十三歳になりました! 2
外国のお客様は別の入り口を通って、もう日当たりのいい席に座って歓談している。
あとからテーブルにこちらから訪れることで、お客様だけ特別扱いですよって示すのと、警備上、大勢の人の中に紛れて近付かれるのは心配だっていう理由があるからだ。
いくらベリサリオが高位貴族でも、娘の誕生日に呼ぶお客様の数はそう多くはない。
普段から親交があったり、仕事上関係のある顔見知りばかりだ。
でも外国の方は、お客様本人はまだしも従者は初対面の人も多いでしょ。
いちおう入り口で身元確認はしているけど、うちの家族としては私に少しでも被害が及ぶ確率は減らしたいんだって。
挨拶を終えた公爵家の方々は、外国からの客人がいるテーブルに挨拶に向かい、私達家族の前には次は辺境伯家がお祝いを言うために来てくれた。
辺境伯家は仲良しだから、和やかに挨拶出来た。
侯爵家も顔見知りだけど、もう親戚みたいなスザンナの実家のオルランディ侯爵家と、ブリちゃんと仲良くなってから何かとお付き合いのあるチャンドラー侯爵家は別にして、他の侯爵家は今、全体的に存在感が薄いのよ。そのせいか、今日もさらっと挨拶が終わっていく。
ダグラスのカーライル侯爵家なんてお隣さんなのに、最近付き合いが減っているのよね。
中央に物資を輸送するのに、そっちの領地を経由するよりエドキンズ伯爵領を経由する方が便利になっちゃったの。
マイラー侯爵家は侯爵になってまだ今年で三年。
足場を固めたり、軍を整えたり、内政に忙しいのか中央ではあまり話題になっていないみたい。唯一エセルがモニカ様の護衛で活躍しているくらいだ。
ヨハネス伯爵は降格されてから公の場に姿を現していない。
今日も欠席で、カーラとハミルトンだけがノーランド辺境伯家の人と一緒に来ている。
むしろ今は、侯爵家に格上げになる家もある伯爵家の方が元気かもしれない。
次に挨拶に来たブリス伯爵家はもうすぐ侯爵家になるとあって、注目の的だ。
今日はエルトンも一緒に顔を出しているので、兄妹が全員揃っている。
勢いのある家は、顔つきも明るいよ。
エルダなんて最近モテているせいか、美しさに磨きがかかっている気がする。
そして次に来たのが、もうひとつの未来の侯爵家、ラーナー伯爵家だ。
代々魔力の多い家柄で、当主は魔道省のトップであり全属性精霊獣をいち早く揃え、空間魔法も操る魔道士だ。
嫡男のデリルも将来は魔道省にはいるのは確実で、彼もすでに空間魔法を使える。
二年前に告白されたのは今ではいい思い出よ。
あれから彼は身長が伸びてすっかり男の子らしくなって、性格もだいぶ変わったというか、私は接点がなかったから見た目のイメージで優しいおとなしい子だと思っていただけで、本当は前から見た目とギャップのある子だったのかもしれない。
「お誕生日おめでとうございます」
「ディア、おめでとう。これプレゼント。意見が聞きたかったんだ」
通常プレゼントはこの場では開けることがない。
いちいち開けていたらお客様を待たせてしまうし、中に何が入っているか執事が確認してから当人に渡すのが普通だからだ。
それで皆、綺麗に梱包してプレゼントを渡してくれるし、大きすぎる場合は目録を渡してくれる。
でもデリルは、すでに蓋の開いている小さな細長い箱を差し出してきた。
手を伸ばすより先に中を覗き込んでしまったのは、そういうわけで仕方ないと思う。
両隣からお父様とカミルまで覗き込んできたのも、当然なのよ。
因みに私達の並び順は、私を中心に左にカミル、お母様、パティ、アランお兄様。右にお父様、スザンナ、クリスお兄様よ。
「これは……」
箱を覗き込んですぐ、疑問は興味に変わった。
そこに入っていたのは紫と銀で美しい細工の施されたペンだったからだ。
「ま……」
