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作戦本部を作ろう   3

「今日はひとりなのね。それに皇都だから翡翠が来るとは思わなかったわ」


 翡翠はいつも通り、季節感を無視したシンプルなロングのワンピースに薄手の上着を羽織り、髪をポニーテールにしている。

 精霊王だから当たり前だけど、初めて会った日と全く外見が変わらない。


『さっきまでは琥珀も一緒にいたのよ。突然、あなたが転移魔法を発動させて皇都に来たから何かと思って、それで話を聞いて、すぐにアンディに会いに行ったわ』


 ガタンと音を立ててクリスお兄様が立ち上がった。


「今の話を陛下に?」

『ノーランドの当主が皇宮にいるから、話すのにちょうどいいでしょ?』

「皇宮に行ってくる」


 言葉を言い終えるより早く、クリスお兄様は転移して姿を消した。

 たぶんベリサリオに飛んで、そこから転送陣で皇宮に行くんだろうな。


『え? 話しちゃいけなかったの?』

「そんなことないわ。でも話の持っていき方をクリスお兄様は考えていたんだと思う。ノーランドにとってヨハネス家は微妙な問題なの。カーラやハミルトンとノーランドの関係が悪くなっても嫌だしね」

『琥珀もその辺りは考えているでしょう』


 というか、人間に干渉しない決まりはどうしたの。

 最近、どこの精霊王もその辺りが適当になっていない?


『人間に干渉はしないけど、この件はあなたが関わっているじゃない。ニコデムス関連は別扱いよ』

「あーそうか。そうね」

『で、蘇芳はタブークに行っていて、瑠璃はベジャイアに行っているの。あなた達もベジャイアに早めに行った方がいいわよ。動きがあったから』


 え? 動き?

 今朝もウィキくんを確認したけど、特に更新されていなかったのに?

 不具合なんて起きるのかな。


「僕はデリルに連絡した方がいいんだよな」

「なら俺がベジャイアに行く」


 アランお兄様が迷うそぶりを見せたからか、カミルが立ち上がった。

 

「たのむ。僕も後から合流する」

「わかった。向こうでどの程度のことが起こっているかわかったら、クロに連絡させる」


 カミルは私と視線を合わせて一回頷いてから姿を消した。

 次々と転移魔法を使う様子を見て、ハミルトンがうわあと引き気味な顔で口を開けている。

 カーラは転移魔法が使えても、活用する場面がないって話していたっけ。

 街中の目立つところで使うのはまずいとしても、遠慮しないで使えばいいのにね。便利よ。


「アランお兄様、エルダにも声をかけてほしいです。精霊の森の屋敷に集合で」

「デリルとエルダと他には?」

「パティもスザンナも、みんなカーラのことは心配していますけど、精霊の森にいるのならいつでも会えますから、あとはエルダにまかせていいかと」

「出来れば僕もベジャイアに行きたいから、エルダが捕まらなくても探さないよ」

「はい」


 突然事態が急展開って感じよ。

 いっぺんにやってこないで、少しずつ小出しにしてくれないかな。

 暇な時には何も起こらないのに。


「じゃあ転送陣をどの部屋に作るか決めてくれる? 翡翠、登録した人だけ使えるように出来るかな」

『もちろん』

「まさかとは思うけど、ここが襲撃された時に精霊の森まで来られるとめんどうだからね。カーラはジョアンナを連れて行く? ハミルトンも誰か指名して。向こうに滞在することもあるだろうから、部屋を用意するわ」

