閑話 きっかけ 3
「フェアリー商会の店に入ったんだな?」
カーラがプレゼントを買った店の二階の部屋で、カザーレは買い込んできたフライに視線を向けたまま戸口に立った男に尋ねた。
「間違いないと思います」
「思います?」
「警備が厳しくて近寄れなかったんですよ。制服を着た警備以外に、私服の目つきの悪い男が何人も店の周りに配置されていました」
「ふん。妖精姫がいたんだな。おい、これが何かわかるか」
「フライですね」
「知ってるのか」
「俺らには関係ないですよ。精霊がいなくては使えませんから」
「ベジャイアは今、精霊がどんどん増えている。これは売れるぞ」
「真面目に商売すんのかよ」
襟元のボタンをはずし、だらしなくソファーに寝転がっていた男が不満げな声で言った。
彼も店の従業員のはずだ。
「するさ。何をするにも金はいる。だが今は、国は当てにならねえだろう」
「こっちの暮らしが快適過ぎてシュタルクに帰りたくなくなるよなあ」
「滅多なことを言うんじゃねえよ。ニコデムスのクソ共の耳に入ったら面倒だ」
「おまえだって」
「ニコデムスなんてどうでもいい。今の国の様子を見れば、あいつらは信じられないなんて一目瞭然だ。だが上の命令じゃ仕方ねえ」
わざわざ漁船をヨハネス領に乗り付け、フランセルを焚き付けた結果、ヨハネスを潰すのには成功した。
その割にカーラが元気そうなのが気になるが、今でも妖精姫と会っているくらいに仲がいいのが確認出来ただけでもまずは上出来だ。
「今日の分の帳簿が終わったよ」
奥の机に座っていたジルドが帳簿を閉じて顔をあげた。
「カーラはカザーレのことを警戒していたみたいだけど、本当に口説けるのか?」
「ばーか。第一印象が悪い方が後が楽なんだよ。おまえみたいにしつこく追いかけたら逃げられるに決まっているだろうが」
「それならいいけど。シュタルクに妖精姫を連れて行くって無謀すぎるんじゃないか?」
「はあ? いくら魔力が強くても女の子だろ? ひとりぼっちで精霊獣を封印されたら、びびって何も出来ないさ。それに王太子の運命の相手なんだろ?」
帳簿を手に立ち上がったジルドは、寝転がったままの仲間を冷めた目で見降ろした。
「何もわかってないな。妖精姫はルフタネンの公爵と恋愛中だ。シュタルクの王太子はまったく眼中にない」
「あ? ニコデムスのお告げはなんなんだよ」
「だからニコデムスを当てにすんなって言ってるだろう。王太子もいかれてんだよ」
ジルドから帳簿を受け取ったカザーレは、めんどくさそうに帳簿に目を落とした。
「カーラの言う通りに香りを弱くしたら、店に入って来る客が増えたな」
「ああ、ベジャイアの香りの使い方は帝国民には受けないんだ」
「先に言っておけよ。なんのために学園に潜り込んでたんだよ。全く役に立たねえな」
カーラと話した時と今のカザーレはまるで別人だ。
彼だけじゃなく、ジルド以外は店にいる時と今ではまるで態度も言葉遣いも違う。
「ベジャイアに逃げればいい坊ちゃんはいいよな。情報を集めるとか言って、国に帰ったら裏切るんじゃねえか? カザーレ、こいつ平気かよ」
「その時には家族にこいつが何をやっていたかばらしてやるよ。それより問題はカーラだ。妖精姫がシュタルクで暴れたり帝国に転移で帰ったりしないようにするためには、自ら進んでシュタルクに残る気にさせるしかない。そのためには人質がいるんだ」
「おふくろを人質にした方が確実じゃねえか?」
「馬鹿言え。ベリサリオがブチ切れて戦争になる。いいか。人質は自ら進んで協力してくれないとやばいんだ。友人が心配だからシュタルクに残ると妖精姫に思わせないと、ちょっとでも怒らせたら精霊王が出てくるんだぞ」
カザーレの言葉に男達は互いの顔を見合わせ、眉を顰めた。
「そんな危険なことをするのか? 友人のためにそこまで妖精姫が動く保証はあるのかよ」
「ないが他にもうシュタルクを救う方法がない。ベジャイアにしたように精霊の木を生やしてもらうだけでいいんだ。その後は俺達の知ったこっちゃない。責任は王族がとればいい」
「カーラがおまえに惚れると思うのか? 惚れたとしても、友人を裏切るようなことをするのか?」
「クスリや精霊獣を顕現出来なくする魔道具を預かってきている」
「ちっ。貴族達は命じれば済むと思っていやがる。妖精姫が怒り出した場合、最初に殺られるのは俺達だぞ」
彼らは国に家族を残している。
ここで計画を止めるということは、家族を見捨てるということだ。
「ともかくカーラを見張れ」
「ああ」
カザーレに命じられた男は、心底嫌そうな顔をしつつも頷いて部屋を出て行った。