ベジャイア宮廷 ガイオ視点 2
前後編の予定が四話になりました。
明日には残りも投稿します。
熱い。
この位置でも熱さを感じるなんて、バッケル侯爵は大丈夫なのか?
光の柱は眩しいだけで建物にも周囲にも影響しなかったようだが、火柱はそうはいかない。
見上げた天井は黒く変色しヒビが入ってしまって、机なんて一瞬で灰になって崩れ落ちたぞ。
ベジャイアの火の精霊王は褐色の肌をした女性だ。
くせの強い赤い髪を黄金の髪留めで押さえ、片側の肩と腹を露出した赤茶色の服を着ているが、腹筋が割れ、肩もスリットから覗く足も筋肉質な戦士のような体型のため、艶っぽさはない。
目尻があがった猫のような目に、怒りに満ちた赤い瞳が輝いている。
「な、なにを……」
「無礼だぞ、バッケル! 跪け!」
精霊王が現れたというのに、目の前に燃え上がった炎にパニックになり立ち竦んだままだった侯爵に陛下が注意を促したが遅かった。
『遅い』
大地の精霊王の低い声が聞こえた次の瞬間には、大臣の体は石になっていた。
『我らを都合よく使おうなどと、ずいぶんと思いあがったものだ』
火の精霊王と同じく褐色の肌をした大地の精霊王は、長身の部類に入る俺でさえ頭が胸までしか届かないほどの大男だ。
髪を刈り上げ、女性の胴体くらいの太さのある二の腕や額に入れ墨を入れている。
『同意していたやつはどいつだ?』
ぎろりと睨まれても、跪いたまま俯くばかりで誰も答えない。
石にされる危険があるのに、名乗り出るやつなんているわけがない。
『面倒だわ。精霊のいない者は全員石にすればいいのよ』
陛下のすぐ横に姿を現した水の精霊王が、跪く男達を冷ややかな目で見降ろした。
床まで届きそうなほどの水色の髪と、薄い青色の瞳が印象的な切れ長の眼差しは、帝国やルフタネンの水の精霊王達より冷たい雰囲気がある。
特に今は、睨まれると凍り付きそうなほど、彼女の周囲の空気が冷たくなっていた。
『まあ待て。ここにいる全員を石にしてしまっては、国が崩壊してしまう』
『大地の。あなたは少し甘いわよ。まあいいわ。早く名乗り出なさい。自分だけ助かろうなんて卑怯なことは許さないわよ。彼は死んでいないから、私達の会話は聞いているの。裏切り者の行動をしっかり見ているわよ』
俺の位置から見えるのはバッケル侯爵の胸から上だけだ。
驚いた表情のまま石になった彼は、よく出来た彫刻のようだ。
ベジャイア西部でよく見かける石によく似て、灰色に薄い茶色や白色の縞模様が入っている。
『何百年も生きたまま、何も出来ず話せず、周りの変化を見続けることしか出来ないというのは、どんな気分かしら。狂うことも出来ないから、ちょっと退屈かもね』
『ひとりでは寂しいだろうに。なあ?』
大地の精霊王が先程同意していたフルン大臣の目の前に立った。
法務大臣の彼はバッケル侯爵とは親戚の伯爵で、財力とコネで大臣の地位を手に入れた男だ。
「い、いや……私は……うわ」
逃げようとして椅子ごとひっくり返り、無様に倒れ込んだ姿で石にされたようで、言葉が途中で急に途切れた。
これはまずい。
精霊王達がここまで怒ってるんだ。さっきの言葉だけが原因じゃないだろう。
妖精姫を怒らせたからか?
帝国の精霊王から何か言われたのか?
跪いている俺からは、大地の精霊王の背中が邪魔してフルン大臣の様子は見えない。
ベジャイアの精霊王は他国の精霊王に比べて多少癖が強いかもしれないが、おおらかで明るく賑やかな性格だ。
俺が多少ずうずうしいことを言っても、笑って許してくれていた。
バッケル侯爵はそれを見ていたから、またどうせ助けてくれるだろうと甘い考えを抱いたのかもしれない。
彼は元々戦士ではない。
俺の働きがあったから陛下は国王になれたんだと豪語するやつに限って、すでに戦況がこちらに傾き、あとは敗残兵を片付けながら王宮を目指す段階になって、兵を従えてこちらの味方に付いた者達だ。
自分の領地の兵士を従えていたのだから、戦闘経験がなくても戦士と扱われ、多くの兵士を用意したことは功績になる。
そういうやつらは往々にして地位が高く、歳をとっている分顔が広く、そして厚かましい。
『ガイオは精霊がいるのね。あなたの周りにいる人達も』
「……帝国に留学しておりましたので。横にいる彼らは帝国に赴任していた大使館員です」
水の精霊王がこちらに近付いて来る気配に気づいて、更に頭を低くした。
精霊王は喜んでくれているようだが、俺はまだ魔力量が少なくて風の精霊しか育てていない。
むしろ大使館員達の精霊の充実ぶりのほうがすごい。
全員が精霊を複数育て、中には精霊獣になっている者もいるそうだ。
『まあ、これがあのガイオ?!』
『びっくりだな。すっかりおとなしくなっているじゃないか』
集まってくんな。
いや、集まって来ないでください。
熱かったり冷たかったり、温度差がひどいんだよ。
