長い戴冠式の一日 5
「準備が整いました。こちらへどうぞ」
案内に従って、皇宮の正面玄関に面したバルコニーに向かう。
今日だけは玄関前の広場が開放されて、国民が大勢詰めかけているのだ。
普段は精霊車がずらりと並び、人々が行き来する広場が早朝にはからっぽで、こんなに広かったのかと驚いたけど、今はそこに大勢の人が詰めかけて帝国の旗を振っている。
陛下の即位を祝うプラカードを持っている人もいるみたいだ。
バルコニーに近付くにつれて、ざわめきがどんどん大きくなっていく。
ドームでのライブのステージに立つって、こんな感じなのかも。
「すごい」
これだけの人数の歓声になると圧があるのよ。
思わずたじろいでしまいそうになるほどの声の中、パオロとアランお兄様がバルコニーに出ると、先程までのざわめきが嘘のように静まり返った。
ようやく皇帝陛下が現れるんだという期待で、声を出すのも忘れて注目しているんだと思う。
歓声だけじゃない。
張り詰めた空気にも圧があるわよ。
そこに堂々と歩み出た皇帝が片手をあげると、先程までより大きな歓声があがり、その音量によろめきそうになった。
「うわ」
「見て。みんな笑顔です」
さすがに陛下もこの歓声には驚いたみたいだ。
隣にいるモニカの声は震えていたので、もしかしたら感激で涙ぐんでいるのかも。
この人達は、エーフェニア様の傍らに立っていた幼少の頃の陛下も知っているはずだ。
両親は引退し、まだ成人していないのに政治に携わることになった陛下も知っている。
だから立派に成人して、婚約者も決まって、皇帝に即位した姿を見られるっていうのが、私の思っている以上に嬉しいんだと思う。
私が嬉しいと思うのは、広場を埋め尽くした人々の服の色どりが華やかなことだ。
たぶん今日は一番いい服を着て、女性はお化粧もして、皇帝陛下の姿を一目見ようとやってきたんだろう。
ついこの間ベジャイアを訪れて、暗い顔をして蹲っていた人達を見たから余計に、人々の明るい笑顔とおしゃれを出来る余裕があるということが嬉しい。
ここに来る人達は、余裕のある人達なのかもしれないけどね。
働かなくちゃいけなくて、ここに来ようなんて思う時間もない人だっているんだろう。
でも、国がいい方向に進んでいるのは間違いないのよ。
それを国民も感じているから、若い皇帝が即位することをこれだけ歓迎出来るんだ。
「ディア、精霊王が現れるタイミングはどうなっているんだ?」
クリスお兄様に聞かれて首を傾げる。
特に何も決めてなかった。
「決めてない?」
「いきあたりばったりかよ」
クリスお兄様だけじゃなくてエルさんの突っ込みもいただいてしまった。
ふと顔をあげたら、みんなが驚いた顔で私を注目している。
だって誰も決めて来いって言ってなかったじゃないかー。
「あ、ほら来ますよ」
広場の上空で何かがキラッと光った。
光は見る間に大きくなり、四属性を表す光に分かれてぐるぐると回った後、東西南北に別れ、更に大きな輝きになり、はじけると同時に精霊王達が姿を現した。
精霊王の着ている服って割とシンプルだし、ごてごてとアクセサリーもつけていないけど、彼ら自体が内側から発光しているみたいに淡い光を纏っているので、存在自体が神々しく見えるのよね。
それにともかく美形だ。
上空にいるからはっきりと顔は見えないんだけど、それでも美形だってわかるのがすごい。
帝国の精霊王は、自分の担当の地域では割と普通に姿を見せているし、この神々しさだし、誰もがすぐに精霊王だと理解したようで、割れんばかりの歓声が沸き起こった。
陛下が登場した時以上じゃないだろうか。
もうすっかりみんなの意識が精霊王に向いちゃって、皇帝陛下が忘れられちゃいそう。
「ディア、大丈夫?」
「なんで私に聞くんでしょうか」
クリスお兄様だって精霊王が祝福しに来ることに賛成だったでしょ。
それにまだ慌てる時間じゃないのだ。
私達には紋様がある。
『アゼリア帝国の新しい時代の幕開けに、こうして皆と共に皇帝の即位を祝えることを嬉しく思う』
中央の担当が琥珀だからか、最初に話し始めたのは彼女だ。
いつもと話し方が違うせいで、精霊王らしさが倍増している。
『我ら精霊王は人間には干渉しない。政治に関しては尚更だ。しかし精霊と共に暮らす国を作ろうと行動している皇帝には大いに感謝している。こんなにも多くの精霊が人間と共にある姿をこうして見る事が出来るのも、皇帝のおかげだ』
蘇芳もいつもの口元に笑みを浮かべた表情じゃなくて、きりっとした顔をしている。
そういう顔だと近付きにくい雰囲気だから、私はいつもの方が好きだな。
『だが、魔力が少なく精霊を育てられない者も多いだろう。彼らが生きにくい世界になることは望んではいない。精霊を育てるのは強制ではないのだ』
四人で台詞を分担している? 翡翠の話し方が棒読みっぽい気がする。
もしかして予行練習しちゃってたり?
