作戦本部を作ろう 5
思わず身を乗り出したところでネリーの声が聞こえて振り返る。
話に夢中になっていて気にしていないうちに、彼女もレックスもすぐ傍に来ていて、真剣なまなざしで話を聞いていた。
状況を把握した方がいいということで結界を張らず、みんなに話が聞こえるようにしていたのよ。
「そうですよね。家族や友人を守らなくては!」
すっかり興奮気味だったネリーは拳を握り締めて言ってから、私やカミルに注目されていることに気付いて、気まずそうに何歩か後ろに下がろうとして、椅子に躓いてコケていた。
倒れ込んだ場所がソファーでよかったね。
「どこまで話したっけ?」
「兵士が庶民の側に付いたってとこ」
「ああ、そうだった。それで庶民の側に立った兵士達とニコデムスの私兵の戦闘が起こり、もうほとんどの庶民が王都を去り、廃墟群のようになっているそうだ」
マジか。
いや、話を聞けばそりゃあそうなるよねって思うけど、今まで情報があまり入ってこなかったから、そんなひどいことになっているとまでは考えていなかった。
ウィキくんだってそんなことは…………あれ? なんで書かれていないの?
最近、ウィキくんをチェックしていたのに書かれていなかったことが何度かあったよね。
周りに周知されていないことだから書かれていないんだって自分を納得させていたけど、もしかしてウィキくんがあまり更新されなくなっている?
「ディア?」
握りしめていた手に少しだけ力が込められたのに気付いて、はっとして顔をあげたら、心配そうに見つめているカミルと視線が合った。
「聞いているわよ。今、頭をフル回転させているところよ」
「続けて平気か?」
「もちろん」
「貴族の中でも反ニコデムスの一派は前からいてね。今回情報を寄越してきたのはケイス伯爵という人で、ガイオ曰く、パウエル公爵に雰囲気が似ている優秀な人なんだそうだ。今は王都の屋敷に軟禁状態で、外部と全く連絡が取れなくなっている状況らしい。家族は領地にいるので無事らしいんだが、他にも要職に就いていた人達が何人も軟禁されていて、中には国王にニコデムスと手を切るように進言して処刑された者もいるそうだ。もう王宮に残っているのは、神官とニコデムス教と癒着している貴族と、ニコデムスの私兵だけだ」
乗っ取られている。
要職に就いていた人達を軟禁して、王都は廃墟化して、どうするつもりなの?
それで私が行けば万事解決出来るって、私を何だと思っているのよ。
「国王は何をしているの? もう国として終わっているじゃない」
「それが、もう去年の半ばくらいから体調が悪いと言って、公の場に姿を現していないそうだ。今はアルデルトとパニアグアという大神官が政治を行っているらしい」
「殺されているかもしれないってこと?」
「ありえるだろうな」
アルデルトは自分の父親よりパニアグアという大神官を選んだってこと?
元から変人だとは思っていたけど、ここまで馬鹿だったとは。
どうせ残っている貴族は、金と権力にしがみついているやつらばかりでしょ?
ニコデムスの神官に政治が出来るとは思えないし、イナゴの群れのように奪うだけ奪って逃げる気なんじゃない?
「こうなるとカーラの功績は本当に大きいわね。軟禁されている人達を救出する時間を稼げるわよね」
「ああ。当初の計画のまま乗り込んでいたら、彼らを盾にされかねなかったな。我が国には隠密行動に長けた者達がいる。リュイ達の家族のいる里の者達だ」
「忍者?」
「にんじゃ? なんだそれ」
忍者じゃないか。残念。
でも諜報員を生業にしている人達ではあるのよね。
「ルフタネン人は見た目で他国民とバレるからな。扇動するのは帝国とベジャイアに任せる」
「その辺はどういう分担になっているか知らないのよ。私は正面から乗り込んで、カーラとハミルトンを守りながらニコデムスをぶん殴ればいいんでしょ?」
「ディアが言うと簡単に聞こえるな。……簡単なんだろうな」
「ひとりでやろうなんて思っていないわよ?」
「当たり前だ!」
そんなムキにならなくても、今までだって勝手な行動なんてしたことないじゃない。
ちゃんと計画通りにしてきたでしょ。
「ところで、話は終わったから、ネリーとレックスはそろそろ部屋を出て行ってくれてもかまわないよ」
「そうはいきません」
「私は少しくらいは……」
「ネリー」
お兄様達がいなくても、私の周りのガードは固い。
ふたりきりになったからって、カミルが何をすると思っているのかしら。
キスくらいは……するかもしれないか。
べ、べつに私はしたいとか思ってないわよ?
