ウィキくんにも言い分があるに違いない 後編
「このくらいの大きさがあれば、しゃがんで通れるわね」
『ディア、どこに行くんだ』
「ルフタネン。空間を開いたままにしておくから、ガイアは留守番して誰か来たら知らせて」
ジンとの会話を聞きつけてベッドの上に乗ってきたガイアに言うと、寂しそうに頭を下げてベッドの上に座り込んだ。
いけない。精霊獣の中で一番聞き分けがいいから、ついガイアにこういう役目を頼んでしまう。
「開いた空間のすぐ外から動かないから、顔を出していてもいいわよ」
『……うん』
「ごめんね。今夜は一緒に寝ようね」
『僕だけ?』
「うんうん。ガイアだけ」
『だったらいい』
これで元気になってくれるなんて可愛すぎるだろー。
見た目はいかついからギャップ萌えよ。
「よし、これで通れる」
『僕が先に行く』
ジンとリヴァが先に壁に開けた穴を抜け、その後に私が抜けて、最後にイフリーがいったん精霊形になって追いかけてきた。
「風が気持ちいいね」
この草原に来るのは囮になった時以来だ。
潮の香りのする心地いい風も夕日に染まる町並みも、あの日と変わらない。
遠くに見える海は夕日を反射して輝いて、白い壁のルフタネン風の建物がオレンジ色に染まっている。
『あまりゆっくりは出来ないぞ』
足元に寝そべったイフリーが、のっそりと顔をあげた。
彼の背にはいつものようにジンが座り、リヴァがふよふよと浮いている。
イフリーのすぐ横に開いている小さな穴から、ガイアが顔だけ出しているのがなんとも不思議な光景だ
『カミルを呼ばないのか?』
「彼は忙しいでしょう」
リヴァに聞かれて答えると、ジンが羽をばたつかせて私の顔の高さまで飛んできた。
『前もカミルに呼んでって言われたのに、また呼ばないの? 悲し……あ』
ジンがはっとして振り返ったので私も釣られて振り返ったら、誰もいなかったはずの草原に、白いシャツ姿のカミルが肩にシロにそっくりのモフモフを乗せて立っていた。
「本当にディアがいた。すごいなクロ」
『当然です。僕はモアナ様の精霊獣ですから』
茶色いのにクロなの? とか、モアナの精霊獣の性格と瑠璃の精霊獣の性格が間違っていないかとか、いろいろ突っ込みたかったけど、それよりも、私が転移してルフタネンに来たことを、こんなに短時間で知られてしまうってどうなの。
精霊王の精霊獣達は優秀すぎでしょう。
「また連絡しないつもりだったのか」
部屋で寛いでいたのかもしれない。
髪も整えていないし、シャツも着崩れている。
「すぐに帰らないといけないの。ほんの短時間だから」
「それでも会いたい」
カミルが近付いて来ると精霊獣達がさっさと避けてくれちゃって、少し離れた位置にずらっと並んだ。
ひとりになりたいと思っていたはずなのに、こうして会えるとやっぱり嬉しいんだけど、精霊獣達の視線がめっちゃ気になる。
「それは……私も」
「え?」
「でも、ちょっとひとりになりたかったのよ」
肝心なところだけ聞き逃さないでよ。
顔が赤くなっていそうで、慌てて両手で頬を覆って俯いたのに、わざわざ膝に手を当てて身を屈めて、覗き込んでくるのはやめてもらえませんかね。
「時間がなくても顔ぐらいみせてほしいな。せっかくの癒しなんだから。それで? 何かあった? 話せる内容なら聞くぞ」
なんだこのスパダリ感。
カミルってこういうやつだっけ?
