またやらかしたベジャイア 前編
……ねむい。
食事会の後、精霊王と会って朝方まで話し込んで、帰宅してすぐ寝る間もなく身支度して家族と朝食を摂り、そして今私はクリスお兄様と一緒に、皇太子に精霊王との話を報告するために皇宮に来ている。
夕べは琥珀が精霊の森の私の屋敷に迎えに来てくれて、人間の住む世界と重なるように作られた琥珀の住居にお邪魔した。
建物はアーロンの滝近くにあった以前の住居と似ていて、周囲には小動物がたくさんいる森や草原が広がっている。
案内された部屋に帝国の精霊王だけじゃなくて、ルフタネンの精霊王とカミルがいたのには驚いた。
『だって誕生日には彼氏と一緒にいたいものなんでしょ?』
どこでそんな情報を仕入れてきたのか、翡翠は私の背中を押してカミルの隣に座らせながら得意げだ。
『それに今日は嫌なことがたくさんあったんでしょう? 話を聞かせて』
やっぱりそれがメインの話題になっちゃうよね。
私からも相談があったし。
誕生日のパーティーが終わった後、カミルは一度ルフタネンに戻り、報告をしてきたらしい。
どうやら皇太子よりルフタネン国王のほうが、今回のことを重く考えて怒っているみたいよ。
国王にとって、私はルフタネンの恩人でカミルは大事にしている弟だ。
ふたりの縁談をそれはもう喜んでいたのに、伯爵風情が結婚に反対だなんてカミルのいる前で言い出したんだからね。国王だけじゃなくてルフタネン首脳部全員が怒っている。
ベジャイアの裏取引に関しては怒るというより、その侯爵はアホなんちゃうかという感想で、自分達の国に有利になるカードを手に入れたくらいの考えなので、結婚問題のほうが重要視されているんだって。
「どこの国でも、思考停止しているやつは本当に迷惑な存在だな」
カミルから預かったルフタネン国王の親書を読んで、皇太子は額に手を当てて俯いてしまっている。朝から頭が痛くもなるよね。
「昨日、急ぎで使者を送り苦情だけはベジャイア側に伝えてあるので、今日の会議で今後の対応について話し合う予定だったが……伯爵達のほうも早めに対処しないといけないな」
「いやいや、皇太子殿下の手を煩わせるほどのことではありますまい。彼らのことは私とローランドにお任せください。自分達のしでかしたことを心底後悔していただきましょう」
「パウエル公爵の言う通りです。自分達の都合だけを考えて、妖精姫の婚姻に口を挟むなど言語道断。我々が対処しなくとも、貴族達に背を向けられじわりじわりと追いつめられるとは思いますがね」
こわ。パティのアニキ、こわ。
温厚なタイプかと思っていたけど、優しいだけじゃ公爵家を継ぐなんて出来ないよな。
ここは会議室じゃなくて執務室なので、書類が積まれた大きな机に座る皇太子の周りにブレインのメンバーと側近が集まっている。
パウエル公爵とコルケット辺境伯は自分の席に座り、私は来客用のソファーにクリスお兄様と一緒に座っていた。
側近やローランド様は立っているのに、一番座り心地のよさそうな席に座っているせいで落ち着かない。
「しかしルフタネン側への返答を考えないといけないだろう」
「婚約は揺るがないという親書でよろしいのでは? 我々も伯爵達の言動には怒っているので、相応の処分を下すと」
コルケット辺境伯の意見は大袈裟じゃない?
破談にするなら大問題だけど、そうじゃないんだから。
伯爵トリオは確かにムカついたけど、お母様も動くみたいだし、あまり騒ぎを大きくすると貴族社会からはぶられるんじゃないかな。そこまではしなくていいと思うんだ。
皇太子がちょっと叱るだけで充分よ。
問題はルフタネンにどう返事をするかでしょ?
「あ、そうだ」
いいことを思いついたと軽く掌を合わせたつもりが拍手になっちゃって、自分でも驚くほど大きな音が出て、部屋にいた全員がいっせいに私に注目した。
「ディア、相変わらず自由だね」
クリスお兄様は執務室で私の隣にいられるのが嬉しいのか、機嫌がよさそうだ。
どうです? これが僕の妹なんですよと言いたげに、得意げな顔をするのは恥ずかしいからやめてほしい。
「タチアナ様を精霊の森に招待してお茶会をしましょう。転移魔法で連れて来て、なんなら精霊王も呼んで、モニカ様とも会ってもらって、婚約には何も問題ないと伝えましょう。帰りも転移魔法で送ればいいじゃないですか。私から帝国とルフタネンの関係が悪くなるのは悲しいですし、それこそ結婚に支障が出ますよと話します」
なんていいアイデアなの?