ただ……ほら、癒しが足りないって言っていたから、ハグぐらいはしてもいいんじゃないかなって思っただけよ。
「ルフタネンに今の話を伝えに行かなくてはいけないのでは?」
「ああ……わかっている」
肩を落としてため息をついたカミルは、脱力した振りで私にもたれかかってきて額に口付けた。
「そういうことをするから、周りのガードが固くなるんじゃない?」
「このくらいで? 婚約者なのに?」
「……そうよね。私ももう十四だし、このくらいは普通よね」
「十四だから気を付けてくださいと言っているんです! 最近大人っぽくなってきたと近付いて来る男達が現れているのに気付いていないんですか」
「なに?!」
レックスに怒られて私が反論するより早く、カミルが反応した。
「今更ディアの魅力に気付いても遅い。そんな男共を近付けるなよ」
「当然です」
「でも俺は婚約者……」
「絶対にいついかなる時も紳士でいられると誓えますか?」
「…………婚約者だから、そこはほら」
「駄目です」
私の目の前でなんの話をしているのよ。
他所でやれ。
カミルがルフタネンに帰ってひとりになって、私はまたベッドの上でウィキくんを開いた。
やっぱりシュタルクの項目は更新されていない。
これは……ウィキくんが使えなくなる日は割と近いのかもしれない。
「……ノートを、ひとまず十冊くらいは用意しないと」
落ち込む? そんな時間はない。
使えなくなるなら、その前に書き写しておけばいいのさ。
いいのよね?
「神様、ウィキくんとっても助かっています。ありがとうございます。たぶん成人したら使えなくなるんですよね。もし書き写しちゃいけないのなら早めに教えてください。何冊も書いてから消されちゃったりしたら、ショックが大きすぎます」
両手を合わせて天井に向かって話してから、ふと気付いた。
この世界の神様って、どうやって祈るの?
キリスト教のように両手を合わせるのが正しいの? それとも仏教方式? まさか五体投地?
各国に精霊王がいるってみんな知っているから、願い事をしたり、豊穣を感謝したり、信仰対象になっているのは精霊王であって神様じゃないのよ。
精霊王が姿を現すようになって、感謝や畏敬の念が強くなって、祈りを捧げたり神殿を建てようという計画が各国で現在進行形で進んでいる。
精霊王に対する祈りの形も、これから確立していくのかもしれない。
つまり祈りの対象はあくまで精霊王であって神様じゃないんだよね。
この世界の神様って、奥ゆかしいのかな。
人間に信仰されたいって思わないの?
精霊王が信じて仕えてくれているのなら、それで充分なの?
……はっ!
もしかしてコミュ障? 引き篭もり?
ひとりでいる方が楽で、人間達の営みを遠くから眺めているのが好きだとか?
「あの、私に直接どうこうなんて思ってませんから、瑠璃に伝えていただくとか……それはずうずうしいか。駄目なら書き写そうとしても出来ないとか、ノートが消えるとか? いや、反応をもらおうっていうのがそもそもの間違いよ。特別扱いに慣れちゃ駄目」
しょうがない。私はやれることをやろう。
もしかしてウィキくんを更新してくれていたのも神様かも?
うわあ。ひとりきりで、ちまちまウィキくんを更新している神様の姿を考えたら、涙が出そう。
そりゃあ期間限定にするわ。
翌日、みんなと話している時に瑠璃に手招きされて、なんだろうと近付いた。
『ひさしぶりに神と話をしてな。その時にディアに伝えてくれと頼まれた』
「え?」
『かまわないが、いろいろと誤解している……と、おっしゃっていたぞ。まさか神にも何かしたのか』
「出来るわけないでしょう!」
すごい。神様が答えてくれちゃった。
でもさ、あんまり反応が早いと反対に怪しいよね。
図星だった?
マジックバックの中がノートだらけになる日は近い。