「そんな。そこまでしてもらったら悪いわ」

「これは作戦を成功させるのに必要なことよ。精霊の森の屋敷ならふたりとも安心して休めるでしょ。ニコデムスとやりあうなら安全地帯は作っておかなくちゃ」


 出来れば短期決戦にしたいわ。

 向こうだって焦っているから、フェアリーカフェでクスリを使うなんて無謀なことをしでかしたんですもの。


「屋敷のほうは、普通の転送陣がある部屋の隣が空いているから、そこにする。一度向こうに転移して場所を知らせればいい?」

『そうね』


 私と翡翠が転送陣を用意している間、カーラとハミルトンは屋敷の人達に説明したり、荷物をまとめたり、大忙しだった。

 ひとまず本人達が行けばいいんだから、あとはゆっくりでいいと話したんだけど、なかなか準備が終わらない。

 どうしたんだろうと廊下で待っていたら、カーラとジョアンナが困った顔で近付いてきた。


「着る機会がなかったからドレスをクローゼットの奥にしまってしまったの。今、何着か出してもらっているから……」

「今の服でいいじゃない。私も普段着はこんな感じよ」


 御令嬢の中には自分の屋敷にいる時も豪華なドレス姿の人もいるそうだけど、私は動きやすさを第一に考えている。

 そのまま街に出て行けば、ちょっと裕福な平民の女の子にだって見えるかもしれないわ。

 カーラだって、確かに飾り気のないシンプルな服を着ているけど、上質な生地で可愛いデザインだもん。汚れているわけでもないし、まったく問題ないわよ。


「辺境伯の屋敷に行くのに、この姿では……」

「違うわ。私の屋敷よ。それに屋敷で働いているのは、セバスやブラッドや他もほとんどがカーラの知っている人ばかりよ。皇宮に行く時はそれではまずいけど、それはあとでゆっくり選べばいいわ」

「皇宮に行くの? 平民になったのに?」

「じゃあどこで話すの? 陛下に来てもらう?」

「駄目よ。あなた、本当にやりそうだからやめて」


 平民になったってことを、やっぱり気にするか。そりゃするよね。

 皇宮に行ったら、嫌味を言うやつがいるんじゃないか、ここぞとばかりに攻撃してくるやつもいるかもしれないって心配だろう。

 大丈夫。私がずっとカーラの傍に張り付いて、絶対にそんなことさせないから。


「ジョアンナもわからないことがあったらネリーに聞けば大丈夫。あとで紹介するわ」

「よろしくお願いします」


 緊張しているなあ。

 クリスお兄様達がいる時もガチガチになっていたし、まず私と話すのに緊張しているみたい。

 でもこればっかりは慣れてもらうしかない。


「ともかく部屋を案内するわ。転送陣からそんなに離れていない場所にしたから、荷物はあとから運びましょう。ハミルトンの方は準備出来た?」

「とっくに」


 男は気軽でいいな。

 




 ようやく精霊の森に移動して、ふたりをそれぞれ客室に案内した。

 カーラの手伝いにネリーを、ハミルトンの手伝いにレックスを付けたから大丈夫だろう。

 ついでにブラッドにカーラの屋敷の防犯体制のチェックを頼んでおいた。

 屋敷に残る人達の安全もしっかり確保するわよ。


 私自身はやることがないので翡翠とお茶をしていたら、デリルとエルダとスザンナが琥珀に連れられてやってきた。

 デリルは皇宮にいたので、アランお兄様が珍しいペンデルスの魔道具を分解できるぞと話したら、迷うことなく飛びついてきたらしい。

 エルダはタウンハウスにいたそうで、アランお兄様が伝言を頼もうとしていた時に琥珀が事情を聞いて、自ら迎えに行ってくれたんだって。

 突然精霊王が現れたブリス侯爵家はどんな騒ぎになっているんだろう。

 スザンナは皇宮にいたから、ついでに連れて来てくれたらしい。


「ありがとう。ものすごく助かる」

『そう? このくらいなんてことはないわ』


 得意げな琥珀先生がエモい。

 その横で、恐縮しちゃってガチガチになっている三人はちょっと気の毒ね。


 カーラや私からだいたいの説明を聞いている間、エルダとスザンナはカーラを真ん中にしてソファに座って、しっかりと手を握っていた。

 もちろん服装なんて誰も気にしないわ。

 

