英雄から外交官へ? 後編
今まで自分のしてきたことを思えば、皆がこわがるのも仕方ない?
おかしいな。私は平和主義者なのに。
「戦争になんてならないから大丈夫。砂漠じゃなくて森にしてあげる」
「やめろ。いや、やめてください」
「じゃあ、帝国に留学させてくれたのって、すごい決断だったのね」
「これでも英雄だからな。国民の人気はあるんだ。俺が帝国に行ったままで帰って来ないから、貴族達が追い出したんじゃないかと不満が出てきているようだ」
「帰りなさいよ」
「帰るよ。でも手ぶらでは帰れないんだよ。おい、それよりあの子はおまえの友達だったよな。あのふたり、仲がいいのか?」
「知らないわよ。それに、カーラはあまり話をしたくないみたいだけど?」
ジルドとカーラはしばらく言葉を交わしてはいたけど、徐々にふたりとも顔つきが険しくなってきて、やがてカーラは彼から離れて、女性が集まっている方に行ってしまった。
取り残されたジルドは、急いで左右を見回して広間から出て行った。
「俺は外交官になれそうだが、あいつはどうだろうな。帝国側で指名してくれるか、帝国人と結婚するか」
「それでカーラに近付いているんじゃないでしょうね」
「まさか、子爵家五男が侯爵令嬢狙いはないだろう」
音楽が終わったので、ガイオにエスコートされて歩き出す。
自然と足は外国のお客様がいるテーブルの方向に向かった。
「あなたが外交官ね。帝国に赴任するの?」
「出来ればしたいね。ここでの暮らしが気に入っているし、なにより帝国の女性は意見をはっきり言う子が多くて楽しい。きっちりドレスを着込んで、手首から上は腕さえ触らせないのもいいな。大胆に見せるより、隠す方が色っぽいってこともあるんだな」
「英雄もおとなしくなったのねと思ったら、変態は治らないのか」
「男はみんなこんなもんだぞ」
「だからって私相手に言うな」
「ああ、そういやそうだな。言いやすくてな」
こいつ、私を女だと思ってないんじゃないの?
ガイオがどんな女が好きかなんて知るか。
「おい、保護者が三人揃って睨んでいるぞ」
「三人? カミルはわかるけど」
「あ、背後にもひとりいた。四人だ」
背後にいたアランお兄様の視線も気付くのか。伊達に英雄とは呼ばれていないわね。
お父様もクリスお兄様も離れた位置にいるのに気付くんだからすごいわ。
それか私の保護者の敵意が強すぎるのか、どっちだろう。
「楽しそうだったね」
ガイオってば、カミルが近付いてきたからって私の背後に隠れようとするのはやめなさい。
体格に差がありすぎて、ちっとも隠れられていないわよ。
「足を踏まないで踊れていたでしょ? ガイオは私を人外だと思っているんですって。失礼よね」
「なんでまた」
「わからないならいいんだよ。それより、俺は彼女に手を出す気はないから睨むな」
これってヤキモチよね?
愛されてるなあって感じがして、ちょっと嬉しい。
恋人しているなって感じがする。
映画やドラマで見たようなシーンや会話を、私が自分で体験する日がくるなんてね。
「だったらなんで踊ったんだ」
「ゆっくり話したかったんだよ。それに、俺はもう妖精姫と親しくしているって証明する必要があったのさ」
「ああ」
納得したようにカミルがちらっと見た先では、ベジャイアからのお客様がお父様に何か真剣に話していた。
彼は前の国王に近かった侯爵で、もうかなりお年を召している。
新国王に代わって、だいぶ権力が弱まっているとウィキくんに書いてあったわ。
「あいつがベジャイアからおまえの様子を見に来たやつか?」
「そうだ。今の外交官と親戚でな、俺が帝国に赴任するってことは、あいつの甥がお役御免になるってことだ」
「帝国とのパイプ役は、発言権が強いんだろうな」
「美味しい思いをしていたから、俺が邪魔なんだよ」
我が婚約者ながら、カミルとガイオが仲良さげに話していると、悪巧みをしているようにしか見えない。
ふたりとも貴族らしさがいまいち足りないのよね。
「ディア、楽しんでいるかい?」
「はい。クリスお兄様」
さっきまで外国のお客様と話していたクリスお兄様が、いつの間にか傍に来ていた。
カミルとガイオと並ぶと、ひとりだけ洗練された雰囲気で王子様みたい。
あれ? そういえばスザンナはどうしたの?
