閑話 きっかけ 2 カーラ視点
話が終盤に差し掛かってまいりましたので、しばらく感想のお返事はお休みさせてください。
ネタバレしそうなので。
でも全て読ませていただいてます。
大変励みになっています。いつもありがとうございます。
「カーラ!!」
「元気? ご飯食べてる? ちゃんと寝てる?」
カーラが部屋に足を踏み入れた途端、友人達は勢い良く立ち上がり飛びついてきた。
ディアドラは腕や肩をぺたぺたと触りながら母親のようなことを聞いてきて、パトリシアは両手でカーラの手を握り、それを上下に揺らしながら今にも泣きそうな顔をしている。
「生活は今までと変わりないのよ。ブレインの方達のおかげでお金もあるの。心配しないで」
幼少の頃からの友人達だ。ひさしぶりに会っても、すぐに以前と変わらずに話せる。
でも変化がないわけではない。
ふたりとも更に美しくなった。
恋をして、その相手に愛されて大事にされている女性は、どうしてこんなに輝いているのだろう。
カーラには守ってくれる両親も、愛してくれる男性もいない。
自分でも意外だが妬む気持ちはわかなかった。
友人が幸せそうなのは純粋に嬉しい。
ただ寂しく、全てを招いた父親に対する怒りが湧いてくる。
「じゃあ、家庭教師は今も来ているのね」
「ええ」
椅子に落ち着いて座る間もなく、ディアドラが身を乗り出して聞いてきた。
「それを聞いて安心したわ。家庭教師をつけるのをやめたって聞いたら、ノーランドに乗り込もうかと思っていたの。礼儀作法も知識も武器よ。今はしっかり力を蓄える時間でしょ?」
「……え?」
ディアドラの言っている意味がわからず、カーラは首を傾げた。
「え? ハミルトンが家を再興する手伝いをするんじゃないの?」
「再興?! 出来るの?!」
カーラの驚いた様子にディアドラとパトリシアは顔を見合わせてから、真剣な面持ちでカーラを注目した。
「カーラ、ハミルトンと会話してるの? もしかしてあまり仲が良くない?」
パトリシアは更に心配の度合いが増したようで、テーブルの上で組んだ手に力が入ってしまっている。
「……お互いに気持ちが沈んじゃっていて、会話はしているけど当たり障りのないことばかり……離れていた時期が長いから、まだちょっと遠慮はあるかも」
母親が弟のハミルトンだけを連れて皇都に住んでいたせいで、領地で育ったカーラとハミルトンは顔を合わせる機会がほとんどない時期があった。
そのせいか今も、微妙な距離感を感じる時がある。
「先日も、母がハミルトンだけに一緒に暮らさないかと言ったの」
「まあ」
「まだそんなことを言ってるの?!」
「落ち着いてディア。お婆様が怒ってくださったし、ハミルトンもはっきりと断ったのよ」
「そりゃそうでしょう。ハミルトンは男爵でもいいから爵位をもらえるように、王宮で働いて功績をあげるって話しているそうよ」
「ええっ?!」
「ノーランドの親戚だというだけと、弟が男爵だっていうのでは、カーラの社交界での立場が大きく変わってくるでしょう。歴史のあるヨハネス家をこれで潰してしまうのも嫌なんでしょうけど、あなたの立場も心配しているの……ってアランお兄様に聞いたわ」
「私もアランに聞いたの」
ハミルトンのことを今でもジュードは弟のように可愛がり、剣も勉学もいろいろと教えてくれている。
ジュードと仲のいいアランも、時間が合う時には精霊関係やフライの扱い方を教えてくれているはずだ。
それでいろいろと相談に乗ってもらっているのかもしれない。
「ハミルトンが……」
「フランセルのやらかしたことでヨハネスを罰するのはどうかという声もあるのよ。あの段階ではもう縁を切っていたはずだから。ただヨハネスのそれまでの行いが悪くて、爵位を取り上げるしかなかったのよね。だから男爵になるのは難しくないと思うのよ。何人か推薦してくれる高位貴族を集めればいいわ」
「ディアの言う通りよ。男爵から上は難しいし領地をもらえるかはわからないけど、ともかくまずは爵位よ。悪く言う人も出てくるでしょうけど、そんな人は無視すればいいのよ」
カーラの正面に座ったパトリシアは必死な面持ちだ。
しばらく見ない間に背が伸びて、彼女はだいぶ大人びて見える。
ディアドラは表情やまなざしの強さで大人びて見えるが、顔つきはまだまだ子供っぽい。むしろパトリシアの方が年上に見える。
「あのね、もしかしてカーラは私やディアに会うのは気が重いかもしれないって、それは理解しているの。だから無理に会わなくてもいいのよ。でも手紙のやり取りはしましょう。繋がりは切っちゃ駄目。人脈も武器になるんですもの。私やディアの名前を使えるようにして置かなくちゃ」
