誕生日祝いという名の密談会 前編
ベリサリオ城で誕生日会を開いて、その後皇宮で皇族兄弟と夕食を共にするという流れは、もう何年も続く恒例行事だ。
皇族に誕生日をお祝いしていただけるなんて、とてもありがたいことだと思う。
皇太子殿下やエルドレッド殿下と家族だけで話せる機会なんて他にはないし、嬉しいのよ、本当に。
でも……ちょっとだけ。
ほんのちょっとだけ、わざわざ招待していただかなくても誕生日会にちらっと顔を出してくれるだけでいいのよって、思ってしまう部分もあったりする。
なぜなら、この後にまだ精霊王と会う約束があるのよ。
私の誕生日の一日は長いのだ。
でもね、皇族兄弟は滅多に皇宮から外に出ないの。
私よりよっぽど引き篭もりなの。
職場も皇宮の中でしょ?
皇宮だけでも町みたいな大きさだから、外に出なくても何も問題もなく生活出来てしまう。
成人前から国のトップとして仕事をこなしてきた皇太子にしてみれば、空いた時間はゆっくり休みたいわけだ。
成人して夜会に出られるようになっても、そんな時間があったらひとりでまったりしたいし睡眠不足を解消したい。
もう婚約者が決まっているから、夜会や舞踏会で御令嬢をナンパする必要ないしね。
「一回でもどこかに出席してみろ。あそこには顔を出したのにうちには来ないのかと騒ぎになる」
去年だったかな? 夜会に出ないのかと尋ねたら、こう返事が返ってきた。
確かにね。
面倒なことになるよね。
皇宮で開催される公式行事には必ず兄弟そろって出席するし、主だった貴族とは今夜のように皇宮に招いてコミュニケーションを取っているので、今のところ引き篭もっていても問題は起こっていないらしい。
あまりにいろんな人を食事会に誘うから、皇宮には食事のための部屋が三十くらいあるって噂になるくらいよ。
「誕生日おめでとう。よく来たね」
「誕生日おめでとう」
今日はいろんなことがあって胸がもやもやしていたけど、心からお祝いしてくれる皇族兄弟の笑顔に癒されるわ。
でも意外ね。モニカは誘っていないのね。
クリスお兄様の婚約者のスザンナも不参加で、同行を許されたのはお父様の執事とお母様の侍女がひとりずつだけ。皇太子が幼少の頃から仕えている人で、皇族の待つ部屋に向かう間のごく短い距離に、何人も近衛騎士が配置されて誰も近付けないようにしていた。
「厳戒体制ですね」
「ベリサリオと皇族だけで密談したくてな」
「密談するぞと宣伝しているような警備ですね」
「そうとも言う」
皇太子殿下が楽しそうで何よりです。
でも今日は私の誕生日祝いですよね?
「どうぞ」
皇太子殿下にエスコートされて席に案内されて、エルドレッド殿下が引いてくれた椅子に座るという最高のおもてなしを受けてお行儀よくしていると、左右に皇族兄弟が腰を降ろし、テーブルの向こう側に家族が座った。
誕生日だから私が主賓扱いなんで、この席順は間違っていないらしい。
何回か、落ち着かないから家族と一緒に座りたいと話したけど、笑顔で却下されたのよ。
いい加減慣れたわ。
「この部屋で話したことで罪に問われることはない。ただし他言無用だ」
皇太子さん? 私の誕生日を祝う食事会よね?!
なんでこんなに給仕の人達が緊張しているの?
料理を並べたらすぐ、給仕の人達は全員大急ぎで部屋の外に出て行って、室内に誰もいなくなったよ?
更にアランお兄様に、部屋の外に声が漏れないように結界を張らせる徹底ぶりよ。
どんだけ重要な話をする気なのよ。
「話し方も気にせず、好きに話してくれ」
「兄上、そんなこと言わなくても、彼らはいつも好きにしていますよ」
「三兄妹はな。オーガストや夫人も忌憚なく話してくれ」
去年まではこんなことは言わなかった。普段の普通の食事会だった。
どれだけ重要な話をする気なんだろう?
