ハワイアンズ
今日はまちにまったお出かけの日です。
ようやく城から外に出られるぜ!
軟禁されていたわけではないので、精霊についての説明をしに他領や領地内を回った時に城の外には出ていたんだけど、自分の住んでいる街を素通りしちゃってたのよ。六年間も。
「ブラッドとジェマのそばを絶対に離れちゃ駄目だよ。馬車から降りたら、精霊獣は小型化してずっと出しておくこと。いいね」
「はい」
「買い物の支払いもふたりに任せる事。知らない人について行っちゃ駄目だよ」
文句を言うとお父様の気が変わってお出かけ禁止になりそうだったので、ここはおとなしく頷いておいた。ご令嬢は支払いを自分でしないらしい。あと買い食いも禁止された。つまらん。
今日、私の乗る馬車は小さめで装飾は少ないので、余計にでかでかとつけられたベリサリオの紋章が目立っている。
「辺境伯一家は領民に人気がありますし、家族全員が全属性の精霊を持っている事も有名ですから、隠すよりこのほうが安全なんです」
うちの家族、近付きたくない極道一家みたいになってないでしょうね。
何度か、浮く馬車で街道をかっ飛ばしたのがいけなかったかな。
「護衛はおふたりだけなんですか?」
高位貴族と城の招待客、そして緊急の馬車は一般とは違う門を使う。
私に気付いた門番は、ものすごく心配しているみたいだった。
同行しているのはふたりだけでも、目立たないように隠れて警護している人が何人もいるらしいよ。それに新しい護衛兼メイドのジェマは、元は軍の魔道士で三属性の精霊を持っていて、そのうち火と土は精霊獣になっている。ブラッドは頼りになる元冒険者の執事だし、そこに私の精霊獣まで加わるから、防御に関してはかなりのものよ。
「くれぐれもお気をつけて。転ばないようになさってください」
「……もう私は立派なレディですから、転びませんよ?」
「おお、それは失礼しました。いってらっしゃいませ」
「いってきまーす!」
ひらひらと手を振ってから、くるっと馬車の中を振り返る。
ジェマは私の隣に、ブラッドは前に腰掛けて微笑ましそうに今のやり取りを見ていた。
「なぜ、みんな私に転ばないようにって注意するのかしら? 私、そんなに転んでる?」
「さあ。私は転ばれたところを見た記憶はありません」
「あーー、執事になりたての頃、お嬢様が芝生を転がっていくのは何度か見ました」
それはまだ四歳児だった頃の話でしょ。
いまだにお兄様方も両親まで、転ばないようにって毎日のように注意するのよ。
どれだけ転ぶと思われてるのさ。
「お嬢様は末っ子ですから、いつまでも小さいイメージなんでしょう」
それなりに身長も伸びて成長しているんだけどな。
よく転ぶ子供だったよって、一生言われ続ける気がする……。
馬車は門を出て坂道を下っていく。
最初のうちは道が空いていて、たまにすれ違う馬車は豪華な物ばかりだった。
微かに潮風の混じる風を心地よく受けて外を眺めていると、すぐに一般の馬車の通る正門に続く道と合流した。
ここは朝夕は渋滞するくらいに通行量が多いそうで、今も荷物を積んだ馬車がひっきりなしに行き来している。人々の声や馬のいななき、車輪のたてる音で突然周囲が賑やかになった。
「賑やかだと街が栄えてるって感じがするわ」
「栄えてますよ。最近は景気が安定してますから」
坂を下りるにつれてどんどん近くなる街並みは、ここ何年かごみを捨てないようにと憲兵が厳しく指導したので、すっかり綺麗になっている。観光地が汚れていたら、もう一度訪れたいとは思えないでしょ。
街が綺麗になると、不思議と住んでいる人達が少しだけ身だしなみに気を遣うようになった。そこにこの二年の好景気だ。綺麗な服を着る人が増え、女性はブレスレットや髪飾りをつける人が増えた。
女の子って、お気に入りのアクセサリーを身に着けると、少し気分がよくなるよね。前髪が上手くセット出来ただけでも、ちょっとやる気が出てくるもん。
だから安くてかわいいアクセサリーのお店が増えるといいな。私も買いたいな。
ちょっと前にお父様に髪留めが欲しいって言ったら、宝石屋を呼ばれた時はどうしようかと思ったわ。
呼びつけたんだから、買わなきゃいけないんじゃないの? でも私まだ六歳だけど大丈夫? ってすっごく緊張して、指紋つけたら申し訳なくて、アクセサリーに触れなかったよ。
小市民には無理だから。
私、前世は百円ショップでピアス買ったことあるからね。
「あ、黒髪の人」
馬車の横を通った人を見て、驚いて思わずつぶやいた。
「ご覧になったことがありませんでしたか? ルフタネンからの移民や商人がいますから、それほど珍しくありませんよ」
「えええ?! 生まれて初めて遭遇したわよ。城にはいないわよね」
「そうでしたか?」
頬に手を当てて首を傾げたジェマは優雅で優しそうで、とても魔法で男達を吹っ飛ばすようには見えない。軍では名の通った魔道士で、私のメイドになると聞いて驚かれたらしい。子爵令嬢だと知ってもっと驚かれて、何人かの同僚には身分が違うなんてと泣かれたんだって。美人だからね。
「混血の方は軍にも何人かいましたけど、黒髪の方はそういえばいませんでしたわね」
「ルフタネンは魔力が多いやつが多いから、なかなか黒髪にならないんだろう」
「え? 魔力が弱い方の髪の色になってしまうの?」
前世だと、濃い色の方が優性遺伝だったよね。
ここでは魔力が低い親の方の色になるって事?
