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精霊の宿り木   1

 同じ固まっているのでも、表情はそれぞれね。

ベジャイアの人達は私の言っていることが理解不能だという顔で、中にはこいつ頭大丈夫かって顔をしている人もいる。

 それに比べてベリサリオ勢はすっかり慣れていて、またこいつなにかやらかすぞって言う顔だ。でも面白がっているみたいなのでよし。

 そして。


「カミル……なんで頭を撫でるの?」

「得意げな顔がかわいかった」

「今がどういう状況か考えて。新生ディアドラのイメージを崩さないでよ」


 庭が見たくて窓に近寄っていたので、他の人達とは少し距離があってよかった。

 小声で話せば聞かれないで済む。


「イメージ?」


 この男、真顔で首を捻っているんですけど。

 今日の私は今までとは違っていたでしょう。


「妙に大人びた顔をする時もあれば、年相応の顔ではしゃぐ時もあるし、鋭い意見を言うこともあればボケている時もある。普段からディアはいろんな顔を持っていてそれが魅力なんだから、特に今日だけいつもと違うとは思っていなかったよ」


 うっ……本当に恥ずかしげもなく何を言っているのよ。

 あの目付きの悪いカミルはどこにいった。

 ここは他所の王宮で今は大事な場面だっていうのを忘れてない?


「ディア、赤い顔をしてどうしたんだ? カミルが何かしやがったか?」

「アランお兄様」

「森が来ればいいって言っていたけど、いくら王宮の庭が広くても、森にするほどの広さはないんじゃないかって話をしていたんだよ」

「確かにそうだな。それにしても植物の少ない庭だ」


 まったくないわけではないのよ。

 道が十字路になっている端には花壇があって、噴水の周辺もデザインに様々な色の花が組み込まれてはいるの。

 でも花壇に植えられている花では魔力を蓄えるには小さすぎる。

 やっぱり木がないと。


「木……そうよ、木」

「なにが?」

「この木なんの木、精霊が集まる木」

「森じゃなくて一本の木で代用するのか。でも、かなり大きな木じゃないと駄目じゃないか?」


 カミルの理解力と順応力がすごくない?

 今の説明でよくわかったね。


「そうよ。王都のどこからでも見えるような大きな木よ。精霊との共存の象徴になるような木が欲しいわ!」


 言いながら振り返ったら、


『え? 俺?』


 ベジャイアの土の精霊王が驚いた顔で自分を指さした。

 何を他人事みたいな顔をして眺めているのよ。これはベジャイアの問題でしょう。


「行く時間がないって言うんですもの。しかたないでしょう? これだけの広さの庭があるんだから、巨大な木を作ることは出来ない?」

「木を作る……」


 アランお兄さまの突っ込みはいつものことだから、もう無視よ。無視。


『出来ない話ではないが……』

『ちょっと相談させて』


 ベジャイアの土の精霊王と水の精霊王が身を寄せ合って話し始めているのに、火の精霊王はのんびりと私に近付いてきた。


『風の精霊王の力も合わせないといけないんだがかまわないか。こちらには来させないようにする』

「おまかせします」

『しかし、すごいことを考える子だな』

『ふふん、すごいでしょう』


 なぜ翡翠が得意そうなんだろうね。


「いいですか。これだけのことを精霊王方にお願いするんですから、毎朝毎晩、木の傍で魔力を放出してください。王宮にいる人全員ですよ」

「ちょっと待ってくれないか。木に魔力を?」


 ああ、勝手に話を進めてしまったから、国王の頭上にはてなマークが浮かんでいる。


「そうでした。まずは陛下の許可をいただかないといけませんでしたね」

「いや、精霊を育てるのに必要なことならかまわない。木の傍で魔力を放出すると精霊が生まれるのか?」


 敬語じゃなくなってほっとしたわ。

 これだけの数の臣下の前で国王が私に敬語を使ったら、妖精姫の存在が今よりもっと面倒なことになってしまう。


「木は魔力を循環してくれるんです。帝国中央部で精霊がいなくなってしまった時にも、森で魔力を放出したんですよ。木に魔力が増えれば空気中に魔力を放出してくれます。地面にも魔力が増えて、それが徐々に広がり郊外の森と繋がり、その森にも魔力が満ちる。もちろん行ける人は郊外の森にも行ってください。でもまずは魔力を放出すれば精霊が増えるという実例が必要でしょう。それが事実だと実感しないと動かない人は多いのではないですか?」

「確かに」

「おっしゃる通りです」


 近衛騎士団長は相変わらずの敬語だ。

 二の腕が私の太腿より太いごついおっさんで敬語キャラというのも、たぶんありだ。

 そう思おう。


「だからまずは王宮にいる人達が精霊を増やして育ててください。精霊王にここまでしていただくんです。必ず毎日魔力を放出してください。精霊を得たら必ず魔力をあげて育ててください。魔力を放出すれば精霊は勝手に吸収しますから一度に出来ます。いいですか?」