ディアドラが同じ言葉を発してもカーラは驚かなかっただろう。
でもパトリシアに自分達の名前を利用出来るようにしておけと言われて、カーラは唖然としてしまった。
「もちろんカーラは再興より、平民でいいから静かに暮らしたいというのならそれもありよ」
「そうね。財産があるなら投資するとか商売を始めて、貴族を見返すくらいにお金持ちになるのもいいかもね」
「ディア、聞いてた? 静かに暮らしたいならって言ったの」
「静かに暮らすのにもお金はいるでしょう」
こんな話の流れになるとカーラは思っていなかった。
同情してくれたり優しい言葉をかけてくれる人達はいた。でもそれだけだ。
かわいそうな子供達に優しい言葉をかけたのだから、もうそれで充分だとみんな傍を離れていく。
それか、人脈や財産を利用出来そうだとすり寄ってくる。
このふたりのように、今後について一緒に考えようとしてくれる人はいなかった。
祖父母でさえ、いい縁談話を持ってくることこそがふたりの幸せに繋がるからと、ハミルトンには婿入りの話を、カーラには少しでも地位の高い人との縁組の話を探してくれている。
「でもハミルトンは婿養子になると思うの」
「断るって」
「ええ?!」
「それはとても貴族的な思考だし、家同士の繋がりのためにあなた達姉弟は恰好の駒になるんでしょう。あ、バーソロミュー様も現ノーランド当主もあなた達のことを心配しているのは間違いないと思うのよ。でもふたりは辺境伯家の当主なの。一石二鳥を考えるのは当然よ」
「わかっているわ。お母様が失礼なことを言ったのに、伯父様が私達のことまで考えてくださっているんですもの。それに子供だって家のために結婚相手を決められるのよ。私達だってそうよ」
「だけど当主の子供とあなた達では、立場の強さが圧倒的に違うの。結婚して相手の屋敷にはいったら、外からじゃ何もわからないわ。恩着せがましくされたり嫌味を言われるくらいならまだいい。暴力を受けても助けを呼べないでしょう」
ディアドラはいつも痛いところを突いてくる。
辺境伯家や侯爵家の御令嬢なら、どこに嫁いでも大切にされるだろう。
でもカーラにはもう家がない。
平民だからと暴力を振るわれても、これ以上ノーランドに迷惑をかけられないと考えてしまうだろう。
「その辺もノーランドは考えて相手を選んでくれるとは思うのよ。でも、ハミルトンは自力で男爵になりたいんですって。ヨハネスは分家じゃないのよ。由緒正しい侯爵家だったの。だから自力で再興したいって考えているみたいよ」
弟の考えをパトリシアから聞くなんて、こんな情けないことがあるだろうか。
互いに相手を気遣って、慎重になって、当たり障りのない会話しかしてこなかった。
それだけ平民になったという衝撃が大きかったとも言える。
「私はまた俯いて塞ぎ込んで、祖父母に任せて楽をしようとしていたのね」
誰かに守ってもらおうとするのはやめたつもりだったのに、結婚相手が祖父母に代わっただけだった。
決められた相手と結婚し、ひっそりと生きていくしかないんだと考えていた。
「しかたないわよ。私だってカーラの立場だったらきっとそうなるわ。ディアは……たぶん違うでしょうけど」
「私だって落ち込みますぅ。でも落ち込んだ分、きっちり反動をつけて飛び上がるわよ。使えるものはなんでも使う」
「でも、いつも相談に乗ってもらってばかりで、私は何も出来ていないわ」
「今はね。でも五年後にはわからないでしょ? もしかしたら今度は私が、カーラにいっぱい相談しているかもしれないわ」
「パティ……」
「私はね、相談するのは友人なら当たり前だと思ってる。貴族らしくはないだろうけど、私はカーラが好きで一緒にいて楽しくて、これからもたくさんおしゃべりしたいの。だから手伝えることは手伝うのよ。自分のためでもあるんだもの……っていけない。食事にしましょう」
胸を張って言い切ってから、ディアドラは店に来た目的を思い出して慌てて店員に準備を頼んだ。
精霊獣の魔法で声は聞こえなくても邪魔をしてはいけない雰囲気なのはわかるので、出来上がった料理を運んでいいのか迷って、入り口に待機していたのだ。
「待って。これだけ先に渡したいわ。ふたりにプレゼントを持ってきたの」
「そんな気を遣わなくていいのに……と言いつつ私も用意しちゃった」
テーブルをセッティングしてもらっている間に、三人は部屋の窓際に置かれていたソファに集まり、まずはカーラが包みを置くと、パティも侍女に預けてあった荷物の箱を開けた。
「私だって持ってきたわよ」
「新作のお菓子?」
