閑話 胃痛の原因
前回と今回は補足回のようなものなので、同時に投降しています。
こちらがあとです。
新宰相視点。
今日は朝から皇宮内がわさわさしている。浮足立っていて落ち着かない。
理由はわかっている。皇帝陛下の茶会に招待されたベリサリオ辺境伯の家族が登城するからだ。
ベリサリオ辺境伯は新しく作られた精霊省の大臣になった。
今迄は領地の方に要請が来て、それに応えて他領まで子供達が出向いて説明を行っていたのを、全て精霊省を通して行うことになったのだ。
そうでなくては、ベリサリオに恩のある貴族がどんどん増えてしまう。今でももう彼の発言権も力も公爵級なのだ。ただでさえ隣国と繋がりのある辺境伯に、そんな力を持たせるのは危険すぎる。しかし妖精姫の存在のせいで誰も文句をつけられない。
だが今のところ彼も夫人も、今までと態度を変えることなく上手くやっているようだ。
美男美女カップルという事で人気があるのだが、最近はほとんど夜会に顔を出していないらしい。どうやら新しく始めた商会が順調で、夫人まで積極的に関わっているようだ。
「サッカレー宰相」
背後から声をかけられて振り返る。声で誰かはわかっていた。私の副官のヘイワード子爵だ。
「そうか、きみはベリサリオ領出身か」
「はい。家族に散々聞かされている噂の姫君を見に来ました」
「随分出迎えが多いな」
「精霊獣を持っている者達が見せびらかしているのが笑えます」
森を開拓する以前に精霊を手に入れた者はたくさんいる。私も実家の近くの森で二種類の精霊を得て、今も大事に育てている。
だがベリサリオの妖精姫が、精霊は魔力を与えて成長させるものだと言い出すまでは、多くの者が精霊を放置していたため消滅してしまった精霊が多かった。今この場で精霊獣を持っている者のほとんどが魔法を使う仕事をしていたか、元々魔力が多かったおかげで精霊を失わなくて済んだ者達で、別段彼らだけが精霊を大切にしていたわけではない。なのにあの得意げな顔。
「ベリサリオでは、あんな大きな状態で精霊獣を出していると、邪魔だから小さくしておけと怒られるそうですよ。決められた場所か屋外以外では子猫程度の大きさにしておくのがマナーになっているそうです」
「そんなに精霊獣がいるのか?」
「今では精霊を持っていない貴族の方が珍しいんです。騎士や兵士も複数持ちが当たり前。平民でも持つ者がいるそうですよ」
それは……兵力の差も出てきているという事ではないか。
海軍中心だからと中央の貴族は安心しているようだが、これはまずいぞ。
ダリモア宰相が失墜した時に、ごっそりと副官や補佐官が逮捕されたせいで、派閥が違うために相手にされていなかった私が宰相を押し付けられてしまったが、他にいくらでも人材はいるだろう。最近抜け毛がひどいのは仕事のせいだ。
皇宮には転送陣の間が三カ所ある。そのうちのひとつが、今は辺境伯だけのためにあけられている。
到着を知らせる赤いランプが灯り、片方だけ開かれた大きな両開きの扉の出入りが慌ただしくなった。陛下に到着を知らせに行ったのだろう。
それから五分ほど経っただろうか。
揃いの制服を着た護衛らしき騎士がふたり、扉の左右に立ち、鞘に入れたままの剣先を地面につき、両手で鞘の上部を掴んで立った。
次の瞬間、剣が赤い光に包まれ、彼らの体全体が黄色と水色の光に包まれるのを見てホール内がどよめきに包まれた。
肩には風の精霊がふわふわと浮いているという事は、彼らは全属性持ちでそのうちの三属性が剣精という事か。
「ヘイワード。ベリサリオではあれが普通なのか?」
「まさか。騎士の中でも選りすぐりのふたりなんでしょう。あんなのが、そんなにたくさんいてたまりますか」
今はな。
だが今後、増えはしても減りはしないだろう。
続いて登場したのがベリサリオ辺境伯とナディア夫人だ。
茶会という事でシンプルなドレス姿だが、三人も子供がいるとは思えない美しい夫人と、女性達の憧れの的になっている辺境伯。
恵まれすぎだろう。そんなに幸せの重ね掛けをしなくてもいいのではないか。
次に登場したのは次男か? 確かアランといったか。八歳だと聞いていたが大きいな。長男より背が高いかもしれない。
短く切った赤茶色の髪は先代の辺境伯と同じ色だ。彼も肩の上に水の精霊を連れている。
兄と妹が出てくる邪魔にならないようにと前に出ると同時に、彼の身体を黄色と緑の光が包む。護衛と同じように赤い光が剣を包み……待て。彼は剣を持っていたか?