万年筆という単語はこの世界にはなかった。危ない危ない。
「まあ、もしかしてペンですの?」
「そうなんだ。よくわかったね」
「この横にある細長いのに入っている黒いのはインク?」
「うん」
私が話すたびに、ラーナー伯爵とデリルがにこにこしながら頷く。
よく似ているなこの親子。
「これは、カートリッジですわね!」
「さすがディアドラ嬢、見ただけでそこまでわかってしまうとは」
「ディアが精霊車に魔力を貯めたカートリッジを使用する方法を考えたと聞いて、もしかして他にも使えるんじゃないかと思ったんだ」
「デリルが考えたの?」
「そうだよ」
すごい! ここにもすごいやつがいたよ。
転生してきた私じゃなくて、この世界の人が万年筆を発明したよ。
この世界と前世では文明の進み方が違うだけで、別に劣っているわけじゃないんだから、驚くことではないんだけど、知り合いが私の作った物からヒントを得て、新しい物を作ってくれるのは嬉しい。
「素敵だわ。これでいちいちインクにつける手間がなくなるのね」
「え? なに?」
エルダ、引き返してくるんじゃない。
話ならいつでも出来るでしょ、デリルは友達なんだから。
「ほお、これはすごい。才能ある御子息だ。ラーナー伯爵家は安泰ですな」
「いえいえ、ベリサリオ辺境伯家には遠く及びませんよ」
親父同士は社交辞令の真っ最中。お母様とあちらの夫人もにこやかに歓談中で、魔道省と精霊省が仲違いしていて、ベリサリオとラーナー伯爵もあまり仲が良くないなんて噂は、やっぱり嘘だったんだなと周囲も納得出来るんじゃないかな。
噂って本当に厄介だ。
「これはラーナー伯爵家で製造するんですか? それとも魔道省で? もう特許は取りました?」
「特許は取らないんだ。魔道省預かりで、誰もが使えるようにして」
「なんで?!」
「世の中を魔道具で便利にするのが魔道省の仕事だからですよ」
「デリルはまだ魔道省の人間ではありませんよね」
答えてくれたラーナー伯爵に向き直った。
「まだ正式に入るとも決まっていないのに、彼の功績をなかったことにするのはなぜですか? たとえ彼が魔道省の人間だとしても、個人の功績を認めなければやる気を削ぐだけです」
「魔道省の中で地位が上がり、それだけ収入も増えますよ」
なるほど。
息子を鳴り物入りで魔道省に入れて、最初からある程度高い地位につけようってことか。
皇宮あるある過ぎて、文句を言う方が馬鹿にされるやり方だ。
「では生産もしないのですか?」
「それはするつもりです」
「だったら、腕のいい数人の職人だけに一流品を作らせて、ラーナー伯爵家のマークを入れて、他の店と差別化するべきですわ」
「ディア」
あ、いけない。
またいろいろと話してしまうところだった。
お父様とカミルに、同時に腕を掴まれてしまったわ。
「ま、まあ、詳しくはあとで話しましょう。ありがとうデリル。大事にするわ。それに生産するようになったら、ベリサリオから大量発注しますのでよろしくね」
「そうだな。うちで働いてくれている者達用に揃えたいな」
「はい、お父様。ベリサリオのマークを入れてもらいましょう」
執事達や書類仕事をする人達にきっと喜んでもらえるわ。
早く実際に書いてみたい。
「妖精姫の聡明さは噂通りですな」
もう移動するかなと思ったのに、ラーナー伯爵は私の前から動かなかった。
「でもひとつ、間違えていましたよ」
「え?」
「息子に聞きました。あなたは私が反対すると思っていたんですよね?」
反対? なんの話?
「とんでもない。私は賛成しましたよ。ただ誤解して失礼なことを言ったようで、それは申し訳なかったと」
「父上。もう二年も前の話ですよ。やめてください」
あ! 告られた時の話か!
父親に話したの?! マジデスカ??
