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名演技を披露するわよ   1

 一階を作戦本部にするのなら、カーラ達には二階を使ってもらった方がいいわね。

 今はカザーレに会う支度をしているはずだから、一階にたくさん人がいることを知らせておかないと。


「クリスお兄様、私達は二階に……あれ?」


 上の階に行くために玄関ホールの近くを通った時、エルダがレックスや警備兵と揉めている場面に出くわしてしまった。

 エルダの後ろにいるのは……モニカとジュード?

 モニカの傍には女性の近衛騎士がふたり控え、エルダはしばらく泊まる気なんだろうな。大きな荷物を抱えた侍女を三人も連れている。


「なんの騒ぎだ」

「あ、クリス様。約束のない方はクリス様かディア様の許可が出るまで、ここでお待ちくださいとお願いしたのですが……」


 つい先程、警備体制についてクリスお兄様に注意されたばかりなので、彼らとしても許可を得ないうちに通すわけにはいかないのに、そこにやってきたのがノーランドの兄妹とエルダじゃ気の毒だ。


「モニカとジュードよ? 問題ないでしょ」

「エルダ、それを決めるのはきみじゃない」

「出た出た。また人形みたいな無表情で御登場? 未来の皇妃をこんなところで待たせていいの?」

「やめて、エルダ。クリスの言う通りよ」


 クリスお兄様とエルダって、いつも会話がこんな感じなのよ。

 ふたりとも性格が屈折しているのか、仲が悪いわけじゃないのに、いつもきつい言葉の投げ合いになるの。

それでもふたりともまったく気にしていないし、楽しんでいるんじゃないかと思うんだけど、モニカは責任を感じてしまっている。


「突然押しかけてごめんなさい。カーラにひと目でいいから会いたくて……」

「そう思うなら、前もって連絡をください。警備の兵士を引き連れて突然押し掛けたら、相手の迷惑になるとは考えなかったのですか? カーラがあなた達に会いたいと思っているかどうかもわからないでしょう」

「クリスお兄様、もう少し優しく」

「クリス、言い方」


 私とエルダに同時に言われて、クリスお兄様はため息をつきながら首元に手を遣った。皇宮とここを何往復もしているからお疲れ気味かも。

 陛下の婚約者ということで、モニカに敬語を使っているせいで余計によそよそしく慇懃無礼な印象になっているのよね。

 それでもむっとしているのは近衛騎士団の女性陣だけで、モニカもジュードも気まずそうに黙ってしまっている。

 彼らもカーラが自分達に会いたいと思っているか、微妙なところだと思っているんだろう。


「ともかく全員、二階で話しましょう。ここにはいろんな立場の人がいるから、こんなところで揉めないで」

「ディア、迷惑なら……」

「いいから二階に移動するわよ」


 ジュードの言葉を途中で遮って、全員引き連れてぞろぞろと二階にあがり、階段横のホールに移動した。

 正面の庭が見渡せる開放的な造りになっているので、親しいお客様が来た時にここで話すことも多いのよ。


「適当に座って……って、エセルもいたのね」

「やっと気付いたの?!」


 制服を着ていると印象が変わるのよ。

 今までは下ろしていた髪を後ろでまとめて三つ編みにして、近衛の訓練の成果なのか凛とした雰囲気になっている気がする。

 でも話し出したらエセルはエセルだった。


「まず、クリスお兄様の言う通り、連絡をしてから来るのは当然でしょ? 見ての通り、ここに大勢の人が集まって作戦を成功させるために働いているの。あなた達が来たことはすぐに広まるわよ。私としては、ノーランドにはあまり関わらないでもらいたいの」

「そこをはっきり言ってしまうんだ」


 クリスお兄様は呆れた顔をしているけど、そこは言うでしょ。一番大事なところよ。

 功績をあげてハミルトンが爵位をもらう時に、ノーランドではなく他の人に後見人になってもらいたいの。

 活躍した成人していない子供がふたり、帝国の話題をかっさらった時に、ノーランドの力がまた強まると思われると反対する人が出るかもしれないでしょ。

 そうじゃなくても年末から新年にかけて、カーラとハミルトンを皇都に放置していたノーランドに都合のいい時ばかり近付いてほしくないというのが、私とカーラ達の共通の意見だ。