未来の皇妃と面会出来るのはタチアナ様にとっても悪くない話でしょ。
それに精霊の森といえば、帝国中央部の最新のパワースポットみたいなものよ。
「来たいっていうなら、ルフタネン国王も呼びます?」
あまり反応が返ってこなかったので、ついでに提案してみたら、皇太子は大きなため息をついて脱力するし、側近達は頭を抱えてしまうし、パウエル公爵とコルケット辺境伯は爆笑しだしたんだけど、なんでだろう。
「妖精姫にかかると……国際問題がとっても軽い感覚で片付いていきますね」
ローランド様にしみじみと言われて首を傾げる。
そもそも国際問題なんて大袈裟なものにしなければいいのよ。私の結婚話なんだから。
カミルの家族とベリサリオで話して問題なかったらそれでいいじゃない。
「ディアの傍にいると人生が楽しくなるよ。意外性の連続で全く退屈しない」
「そうですか? そんなおもしろいことを言いました?」
クリスお兄様も皇太子も、少し退屈するくらい暇な日があった方がいいと思うけど。
「では、ルフタネン側の対処はまかせてもいいか? 親書は用意するから渡してくれ。私はカミルとディアの結婚には賛成していて、国を挙げて祝う気でいると書いておく」
「そのへんは、よくわからないのでおまかせします」
「伯爵共への対処はパウエル公爵とローランドに任せる。残る問題はベジャイアの対処だ」
「はい! それも私にやらせてください」
手をあげてすくっと立ち上がった。
「どうやらベジャイア貴族達は、精霊王に復興を手伝ってもらっているくせに、ちっとも精霊を増やしていないようなんです。こうなったら新生ディアドラのこわさを思い知らせてやりますわ」
「新生ディアドラとは?」
「妖精姫は本性を隠すのはやめて、パワーアップするんだそうだ」
コルケット辺境伯の質問に皇太子が答えた途端、皆の顔がひきつった。
「……それは」
「今より……」
なんで突然、そんなに深刻そうになるのよ。
「いったい何をする気なんだ?」
皇太子の後ろに立っていたエルトンが、胃を押さえながら恐る恐るという様子で聞いてきた。
「そうね……今はアッケルマン侯爵はどうしているんですか?」
「決めてないのにまかせてくれって言ったのか?」
「だいたいは決めてあるけど、状況が変われば対処が変わるでしょ」
「エルトン、落ち着け。相手はディアだ」
「殿下は少し、ディアに甘すぎます」
えー、皇太子は上手く私を活用しようと思っているだけだよ。
自分から進んで手をあげたから、利用しようと思っているって言わないところがえらいでしょ。
「侯爵はベジャイアの大使館にいるはずだ。本国から帰還命令が出ているんだが、今日の会議のあと親書を作成するから、帰国はその後になる。かなりベジャイア国王を怒らせているようだぞ」
「ベジャイア国王は怒るより焦らないといけないんじゃないですかね」
皇太子ににっこりと微笑みかけていたら、クリスお兄様が私の腕をつついた。
「アッケルマン侯爵と一緒に、ガイオも帰国するよ」
なるほど。
じゃあガイオにも話を通しておかないといけないわね。
「会議の結果と、それに対してのベジャイアの反応を出来るだけ早く知らせてください。それによって多少計画を変更しないといけないので」
「僕も詳しくは話を聞いていないんだけど、精霊王と一緒に何をやらかす気?」
「クリスお兄様、世の中には知らない方がいいこともあると思うんです」
そのほうが、妖精姫が勝手にやったって言えるでしょ?
「パウエル。任せると言ってしまっていいと思うか?」
「言わなくても結果は同じかと」
この人達、私がベジャイアを滅ぼすと思ってないでしょうね。
私は戦争が起きないようにするために動くんだからね。
皇太子とブレインは会議があるということで、私だけ退室して帰ることにした。
「フェアリーカフェで食事をして、買い物をして帰らない?」
今日はジェマとネリーがついて来てくれている。
女性陣だけというのは珍しいので、美味しいものを食べて買い物をするのもたまにはいいでしょ。
「予約していないのに、突然妖精姫が行くのは店の迷惑ですよ」
「城に呼んでゆっくり商品を選べばいいじゃないですか」
「えー。どの店に来てもらうかを決めるためにも、ちらっと品揃えを見たいのよ」
ふたりとも真面目。
ジェマは乗ってくれると思ったのに。
「精霊車から見ればいいじゃないですか。カフェでお勧めの店を聞いたらどうですか。ディア様が動くと必ず何か起こるので、おとなしくしていてください。護衛が私だけなのは、出かける予定がなかったからなんですよ」
「はーい」
ジェマには護衛としての責任があるもんね、しかたがない。
フェアリーカフェで美味しいものを食べながら、戴冠式記念の料理のチェックをしよう。
お子様ランチみたいに、皇室の旗を肉に刺して出したら怒られるかな。
「今日も混んでいますね」
私が使うのは高位貴族だけが使用出来る出入り口だ。
昼前の時間帯のせいか、廊下にも出入り口前のホールにもたくさんの人がいる。
これでも正面玄関付近や転送陣の間の周囲よりはマシなのよね。
平日のこの時間は、仕事中だと思われる人が多いわね。
警備兵以外に近衛騎士もちらほら見かけるのも、高位貴族以上のエリアにある出入り口ならではだ。
「妖精姫!」
そんな場所で大声で呼ばれたもんだから、一気に注目の的だよ。
シンプルなドレスを選んでいるけど、女官や侍女の制服姿の女性が何人かいるだけのホールで、ただでさえ私だけ目立ってしまっているのに。
なんで毎回、私に突撃してくる人がいるのかね。
私に言えば、何でも解決するとでも思っているのかな。
「お会いできてよかった」
「止まりなさい。このような場所でベリサリオ辺境伯令嬢に気安く声をかけるとは無礼でしょう」
「いや、そうですが時間が」
「まずは名乗りなさい」
ジェマの気迫に押されて相手はたじたじだ。
ネリーも私を守ろうと前に出ているので相手がよく見えない。
声からすると中年のおっさんかな。
「私はベジャイアの大使です」
またベジャイアかい!
「外国の大使?! それなのに約束も取り付けずに、このような場所で声をかけてきたのですか」
「ですから時間がなくて。ベリサリオに連絡しても断られて」
「断られたのに、辺境伯の意向を無視して未成年の御令嬢に声をかけるとは何事です!」
騒ぎに気付いて周囲が何事かと注目し始めたせいで、ジェマの声がホールに響いている。
帝国とルフタネンと自分の国まで怒らせたアッケルマン侯爵には、もう後がなくて必死なんだろうけど、現在進行形で墓穴を掘っているわよ。