長い戴冠式の一日 4
まず入ってきたのは、近衛騎士団の騎士達だ。
入り口近くと窓側とに分かれて騎士が立ち、続いてパオロとアランお兄様が皇族の玉座の左右に陣取った。
全員、儀式用の制服を着ているから煌びやかだ。男っぷりが三割増しくらいになっている。
そしてようやく皇族が姿を現すと、盛大な拍手と歓声があがった。
私も拍手しようとして、皇太子……もとい、陛下の姿を見てそのままの体勢で一瞬止まってしまった。
だってこの短時間に髪をバッサリ切っていたんだもん。
気合を入れるとか気分を新たにするとか、そういう意味でもあるんだろうか。
後ろで結わくほど長かった髪が、今では前世の若いリーマンがしてそうな髪型くらいに短いんだよ。このタイミングでイメチェンですか。
前髪とトップだけ少し長いみたいだけど、王冠を被っているのでよくわからん。
ディープロイヤルブルーに銀糸で模様の入った上下に肩章をつけて、颯爽とマントを翻す姿は威風堂々、これぞ皇帝って感じよ。
隣に並ぶモニカも同じくディープロイヤルブルーのドレスで、こちらは銀糸以外に小さな宝石が使われていて、照明を受けてきらきら輝いている。
タンポポのような金色の髪がふわふわと揺れて、ティアラが華やかさを添えていた。
早熟……って言うとエロいわね。
モニカって発育が早いからナイスバディで背も高いでしょ。
エーフェニア様と将軍のカップルも迫力があったけど、このふたりも負けていない。
皇帝にエスコートされたモニカは少しだけ照れ臭そうで、でも誇らしげで美しかった。
バルコニーに並ぶ時も今と同じ立ち位置のはずだから、国民からはこう見えるんだね。
パオロとアランお兄様がバルコニーの一番前の左右に立つんでしょう。
ふたりともルックスがいいから、近衛騎士団の制服姿が絵になるのよね。
今までこういう席では、第一騎士団で一番強い人がパオロと並んでいたんだけど、家柄的にも精霊獣の強さ的にも、アランお兄様の方がいいだろうということになったそうだ。
俺の座を奪ったって妬まれて争いが起こるというのが、物語ではよくある展開なんだけど、その強い人が今はアランお兄様の教え子のひとりだからね。精霊を頑張って育てているところなんで、平和的に交代が行われたのよ。
因みに第一騎士団が皇帝の警護で、第二騎士団が皇太子の警護、第三騎士団が皇妃や皇帝の家族の警護に当たる。エセルは第三騎士団の女性部隊にいるのよ。
今日からエルドレッド第二皇子殿下が皇太子で……慣れるまではややこしいな。皇太子って呼びにくい。
本人の前ではちゃんと呼ぶけど、普段はエルっちでいいかな。
さすがにそれじゃまずい? じゃあエルさん。
「この場には私が幼少の頃より、支えてくれた信頼出来る者達が揃っている。同時にそれは、今後私と共にこの国を繁栄に導く、この国の中心になる者達が揃っているということだ」
新しい皇帝の言葉に、会場にいる貴族達の顔つきも輝いている。
エルさんは少し下がった位置で控えめに、でも貴族達に負けないくらい嬉しそうに皇帝の姿を見ていた。
「早朝より精霊王様方への挨拶を済ませてきた。当初は王冠に祝福をしてもらう予定だったのだが、精霊王は人間の政治には干渉しないため、皇帝になった者を無条件で祝福は出来ないと言われた」
ちょっと心配させようとしているな。
間を空けるあたり、効果を狙っている。
「精霊王が祝福するのは、精霊と共存し平和な国を作る皇帝個人だ。祝福は私個人に行われた」
手袋を取って紋様を見せると、一瞬静まり返った後、会場にどよめきが走った。
「これが皇帝にだけ与えられる紋様だ。今後は新しい皇帝が即位するたびに精霊の森を訪れ、精霊王様方に認められた者だけが祝福を得て、この紋様を受け継ぐことになる」
ほんの思い付きだったのに、効果絶大だなあ。
こういうのが好きなのは、世界が違っても変わらないのね。
「見て。痣のようになっているわ」
「模様が浮き出ているんですね。あれが紋様ですか」
「皇帝陛下にだけ許された特別な証ですね」
「素晴らしい」
皇帝らしい服装に王冠、代々受け継いできた指輪と剣。そして紋様。
最高じゃない? オタク大歓喜よ。
臣下達ももちろん大興奮。
皇帝陛下は精霊王にも認められた特別な人なんだって、きっと話を膨らませて広めてくれるだろう。
……ここにいる人達は、精霊の森でどんな一幕があったと想像しているんだろう。
本当のことはとても言えない。
「この後、精霊王様方は広場にも姿を現してくださるそうだ。残念なことに先代の時代、帝国は非常に厳しい状況に陥ることになった。つらい思いをした者も多かった。しかし今日からは新しい時代の始まりだ。精霊と共により豊かな国を作っていこうではないか」
挨拶自体は意外と短くて、今後どういう国にしたいかって話を少しして、その後陞爵する家の発表が行われた。
ブリス侯爵家誕生だ。
