新たな決意
パーティーが終わり、この後皇族兄弟と食事会の予定がある私は、お母様と共に急いで広間を後にした。
皇太子に誕生日を直に祝ってもらえる立場って、改めて考えるとすごいよね。VIP中のVIPよ。
でも四歳の頃からのお付き合いがあるもんだから、いまいちありがたみを実感出来ない。
広間から徐々にお客様達も帰り始めているけど、まだ話し込んでいる人や飲んだり食べたりしている人達もいて、主役がいなくなっても盛り上がっているようだ。
転送陣を使うにしても精霊車で帰るにしても混雑するから、まずは高位貴族の方達から帰っていくので、身分が下の人達としては、ただ待っているよりは時間を有意義に使いたいもんね。
だからね、高位貴族や外国からの招待客は、さくっと帰るのが礼儀というか気配りというか、他の客や主催者への配慮ってものなのよ。
いつまでも残っていたら、迷惑よ。
それは他の国でも同じようなものなんじゃないのかね。
「お待ちください。お願いします。少しお時間を」
私達は来客が使用出来るエリアから、少しだけ奥の廊下を歩いていた。
十五歩くらい歩けば、来客が休むために用意された部屋もある場所で、そこでは何人かのお客様達が雑談しながら帰ろうとしていたり、私とお母様を見送っている人もいる。
まっすぐな廊下なのでお客様のいる場所が見えていたとしても、私達のいる位置は居住区域で、その境には廊下の中央に花が生けられた大きな花瓶を乗せた台が置かれていた。
「ここは立ち入り禁止区域です。お戻りください」
その花瓶の横から呼び止めたのなら、まだ許せる。
でも彼は花瓶を超えて、私達の傍まで駆け寄ってきたもんだから、当然警護の人達が私達と声をかけてきた男の間に立ち塞がった。
「わ、私はベジャイアのアッケルマン侯爵の従者です。侯爵が妖精姫様にご挨拶をさせていただきたいと申しておりまして」
服装でベジャイアの人間だということはわかっていた。
帝国の服装より男性も露出が多いし、薄着だからね。
シャツのボタンをあんなに外すなら、最初からボタンをつけなくていいんじゃないかな。
「パーティーは終了しました。辺境伯夫人もお嬢様も次の予定があります。お引き取りください」
こういう時、私やお母様は直接答えない。
従者同士で会話して、その後に必要なら話をするなり、侍女に指示を出す。
特に、初対面で親しくもなく礼儀すら守れない従者相手に、私達が答える必要はまったくないのよ。
「お母様、行きましょう」
だってこの男、お母様がいるというのに私に顔を向けて話しかけてきたのよ。
私はまだ成人していないのだから、保護者であるお母様に許可を得るべきでしょう。
ましてや、お母様はこの城の女主人よ。
「待って」
でもお母様は歩き出さずに、扇で口元を隠し、品よく小首を傾げて男に一歩近づいた。
「アッケルマン侯爵って、どなた?」
ええっ?! ベジャイアからの来賓のくせに、その侯爵はお母様にちゃんと挨拶していなかったの?!
それなのに私にだけ挨拶したいって言いやがっているの?!
おい、ベジャイア。
またか。
またなのか。
「ベジャイアから妖精姫のお誕生日をお祝いするために……」
「それなのにパーティーが終わるまで、娘に挨拶しなかったの?」
私がずっとカミルやガイオと一緒だったから近付けなかったんだよね。
ルフタネンへの賠償が終わっていないのに、ベリサリオに裏取引を持ち掛けたのがばれたんだもんね。
あほだわ。
「それは……その……」
「その方はずいぶんとベリサリオを軽く考えているようですわね。帝国の社交界の在り方や礼儀についても御存知ではないのかしら?」
これは、お母様はかなり怒っていらっしゃる感じよ。
娘の誕生日会でゴネやがった伯爵トリオの態度だけでも、お母様としては許せないでしょうに、そのうえでこれだもん。怒るわよ。
私の位置からは、真っ青になっている従者や私達を守っている警護の人達の向こうに、こちらを窺っている野次馬達がよく見える。
中には、お母様のお怒りの様子を見て、慌てている人もいるみたい。
そこに、野次馬を押し退けるようにして縦にも横にも大きい初老の男性が、屈強そうな男をふたり従えて現れ、こちらにずかずかと近付いてきた。
ピピーって笛を鳴らして、そこの線からこっちにはいらないでください! って言いたい気分よ。
堂々と立ち入り禁止区域に入って来るんじゃないわよ。
『何者だ』
私の苛立ちを感じて精霊獣達が顕現し、私とお母様を守るように警護の人達の外側から、ゆっくりとアッケルマン侯爵のほうに歩み出した。
「ほお、これは見事な精霊獣ですな。私の従者が何か失礼なことをしましたかな? 礼儀がなっていないようで申し訳ない」
イフリーを見ても顔色ひとつ変えず、小馬鹿にしたような笑みを浮かべ慇懃無礼な態度で話す様子は、女だから子供だから自分をたてて当たり前と思っている様子が見て取れる。
しかも厳つい腕力のありそうな男を従えてくるなんて、相手を脅す気満々だと取られても仕方ないわよね。
「いいえ。礼儀がなっていないのはあなたですわ」
だから、お母様が全くこわがらず冷ややかな口調で答えたのを聞いて、アッケルマン侯爵は驚きに目を見張った。
「ここは居住区域で来客は立ち入り禁止の場所です。出て行ってください」
「私はベジャイアからの来賓ですぞ」
「まあ、またベジャイアは礼儀のわからない人を寄越したのですか? ところであなたはどなたです? 来賓の割には挨拶もまともになさっていないんじゃありません?」
「な、なんだと! 私は妖精姫に話があるんだ」
もしかして、さっきの伯爵トリオが許されていたから、どうせこいつらは問題を起こしたくなくて丸く収めようとするだろうと思われた?