それに、料理を食べ終わった時には、どうやって外の人に知らせる気なんだろう?
「誕生日会は大変だったそうじゃないか」
乾杯をしてすぐ、皇太子が話しかけてきた。
「あれは、してやられたって感じです。あの場の状況を考えたら、ベリサリオは強く出られないって思われたんでしょう? そして私はその通りに強く出られませんでした」
「妖精姫は心が広くて優しいと思われているから、要望を聞いてもらえると踏んだんだな」
「そうみたいですね。ですから、そのイメージを粉砕しようと思います」
話を聞きながら前菜を食べていたうちの家族が、いっせいに顔をあげて私を注目した。
「どうせ子供で優しい女の子。見た目は儚げでおとなしそうで」
「自分で言うか」
「何か?」
エルドレッド殿下がぼそっと呟いたのを聞き逃さず、横目で睨む。
「いや……続けてくれ」
「だから私が今までしてきたことを聞いても、どうせ大袈裟に言っているだけだろうと思われているんでしょう? それで毎回、みんな失礼な態度を取って、私がブチ切れると慌て出す」
「ブチ切れるって、ディア、話し方を気にしないでいいとは言ったけどな」
今度は皇太子が呆れた様子で言い出した。
いいから、さっさと前菜を食べちゃってくださいよ。
私は肉料理が食べたいの。
誕生日会であまり食べられなかったし、怒りでお腹がすいているの。
「ですから、今日からディアドラは新生ディアドラにレベルアップします。もう遠慮なんてしないで、家族を軽んじるやつらはぶちのめしてやりますから」
「きみが怒っているのはよくわかった」
あの時もっと怒ればよかったのよね。
あの場を上手く乗り切ることを考えて、怒ることを忘れていたわ。
その分、今になってムカついてきた。
「ニール伯爵とオーツ伯爵とヘガティ伯爵だったな。普段は目立たないくせに馬鹿なことをしたものだ」
「中央の貴族の中でも、バントック派に誘われるほど優秀でもなく、かといってパウエル公爵派のように地方に追いやられるほどの脅威でもなく、いてもいなくても同じようなやつらのくせにな」
「これ以上貴族を減らそうとするなよ」
確かに話し方を気にしなくていいと皇太子は言ったけど、クリスお兄様の場合は、これが普段の皇太子への接し方なのよね。
うちの皇族は寛大だわ。
「今回上手くいったせいで、同じようにゴネればいいと思う人が出てくるかもしれません。両親がいるのに無視して私に話しかけてきたことに、もっと言及するべきでした」
「ディア、あれでよかったのよ」
品よく料理を口に運び、口元をそっと拭いたお母様がいつも通りの笑顔で口を開いた。
「あそこで強く出たら不満が残るでしょう? あの方達はもっと馬鹿なことをしたかもしれないわ。自分達に非があるって思っていないんですもの。でも、私達が寛大な態度を取ったから、もう彼らは文句は言えないでしょ?」
「それは……そうですね」
「前にも話したわよね。彼らには罪悪感と後悔で苦しんでもらえばいいのよ。そして他の人達も、同じことをしたらどうなるのか見てもらいましょう」
優しい声と表情だけど、お母様はまだ絶賛お怒り中だった。
むしろ優しい声だからこそ、こわい雰囲気よ。
「それに関しては問題ない」
美味しそうにワインを飲んで、皇太子はお母様に、続いて私に楽し気な笑顔を向けた。
いいな、ワイン。
転生してからお酒を口にしていないから、禁酒十三年よ。
転生前は週末には必ず飲んでいたのに。
「誕生日会での伯爵達の態度について、いろんな方面から情報が入ってきた。みんな、伯爵達の態度にかなり怒っているようだ。このままにはしておかないと息巻いていた者もいたよ。ディアの誕生日会だ。招待した者達はベリサリオと近しい者達やディアの友人達だろう? 彼ら全員を伯爵達は敵に回したことになる」
うわー。それはつまり、帝国の高位貴族全員が敵になったってことよ。
みんな、あの場でもフォローしてくれたもんね。しかもそれで終わりじゃなくて、何かしようとしてくれているんだ。
そっか。私を守ろうとしてくれる人がたくさんいるんだ。
うん。グチグチ後悔はやめよう。あの場の対応はあれでよかったんだ。
「だからと言って放置は出来ませんわ」
でもお母様の表情は硬いままだ。
「きみが招待した客だというのを気にしているのかい?」
その様子を心配したお父様が、お母様の手にそっと手を重ねた。
「……ええ。せっかくのディアの誕生日だったんですもの。あの方達は私が招待したんです。ただ、伯爵方とは面識はなくて、夫人と親しくさせていただいてましたの」
「それでオーツ伯爵の令嬢が、精霊の森での最初のお茶会に参加していたのか」
最初のお茶会から参加していたの?!