エルトンは侯爵家子息になったから、国王の筆頭補佐官になって、いずれはなにがしかの大臣になるのかもしれない。
エルダも侯爵令嬢よ。
でもブリス家って癖が強いからなー。平気かな。
「バルコニーに向かう方はこちらにお越しください。他の方はそれぞれのお部屋にご案内します」
陛下の話が終わり、臣下を代表してパウエル公爵がお祝いを述べて、ブリス侯爵が地位が上がったり領地が増えた人達の代表として挨拶して、この場は終了。
次はとうとうバルコニーに並ぶ時間よ。
「ディア、一緒に行こう。バルコニーに出るのは僕達だけだ」
「はい、クリスお兄様」
両親はバルコニーの見える部屋から見学だ。
ブリス侯爵家やエドキンズ伯爵家も同じ部屋で見学だそうで、スザンナもエルダがいるから気が楽でしょう。
「おめでとう、ブリス侯爵」
「ありがとうございます。今後も辺境伯閣下とクリス様が中央で動きやすくなるために、微力ながらご尽力させていただく所存です」
「私はベリサリオにいるから、クリスを助けてやってくれ」
「え? あ、はい。もちろん」
「僕もすぐにベリサリオに戻りますよ」
「え? えー?」
こんな場所でそんな会話をするんじゃない。
しかもトリオ漫才になっている。
クリスお兄様とふたりで家族とは別の出入り口に向かいながら、広間を出て行く人達の方をちらっと見たら、ジュードが真顔でエルダに何か話していた。
傍にいるスザンナが笑っているから口説いているのとは雰囲気が違うなあ。
「両親が本気になってきたから、嫌だったら断わる口実を考えろとでも言っているんじゃないか?」
私が何を見ているのか気付いたクリスお兄様も、どことなく楽しげだ。
ジュードが苦労しそうなのが楽しいのか、エルダの対応が楽しみなのか、どっちもかな。
「けっこう相性がよさそうですよ」
「そこがおもしろいんじゃないか。当人達はそう思っていないみたいなんだから」
「いやいや、お互いにちょっとは意識してますって」
本気で嫌だったら、ジュードもエルダももっときっぱり態度に出して断わるでしょう。
エルダなんて妖精姫発動という最終手段を持っているのに、曖昧にしているってことはぐらぐら迷っているのよ。
「あ、そうだ。精霊の森に行く時に着ていた上着を持ってきてもらわないと」
「あれを着るのか? 目立つよ」
「え? 目立った方がいいんですよね。私が皇帝陛下の後ろに控えて頭を下げているところを見せるのも大事なのかなって」
「おまえはそんなことは気にしなくていい」
聞き慣れた声と共に大きな手が頭の上に乗せられた。
「精霊王が俺に祝福したのがわかれば充分だ。紋様というのはいいアイデアだったな。これは便利だ」
「お気に召したようでなによりです」
「なんだ、その喋り方は」
皇帝になったんだから、いちおうは今までよりちゃんと敬語で話そうと思っていたのに、陛下はそれが気に食わなかったみたいで、頭に置いた手でわしゃわしゃと髪を乱した。
「うぎゃー。髪がくしゃくしゃになるじゃないですか!」
「ディアの髪に気やすく触らないでください。繊細なんですから、そんな触り方は駄目です」
「センサイ……」
クリスお兄様は態度を変える気がないのか、皇帝の手をぺしっと叩き落としたのに、周りもまったく気にしないあたり、うちの国ってゆるいなあって思う。
帝国って軍事国家よね。
ちょっと前までは確かにそうだったけど、今はまったく帝国という言葉のイメージと国の雰囲気があっていない。
それとも非常時になれば、さすが帝国やっぱり帝国になるのかな。
「髪をずいぶんバッサリ切っちゃったんですね。モニカ様は気に入ってるんですか?」
「え? 私? ええ、大人びて素敵だと……」
突然話をふられて驚いたモニカに、私は満面の笑みを向けた。
「そうかー。素敵かー。モニカ様が気に入ればもうなんでもいいんですよねー」
「やめろ。俺への仕返しにモニカを使おうとするな」
「えー、せっかく侍女が早朝から頑張ってセットした髪を乱されたくらいで、未来の皇妃様に仕返しなんてしませんよ。素敵だって言われてよかったじゃないですか」
「クリス、これのどこが繊細なんだ」
「全部」
さりげなくクリスお兄様の言葉で私がダメージを負っている気がする。
本気で思っていそうなところがすごい。
芝生を転がっていた幼少時代から、変顔で注意される現在まで全部知っているのに、私を繊細だと言い切るのは世界広しと言えどもお父様とクリスお兄様だけよ。
「あの、ディア。前から言おうと思っていたんだけど、様も敬語もいらないわ」
「そうはいきません。皇帝陛下の婚約者様なんですからって、いたっ。見ました?今この皇帝陛下、私をどつきやがりましたよ」
「ああ……うん。敬語でも意味がないから、どっちでもいい気がしてきたわ」
意味がなくはないんじゃないかな。ちゃんと敬語よ?
それより少女をどつく皇帝ってどうなの。
皇帝なら許されるの?
……許されるのか。