ベジャイア国王と妖精姫 4
ベジャイア王宮は大小さまざまなドーム型の屋根と塔が並ぶ複雑な形をしていた。
飾り気がなく実用重視で頑丈な造りなのは、生活する人達が強いことにこだわる人達だからかな。物の使い方が乱暴だったり?
奥の建物だけが豪勢だったので聞いてみたら、前王の居城だけはお金をふんだんにかけられて造られたって答えが返ってきた。
中身はだいぶ売り払って、そのお金を不足している食料を輸入するために使っているらしいよ。
正面の入り口に転移すると、今は私達の姿が見えているようで、門の警備にあたっていた兵士や出入りの商人達が驚いた顔でこちらを見てきた。
そこからはまた淡い球体の中に入ったまま、乗り物に乗っているように移動していく。
足元に床がないのに浮かび上がるたびに、大使館員達がこわがっているのが気の毒だ。
雨降りで薄暗い中、淡いとはいえ光っているのだから目立たないわけがない。
大勢の人が窓から顔を出して、国王とビューレン公爵の姿を見つけて大騒ぎになっている。
『会議室でいいかしら』
「話が出来ればどこでも」
『いつも国王が使っている会議室が広くていいだろう』
『玉座の間の隣なんだ』
外国の人間に王宮の間取りをばらしている人達がいますよ。
ベジャイアは人間達も脳筋だけど、精霊王達も似たようなものだよ。
王宮の中でも中枢にある会議室にご案内してしまっていいのか?
止めるなら今だよって振り返ったら、バルターク国王もビューレン公爵も諦めきった顔をしていた。
老け込んだような気がするんだけど大丈夫かな。
テラスに到着した私達は、外国の王宮への初の訪問だというのに、窓から室内にお邪魔してしまうことになった。
部屋は天井が高くて広く、床や壁の色が灰色がかっているために、雨天の今日はほの暗い雰囲気になってしまっている。
部屋の中央にはどっしりと大きなテーブルがコの字型に置かれていて、壁際には石の彫刻のようなものが二体、並んで置かれていた。
これが石にされてしまった大臣か。
恰幅のいいおっさん達が驚愕に顔を引き攣らせ、今にも倒れそうになっている彫刻よ。
どう見ても不自然よ。
『それはこの国の大臣だ。我ら精霊王を利用しようとした思い上がった馬鹿者達だ』
「精霊王を利用? 作物が育つように助力だけしてもらっておいて、精霊を育てなかったということですか?」
『違う。妖精姫に詫びに行くのは精霊王にやらせればいいと発言した者達だ』
「……アホだ」
アランお兄様、呟きの声が大きすぎます。
説明していたベジャイアの土の精霊王まで苦笑してしまっているよ。
しかし、ベジャイアの土の精霊王とクニが並ぶと壁になってしまうな。威圧感もすごい。
精霊王って女性も長身の人が多くて、その中では幾分身長の低いマカニがいると親近感が湧くわ。
「死んでるんですか?」
『生きている』
「それなら、反省を促すにはいいかもしれないな」
カミルが興味を示したぞ。
ルフタネンの人も気を付けないと、彼を怒らせたら石像が並ぶかもしれないぞ。
「さ、話を進めましょう。のんびりしている時間はないんでしょう? こうしている間にも雨の被害が広がっているかもしれません。……そういえば、ガイオはどうしたんですか?」
「彼は被害者の救助と災害復興の手伝いのために、被害地域に行っている」
うは。変われば変わるもんだな。
本当の英雄って、困っている人達の傍で支えてくれる人じゃないとね。
戦争が終息した今、それこそが英雄の仕事よ。
「国王陛下! 何事……」
先程窓から私達を発見した人達から話を聞いたんだろう。
激しいノックの後にドアが開けられ、騎士が何人か部屋に足を踏み入れようとして、中の様子に気付いて片足を踏み出した状態で動きを止めた。
「客人がいるのに失礼だぞ」
「し……しかし」
ビューレン公爵と同じ制服を着ているということは、彼らは近衛騎士団の騎士なんだな。
いいタイミングで来てくれたわ。
「ビューレン公爵、かまいませんわ。彼らにも話を聞いてもらいましょう。みなさん、部屋の中に入ってください」
私に許可を出されても、それに従っていいのか迷ってしまったようで、彼らはビューレン公爵やバルターク国王の様子を窺っている。
「彼女は妖精姫だ。指示に従って中に入れ」
国王の説明にざわりと廊下の方からどよめきが聞こえた。
静かに次々と入ってきた騎士と文官と、全員で五十人近くいるわよ。
国王を守ろうという気概は素晴らしいけど、頭数を揃えればいいってもんじゃないんだよなあ。
「本当に全員、精霊を育てていないんですね」
全員が中に入ったのを見届けて、私は無表情を保ったまま抑揚のない声で話し始めた。
「ベジャイアは、男性は強くなくてはいけないと考えられている国だと聞いているんですけど、おかしいですね。強い方はどこにいるんですか?」
首を少し傾げて、あとから部屋に入ってきた若手の騎士達を順番に見てから、視線をビューレン公爵に向ける。
「弱い人ばっかりじゃないですか。これで国王を守れるのかしら。私ひとりでも、ここにいる全員を簡単に倒せますよ?」
「…………」