それって今後も、社交界で主流の人達と親しくなれるきっかけをもらったってことじゃない。皇太子にだって覚えられているんだよ。
それなのにカミルがいる前で、結婚に反対だなんて言い出したの?
あ、またムカついてきた。
「はい。モニカ様に紹介する御令嬢を選ぶ時に、彼女を紹介したんです。夫人達はとても素敵な方々なんですよ。それなのに、あの場であんな騒ぎを起こしたんですもの。今頃彼らは、家族に怒られているでしょう」
せっかく夫人達がベリサリオと自分の家と良好な関係を築いて、私の誕生日にも招待されたのに台無しにしたのか。
「彼らには俺からも嫌味を伝えておこう。妖精姫が帝国を去ると不安なんだろう? よほど俺は頼りないと思われているんだろう」
そうよ。嫌味くらいガンガン言ってやるべきよ。
毎日毎日仕事ばかりしている皇太子が気の毒よ。
若者らしく遊びたい時だってあるはずよ。でも我慢して働いていて、そのせいで若者らしさが消えちゃって落ち着きを通り越して、最近ちょっと年寄り臭くなってきた。
結婚する前に枯れちゃったらどうすんのよ。
「伯爵達は、かなりまずい立場になりそうですね」
「なるだろうな」
それはいいの。自業自得だわ。でも……。
「夫人達が気の毒ですね。お母様のお友達ですし」
「お友達ではないわ」
「え?」
「たとえお友達だったとしても、今後の対応次第によっては、お茶会にお誘いすることはやめますわ。ディア、私達は貴族なのよ。私達の行動や決断ひとつひとつが、領地に住む人達にまで影響を与えるの。足を引っ張るような人達とはお付き合い出来ないわ」
「……はい」
そういうものだと、私だって理屈では理解している。
でも、自分がその時に友人を切り捨てられるかと言われたら、自信がない。
友人を助けようと動こうとしてしまうかもしれない。
「今はまだいいけど、結婚したら女主人としての責任を持たないと駄目よ。あなたが守らなくてはいけないのはなんなのか、よく考えて。あなたが甘い考えのままでも、お友達がそうとは限らないでしょ? たとえばモニカ様は、もう皇族の人間として動いているの。皇太子殿下のためなら、あなたの不利になることもするかもしれないわよ」
「……いや、俺もモニカも妖精姫を陥れて、精霊王の怒りを買うようなことはしないぞ」
「いやですわ。例えばの話です」
皇太子を目の前にして今の発言は、昼間の伯爵達と同じくらいにやばいんじゃない?
罪に問われないと言われているからって、一番思い切った発言をするのがお母様だったとは。
「それにディアは外国に嫁ぐんですもの。ルフタネンと帝国の状況によっては、難しい立場に立たされることもあるかもしれないじゃないですか。その時に、何を一番守らなくてはいけないか……」
「お母様、私は欲張りですよ」
新生ディアドラは強いのだ。
妖精姫の立場を悪用する気は全くないけど、周りが私に妖精姫だからっていろんなものを背負わそうとするのなら、それに見合うくらいには我儘だって言うわよ。
「もし両国で諍いなんて起こったら、ルフタネン国王も帝国の皇族も、どうなるかわかりませんわよ」
「だから、言われるまでもなく理解していると言っているだろう」
「はい。皇太子殿下を信用していますから」
「……ああ」
そこはビビるところではないでしょう。