この場を盛り上げようと考えてくれているのかな。
本当にありがたい。
『我らとの共存を誓ってくれた皇帝に祝福を。この地が精霊と人間が共に暮らす国である限り、我らは皇帝を守護しよう』
瑠璃の言葉と共に、精霊王達が上に向けた掌から光が溢れ、陛下の元へ飛んで行った。
陛下も狙いはわかっていたようで、手袋を取り、手の甲を見えるようにして光を受け止めると、紋様が光り輝いて浮き上がった。
その様子を目撃して、さっきの歓声でもすごかったっていうのに、更に歓声が大きくなった。
叫び過ぎて酸欠で倒れる人が出てもおかしくないよ。
「これで紋様の存在が世界中に知られるな」
クリスお兄様ってば苦笑い。
精霊王に負けずに皇帝が目立ってよかったじゃないですか。
「あの紋様は誰が考えたんだ?」
「絵柄のことですか?」
「全部だ」
皇帝カップルの左右にブレインが並んで、私はクリスお兄様の斜め後ろで、エルさんは皇帝の斜め後ろに立っていたおかげで、割と私とエルさんは目立たないので、中腰になりながらそっと手をあげた。
「やっぱりな」
「素敵でしょう」
「……まあな」
「エルさ……」
おっと、まさか口に出してエルさん呼ばわりしそうになるとは。
「エルサ?」
「ダレデスカ」
「おまえが言いかけたんだろうが。なんて呼ぼうとしたんだ」
「エルドレッド皇太子殿下」
「長いな。それでエル様とでも呼ぼうとしたか。かまわないぞ」
「駄目です。そういう呼び方は未来の恋人に取っておいてください」
エル様はないわ。
それはもう少し耽美系のタイプに使いたい呼び方よ。一見俺様タイプ実は大型犬系には似合わない。
「それは今ここで話す内容か?」
皇帝の声がしたので顔を向けたら、皇帝だけじゃなく、モニカもブレインの人達も全員でこちらを注目していた。
「なんでみんなしてこっちを見ているんですか。前を向いてください!」
めっちゃ目立つじゃないか。
目立たなくていいって言っていたくせに。
「どうしたんだ? 後ろを見ているぞ」
「何があるんでしょう?」
「あ! 妖精姫だ!」
「おお! 妖精姫様!!」
「妖精姫! 妖精姫!」
みんな元気だな。
もう声が枯れている人もいそうなのに、まだ叫んでるよ。
『ディア』
琥珀まで呼んだら隠れていられないでしょう。
笑顔で手を振らないで。
「妙な服を着て目立とうとしていたじゃないか」
「ディア、ほら来て」
モニカに腕を取られて、皇帝とモニカの間に引っ張り出された。
この位置は何?
一番立っちゃいけない位置なんじゃないの?
「はい、笑顔笑顔」
「モニカ様、この場所はまずい……」
「モニカ様と妖精姫は御友人なんだそうだ」
「妖精姫! モニカ様!!」
私とモニカが仲良さそうで、皇帝がそれを見守っているようで、平和な様子に見えているのか。
それならいいのかな。
「妖精姫、かわいい! 小さい!」
いや、よくない。
早く私を解放して。