 カーラとノーランド……正確にはカーラと母親のクラリッサの関係は、修復が不可能なほどに溝が大きいのよ。


「わかっている。俺達は皇宮に出かける振りをしてここに来ているし、口出しする気はない。カーラやハミルトンが無事な姿を確認出来れば帰るつもりだ」

「本当にごめんなさい。この機会を逃したら、またしばらく会えなくなると思って焦ってしまったの」

「それでエルダが自分に任せろと請け負ったのか」

「さすがクリス、よくわかってるわね」

「全部きみのせいじゃないか」


 わかったから、ふたりで仲良さそうに言い合いしないで。

 ジュードの目つきが険しくなっているわよ。


「レックス、カーラに聞いてきて」

「畏まりました」

「それと今夜、お友達を招いてお泊り会をするから準備をお願い」

「え? なにそれ!」


 きらりと目を光らせてエルダが食いついてきた。

 モニカとエセルも目を大きく開いて私を注視している。


「今言った通りよ。エルダはどうせしばらくここに滞在するんでしょ?」

「もちろんよ」

「だったら協力して。いつものメンバーに連絡を取って予定を確認してほしいわ」

「まかせなさい。モニカとエセルも誘うんでしょ?」

「そのつもりだったわよ。押し掛けて来なくても、カーラと会う機会を作るに決まっているでしょう。今日は警備の兵士もたくさんいるし、そちらの近衛の人達も泊まれるようにするから、安全確保もばっちりよ」

「ありがとう。でも……カーラは……」


 クリスお兄様の言い方がきついから、すっかり落ち込んでしまっているわ。

 カーラはノーランドと距離を取りたいと言っていたけど、そこにモニカやジュードは含まれていないわよ。

 年末だってあなた達は学園に行かなくちゃいけなくて、身動きが取れなかったんだから。

 

「でもいいのか? こんな時期に友達とのんびりしていて」

「逆よ」


 こんな時期だからこそ、カーラの信頼出来る友人達と楽しい時間を過ごしてもらうのは大事だと思うのよ。

 魔法で回復して体に問題はなくても、記憶は消えない。

 クスリを飲まされたという恐怖も、魔道具の影響で精霊が消えてしまうんじゃないかと恐れた記憶も、当分カーラを苦しめるだろう。


 今日のカザーレとの面会が計画通りに行けば、当分友達とゆっくり会う時間なんて取れなくなるもの。

 たとえ少しの時間でも、楽しい癒される時間は必要よ。


「ジュードも泊まっていく? ハミルトンが喜ぶんじゃない?」

「誘われなくて拗ねて言っているんじゃないぞ」


 わかってるわよ。

 でも女の子ばかり集まって、ハミルトンはぽつんとひとりじゃかわいそうでしょ?

 それか、うちのお兄様ふたりに挟まれるのも可哀そうよ。

 

「それにカーラの話を聞いた方がいいわ。ノーランドに顔を出さない方がいいと彼女に思わせるような発言をした人達がいるのよ」

「……何人かは想像がつく。くそ。何回問題を起こせばいいんだ」

「あ、カーラとハミルトンだわ」


 たぶん、平民になったのだから、自分達の元まで来てもらうのでは失礼に当たると考えたんだろうな。

 部屋にいてくれればよかったのに、待たせてはいけないと慌てて来たんだろう。


「カーラ」

「わざわざおいでいただきありがとうございます」


 モニカが近付こうと歩み寄るより早く、カーラが右手を胸に当てて頭を下げたので、ハミルトンも少し迷ってから同じく頭を下げた。


「そ……んな改まらなくていいのよ」

「いえ、私はもう平民ですから」


 モニカに声をかけられても顔をあげないカーラの態度に、口元に手を当てて立ち竦むモニカの肩に手を置いて、ジュードが隣に並んだ。


「モニカ、カーラが正しい。本当は俺もそろそろ敬語を使うことに慣れなくちゃいけないんだ。おまえに今まで同様に話しかけて許されるのは、妖精姫くらいだよ」

「そ……うだけど」


 いずれ両親もモニカの前に膝をつき、敬語で話さなくてはいけなくなる。

 皇妃になるというのはそういうことで、陛下は幼少の頃からそういう環境で生きてきたわけだ。

 でも、まだここで堅苦しいことを言わなくてもいいんじゃない?