『帝国に行けばまともな人間に変わるのね』
『つまり、ここにいる大人共では、まともに若者を育てられないんだな』
『こいつらがまともかどうかなんてどうでもいい』
火の精霊王がずかずかと陛下に歩み寄った。
『おまえ達はなぜ精霊を育てないんだ? 私達との約束を忘れたわけではないだろうな』
「……国の再建に忙しく……」
『そうね。確かにあなたや宰相は忙しそうだったわね。でも、他の人達はどうなの? 家族は? 精霊を育てているの?』
それは俺も、宮殿に来るまでの街の様子を見て思ったことだ。
戦争の爪痕が残ったままで、貧しい人も多く、精霊を育てている者など誰もいなかった。
宮廷に到着してからも、俺や大使館員の精霊を物珍しそうに見てくるやつばかりで、精霊を育てているやつなんてひとりもいない。
『精霊を育てるのは強い男のすることではないと、兵士に精霊を育てさせないようにしている人がいるわよね?』
「はあ?!」
思わず声をあげてしまい、慌てて口を閉じて頭を下げた。
いやだってさ、精霊と共存する国を作るという約束があるから精霊王は力を貸してくれているんだぞ。
精霊を育てさせないって、精霊王への裏切り行為だろ。
そりゃ怒る。俺だったら、石にするくらいじゃ済まさない。
「ま……さか。いったい誰が」
ざわざわとどよめきが起こる中、水の精霊王が王国軍の最高司令官であるスタールを指さした。
「おい、マジかよ……」
何をしてくれているんだ、このくそジジイは!
『ビューレン、近衛は精霊を育てることを推奨していたわね?』
ビューレン公爵は、俺が最も尊敬する戦士だ。
戦死したバルターク公爵が、兵をあげるために仲間を募った時の初期メンバーでもある。
公爵同士、若い頃から友人で、力を合わせて国をよくしていこうと手を取り合い兵をあげ、しかし途中で陛下の父である公爵は亡くなってしまった。
「はい。しかし騎士達の反応が悪いという報告を受けて不思議だったのです。理由がわかりました。大馬鹿者が勝手な思い込みで、精霊王様方を裏切るような行動をしていたとは」
床についた手をきつく握りしめ、食いしばった歯から絞り出す声はかすれていた。
ビューレン公爵とスタール最高司令官はふたりとも、この国の武の要として名を馳せた戦士だ。
軍の最高司令官の言葉は重い。
陛下や宰相は精霊を育てろと指示しているのに、真っ向から反対の指示を出すということがどういうことか、理解出来ない人ではないだろう。
共に戦ってきたこの場にいる全員への裏切り行為だ。
『気付かなかったですませられる話じゃない。私達はもう、おまえ達を信用出来ない』
『約束を守れないなら、もう力は貸さないわ。戦場になった土地の再建や治水工事をする時間がいるだろうと、二年だけ気候が荒れないようにしてあげるという話も、もう終わりよ』
今は雨季だ。
激しい雨が続き、川が溢れ、農地が湖のようになる景色を、ベジャイアの人間なら何度も見ている。
それが去年は一度もなく、今年も今まで程よい雨は降っても災害になっていなかったのは精霊王達のおかげだ。おかげなんだ。それなのに……。
『天候の変化は他国にも影響がある。これ以上、雨を減らすのはよくない』
『そうね』
大地の精霊王の言葉に水の精霊王が頷くとすぐ、遠くで雷鳴が轟いた。
『もう雨季の季節は半分以上終わっている。治水工事をしていれば何も心配ないだろう。それより秋からの北風を気にした方がいいぞ。もう、私達はカバーしないからな。また、砂漠の砂が飛んでくる』
「そ、そんな……」
ペンデルス共和国との国境沿いに領地のある伯爵が情けない声をあげるのを鼻で笑い、火の精霊王は陛下に向き直った。
『バルターク、帝国に行ってこい』
「私が……ですか?」
『そうだ。帝国の皇太子と妖精姫の許しを得て来い』
『妖精姫はね、ガイオがまともになって友人になったからって、帝国の精霊王に私達と仲直りしてくれるように頼んでくれたのよ。そんなやさしい子を悲しませるなんて何してくれるのよ。あ、風のやつは駄目よ。あいつは、あと百年くらいは反省させるわ』
それでこの場に三人しかいないのか。
『妖精姫の許しを得るまで、精霊達も人間の前には姿を現さない。精霊などいらないと言うのなら、問題ないだろう。ああ、すでに人間と共にいる精霊はそのままだ』
安心させるように大地の精霊王が、俺達に向けて言葉を付け足してくれた。
心なしか、俺と大使館員に向けるまなざしだけは優しい気がする。
『雨がひどくなる前に帰りましょう』
『そうだな』
『……いい関係を築けるかと思ったのに残念だ』
水の精霊王と火の精霊王が先に姿を消し、大地の精霊王が肩を落として呟いてから姿を消した。
外では風が強まり、雨も降り始めたようだ。
硬い石の床に跪いたまま誰も話さず静まり返った部屋に、外の強い風と雨の音がうるさいほどに響いた。
ディア視点じゃない時は毎回書くのに苦労します。