「ディアは食べ物率が高いわよね」
「ふ、ふふん。お菓子だけじゃないんだから。見よ、このクリスタルの容器を」
ディアドラが両手で掲げたのは、光を反射して小さな破片が浮かび上がるように輝く魔道具の照明だ。
「まだ試作品段階なんだけど綺麗でしょ。ここがスイッチ」
「うわあ、とても綺麗だわ」
「私はお揃いの靴にしたの。微妙にデザインが違うのよ」
パティが用意したのは爪先に飾りのついたブーツだった。
ドレスを着ることが多いため、靴は爪先部分が一番見えるので、そこにおしゃれをする人が多い。
「かわいい!」
「色も少し違うのね」
綺麗なラッピングを開ける楽しみより、さっさと中身を出して見せあいたくて、いつもこうして贈る側が品物を取り出してしまうため、ディアドラもパトリシアもプレゼントに梱包もリボンもつけていない。
カーラも店で贈り物だとは言ったが、傷がつかないように布で包んでもらっただけだ。
「こういうのがこれから帝国で流行るの?」
「さあ」
「ディアは知らないわよね。パティの靴はどう?」
「この靴はね、靴の中敷きにフェアリー商会で開発したクッション素材が入っているの。疲れにくいし暖かいのよ。この冬の人気商品になると思うわ」
「見て見て。似合う?」
「ディアはなんでも似合うわ。ああ、ホント。歩きやすい。これならダンスをしても足が痛くならないわね」
「ちょっと、その投げやりな返事は何? カーラの爪先のデザイン可愛い!」
「いいでしょー」
「ふーん。私のも可愛いからいいもん」
本当にまったくディアドラの態度は変わらない。
ベリサリオ辺境伯やクリスが、ディアドラがカーラと会うのをよく思っていないのは知っている。今日だってカーラに会うために家族を説得したはずだ。
それでも会えるのは店の奥のベリサリオ用の部屋だけで、入る時も出る時も別々に移動することになっている。
「お嬢さん方、せっかくの料理が冷めてしまいますよ」
「ああ、ごめんなさいレックス」
「この靴のままでいいわね」
レックスに注意されてパトリシアとカーラは慌てて席に着いた。
幼少の頃からディアドラの執事には世話になり、子供達だけで宿泊して遊ぶ時に騒ぎすぎてよく叱られていたので、レックスに注意されると叱る方も謝る方も、つい笑みが零れてしまう。
「カーラが流行を気にするなんて珍しいわね」
「実は……」
食事をしながらカーラは、先程の店でのことをふたりに話した。
ベジャイアの宝石箱はディアドラにもパトリシアにも好評で、カーラと店員のやり取りにだいぶ興味を持ったようだ。
「フライを売り込んでくれたのね。ありがとう。ベジャイアにたくさん売れたらお礼をしなくちゃ」
ディアドラに言われて気付いた。
思いついたことを話しただけだが、結果的にフライを売り込んだことになっていた。
カザーレがまとめて購入した場合、カーラの営業が利益を上げたことになる。
「もしそれでフライがベジャイアで流行ったら、その店からもしっかり謝礼をもらわなくちゃ駄目よ。情報は高いんだから」
「フェアリー商会とその店と両方からもらうのはどうなの?」
「両方ともあなたのおかげで利益が出たならいいんじゃない? 私は流行はわからないけどベジャイアの商品を売るアイデアならあるわよ。でもそれは向こうの出方を見てからの方がいいわ。アクセサリーあたりを土産に買ってきてお礼を済ませようなんてしたら、あなたは商人としてあまり優秀じゃないのねって言ってやらなくちゃ」
「そうね」
悪い想像ばかりしていたが、実際に友人達に会って話すのは楽しいし、驚くほど心が軽くなった。
まだやれることはある。
そう思えただけでも俯いていた顔をあげて前に進めそうだ。
「王宮で働くのはどう? けっこう独身の人もいるらしいの。十代は仕事を覚えるのに必死だったり、身を固める気になれなかった男性が、同僚の女官と結婚するのも多いのよ。王宮で働けば情報が集まるし、なによりカーラが優秀だってアピール出来るでしょ。今はヨハネスの娘として見る人が多いけど、カーラの能力を見てくれるようになるわ」
「パティ、いろいろと考えてくれたのね」
「私じゃなくてお母様の案なの。子供の頃から遊びに来ていたカーラを見てきたから、親戚の子のように思っていて気になっていたんですって。働く気になったら推薦してくれるって」
「私からもお母様に頼んでみるわ。ベリサリオとグッドフォローの推薦があったら、どんな仕事にも就けるわよ」
「ありがとう」
まずはハミルトンと話をしよう。
もうふたりだけの家族だ。
友人からもらったプレゼントを大事そうに抱えて、カーラは彼女達より先に部屋を出て帰路に就いた。