「お友達しかいない本当に内輪だけの時はかまわないでしょ? お泊り会は無礼講よ」


 モニカに近付きちょっと背伸びして耳元で囁いたら、驚いた顔で振り返って、モニカはようやく微笑んだ。


「ディア……ありがとう」

「ふたりだけの時はクリスお兄様も陛下にタメ口らしいから、臨機応変にうまくやればいいのよ」

「誰がなんだって?」

「なんでもありませーん」


 クリスお兄様は苦笑いしていたけど否定はしなかった。

 近衛騎士団の人達からしたら、もうモニカは陛下の婚約者で守るべき人だ。

 それ相応の対応をしない相手には悪い印象を持つだろう。

 カーラの対応は正解だと思うわ。


「今夜、お友達を呼んでお泊り会をするからカーラも参加してね」

「え? でも……」

「かまいませんよね、クリスお兄様」

「カーラとハミルトンは正式にベリサリオの保護下にはいった。父上から陛下に説明も済んでいる。招待は妖精姫の名で行われ、妖精姫はカーラの参加を望んでいる。その席に参加するかどうかはそれぞれが決めればいいことだ」


 味方になったクリスお兄様は頼もしいわよ。

 いつのまにか必要な相手への手回しが完了している。

 私はとってもらくちんなのだ。


「もちろん私は参加するわ。カーラには話したいことも聞きたいこともたくさんあるのよ」

「じゃあ、エルダを手伝ってお友達への連絡をお願いしてもいいかしら」

「まかせて」

「ディア、陛下の婚約者を使おうとするな」

「え? 必要なら陛下も使いますよ。ベジャイアの国王とルフタネン国王も使う手筈がついています」

「……そうだったね」


 クリスお兄様に引かれてしまうって、ちょっとまずかったかしら。

 あ、そうか。言い方が悪いのよね。


「各国の方達に協力していただけるよう要請してあります?」

「うん……もうどうでもいいんじゃないかな」


 諦めてしまったか。

 でも国王に動いてもらおうって言うんだから、ちゃんと王宮まで出向いてよろしくお願いしますってお話したのよ?

 他国の王宮に転移魔法で出現して許されるっていうのは、いいのかなって自分でも思うけど。


「こんなところで話していたのか」


 薬師軍団から解放されて、アランお兄様がやっと合流した。


「そろそろカザーレが来る時間だよ。移動しないと」

「もうそんな時間か。カーラ、ハミルトン、手順はわかっているね」

「ええ」

「大丈夫です」


 ふたりとも俳優になった気持ちで演じてもらわないとね。


「じゃあ、移動しよう。ジュードも参加するか?」

「いいのか?」

「見てるだけならかまわないさ」

「はい!!」


 突然エセルが会話しているクリスお兄様とジュードの横までダッシュして、ぴしっと手を上にあげた。


「私も参加したい!」

「参加?」

「カーラの身を守るために傍についている人が必要でしょう? 私なら侍女の制服さえあればばっちりよ」


 いや、無理だろう。

 お茶を出せるの?

 

「ジェマに頼んである……」


 言いかけてエセルの背後を見たら、モニカが期待に満ちた眼差しで私を見ていた。

 自分が何も出来ない分、せめてカーラが少しでも安全でいられるようにしたいのか。


「あ、思いついた」


 ちょっとそこの男子達、なんで不安そうな顔をするのよ。


「エセルにはベリサリオの侍女に扮してもらうわ。フェアリーカフェで問題が起こって、ベリサリオに報告がいかないはずがないんだから、私の侍女が事情を確認しに行っても不思議じゃないでしょ」

「なるほど。それはいい考えだ」


 でしょう?

 クリスお兄様に褒められて得意げな顔をしていたら、アランお兄様がさっきより不安そうな表情で隣に来た。


「エセルで大丈夫なのか?」

「ちょっとアラン、私の何が問題なの?」

「演技出来るのか?」

「私の女優ぶりに驚くなよー!」


 ……私もちょっと不安になってきたわ。


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