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ベジャイア宮廷   ガイオ視点  3


「スタール……きさま……」


 ビューレン公爵が何か呟いたようだが、雨音のせいで内容まではわからなかった。

 しかし、ゆっくりと立ち上がる公爵の圧倒的な怒気に、大使館員や文官達は顔も上げられないでいる。


「なぜだ! なぜ精霊の育成を禁止した!」

「……」

「答えろ、スタール!」

「……俺達は精霊などいなくても戦ってきた。精霊は魔道士や戦えない文官が育てるものだ」


 さもくだらない話題だと言いたげに横を向いて立ち上がったスタール公爵は、全く悪びれた様子がない。


「きさま……」

「あんた、弱い人だったんだな」


 俺も立ち上がり、固まっていた体をほぐすために二回ほど膝を曲げ伸ばしした。

 この場で発言する者の多くが、跪いて陛下に挨拶するのだから、こんな固い床はやめりゃあいいんだ。


「きさま、先程から無礼だろう!」


 スタールの副官はよほど彼に心酔しているらしい。

 この状況で俺に詰め寄ろうとなんてしやがるから、風の精霊が俺を守るために魔法を発動した。


「な、なにを……」


 傷つけずに風圧でよろめかせた程度だが、俺が魔法を操ると思いもしなかった周囲がどよめいた。

 まだ弱くて傷つけようとしても深手にはならないし、吹き飛ばすほどの力もないが、それでも俺を守るぞという意志を小さな精霊から感じると、なんとも温かい気分になる。

 心強い相棒になりそうじゃねえか。


「頭が固くて自分が精霊に馴染めないからと、他の奴らまで巻き込むなんて情けねえ。精霊がいる戦士にいない戦士はまず勝てないことくらい理解出来るだろう。精霊がいれば防御力は上がるし、補助魔法が使える。怪我をした時は指示しなくても精霊が自主的に回復してくれるんだ。そんな相手に根性だけで戦えとでもいう気かよ。帝国の兵士は精霊と共に戦う訓練を積んでいる。ベジャイアの軍隊ではもう歯が立たないくらいに戦力に差がついているということを理解出来ないやつが最高司令官では、兵士を無駄死にさせるだけだ」

「おまえはすっかり帝国の考えに染まっている。そんな奴の意見な……」


 ビューレン公爵に剣の切っ先を突き付けられ、スタールは口を閉じた。


「ガイオの言う通りだ。きさまは自分のプライドしか考えられない弱い老人だ」

「……なんだと」

「精霊王に言われた言葉が原因だろう? 精霊は主が死ぬと精霊王の元に帰るか、主とともに消えるかを選ぶ。そのため生い先短い年寄りは、精霊を得られる可能性が少ない」

「まさか、自分が精霊を得られないのに、部下が精霊を得て自分より強くなるのが嫌で? ただそれだけで馬鹿な指示を出したのか?!」


 すっかり床に胡坐をかいて座り込んでいた宰相に呆れ返った声で言われ、スタールはぎろりと彼を睨んだ。


「憶測で勝手なことをほざくな」

「理由はどうあれ、きさまは陛下の許しなく精霊王方を裏切る行為をしたんだ。警備兵、スタールと副官達を捕らえろ」

「黙れ、ゼルニケ。文官のおまえの命令など聞かぬ」

「ならば俺が命じよう」


 ようやく立ち上がった陛下が、服の埃を払い、スタールに向き直った。


「最高司令官の任を解く。警備兵、彼と副官を捕らえて投獄しろ」


 警備兵も王国軍の兵士だが、この場にずっといて一部始終を見ていた彼らは、迷わず国王の命令に従うために動き出した。


「このっ。誰のおかげで王になれたと思っているんだ」

「あんたのおかげじゃねえよ」


 口調がめちゃくちゃだと、言葉が口から出た後に思ったがもう遅いな。


「それにあんたのおかげだとしても、ここにいる全員が陛下を王にすると決断したんだろうが。そしたら、陛下のために尽くすのがあんたらの役目だろう? いつまでも恩着せがましい言葉を吐きやがって、器が小せえんだよ」

「黙れ小僧! こんな奴が英雄だと? なぜ、こいつなんだ。わしはもう何十年もこの国のために先陣を切って戦ってきた。それなのに今更、精霊を育てろ? 精霊のいないやつはいるやつに勝てない? ふざけるな!」

「ふざけているのはおまえだ」


 ついまた言い返しそうになった俺を目で制して、ビューレン公爵は剣を鞘に戻した。


「おまえは兵士のことも国のことも、何も考えていない。自分のことばかりだ。そんな奴に人の上に立つ資格はない。牢の中で頭を冷やせ」


 つい先程まで自分の部下だった兵士達に捕らえられ、念のためにと近衛騎士団に周囲を固められて、スタールと副官は会議室を出て行った。

 英雄になりたかったんなら、もっと早く言ってくれれば喜んで譲ったのによ。

 つか、俺を英雄にしたのはそのほうが国王打倒に便利だったからだろう。

 もしかしてそれすら気付かずに、俺を羨ましがっていたのか?