「宰相、辺境伯がお呼びのようですよ」
ヘイワードに言われて顔を向けたら、非常に申し訳なさそうな顔で辺境伯がこちらを見ていた。
「すまないな、宰相」
「いやかまわない。どうしたんだ?」
「子供達にとっては初めてくる場所で、この人数だろう? 精霊が子供を守ろうとして勝手に動いてしまうんだ」
命令しなくても、自分から動くだと?!
「護衛達も、あんな派手なことをする予定はなかったんだが、中には負の感情を持つ者も紛れているだろう。それを敏感に察知してしまっている」
あれはわざとではなかったのか。
ベリサリオでは護衛はああやるのが普通なのだと思いかけていた。
「ホール内の人間の多さに精霊が警戒しているそうだ。警護を増やして事故が起こらないように彼らを押さえていてくれ」
「かしこまりました」
傍にいた補佐官と警護の兵士に説明して指示を出す。
三階まで吹き抜けの広いホールの壁際に、ずらりと三列ほどになって人が並んで注目しているという異様な状態だ。上の階から覗き込んでいる者もいる。これでは精霊が主を守ろうとするのも理解出来る。
「クリスとディアは、今、精霊に説明している」
「父上」
「おお、アラン。話はついたか」
「小型化して顕現するそうです。精霊のままにしておくと、誰かが突然近付いてきたりした場合、戦闘態勢で顕現する危険があります」
「まいったな。こんなに人が集まるとは思わなかった」
今まで一度も姿を見せたことのない精霊王に愛された妖精姫だ。噂が出てからもう二年以上、一目見たいと思う者がいるのは仕方ない。これでもここに来ているのは精霊獣を持っている事をきっかけに親しくなりたい貴族達や、主に命じられて様子を見に来た執事や侍女達だ。
さっきまではお行儀よくしていたのだが、護衛達が光を纏うのがデモンストレーションになってしまって、観客が喜んでいたところにアランの登場だ。人気の役者の舞台のように興奮してしまっている。
皇宮警備隊の兵士が大勢やってきて、観客が辺境伯家族に近付けないようにぐるりと並んだ。
それでようやく場が落ち着いたので、アランが一度扉の向こうに引っ込んでまた出てきた。
「ちょっと、転ぶから、離れて」
彼の視線を追って足元を見て、ホール全体にほんわかとした空気が漂う。
アランの足にじゃれついて、てちてちと四匹の子猫が歩き出て、彼が足を止めると座って毛づくろいを始めたのだ。
「あれは」
「クリスの精霊獣だ。小型化すると猫のようだが、実際は牛より大きい猛獣型だ」
あの白と黒の縞模様と、斑点の付いた茶色と、真っ黒と赤茶色の猫が猛獣に?
精霊獣ってそういうものなのか。
「あの、ぱたぱたと小さな羽根で飛んでいる黒猫は?」
「娘の風の精霊獣だ」
「はあ」
「今出てきた炎を纏ったフェンリルみたいなのと、白い蛇のようなのも娘の精霊獣だ」
「白い蛇のような獣も最後に出てきた獣も見たことがありませんな」
「あれは麒麟。蛇のような生き物が竜というらしい。精霊王に見せてもらった本に載っていた獣だそうだ」
「ほお」
もう訳がわからん。
小型化しているというのに、フェンリルのような火の精霊獣は他の精霊獣を全部背に乗せても余裕の大きさなんだぞ。
「一番大きいのが竜で、このホールの天井いっぱいになるくらい長いんだ」
「小型化したままでいてください」
「私の方が年下なのだし、敬語はいりませんよ」
やめてくれ。この人に敬語を使われるのは、こわい。
胃が痛くなってきた。
ようやく出てきた兄妹は、同じ人間とは思えない美しさだった。
父親の顔に母親の美しさを足したらこの顔になるだろうと言われるくらい、クリスが美形だという話は前から聞いていた。この美しさで更に神童とは、どうなっているんだベリサリオの家系は。
噂の妖精姫は、その女の子版だ。
金色の髪に紫の大きな瞳。精霊王に愛されるのも納得できる。
ただ全く表情がない。人形の方がまだ感情豊かな顔をしている。
子供ならもっとこう、緊張して強張った顔になったり照れ笑いしたり、何かあるだろう。
少し上に視線を向け、遠くを見ているのか、それとも人間には見えない者を見ているのか、周囲の人間をまったく見ていない。
「宰相、私が案内するよ」
まさかこの場に皇太子が登場するとは。
わざわざ臣下を出迎えに来るのはどうかと思うが、親しい様子をアピールするにはいい機会なのだろう。
私は喜んで退散させてもらおう。
「胃薬あるか」
「私も欲しいです」
しばらく執務室に閉じ籠ろう。
積み上げられた書類とインクのにおいが恋しくなるとは思わなかった。
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