そんなわけあるかい! という突っ込みはいっさいなかった。
国王を守るようにさりげなく位置を変えたビューレン公爵の顔つきを見たら、誰もそんなことは言えないだろう。
腰の剣に手をかけたくて、でもそれはまずいとわかっていて、手が不自然な場所で止まっている。
額に汗をかいて、蒼白な顔で、少し震えているかも。
「正確には私ではなく、私の精霊獣が倒してくれるんですけどね。素敵でしょ。決して私を裏切らず、常に私を守ってくれる存在が、死ぬまでずっと傍らにあり続けてくれるんですよ。どうぞ? 意見があるなら聞きますよ?」
私が指さしたのは、近衛とは違う制服を着た兵士達だ。
ずっと、不満そうに私を見ていた。
「わ、我々は精霊がいなくても戦えます。精霊に頼らないと戦えない男など強いとは言えません!」
ひとりが直立不動で答えると、彼の周りにいた同じ制服の兵士達が頷いた。
「それはスタールが勝手に……」
「ビューレン公爵、私に話をさせてください」
「……はい」
一歩前に出て、若い兵士達ににっこりと微笑みかけた。
「あなた達、試合と戦争を同じに考えていませんか? そんなくだらないこだわりなんて、全く役に立たないわ。他国の軍ではもう、精霊を育てている兵士が部隊に複数いるのが当たり前なの。あなた達は彼らに近付くことさえ出来ないまま殺されるだけよ」
「そ、そんなはず……」
「ディア、見せてあげた方が早いんじゃないかな?」
カミルが隣に並んで私の肩に手を置いた。
「でも、あなたやアランお兄様を見世物にするみたいで……。こんな愚かな人達のために、手の内を見せる必要はないんじゃない?」
「かまわないさ。どうせ真似出来るやつはこの中にはいない」
アランお兄様は馬鹿にしたように彼らを見ながら言い放った後、くるりとバルターク国王に体ごと向き直った。
「剣精がどのように戦闘を手助けしてくれるのか、ここで実演してもよろしいでしょうか」
「……怪我人が出たりはしないんだろうな」
「もちろんです。実際に戦う必要はありません」
「それならば……」
「じゃあ俺も」
「おまえはいちおうルフタネン王族だろう。やらなくていい」
「……まあ……しかたない」
カミルも精霊獣の力を見せたかったようで、アランお兄様に止められていた。
ルフタネンも手を出したらやばいぞと見せつけたかったのか、自分の精霊獣を自慢したかったのか。
後者だな。
「アランお兄様、物も壊さないでくださいね」
「善処する」
答えるとすぐ、アランお兄様の精霊獣達が姿を消し、まずはアランお兄様の身体が黄色い光に包まれた。
「土の精霊が身体の周りに結界を張って防御力を高めてくれているんです」
せっかくだから、私が解説係になってあげよう。
アランお兄様は私の説明が終わるのを待って、今度は緑の光で手足を覆った。
「今度は風の精霊の力です。素早く動けるようになります」
騎士団で教える時に何度もやっているせいで、実演はお手の物だ。
アランお兄様は素早く部屋を移動し、宙に浮き、回転までしてみせた。
「うそだろう……」
「一瞬、見えなかった」
話で聞くのと実際に見るのは大違いだよね。
兵士達の表情の変化が大きすぎて、思わず笑っちゃいそうよ。
「最後に火の剣精は……」
私が続きを説明するまでもない。
何も持っていなかったアランお兄様の手に、炎を纏った剣が突然出現したんだから。
「剣精が強化出来るのは自分の主人だけですが、魔精は範囲で強化出来ます。その代わり剣精の強化のほうがずっと強力です。もちろん剣精で強化した人を仲間の魔精が更に強化することも出来ます」
試しとばかりにカミルが自分の精霊達にアランお兄様の強化をさせているけど、見た目にはわかんないって。
でも今のアランお兄様はかっちかちやで。
攻撃力もかなりやばい。
その気になれば今この瞬間に、ベジャイア王国は国王と王宮を同時に失って崩壊なんてこともあり得るくらいよ。
「もう、もうわかった。充分だ」
『心配するな。彼が何かしたら我らが止める』
『へー』
翡翠。真っ青になっている国王の横で、ベジャイアの火の精霊王に絡むのはやめようか。
いつでもやれるぞって理解してもらえれば充分よ。
私がここに来たことがあるってことは、いつでも帝国とこの部屋を結べるってことよ。
たとえ精霊王が王宮内に転移出来ないようにしたとしても、私の転移魔法は少し厄介なんだって。
空間を切り裂いて違う場所に繋げるって発想が、この世界の人達にも精霊王にも理解しにくいみたい。
切り裂くのまではまあいいとして、どうしてそこが違う場所に繋がるのかわからないらしい。
厳密に言えば転移じゃないもんね。
「アランお兄様は魔力が強く魔力量が多いので特別です。誰もがここまで出来るわけじゃありません。でもこれからもし戦争が起こった場合、あなた達が相手にするのは精霊に強化された兵士達になるんですよ。前線で戦って傷を負っても、相手は戦いながら回復魔法で無傷に戻るんです。あなた達は? 根性で戦うんですか?」
誰も答えられる者はいなかった。
精霊に頼った強さでは強いと言えない?