年下のまだ十代の男の子と恋愛なんて出来ないと言っていた、以前の私に聞かせてやりたい。
精神年齢、どんどん退化して問題なくなるぞって。
いや、もしかして元々精神年齢は低かったのかも。
「ディア?」
「ちょっと息苦しくなっただけ。妖精姫って特別な存在になりすぎちゃって、何をするにも影響力が大きすぎて窮屈だなって」
「今更気付いたのかよ! って、いてえ」
この状況でその突っ込みはいらないのよって、思わずカミルのおでこをぺしっとやってしまった。
力は入れていないから、大袈裟に痛がっているだけよ。
その証拠に笑っているんだから。
「皇太子殿下がベリサリオに来て、ひとりで海を眺めている気持ちがわかる気がしたわ」
「俺もわかるよ。だから短時間でもディアに会いに行っていただろ?」
すぐ隣で笑っているカミルが眩しいのは、夕日のせいだけじゃない。
また背が高くなった気がする。
骨格も前よりがっちりして、肩幅が広くなって逞しくなっている。
しっかりしろ自分。
こんなことで落ち込んでいると置いていかれちゃうぞ。
「あなたの顔を見たから、少し元気になったわ」
「少し? それじゃ足りないだろ」
カミルは笑顔で両手を広げた。
「え? 何?」
「誰もいないんだから、そんなに恥ずかしがらなくてもいいだろ」
「精霊獣がいるじゃない」
言われて初めて気付いたみたいに、カミルは仲良く並んで見物している精霊獣達に目を遣り、穴から顔だけ出しているガイアを見て、笑いながら私に視線を戻した。
「精霊獣はいつもいる。慣れるしかない」
「それはそうだけども」
「彼らは気にしない」
『気にしない』
『うんうん』
今答えたのはどいつよ。
気にしないなら注目していないで、適当に遊んでなさいよ。
「しょうがないな」
私を待っていたら時間が無くなると思ったのか、精霊獣を睨んでいる私を、カミルは横から包み込むように抱きしめた。
「やっぱり癒されるなあ。最近また忙しくて」
「私が癒しになっているじゃない」
「ディアは? 癒されない?」
いまだにドキドキして緊張しちゃうので、癒しとは違うな。
「なんというか……照れる」
「ぶふっ」
人の顔の横で吹き出して笑い出すってどうなの。
でも元気が出た。
今更自分の影響力にびびっているなんて、情けないことをしている場合じゃないわよ。
「ところで、あのクロだっけ? モアナの精霊獣はカミルの身を守るために借りたの?」
『違いますー。僕は王子様をお守りするんです』
ふよふよ浮かびながら耳を揺らして話す様子はシロにそっくりね。
水の精霊王の精霊獣は、みんな同じ見た目なのかな。
「国王夫妻が戴冠式に出席するために国を留守にする間、クロが王子を護衛しながら留守番することになったんだ。モアナも傍にいる気でいるらしいから安心だよ」
「そうなのね。カミルも出席するのよね」
「俺は戴冠式だけで、その後の夜会や政治的な会議には出席しないよ。ベリサリオも忙しいだろ? だから祝い事で客が多い間はずっと、ディアの護衛をするつもりだ」
「ええ?!」
「もうベリサリオに伝えてあるのに、クリスは何も言ってなかったのか?」
「知らないし聞いてないわよ」
どうしてそういう重要な話を、男達だけで決めるのよ。
まずは私に相談するべきでしょう。
「きみのベジャイアでの活躍を聞いたのか、シュタルクの動きが活発になっている。他国も次は自分の国に来てほしくて、きみとの会談を望んでいるんだろう?」
「ええ。家族の誰かと一緒でなければ会う気はないけど」
「俺も同席する。婚約者なんだから、その権利はあるはずだ」
「そんな心配しなくても」
「心配しないわけがないだろう。きみは面白そうなことがあると、すぐに突っ走るんだ。ちょっと出かけてくるって外国に行こうとしたら、力づくで止めるやつが必要だ」
あ、そっちの心配か。
おかしいな。いちおう考えて行動しているはずなのに、危なっかしく見えるのかな。
「それで? 俺には話せない内容なのか?」
「そうじゃなくて……怒らないで聞いてくれる?」
「怒る? きみを?」
「私じゃないわよ。国籍不明の漁船が流れ着いて、その乗組員が帝国内に入り込んだのを報告しなかったやつがいて……」
「なんだと」
うわ、目つきわる! 怒らないでって言ったのに。
暗闇で会ったら、殺されると思って気の弱い女性なら気絶するわよ。
「その責任者が私のお友達の父親で、戴冠式の後で処罰を受けるのよ」
「そっちはどうでもいい。問題は侵入したやつらだろう」
「どうでもよくないの。お友達の立場が」
「ディア、友達思いなのはきみのいいところだとは思う。でも、きみを心配する人達の気持ちもわかってほしい。きみは強いけど、傷つかないわけじゃない。きみが窮屈に感じるしがらみは、きみを愛している人達の想いなんじゃないのか? ずっと前、そんな話をしたことがあるよな」
「……そうだったね」
大事な人が増えて守りたいものが増えれば、その分しがらみは多くなる。
私はいつも多くの人に大事にされて守られている。
でもカーラは?