 目を細めて少しだけ声を潜める。


「今回は精霊王方は許してくださるみたいですけど、一度目だからですよ。また裏切ったりしたら、次はありませんよ?」

「もちろんだ。必ず徹底させる」


 国王の返答だけでは信用出来ないので、近衛騎士団長や宰相の顔も順番にじっと見つめる。

 全員、しっかりと頷いてくれたので信用することにしよう。


「精霊王方、彼らはこう言っています」

『わかった。ひとまず天候は戻そう。そして庭に木を植えよう。よいな?』


 ベジャイアの火の精霊王の言葉に、みんながいっせいに感謝の言葉を述べ、さっそく精霊王達は庭に出て行った。


『精霊の宿る木……といったところか』


 その様子を少し離れた場所で眺めていた瑠璃と翡翠が、私達のほうに近付いてきた。


「あ! 鳥が集まったり害虫が集まったりしないようにしてくださいね! 騒音と糞の問題が起きると、大問題になりますよー!」

『現実的な子ね。もう少しこう、言い方はないの?』

「翡翠さん、何をおっしゃるんですか。こういう問題が毎日の生活の中では重要なの」

『わかるわよ? わかるけどね』

『翡翠、ディアに今更そういう話は無駄だろう』

『この子はこれから年頃になるのに、あなたがあきらめちゃ駄目よ!』


 瑠璃と翡翠の会話が保護者の会話になっている。

 

『マカニ、精霊の宿る木なんて聞いたことあるか?』

『ないよ。今ディアが作ったんだよ』

『おもしろいな。ルフタネンにも作るか』

「はいはーい」


 クニとマカニが楽しそうな話をしていたので、片手をあげながら割り込んだ。


「だったら四つの島の中央に精霊の宿る木のある小さな島を作って、そこで島の代表が集まれるようにすればいいと思いまーす」

「ディア、やめてくれ。やつら本当にやるから」


 慌ててカミルが止めに入ってきた。

 そんな慌てる話かな。


「もちろん国王陛下や代表達の了承を得なくちゃ駄目よ」

「兄上はいいと言うだろう。だが、島の名前にディアドラ島とか妖精姫の島とか付けかねないぞ」

「え?」

「妖精姫がルフタネンのために、精霊の宿る木の島を作ってくれたという石碑まで用意するかもしれない」

「今の話はなかったことにして」

「もしかすると妖精姫の像が……」


 絶対やめて。

 もうルフタネンには精霊がたくさんいるから、精霊の宿る木は必要なかった。うん、絶対必要ない。


『いい話だと思ったんだが』

「よく考えたら、突然島を作ったりしたら自然破壊よ。そんなの駄目」

『破壊しないように』

「クニー! 今の話はなしなの。カミルからも言って」

「思い付きで話すからだろう」


 アランお兄様も何か言ってよって振り返ったら、いつの間にかベジャイアの兵士達に混じって話をしている。

 本当に昔から、すぐにそうやって情報を集めたがるんだから。

 精霊の話を広げつつ、聞き込みをしてるんでしょ。


『始めるみたいだ』


 自分で言い出しておいてなんだけど、いくつもの噴水の並ぶ広い庭に巨木を出現させるなんて、こんなにすぐにこんなに簡単に出来てしまうとは思っていなかったよ。

 それから見たのは、これぞまさしくファンタジーという出来事だった。


 いつの間にか雨はやんでいて、雲の切れ間から光のカーテンのように日差しが差し込み始めた。天使の梯子とも言われるその光を集めたかのように、庭は様々な色の輝きに満ち始めていた。

 青、緑、オレンジ、ピンク……虹が作れそうなほどたくさんの光が煌めき、跳ね、庭一面を覆い、やがて端から中心に集まり出すと、光が消えた庭の端から、石畳だった庭が消え、緑に覆われていく。