おおう、世界が違うとそんなところも違うんだ。
「それ以外の要素もあります。中央の民族は、どんな髪の色の相手と結婚しても赤い髪の子供が生まれるそうです」
「陛下がそうね」
「はい。あの民族は赤から橙色の髪の色が多いですね」
我が国は多民族国家なのよ。中央の、つまり陛下の民族を中心に、いくつもの民族の人が暮らしている。彼らからしたら白金や銀色の髪が多いベリサリオ領民は他民族。骨太で背の高い人達が多いノーランド領民も他民族のはず。
だから余計に辺境伯の動向には気を配っているんだよね。独立しかねないから。
「以前は魔力欲しさに、ルフタネンの女性を第二夫人にする貴族がいたそうですよ」
「なんで第二夫人なの?」
「うちの方が国が大きいですから、下に見ていたんでしょうね。それに子供の魔力を増やすために嫁をもらうほど、あの家は魔力がないのかって噂になりますから」
貴族って、そういうのめんどくさいよね。でも変な噂がたてば、一気に権力図が変わってしまったりするらしい。
こわいわー。口は禍の元過ぎて会話出来なくなりそうだわ。
「でもルフタネンは精霊の国といわれるほどに、皆が精霊を持っているそうですから、まともに精霊を育ててもいない我が国に呆れていたそうですよ。だからここ十年ほどは、あの国と縁組したという話は聞かなかったそうです」
ジェマって物知りだわ。さすがクリスお兄様とお父様が選んだだけはある。
ウィキくんで調べろよって感じだけど、このところ自分の事と商会の事で手一杯なのよ。隣国のことまで気にする余裕がなかったわ。
でも黒髪だよ。懐かしい。
ちょっと泣きそうになるくらいに懐かしい。
ただ残念なことに東洋人ではなかった。もっと顔が濃かった。
「ルフタネンの人達は見てすぐに国がわかるので、無茶なことをする人はいません。血の気の多い海の男も多いみたいですけど、我が国との貿易は大事ですからね。それよりシュタルクやペンデルスからの移民にご注意ください」
「ペンデルスって精霊のいない国よね」
「はい。人間は神に選ばれた種族で、この世界の支配者だという宗教を信仰しているそうです。シュタルクにも信者がいるので注意してください」
「わかったわ」
ペンデルスって、その国の精霊王達を本気で怒らせて見捨てられた国よね。なのにまだそんなことをやっているんだ。いや、そうでもしないと国をまとめられないのか。
海峡の向こうの国だからあまり心配する必要はないだろうけど、注意するに越したことはないわね。
「ここで降りましょう。公園になっていて港も見えますし、屋台も出ていますよ。参考にするために見学なさるんですよね」
「はい」
「ただ自分で屋台の物を買うのはおやめください。ブラッドが買いますから」
言いながらブラッドとジェマが先に馬車を出る。扉を背中で押さえたブラッドの横を通り、ジェマが差し出してくれた手を取って外に出て顔をあげたら、通路の向こう側に人が集まっていた。
「やっぱり辺境伯のお嬢様だ」
「おお、見ろよ。本当に精霊獣が全属性分いるぞ」
「うわ、かわいい!」
「ありがたいねえ。おかげで領地が豊かになったねえ」
何が起こっているんですか。
もしかして私をわざわざ見に来たの?