「あの頃の僕では駄目だったんです。ベリサリオの三人もカミルも、大人になるのが早すぎるんだよ。今やっと僕は、あの頃のディアに追い付けたかなってくらいだ。その間にきみ達は、どんどん功績をあげてどんどん先に進んでいる」
「デリル」
そんな風に考えていたんだ。
やだ、いつの間にか大人になっちゃって。
お姉さんは嬉しいわ。
「へえ……」
クリスお兄様がおもしろそうな子を見つけたって顔になっていますよ。
私と付き合うことにならなくても、クリスお兄様や皇太子と渡り合う未来はすぐそこにやってきているかもね。
頑張れデリル。
気に入られたら、きみは次世代の中心人物に大抜擢だぞ。
「でもいずれ追いついてみせるよ」
「お兄様達やカミルは別にして、私はそんな風に言ってもらえるようなことはしてないのよ?」
「それもあとで、ペンの話と一緒に聞くよ」
横にずれて挨拶していく途中でクリスお兄様に捕まっているデリルは、驚いていたけど楽しそうだった。
あれなら大丈夫そうね。
「お誕生日おめでとうございます」
「ニール伯爵、ありがとうございます」
次の人が挨拶に来てお母様と話しているので、そちらに注意を向けた。
確か中央に大きな領地を持つ伯爵家だったわよね。
彼の背後に隠れるように立っているのが息子かな。
学園で見たことがあるようなないような。
「御嫡男も婚約が調い、ベリサリオはこの先も大いに発展しそうですな」
「おかげさまで。中央も最近は精霊が増えて精霊の森も復活したそうで、大いに発展するでしょうね」
「そうであってほしいものです。しかしですからこそ、成人していない方まで急いで縁組を決定するのはいかがなものでしょう。まだ十三歳のディアドラ嬢の横に異国の青年が立っているというのは、ベリサリオにとっていい判断とは思えませんな」
うわ。私の誕生日会に何を言い出すの?
皇太子の誕生日会といい今回といい、誕生日会には荒れる呪いでもかかっているのか?
「成人して正式な婚約の成立した方ならともかく、まだ仮の段階でお披露目して、何かあった場合、悪い噂が立っては困りますよ」
「まあ、御心配ありがとうございます。でも本日は祝いの席ですのよ」
「申し訳ありません。ディアドラ嬢の目出度い席でこのような苦言を呈することをお許しください」
深々とお母様にお辞儀をして、伯爵は私に視線を向けた。
「なにしろ妖精姫は、滅多に皇都においでにならず、お話する機会が全くないものですから」
「そうですよ。私も本日初めてお目にかかりました。オーツ伯爵と申します」
「ヘガティ伯爵です」
親父が集まってきたぞ。
伯爵大集合?
やめて。石を投げれば伯爵家に当たるって言われるくらい、数が多くて覚えていないから。
オーツ伯爵はわかる。
お嬢さんがモニカの茶会によく来ていて、何回かお話したわ。
ヘガティ伯爵はノーランドの近くの人だったっけ?
「妖精姫には、もう少しゆっくりと慎重に将来について考えていただけないものでしょうか」
「これは我々多くの貴族からのお願いです。この先もずっと帝国で暮らしていただきたい」
「妖精姫が帝国を去る日が来るなど、とても考えられません」
祝いの席で、外国のお客様もいる席で、何を言い出すのかと驚いたけど、周囲を見回して気付いた。
彼らの意見に賛成の人がほとんどなんだ。
後ろに並んでいる人達は、彼らを咎めるどころか、よく言ってくれたと言いたげな顔つきになっている。
すでに先に進んでいた侯爵家の人達も、戸惑ってはいるようだけど三人を止める気配はない。
外国の人達と歓談し始めていた公爵家や辺境伯家の人達が、唯一、驚いた顔でこちらに注目している。
厄介なのは、彼らは悪意からこんなことを言い出したんじゃないってことよ。
彼らも、後ろに並んでいる貴族達も、普段からお付き合いのある相手で、親しい家の人達も多いのよ。
引きこもっていた私は初対面でも、両親やクリスお兄様とは顔見知りなの。
だからこそ余計に、妖精姫がいなくなったあと帝国がどうなるのか心配して、不安がっている。
ここで下手なことを言ったら、たぶんカミルが悪役になる。
私の問題だと思ってもらわなくちゃ。
「妖精姫を失う恐怖は、俺達が思う以上に大きいんだな」
カミルが隣で小さな声で言い、それでも譲る気はないという態度で、伯爵達を睨みながら私に寄り添った。
題名を変更しました。
「幽霊が恋してもいいですか? 殺人犯を追い詰めて、仲間の悪霊化を断じて阻止します。」
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