 ……いい戦士だったんだが、戦略は別のやつにまかせて、戦う専門だとああなるんだな。

 俺もな……黒歴史がきつすぎて、たまに思い出してのたうち回っているんで、あまり偉そうなことは言えねえしな。


「席に戻れ。急ぎ今後の対策を考えよう」


 疲れた様子で陛下が席に着き、宰相がのろのろと立ち上がる。

 俺や大使館員はどうすりゃいいんだろうか。

 椅子でも持ってきてもらうため誰かに声をかけようと部屋を見回していると、大臣と補佐官が合わせて三人。ゆっくりと出口方向に後退り始めていた。


「どこに行く」


 挙動不審過ぎて気付かないはずがないのに、ビューレン公爵に声をかけられた三人はびくりと肩を震わせて足を止めた。

 

「会議は終わっていないぞ」

「そ、そんな悠長なことを言っていられませんよ。外の大雨を見てください。領地に戻らないと」

「そうです。いまさら何を話し合うんですか」

「精霊王達が、あんな恐ろしいなんて思いませんでした。ふたりも石にされたんですよ!」


 これって一種の敵前逃亡なんじゃね?

 災害に対しても帝国に対しても、ここで対応を決めなかったら誰が決めるんだよ。


「ビューレン、放っておけ。行きたければ行けばいい。しかし緊急時に任務を放り投げるのだから、帰って来る場所はないと思えよ」

「陛下の意見に賛同します。どうせ彼らはいても役には立ちますまい」


 非常時のせいか、陛下も宰相も言葉に遠慮がなくなっている。

 勝ち馬に乗ったくせに恩着せがましいやつらに、いい加減うんざりしていたんだろう。


「な……こんな状況になったのは、あなた達の責任ではないですか!」

「うちの領地は海沿いなんです。急いで戻らないとまずいんですよ」

「今更遅いんじゃね? せっかく精霊王が時間をくれたのに、今まで何やってたんだ?」

「ガイオ、言いたいことはよくわかるが、口調が戻ってきているぞ」


 陛下に笑われてしまったが、今は早くしゃべる方が重要だ。

 丁寧な話し方はアゼリア語で学んだから、母国語だとわかんなくなるんだな。


「こんな男が英雄だなんて、我が国は他国の笑いものですよ!」

「そうは言うけどさ、俺を英雄にしたのはあんたらだろ。王族を処刑するなんて、ひとつ間違えればこっちが反逆者だ。見た目がよくて大衆受けする俺が、旗振りにちょうどよかったんだろ?」

「……なに?」


 あ、こいつも馬鹿だ。

 俺が何を言い出したかわかってねえ。

 俺も言われるまでわかってなかったんで、馬鹿仲間だけどな。


「英雄は作れるんだってさ。帝国でクリスに言われて気付いたよ。国民は誰が戦地で功績をあげたかなんてわかんねえから、お偉いさんが英雄だって言えば英雄だと信じるもんなんだと」

「ガイオ、私達はそんなつもりはなかったぞ」

「陛下はそのおつもりはなかったでしょう。でも陛下の御父上はどうですか?」

「……それは……わからんが」


 武将のビューレン公爵と知将のバルターク公爵。

 ニコデムスと手を組んだ王族を倒し、バルターク公爵を新国王にしようと多くの人が集まるだけあって、彼はベジャイアには珍しく頭の切れる人だった。


「責めてるんじゃないっすよ。おかげで帝国にも行けたし、モテるんで、今はこの境遇に満足してます。何もわかっていない昔の自分を思い出すと、頭を抱えて呻きたくなりますがね。そうじゃなくて、国王も似たようなものだなって言いたいんですよ」

「ガイオ」


 うちの親父が、余計なことは言わないでくれという顔で背後に近付いてきた。

 宰相やビューレン公爵も苦い顔つきだ。


「地頭が悪いんで話がわかりにくいかもしれないっすけど、まあ最後まで聞いてください。お叱りはその後に受けますから」

「かまわない。話してみろ。それと座れ。足りない分は椅子を用意してやれ。ああ、出て行きたいやつはさっさと出て行けよ」


 話の流れ的にこの場に残った方がいいのか、それとも自領に戻るべきか、立ち去ろうとしていた三人は悩み、補佐官ひとりはこの場に留まることを選んで椅子に腰かけ、残りのふたりはバタバタと部屋を出て行った。



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― 新着の感想 ―
[一言] うぅぅぅぅぅぅぅ…ガイオ…あたしゃあんたがそこまでまともになってくれたと思うと…嬉しくて泣けちまうよぉぉ…。 _:(TдT」 ∠):
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