「ディアドラ様、手を繋いでください。屋台を見ながら公園まで歩きます」
「はい」
「ディアドラ様だ」
「あの子がディアドラ様?」
みんな好意的に思ってくれているみたいだし、名前を連呼されたから、つい笑顔で手を振ってみちゃったら大歓声が上がってしまった。
「なにこれ。何が起こっているの?」
「ディアドラ様のおかげで精霊が増えて、漁業も農業も収穫が安定して街が潤って、領民の生活も豊かになったんです。救世主みたいに思っている人もいるんですよ」
「うへえ」
「ご兄弟で領地をくまなく回って、精霊について説明をしたのも知っていますからね。なのにお嬢様は、今までいっさい姿を現さなかったんですから、お姿を一目でも見ようとそれはもう大騒ぎにもなりますよ」
私、レアモンだったよ。
屋台を見ながら歩く私の後ろに行列が出来ているよ。
ただ精霊獣が私達三人を囲うように歩いているし、平民の彼らは貴族である私に下手に近付こうとはしない。遠くから見ているだけだ。
途中一度だけ、若い男が三人こちらに駆け寄ろうとして、どこからか出てきた護衛に取り押さえられていた。
「ねえ、精霊獣が伏せをしていない?」
平民は魔力量が少ないから精霊獣を持っている人は滅多にいないけど、街には貴族も遊びに来ているし騎士達もいる。それで何回か精霊獣を見かけたんだけど、どの精霊獣も伏せをしていて、主が移動してもその場を動かない。
『彼らは自らの主を守るため、精霊王の祝福を受けた者と敵対しかねないことはしない。彼らの主が我らに下手に近付いて怒らせては困るからな。きっと命じられてもあの場を動かない』
『それでも近付くなら、精霊王の元に帰ると話しているはずだ』
イフリーとジンが説明してくれた。
なにその実家に帰ります攻撃。
あ……待って。それって皇宮にいた精霊獣達もそうだった?!
緊張してあまりよく見ていなかったけど、特に混乱もなく済んだのはそのせい?
『そうだ』
それ、今頃皇宮中の噂になってないですかね。
陛下の耳にも入ってますよね。
『茶会の場にいた精霊獣も動かなかっただろう』
『気付いてなかった?』
はい。気付いてませんでした。
ただ足元でリラックスしているだけだと思っていました。
『兄達の精霊獣は別だぞ』
『あのネコ達、イフリーの背中を取ってずるい。そこは僕の寝場所』
黒猫姿のジンがパタパタと羽根を動かして、ふよふよ飛びながら文句を言うのが可愛い。もちろん麒麟のガイアも竜のリヴァもかわいいよ。ちょっと無口だけど。性格がはっきりしてきてどんどん愛着がわいて、もう彼らがいない生活は考えられないわ。
「公園に入りましょうか」
海沿いの公園は、港で作業する人の様子や遠く灯台も見えるデートスポットだ。
通りよりもおしゃれな屋台が多く、うちのジェラートの屋台も噴水前に店を出している。
公園を突っ切り、海の見える欄干にもたれ、水平線を眺めた。
海の向こうに行ってみたいなあ。
前世ではあまり旅行に行かなかったから、今回は外国にも行ってみたい。
でもたぶん、むずかしいんだろうな。
「え……嘘でしょ?!」
ちょっと横に視線を移動すれば、船に積み荷を運ぶ様子が見える。
船体に一部鱗の付いた部分が有ったり、光っている部分があるのは魔獣の素材かもしれない。
でもそれより目を引いたのは、船員の服装だ。
「あれって……アロハよね」
ぼんやりと船に荷物を積む作業をしている船員を眺めていたら、アロハシャツを着ている男を見つけてしまった。しかもひとりじゃない。黒髪の男達が何人もアロハを着ている。
「な、ないわー」
前世のような染色技術はないから鮮やかな色合いの柄じゃなくて、ちょっと褪せた色がヴィンテージ物っぽい雰囲気を出している。それでもアロハだ。
「やりやがったな、転生者」
犯人はわかっている。二百年前にルフタネンに現れた転生者だ。
確かに彼らにアロハは似合っている。顔つきもカメハメハ系だ。でもここはファンタジーの世界。せめてもう少し何かなかったのかと言いたい!
転生者もハワイアンだったのかな。
それか、彼らを見てハワイアンぽいと思ったのかな。
「動きやすそうだし、トロピカルだし、いいんだけどね」
どこか通じ合うものを感じる。その転生者、元は日本人じゃないの?
ビスチェを作った私とアロハを作ったハワイアン。
なんだろう。すっごく負けた気がする。
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