英雄から外交官へ? 前編
伯爵トリオの件が丸く収まった後は、挨拶もその後のパーティーも非常に和やかな雰囲気で進んだ。
不安が取り除かれた人が多かったのか、いつも以上に友好的な態度の人が多かったけど、それ以上に、そこまで礼儀正しくしてくれなくてもいいのよ? 私はまだ成人もしていない子供だよ? って言いたくなるくらいに恭しい態度で接してくる人が多かった。
その中で、いつもは目立たないようにしていたアランお兄様が、今日はたくさんの人に囲まれて恨めしそうに私を見ていた。
これでパティとの婚約に文句を言う人はいなくなったんだから、むしろお礼を言ってほしいくらいなんだけど。
国内の招待客との挨拶が済んで、外国のお客様のいる席に行っても、友好的な雰囲気は変わらなかった。
学生は国に帰っていて、大人ばかりだったせいもあるのかもしれない。
非常ににこやかに、適度な距離感を維持しつつ、挨拶が進んでいった。
お父様が挨拶して、私がお祝いの言葉にお礼を言うという簡単な作業の繰り返しで、実にあっさりと挨拶は済んだので、そのあと少し雑談をしたんだけど、彼らも私に対する気の使い方がすごいのよ。
さっき私は何もしていないよって話したのに、あんまり信じてくれていないのかな。それとも精霊王との橋渡し役を怒らせてはいけないと、神経質になっているのかな。
怒らせるよりは、あまり関わらないようにしようと思っていない?
私よりカミルのほうが期待されているみたいで、彼の周りに人が集まっていた。
カミルとさえ仲良くしておけば、いずれ私が成人した後、自分の国に来てくれる可能性が高くなるからね。
外国のほとんどの国の人達は、精霊王を後ろ盾にしたカミルと敵対するより、親しくなって私と結婚させた方がいいと考えているんだね。
他国の精霊王と国民の関係改善を手伝うっていう約束の存在は大きいな。
私との間にカミルがいてくれると、ワンクッションあるって安心感もあるのかも。
なんで私、そんなにこわがられているのかな。
「踊らないか?」
ダンススペースは確保してあるけど、昼間のパーティーなので踊っている人はあまりいない。
いちおう私はカミルと一曲だけ踊って、あとはジュースのはいったグラス片手に、いろんな人と話をしていた。カミルは囲まれちゃっているしね。
そこにガイオがダンスを申し込んできた。
「踊れるの?」
「おい」
「うそうそ。冗談よ。勉強もダンスも礼儀作法も頑張ってるって聞いてるわ」
帝国風の礼服を着たガイオは、背が高くてがっしりした体格なので存在感がある。
髪を整えたせいか、前より何倍も素敵に見えるよ。
「大変でしょ。ベジャイアと帝国じゃ、何もかも違うんじゃない?」
「いや、今のほうが楽だな。戦地にいつでも行けるように用意しておく必要もないし、周りは俺のことなんて気にしていない。国にいる時は英雄としておかしくないように、無理に偉そうにしていた部分もあるからな」
ガイオが私の手を取って歩き出すと、いっせいに広間内の視線が向けられたけど、全く気に留めていないところは、さすが英雄は神経が図太くていらっしゃる。
妖精姫も負けないくらいに図太いので、ダンススペースの中央で踊り始めた。
「ベジャイアの文化は、戦争が多い生活の中で生まれたでしょう? 戦争が起こらなくなったらどう変化するのかしら」
ダンスのリードもかなりうまいんじゃないかな。私がちゃんと踊れているんだから、たいしたものよ。
もちろん私だって上達していて、もう滅多に足を踏んだりはしないわよ。
でも楽に踊れる相手とそうじゃない相手っているもんよ。
「そう簡単には変わらないだろう。それにまだシュタルクの出方がわからない以上、油断は出来ない」
「今の状況で戦争を起こしたら、あの国は亡びるわよ」
「経済が危機的なのは知っている。でもそれでも戦争を起こすやつはいるし、それで儲けるやつもいるんだ」
「違う違う」
勉強しているだけあって、以前と違ってちゃんと会話が成り立っているところ大変申し訳ないけど、私はそんなことを言っているんじゃないのだよ。
「今度またアホなことをしたら、さすがにシュタルクの精霊王が切れるって話よ。王宮も貴族の屋敷も砂まみれになるわよ」
「うへえ」
でも以前から思っていたんだけど、砂漠にしてしまうって関係ない人への被害も甚大でしょ?