私はまだ十三歳で両親の庇護下にある子供だから、保護者にまず許可を得てから話すべきなのに、あの時の彼らも、お父様の怒りを無視し、お母様に挨拶さえしないで私に話しかけてきたんだった。
せっかくの私の誕生日会で外国からの来賓もいるから、台無しにしようとはしないだろうという計算が彼らにだってあったはずだ。
彼らの周囲にいた人達も同じ不安を抱えているようだったし、帝国を出てルフタネンに嫁ぐことにちょっとだけ後ろめたさもあったし、引き篭もっていたことも反省していたしで、ああいう対応をしたんだけど……妖精姫は押しに弱い。あるいは子供だから大人びた態度を取っていても、簡単に丸め込めると思われたのかもしれない。
「娘はまだ十三歳。両親の庇護下にあります。母親である私を無視して娘と話をさせろ? あなたは無礼だし失礼だわ。ベリサリオ辺境伯は帝国の貴族では最高位。そのような態度、帝国への侮辱だと受けとりますわよ」
おおおお、お母様が素敵。
さすが私のお母様だわ。
向こうで青くなっていたの、よく見たら伯爵トリオの横にいた女性じゃない。誰かの奥さんかな?
「な……女の……」
『こいつなにー?!』
お母様の怒りを感じ取ったのか、呼んでもいないのにシロが突然空中にぽんっと姿を現した。
「シロ! お父様を呼んできて。すぐに!」
『わーい、オシゴト、たのまれたー!』
シロはなぜかとても嬉しそうに空中で一回転して、現れた時と同じように唐突に姿を消し、次の瞬間にはお父様の肩に乗った状態で姿を現した。
「え? 何が……」
『連れてきた!』
うん。ありがとう。
でも何の説明もなく突然転移で連れて来られて、お父様は訳がわからないんじゃないかな。
「侯爵? そこは立ち入り禁止にしている区域のはず。そこで何をしている!」
訳がわからなくても、シロが迎えに来たということは何か起こっているのは確かで、立ち入り禁止区域で侯爵と腕力のありそうな無駄に筋肉質な男達が、私とお母様と睨み合っていれば緊急事態だとは思うよね。
だったら重要な部分だけ、私が説明をしましょう。
「お父様! その人が居住区に入り込んでお母様を侮辱しました!!」
扇を持った手をぴしっと上にあげて、皆がぎょっとして注目するくらい大きな声で言い付けた。
子供の声って響くのよね。
「ほお、妻を侮辱したのか」
「い、いや。そのようなことは。私はただ妖精姫に挨拶をしようと」
「アッケルマン侯爵、パーティーが終わったことに気付いていないのかね? 時間はたっぷりあったはずなのに、まだ娘に挨拶すらしていないのなら、なんのためにわざわざベリサリオまでやってきたのだ?」
「それは……」
お父様が来た途端に態度が変わったわよ、このオヤジ。
自分より下に見た相手に偉そうなやつって、上の人には弱いわよね。
「このことは皇太子殿下に報告し、国として正式にベジャイアに抗議する。私の愛する妻を侮辱して許されるとは思わないでもらおう」
伯爵トリオが問題発言を始めた時、私はもっと怒った方がよかったのかな。
彼らの不安もわかるからなんて言い訳しながら、実は当たり障りのないやり方を選んでしまっただけなんじゃない?
