
なんでそんなに固くなってるんだろう。
私に会うためにカーラに近付いたのよね。
精霊獣がこわいのかな?
まさか私がこわいんじゃないわよね。まだ何もしていないわよ?
「昨日、カーラと一緒に店に来ていた方?」
「はい。ジョン・カザーレです。昨日はお店にご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした」
「お客様の体調が悪くなることは初めてではないし、むしろせっかくの楽しい時間が駄目になってがっかりしているのはあなた方でしょう。それについての謝罪はいらないわ。でも、あなたがどのような対応をしたのかはいろいろと聞いているの。成人していない女性を相手に、あまり褒められた態度ではなかったようね」
カーラやハミルトンと話す時とは声を変え、笑顔も引っ込めて、幾分目を細めてカザーレの顔を見つめる。
この男にはむかついているから、これは演技ではないわよ。
「そもそもカーラはあなたの店に、帝国の女性の流行や好まれる商品を教える仕事をしていたと聞いていたのだけれど、先程のあなた方ふたりの様子を見ていると、仕事上の関係には見えなかったわ。どういうことかしら」
「それは……」
口元に手を当てて、カーラはちらっとカザーレに視線を向けた。
カザーレもカーラの方を見て視線を合わせて、微かに微笑んでから私に視線を戻した。
「カーラとは気持ちを確認し合い、一緒にベジャイアに帰って結婚することになったんです」
「……は?」
驚いた振りで目を見開いて確認するようにカーラを見ると、彼女はちらっと私を見てから慌てて俯いた。
「そ、そうなの。突然で驚いたと思うけど、私の……体調を気遣って……カザーレが家に来てくれて」
ちょっとカーラ。なんで肩が震えているのよ。
笑いそうになっていないでしょうね。
「待って待って。話についていけないわ。この男は昨日、具合が悪くて帰りたいと言っているあなたを、自分の店に連れ込もうとしたのよ」
「妖精姫。お言葉ですが、その言い方は失礼ではないですか?」
むっとした顔のカザーレに向き直り、私は口元に笑みを浮かべた。
「あらそうかしら。じゃあどういうことか説明してくださらない?」
「あなたのおかげで我が国は精霊が増え、作物が実るようになり、仕事も増えて復興が軌道に乗りつつあります。幸いなことに皇都の店の売り上げもあがり、私があの店にかかりきりになる必要はなくなりました。それでこの機会に自国で商売の幅を広げるために帰国するようにと言われているんです。領地経営の手伝いをしろと両親からも帰国するように言われています。国に帰れば、最低でも一年はこちらに戻っては来られないでしょう」
「前置きが長いわね。それで?」
私の返事にカザーレは目を何度も瞬いて、カーラやハミルトンの反応を確認した。
これが妖精姫だと? って言いたい感じかしら?
「……カーラとは年の差がありますし、何度かベジャイアに来ないかと誘ったこともあったんですが、本気にしていないようでしたので、私の片思いだと思っていたんです。でももう会えないのなら気持ちを告げて、カーラとのことに決着をつけてから帰ろうと思っていたのが昨日です。もう時間があまりないために、あのままカーラと別れたくなくて店に誘ってしまったんです」
「つまり、まだ成人していない少女に告白する勇気がないヘタレが、自分の都合で彼女と会えなくなるから、慌てて告白しようとしたってことね。カーラ、こんな男やめなさい」
「え?」
慌てて顔をあげたカーラは、私が反対するとは思っていなかったみたいだ。
「告白されたその日に結婚まで決めるなんてありえないわ。いったん冷静になって考える時間が必要よ。あなたが嫁ぐというベジャイアは男優先の国なのよ。女性がどんな服を着なくちゃいけないか知っているでしょう?」
「そう……だけど、帝国にいても私には居場所がないの。お爺様達は結婚相手さえ探せば、私への義理は果たしたと思っているのよ。でも、今の私と結婚してもいいと思う人なんて、再婚か、すごい年上の人か、何か問題がある人くらいよ」
「そんなことないわよ。ヨハネスは確かに問題のある男だったけど、フランセルの件では彼も被害者でしょ? あれは手引きしたニコデムス教徒のせいなのに、あなた達の家を潰すのはおかしいわよ」
「そう言ってくれるのは嬉しいけど、仕方ないの」
カーラさん、あなたの台詞を聞くと、他に道がないからカザーレを選んだだけで、特に好きではないって印象よ。
それじゃ駄目でしょう。
ここは、彼じゃなきゃ嫌なの! くらい言わなくちゃ。
「ディア、僕だって姉上がベジャイアに行ってしまうのは嫌だ。でも、姉上の気持ちも理解出来るんだよ。みんなが学園に行って会えない時期、ノーランドは一度も僕達に声をかけてくれなかった。姉上を笑顔にしてくれるのはカザーレさんだけだったんだよ」
ハミルトンは上手いわね。
話している内容は本当のことだから不自然にならないのかしら。
「あなたが反対しても、私はカーラを連れて帰ります。大人の都合に振り回されて、彼女が苦しむなんておかしいでしょう」
「……ふふふ」
私が笑ったので、部屋にいた全員が驚いた顔で注目した。
「まあびっくり。今まさに、自分勝手な都合でカーラを振り回しているあなたが、よくもそんなことを言えたものね」
こういう時はクリスお兄様をお手本にすればいいのよね。
ぞっとするほどやさしく微笑んで、口調も声も優しく、でも目だけは冷ややかに。
「さっきからあなたは自分の都合ばかり。時間がないから別れたくなかった? 相手が苦しんでいるのに? 体調が悪い少女を自分の店に連れ込んで告白するって、それは脅迫じゃないのかしら? 簡単に連れて帰るってよく言えるわね。あなたはカーラに家族も友人も全部捨てさせようとしているのよ。たったひとりで異国に嫁ぐカーラの立場を少しは考えたらいかが? それに商売を広げるなら仕事が忙しくなるのでしょう? ベジャイアに行ってもカーラは放置される危険があるわ。あなたの家族だって、まさか帝国から成人していない少女を連れて帰るなんて思っていないでしょう? 歓迎してくれるの? 本当に?」
鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしているんじゃないわよ。
ちゃんと反論してみなさいよ。
「……それは」
「本気でカーラを愛しているのなら、一年は会えないなんて言わないで会う方法を考えなさい。精霊を死ぬ気で育てて、転移出来るようにすればいいでしょう。私の婚約者はどんなに忙しくても、転移して会いに来てくれるわよ」
カザーレの後ろ側にいるジェマやエセルまで驚いた顔をしないでちょうだい。
惚気ているんじゃないからね?
ニコデムス教徒に反応するか、私とカミルが仲がいいという話に反応するか、確認しているのよ。
そんな簡単に反応はしないだろうけど、彼がどういう立場にいるのか少しでも知りたいじゃない。
「カーラ、焦ることはないわ。一生がかかっているんだからよく考えて。あなたは後からベジャイアに行ってもいいんだから」
「でも、一度は行って、向こうがどういうところなのか。カザーレさんの家族がどう考えているのか、確認した方がいいんじゃないかな」
ハミルトン、えらい!
いいタイミングで話が打ち合わせた方向に進んでくれたわ。