そんな綺麗ごと、戦場で戦う兵士に何の意味があるのさ。
「それともうひとつ。今までは危険が迫った時に自分の身を守れなかった人達が、身を守れるようになるという一面も忘れないでください。あなた方の恋人が、奥さんが、子供達が、精霊に守ってもらえるんです。たとえば、そこの大使館員さん」
「え? わ、私ですか?!」
肩の上に土と水の精霊のいる大使館員に声をかけたら、答えながら後退っている。
「試しに土の精霊に魔法で結界を作ってもらってください。そこを攻撃してみます」
「ちょ……待ってください! そんな魔法を知りません」
「大丈夫ですわ。ガイア、教えてあげて」
「ひいいい」
ガイアが歩み寄るのに合わせて、もう言葉を理解しているらしい大使館員の土の精霊のほうも近付いてきて、なぜかカミルやアランお兄様の土の精霊獣達まで集まりだした。
あ、アランお兄様はもう強化を解除しているよ。
ベジャイア側をあまり刺激してもね。
「どうしようかしら。私が殴る?」
「それでは検証にならないだろう。俺がやる」
カミルは今日もしっかりと、私がプレゼントしたバングルをつけていた。
物がたくさんしまっておけて便利だもんね。
左手につけられたバングルの上に右手を置き、ゆっくりと動かすと、まずは剣の柄が現れた。
「え?」
柄を握り、手を上に動かすのに合わせて、見る場所によってはカミルの左手の手の甲から、するするっと抜き身の剣が姿を現すように見える。
なにその取り出し方、カッコいい! 萌え!
身体から剣を出現させて戦うって、同人業界では一定の根強いファンがいるジャンルよ。
「……ディア?」
私が目をキラキラさせてじーっと見つめている理由がわからず、カミルは若干引き気味だ。
「続けて、どうぞ」
「お、おう」
素晴らしい光景だけど、カミルもアランお兄様も他国の王宮に武器を持って侵入しちゃっているという、まずい状況なのよね。
でもそんな細かいことは気にするな。
重要なのは精霊を育てると、こんなにいいことがあるよってわからせることだ。
「ではそれで、彼を切ってみましょう」
「えええええ?!」
「妖精姫、大丈夫なんでしょうな」
バルターク国王もビューレン公爵も冷や汗でもかいているのが汗だくよ。
ふと見回したら、この場にいるベジャイアの人達みんな汗をかいて真っ青な顔をしていた。
むさいなあ。女性が私だけなんだもん。
「当然です。彼の身体が光っているでしょう? 一回くらいの攻撃はなんともないはずです。でもカミル、手加減してあげてね」
「剣で切るのに手加減。……軽く撫でる感じにするか」
切れ味のよさそうな剣だから、それでもスパッといきそうだけどね。
「それじゃあやるぞ」
「は……はい」
おお、大使館員は偉いな。覚悟を決めたのか頷いたわよ。
そして彼の土の精霊はもっと偉かった。
カミルが片手で剣を振り上げ、軽く振り下ろすのに合わせて、大使館員の身体とカミルの剣の間に黄色い光で出来た丸くて薄い光の壁が現れたのだ。
カキーンという澄んだ音と共に光の壁は粉々に砕け散ってしまったけど、おかげで大使館員は無傷だよ。
「すごいな。今結界を教わったばかりなのに、盾を作ったのか」
カミルに感心した声で言われて、大使館員の土の精霊は得意げにぐるぐる回り出した。
だけど水の精霊のほうは、もしかして怪我をしているかもしれないと心配だったらしい。
無傷だっていうのに、回復魔法を何度もかけているせいで、大使館員の姿が見えなくなるほど光っている。
これってお約束なの?
一回でいいんだって。
その回復魔法の魔力も、大使館員の魔力だからね。
何度もやると彼が魔力切れで倒れるわよ。
『落ち着け。大丈夫だ』
『僕も回復してやるから』
やめろー。いつまでも水の精霊みんなで回復すんな。
リヴァ、あんたが一番眩しい!
「はい、やめて! 何回回復しているの。その魔力は誰の魔力か考えなさい!」
私が怒鳴った途端、ぴたっと回復魔法がやんだ。
精霊王達、にやにやしているだけで楽しそうでいいわね。