ちゃんと守ってもらえるの?
「皇太子婚約者のモニカ嬢は、おそらく人間関係の整理をしているだろう。どんなに親しかったとしても未来の皇妃に相応しくないと判断された相手には会えなくなる。そのまま付き合っていると、権力を求める者に利用される危険があるからだ」
「私のためにお友達が利用される危険があるのはわかっているわよ。だから身分の高い、守ってもらえる子じゃないと付き合えない」
「それに逆の立場になったら、昔の友人と付き合うのは精神的にきついと思わないか?」
……そうかも。
婚約したとか、スザンナやパティと姉妹になるなんて話を、カーラはどんな気持ちで聞いていたんだろう。
ひとりだけ置いていかれたような気持ちになるよね。
エルダやエセルはやりたいことが見つかって、新しい友人が増えている。
カーラだって新しい友達のほうがいいのかもしれない。
「だから、本当に手助けが必要な時以外は遠くから見守る方がいい」
「え?」
「きみがそこまで心配する友人なんだ。シスコンの兄貴達が何か手を打っているんじゃないのか?」
「あ!」
そうよ。
クリスお兄様は、もうすでに前からカーラの置かれた状況をわかっていたはずだもん。
何も手を打っていないはずないわ。
「ありがとうカミル! クリスお兄様と話してみる!」
「元気が出たようでよかった。このまま夕飯でも……」
『ディア、誰か来る。たぶんクリス』
「さすがクリスお兄様。ポップ※するタイミングもばっちりだわ」
「ポップ?」
お礼の意味も込めて、背伸びしてカミルの頬に軽くキスをして、
「え?!」
彼が驚いているうちに、腕をすり抜けて空間を繋ぐ穴に潜り込んだ。
「ディア! それはずるいだろ!」
空間が閉まる直前にカミルの声が聞こえてきた。
次に会う時に文句を言われそうだわ。
でも今はクリスお兄様と話すのが先よ。
ベッドから飛び降りて、慌てて室内履きに足を突っ込んで、歩きながら爪先を床に当てて、踵は踏んだままでドアを開けた。
「おや」
寝室から顔を出した時、クリスお兄様はジェマと話をしているところだった。
「クリスお兄様、お話があります」
「やっぱり?」
にっこり笑顔で答えるところを見ると、私がノーランド経由でしかカーラと連絡が取れないことに、文句を言うのをわかっていたな。
「ベリサリオからもカーラに誰かつけてください。そして直接……か、クリスお兄様と同時に、私にも報告をしてもらいたいです」
「僕からきみに知らせるよ」
「いいえ。それなら瑠璃に頼みます」
「ディア」
「私を信用してください。何かあったら必ず家族に相談します」
腕を組んで扉に寄りかかり、クリスお兄様はじっと私の顔を見つめて何か思案しているようだ。
その脳みそを開いて、何を考えているか一度見せてほしいわ。
「もしきみが勝手に動いたら、家族の仲が壊れてしまうくらいに重要な話だよ?」
「わかっています。というか、今まで勝手なことして危ない目に合ったことなんてないじゃないですか! むしろ私は、巻き込まれている立場ですよ」
「……そうか」
「そうです!」
「わかった。夕食の席で改めて話そう」
満足げに頷いて部屋を出て行くクリスお兄様を見送って、ため息をついてその場にしゃがみこんだ。
「ディア様?」
「大丈夫よ、ジェマ。お茶を淹れてくれる?」
クリスお兄様が手を打ってないはずがなかったのに、カミルに言われるまで気付かないなんて、カーラの話がショックで視野が狭くなっていた。
つか、わかりにくいわ!
カーラと私が接触しないように手を打ってるかと思ったわよ。
でもそうじゃなかったってことは、私を信用してくれているんだ。
それを忘れずに行動しなくちゃ。
※ゲーム用語 敵が出現すること