今までも、最初はことを大きくしたくないし目立ちたくなくて、優しい御令嬢のふりをして、結局それでは解決しないから強く出ることを繰り返していたじゃない。
そしてその噂が広まって妖精姫は実は怖いという話になっても、目の前の私は儚げな外見をして、優しく微笑んでいたら、どうせ噂はいい加減で妖精姫はおとなしい子だって思い込むんでしょ?
私が今までしてきたことは国を超えて広く知れ渡って、私と親しくなれば金になる得になると、大勢の人が群がってくる。
彼らは、まだ子供だからと私を軽く見て、利用出来ると考える。
自分の家門を第一に考える貴族達は、私に近付くために家族や友人も利用しようとするし、彼らの気持ちなんてお構いなしだ。
だからもう、しょうがないんじゃないかな。
私が物分かりがよくてやさしくて、結局は子供で、ただのいい子だなんて思われると、これからもこういうことは次から次へと起こるんだから、だったらもう私に親しい人達が持つ印象を、皆に持ってもらった方がよくない?
私は大人と変わらない思考をして、魔力も化け物並みに強い人外で、家族や友人を傷つけた相手はただではおかない子だって思ってもらおう。
何を考えているかわからないと思わせるのもいいかもしれない。
一度、精霊王に私を悲しませるとどうなるか、デモンストレーションしてもらってもいいかも。
カミルがいるから、もうこわがられたって結婚出来るし、親しい人達はきっとわかってくれる。
「よ、妖精姫はどう思っているんですか?! あなたは寛大な心を持っている子だろう!」
ほら、この人もそう。
シュタルクのやつらも同じように言っていた。
妖精姫の言葉を聞きたい。
親の立場を利用して、ベリサリオは妖精姫を軟禁しているんじゃないかって。
大事な両親のことを、そんな風に思われるのはもう真っ平だ。
「私がどう思っているか?」
本気で怒っているわよ。
どいつもこいつも好き勝手なことばかり言いやがって。
「私にとって家族は宝物なの。今日は私の誕生日で、両親は私のために何日も前から準備してくれていたのよ。それを台無しにしようとした人や、お母様を侮辱した人は大嫌いよ」
言葉と共に魔力を使って、侯爵と従者をまとめて立ち入り禁止外まで吹き飛ばした。
「キャーーー!!」
「うわー!」
野次馬達に怪我をさせたくないから、ちゃんと結界を張って守ったし、侯爵達の衝撃だって吸収したわよ。精霊獣達が。
だから彼らは何が起こったか理解出来なくて、自分の体をぺたぺた触りながらきょろきょろしているし、花瓶のお花だって無事だ。
「私と話がしたいのなら、まずは礼儀作法を学んでから出直してきてくださる? それと、寛大な心を持っている子供に会うのに、そんな暑苦しい男をふたりも連れてこないでほしいわ」
無表情で話しながら、威圧するのは忘れない。
ついでに呆然と立ち竦んでいる野次馬達も見回してから、お母様の腕を取った。
「お母様、行きましょう。着替えないと皇太子殿下との約束に遅れてしまいますわ」
「ディア、ごめんなさいね。せっかくの誕生日なのに嫌なことばかり」
「お母様のせいじゃありませんわ。でも来年からはごく親しい人達だけでお祝いしましょう。私は家族に祝ってもらえたら、もうそれで充分幸せですもの」
「ええ、そうね。あなたの望むお祝いにしましょう」
かなり乱暴なことをしたくせに、悲しそうな顔でお母様に寄り添い、お父様に目配せしてから背を向けて歩き出す。
お父様が小さく咳払いしてから、
「この者達を転送陣の間にお連れしろ。お帰りだそうだ」
機嫌の悪そうに聞こえる声で指示を出したのが背後に聞こえた。
バタバタと何人もの足音が聞こえたから、侯爵は警備兵に囲まれて皇宮に転送されるんだろう。
「あの魔法は何? あんな勢いで飛んで行ったのに、ふわんと着地したわね」
背後は大騒ぎになっているのに、お母様はとても楽しそうだ。
あの侯爵を私が吹っ飛ばしたのを見て、すっとしたのかも。
「私はあの侯爵達を立ち入り禁止区域から吹っ飛ばして。でも、誰にも怪我をさせないでって精霊獣達にお願いしただけです。いつも練習しているから、見事にやってくれたでしょう?」
「ええ。素敵だったわ」
私とお母様に褒められて、精霊獣達は得意げだ。
「私の精霊獣にもやり方を教えてあげて」
「まかせてください」
『シロがやるー。みんな窓の外に吹き飛ばすー!』
シロの高らかな宣言は背後にいる人達にも聞こえたようで、小さな悲鳴がいくつも聞こえた。