 石畳は消えても花はそのまま残っているようで、草が生い茂る中に様々な色の花が咲いている。


「これは……」


 誰がこぼした言葉かわからないし、気にする人なんていないだろう。

 私だけではなく、カミルもアランお兄様もベジャイアの人達も目の前で繰り広げられている奇跡に、瞬きも忘れて見入っていた。


 さーーっと波が寄せるように中央に集まった光達は、光の強さを増すに連れて白色になり、今度は空へと移動し始めた。

 光が移動した後には、大人の男性が五人くらい腕を水平に伸ばしても足りないんじゃないかと思うくらい太い幹が姿を現した。

 濃い茶色の幹がまっすぐに空を目指し、建物の三階くらいの高さまで伸びたところで、急に光が四散した。


「危ない!」

「え?」


 急にカミルに抱きしめられてびっくりしたのと、ふわりと体が浮きあがったのがほぼ同時だった。

 そして、ものすごい音が周囲で響き、悲鳴が聞こえ、ぎゅっとカミルの腕を掴んでいるうちに、足の裏に床を踏みしめる感触が戻ってきた。


「な、なに?」


 音がやんで目を開けた時には部屋の奥に移動していて、私とカミルを守るように瑠璃が腕を広げていた。


「枝がこちらに伸びてきたんだ」

「枝……うちゃー」


 思わず頭を抱えたわよ。

 王宮の壁を突き破って、部屋の中まで太い枝が伸びていたんだもん。

 屋根も一部壊れて、家具が倒れている。


「もしかして下の階も?」


 どうやら建物を破壊した枝は一本だけだったみたいだけど、破壊の仕方が派手すぎる。


『すまん。まさかここまで一度に大きくなるとは思わなかった』


 慌てて飛び込んできた土の精霊王の巨体の背後には、彼が小さく見えるほどに立派な巨大な木が出現していた。

 頑丈そうな太い幹から考えれば、枝だって太いのは当たり前だ。

 四方に伸びた枝には青々とした葉がついていて、先程の光の残りなのか、雲が消えて晴れ間が広がったせいか、風に葉が揺れる涼しげな音に合わせて、小さな光のきらめきが零れて地面に吸い込まれていく。


「綺麗……だけどこれ、どうするの?」

『先程、カミルとアランが魔力を使ったからだろう。ここだけ他の場所より空気に含まれる魔力の濃度が高かったんだ』


 瑠璃の説明に蹲りたくなった。

 私達が原因かー。


「このままだと建物が崩れちゃうかも」

『まあまかせておけ。この枝はそのままにして、少し改築しよう』

『雨漏りしないようにしないといけないわね』

「毎回、お世話をおかけします」

『うふふ。毎回面白いから問題なし。来てよかったー。蘇芳に自慢しちゃおう』


 翡翠はご機嫌な様子でルフタネンの精霊王達まで巻き込んで、城の改築工事を始めてくれるらしい。

 ベジャイア側の人達はさっきから百面相になっていたわよ。

 巨木の出現風景に見惚れ、枝が襲って来たんで大慌てになり、王宮が壊れて顔面蒼白。そして今は、精霊王が修理する時に多少は要望を聞いてくれるとあって嬉しそうだ。


「でも魔力が強い方に枝が伸びてしまうのは困るわね」

『普通の木も日の光が当たる方に枝が伸びるものだ。それに普段はこんなに早くは成長しないし、今後は上へ成長するはずだ』


 ベジャイアの土の精霊王がそういうんだから大丈夫なんだろう。

 あとはベジャイアの人達と上手くやって。


「妖精姫。お詫びしなければいけない我らに、お気遣いいただきありがとうございます」


 宰相が深々とお辞儀をするのを見て、周囲のベジャイアの人達も何を思ったのか、ほぼ全員が私達に向かって頭を下げた。


「これで精霊を我が国でも育てられるのか。妖精姫。どう感謝を示せばいいのかわからないが……」

「何を言ってるんですか」


 彼らの代表として歩み寄ってきた国王に、私は腰に手を当てて仁王立ちで言った。

 

「これからが重要でしょう。せっかく精霊王がこんなに揃ってくれているんです。早速庭に出て、魔力を放出してください。王宮にいる出来るだけ多くの人達に、陛下が精霊を得る様子を見てもらいましょう」

「精霊を? もう、こんなすぐに得られるのか?」

「違います。精霊を得られるまで帰れないという覚悟を持っていただきます」

「…………なるほど」

「陛下、大丈夫ですか?」


 心配そうなラカネン宰相にも、もちろん手を緩めない。


「宰相、あなたもです。今日は精霊と一緒に帰っていただきますよ」

「それは……実にありがたいですが……」

「おい、アラン。ディアを止めろ」

「おまえがやれよ。婚約者だろう」


 背後から、何か聞こえたような気がするけど気にしない。

 帝国からわざわざ来てやって、ここまでおぜん立てしてあげたのよ。

 この際だから、売れる恩は全部売っておくからね。

新生ディアドラはどこにいったんでしょう(;´Д`)


「幽霊が恋してもいいですか?」完結しました。

幽霊と死神が仲間と協力して殺人犯人達を捕まえようとするうちに、互いを好きになる話です。

https://ncode.syosetu.com/n0432gr/


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本作の書籍版1巻~6巻絶賛発売中。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 勘違いでしたらすみません。 最後らへんの「おい、アラン。ディアを止めろ」 「おまえがやれよ。婚約者だろう」とありますが、アランは、兄なのでカミルの間違いでは? [一言] まだ、途中です…
[一言] シン「なま」ディアドラ。 生のままのディアドラをご覧下さい(笑) シンはエヴァ風に、真だったり新だったり神だったり。 ディアだから、審とか芯とか信とか辛とか震とかありそうですね。 森を呼ぶ…
[気になる点]  ベジャイアの土の精霊王がそういうんだから大丈夫なんだろう。  あとはベジャイアの人達と上手くやって。 「魔王様。お詫びしなければいけない我らに、お気遣いいただきありがとうございます」…
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