「ようやくか。ようやくなのか。もーう、もっと早くディアが協力してくれればこんなに心配しなくて済んだのに! 特にクリスがめんどくさいのよ」

「エルダ、落ち着いて。私が自分の力で動いたからこそクリスも認めてくれたの。ベリサリオの力を借りたかったら、それなりの成果を見せるのは当たり前よ」

「まあ……そうね。スザンナがここにいるってことは、ベリサリオは全力でカーラとハミルトンを守ることにしたってことよね」

「そう思っていいんじゃないかしら。ね、ディア」


 スザンナに聞かれて、しっかりと頷いた。


「ベリサリオだけじゃないわよ。帝国と精霊王にも全面協力してもらうわ。あとはベジャイアとルフタネンにもね」

「……うわ」

「…………国単位」


 少し離れた位置で話していたハミルトンとデリルが、私の台詞を聞いてドン引きしている。

 何を他人事みたいな顔をしているのよ。

 あなた達も、もう巻き込まれている自覚を持って。


「それとなく気があるように感じられた方がいいのね? で、迷惑をかけたと後悔している感じで」

「そうね。会う約束をしたいんだから、お詫びに行きたいって書けばいいんじゃない?」


 説明が終わったら、さっそく行動開始よ。

 午後の日差しが差し込むティールームで、エルダとスザンナはカザーレに送る手紙の文面を考えてくれている。

 小説家なら手紙のひとつやふたつ楽勝でしょうと言ったら、文章は全部同じだと思うなと叱られたわ。


「この上に手を置いて。手首はこう」


 デリルはテーブルにクッションを置いて高さを調節して、その上にカーラに手を置いてもらってブレスレットを観察しだした。

 よっぽど楽しいのか、目がきらきらしちゃっている。

 そんなに道具には種類があるのかとびっくりするくらい、いろんなものが入ったケースをいくつも持ってきて、おもむろにテーブルに並べだした時には女の子達がびっくりしていた。

 たぶん道具フェチだね。

 いるよねー。道具類が大好きな男の子。

 デリルの助手になっているハミルトンも、道具に興味津々だ。


「これはペンデルスの魔道具を元に作った模倣品だよ。この辺りの造りが雑だなあ。壊さないように外した方がいいんだよね」

「そう。魔道具としての機能は止めて、カザーレに会いに行く時につけて行きたいの」

「うーん。この留め金は壊さないとはずせないから……こっちかな」


 機能を止めるより、壊さないでブレスレットを外す方が難しそうね。

 でも外さないと機能を止められないらしい。


「あの……」

「うん?」


 デリルが魔道具に夢中になってがしっと腕を掴んでいるせいで、カーラはちょっと痛がっているみたい。


「デリル。女の子の腕をそんなに強く掴んじゃ駄目」

「あ、ごめん。つい夢中になって」

「大丈夫。わざわざ来てくれたんだから気にしないで」


 男性陣の中では背が低めで細くて可愛い見た目でも、男の子は男の子。

 カーラの手とは大きさがまるで違う。


「いや、痛かったら痛いって言ってくれた方が僕も気を遣わなくて済むよ。手をこう、こっちに向きを変えられるかな」

「こう?」

「そうそう。ああ、やっぱり鎖の途中に外せそうな場所がある」


 顔を近付けすぎじゃない?

 事情を知らない人が見たら、カーラの手にキスしそうに見えるわよ。


「なんかいい匂いがするね。この魔道具かな」

「どう考えてもカーラの手の匂いでしょ」

「ちょっと」

「香水の匂いじゃないよ」

「え? それはカーラがいい匂いだって言いたいの?」

「ディア!」

「ちょっとディアは向こうに行っていてくれないか。気が散る」


 えーー、匂いのことを言い出したのはデリルじゃないかー。

 私は何も悪くないでしょ。


「ハミルトン、あなたがちゃんとカーラのフォローをしてあげてよ」

「ブレスレットを外すのが最優先だから、少しくらいは我慢しないと」


 ドライだな。

 ちゃんとカーラの傍にいるから心配はしているんだろうけど、言葉にするのは苦手なのかも。

 うちのお兄様達とはだいぶ距離感が違う姉弟ね。



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