婚約者をほっといちゃ駄目でしょ。
「スザンナなら母上と、フェアリー商会の新作の紹介に、ほら、あそこで女性陣に囲まれている」
私がきょろきょろしたので、何を考えているか察したクリスお兄様が示した先では、お母様とスザンナが奥様方と笑顔で話していた。
ほったらかしにされていたのは、クリスお兄様のほうだったのか。
「ベジャイアの侯爵だったかな? 彼は先程の僕とディアの様子を見て、カミルとの婚約を巡って本当に僕達が仲違いしていると思っていたみたいだ」
「あら、それは楽しそうなお話ですわね」
うふふとクリスお兄様と微笑みあったら、隣からガイオが逃げようとしたので、がっちりと腕を組んであげた。
「待て。勘弁しろ。腕を組んだのはこいつで俺じゃないだろう。俺に殺気を向けるな」
クリスお兄様とカミルに睨まれて、ガイオは慌てて腕を引こうとしている。
「落ち着きなさいよ。腐っても英雄なんでしょ?」
「腐るって……」
「それでお兄様、あの方はどんなお話をしていらしたの?」
「ルフタネンとの貿易を減らして、ベジャイアと取引しないかってさ」
「まあ、西島を襲った賠償にルフタネンと五年間は無課税で取引すると言っておいて、陰で帝国と手を結ぼうなんていけない方ですわね」
片手はガイオの腕を掴んだままで、マジックバッグにしているブレスレットから扇を取り出した。
これがあると落ち着くわ。
ひらひらさせていると御令嬢っぽいし、武器にもなるし。
「ルフタネンとの関係が悪化して、カカオを輸入出来なくなったら大変だ。それに比べると、ベジャイアを優先する理由がないな」
「そうですわね。信用出来ない相手と無理に取引しなくてもよくありませんか?」
「我が国のことだが、反論する余地がないのが悲しいな」
「ガイオもそう思っているならしかたない。海峡の向こうとの付き合いは全部やめてしまおうか」
「おい、やめてくれ。あいつが勝手に言っているだけだ」
クリスお兄様はガイオを虐めて楽しんでいるんじゃないかしら。
私とダンスを踊った分、嫌がらせをするのはやめてあげてよ。
むしろガイオを外交官にした方が、あとあとベリサリオにとっては便利なんじゃない?
「カミル、これは放置してはいけないわよね?」
「ルフタネンはベジャイアとの貿易をやめてもかまわないぞ。西島の復興は順調に進んでいる。食糧も、もう不足していないはずだ」
「うわー、あの老害、何してくれているんだよ」
ガイオが外交に頭を悩ます日が来るなんてね。
前は率先して、友好関係をぶち壊していたのに。
でも大丈夫よ。
クリスお兄様とカミルが仲良く話していて、そこにガイオも加わっているのを見れば、侯爵も自分の失策に気付くでしょ。
「だから三人とも、仲良さそうにしてよ」
「仲いいよ?」
「いずれは兄弟になるんだもんな」
「非常に不本意だけどね」
クリスお兄様とカミルは、いつも通り笑顔で言い合いをしている。
ガイオは巻き込まれたくないのか、さりげなく離れようとしているので、扇でバシバシと腕を叩いてやった。
「何やっているの。外交官になりたいのなら、誰と親しくしないといけないのかわかっているでしょ」
「ガイオ、パーティーが終わったら場所を変えて話そうか。カミルもどうだい?」
「そうだな。これからのことを考えて話し合っておいた方がよさそうだ」
「待て。おまえ達ふたりと俺では、貿易や外交についての知識に差がありすぎるだろう。誰か連れていってもいいか」
「信頼出来るやつがいるのか?」
「……ひとりでいく」
身内に信用出来る相手がいないって、ダメダメじゃない。
「俺は今、最高のコネを手に入れようとしているはずなんだが」
「うん」
「引き返せない悪事に手を染めそうになっている気分なのはなんでだろう」
「そりゃ、人外の兄と婚約者と話をしようとしているからでしょ」
「なるほど」
そこは納得するところじゃないから。