そこに住んでいた人間以外の生物や植物まで砂になっちゃうんだよ?
邪魔な建築物がなくなるのはいいとしても、その後の復興も大変で精霊も住むところがなくなって、精霊王としては賢い選択ではないと思うんだ。
「そう思わない?」
「い、いや……まあ……じゃあ、どうするんだ?」
「ジャングルにしよう」
「ジャン? なんだそれは?」
「巨大な森にしてしまおう。建物の床なんて壊して、大きな木をガンガン成長させて、蔦で壁一面を覆って、ノーランドにいるみたいな魔獣を生息させよう!」
「やめろ。実際にやりそうでこわい」
戦争なんて起こさなければいいのよ。
精霊王の力を借りようとしながら、ニコデムスとも仲良くしようなんて甘い考えでやっていけると思うなよ。
「おま……きみと自分の息子を結婚させようとしていた彼らは、きみの性格を知っているのか?」
「私の性格が何か?」
「い、いや……」
「あなただって、一度は私と結婚しようとしたくせに」
「俺には無理だと今ならわかる。家でふたりでいる時にも気が抜けないというか、背中を向けるのがこわいというか」
「私を何だと思っているのよ」
「人外?」
「まあ、皇太子殿下と同じようなことをおっしゃるのね。ぶっ飛ばして差し上げましょうか?」
まったく、私の周りの男達は失礼だわ。
本気でこわいなら、そんな台詞は吐けないでしょう。
からかっても平気だと思っているのよね。
カミルは私が傷つくんじゃないかって心配してくれるのに、おまえ達はなんなんだ。
「あら? あそこにいる金髪の彼、たしかベジャイアの人よね」
ダンスフロアの反対側で、カーラに真剣な面持ちで話しかけている青年が目に留まった。
留学生として学園にいた生徒だ。
ベジャイア人としては珍しくほっそりとしていて、サラサラの金髪で物腰の柔らかい優しそうな雰囲気の人だった。
「ああ、ティローネ子爵家五男のジルドだ」
「新年にも帰国しないで、学園が終わってもそのまま帝国に残っているわよね。何をしているの?」
「よく調べているな」
当たり前でしょう。
海峡の向こうの人間の動向を、ベリサリオはずっと注視しているわよ。
「あいつは、このまま帝国に残りたいのかもしれないな。ベジャイアじゃ、ああいうヒョロヒョロした男は馬鹿にされるんだ。女扱いされることもあるし、仕事にも就きにくい」
「腕力がなくても出来る仕事はあるでしょ?」
「文官は、よほど頭がいいか貴族の嫡男でなくてはなれない。息子を戦地に送りたくない貴族達が子供を文官にさせようとして、競争が激しいんだ」
なにもかも戦争のせいか。
長く戦争していれば心だって荒むわよ。貧富の差も差別も出てくる。
「じゃあ、あなたはなんで戦地に行ったの? 伯爵家の嫡男だったわよね」
「うちは小さな領地しかない成り上がりの伯爵家だから、旗頭が必要だという時に担ぎ出されたんだよ。ほら、俺は見た目がいいから」
「はいはい」
みんな、それぞれ大変なんだな。
ベリサリオに生まれて本当によかったと思うわ。
おかげで何不自由なく、毎日楽しく平和に生活出来ているもんね。
「それで戦争が終わったら国外に追いやるって、新国王もひどいんじゃない?」
「俺がやらかしたのを忘れたのか? 帝国の皇太子殿下から直接、非常に厳しい言葉で苦情が来たんだぞ。今、ベジャイアは帝国を敵に回すわけにはいかないんだ。俺の爵位を取り上げるくらいのことはしてもおかしくなかったんだ」
そうか。戦争でボロボロのベジャイアと、最近ずっと平和で豊かな大国とで戦いになったらどうなるかなんて誰だってわかるもんね。
転移魔法を見せて、脅したのは私だったわ。