十三歳になりました! 1
結論を先に言うと、フェアリーカフェオープンは大成功でした。
私ね、開店日には店に出て挨拶したり、お客さまとお話して料理の感想を聞く気だったのよ。
でも、高位貴族のご令嬢がそういうことはしたら駄目に決まっているだろうと、家族全員に反対されてしまったわ。
妖精姫が顔を出しているなんて知れたら、一目見ようと押し掛ける人も出るかもだし、辺境伯御令嬢が自ら営業しているなんて恥ずかしいことなんですってよ。
貴族達からしたら、妖精姫必死だなって笑っちゃうような行動らしい。
あくまで私は裏方で、開店する直前まで準備を怠らないようにして、開店したらスタッフを信用して任せないといけないのね。
じゃあ何もしなかったのかというと、そんなことはない。
開店前日にお世話になった方やカミルと近しい人達を招待して、開店記念のパーティーをしたのさ。
ルフタネンのご令嬢達に会うのは初めてだから、この女がカミルを奪ったやつなのねって、敵意をぶつけてくる子がいるんじゃないかって、わくわく……いえ、ドキドキしてたのに、全くそんなことはなかったわ。
「やっとお会い出来ましたわ」
「想像していたよりもっと可愛らしい方だわ。なんて綺麗な髪なのかしら」
「北島に嫁いで来られる日が待ち遠しいわ」
目をきらきらうるうるさせて、それはもう大歓迎よ。
精霊王を叩き起こして西島に恩を売り、カカオの大量買いで南島に恩を売り、囮になって第三王子と第四王子を成敗したことで王宮にも恩を売った妖精姫が、カミルと婚約するってことで、北島は今、発言力爆増し中なんですって。
北島の人と縁組したいって貴族も多くて、男子も女子もモテモテ。
そこにフェアリーカフェオープンして、夏以降はパック旅行で観光客を連れてくるっていうんで、カミルと私の評判は天まで昇りそうな勢いよ。
敵対なんてしたら、その子が島から追い出されちゃう。
「すぐにお友達が出来そうでよかったわね」
って両親は安心したみたいだけど、よくないわよ。やばいわよ。
ルフタネンの人達は、私をどんな子だと思っているの?
清楚で優しくて、聡明でかわいい? ダレソレ? ワタシワカンナイ。
本性がばれたら、かなりがっかりされるわよね。
でも三日持たせる自信さえないわよ。
どうしようどうしよう。みんなの期待が重すぎる。
……あ、そうだ。
ご令嬢達さえ、本性がばれても仲良く出来ればいいのよ。
他の人達とはそんなに話す機会はきっとないでしょ。
エルダに頼んで、恋愛小説をルフタネン語に翻訳してもらおう。
それをお茶会で配って賄賂にしよう。
「少なくとも、囮になる前に話した北島の貴族達には、本性ばれているだろう」
私がみんなが誤解しているって話したら、カミルには何を言ってるんだって顔をされたけどね。
「あの時はご令嬢らしくしていたでしょ!」
「え?」
「こんな可憐な少女に囮をさせるなんてって、気にしていたじゃない」
「……可憐?」
もういい。カミルに相談しても駄目だ。
たいていのことは、可愛いですませばいいと思っているやつだ。
女性同士の社交の場での立場は、自分で築いていかないと。
フェアリーカフェのバタバタがようやく落ち着いた頃、今度は私の誕生日会がベリサリオで開催される。
私も十三歳ですよ。
前世の日本でも中学生よ? ティーンエイジャーよ。
アゼリア帝国人は大人っぽいから、パーティーのために化粧をしてドレスを着た私は、成人していると言っても通るくらいに大人っぽい。
そりゃあまだあどけなさは残っているよ。でも長い睫に縁取られた少し目尻が下がり気味の目の中で、宝石のように輝く美しい紫色の瞳でじっと見つめたら、たいていの男は虜に出来るんじゃないかってくらいかわいい。……顔だけは。
中身はもうしょうがないよね。
今更もう変えようがないし、これが私だし。
でももう中身の年齢を気にすることはほとんどなくなって、前世のことは遠い夢のように感じる。
十三歳から中学生だと記憶しているけど、それが正しいかもよく覚えていない。
ウィキくんで確認して、ああそうだったっけって思う回数がどんどん増えていく。
日本語だって、ウィキくんを朗読しているからかろうじて覚えているけど、発音があっているかはだいぶ怪しい。
日本語を忘れたらウィキくんを読めなくなっちゃうから、それだけ時が経ったら、もう前世に頼らないで自力で生きていきなよってことなのかな。
家族に愛されて、婚約者も出来て、こうして十三年もこの世界でやってこられたんだから、もう前世のことは少しずつ忘れた方がいいってことかもしれない。
「ちょっと寂しいし不安ではあるかな」
ウィキくんを読めなくなって前世のことを忘れたら、私はどこにでもいるただのご令嬢だ。
それでも精霊王達も家族も変わらずに接してくれるだろうけど、まだもう少し今のままでいたい。
そう思うのは我儘かな。
「ディア様? 準備出来ましたよ?」
いけない。
鏡台の前で考え込んでしまっていた。
「カミル様がくださった宝石がよくお似合いですわ」
「本当に。女性は殿方に愛されるとどんどん美しくなるもんです。ディア様は輝いていますよ」
「シンシア、ダナ、ありがとう」
上部はベリサリオの色であるアクアマリン色で、スカート部分は幾重にも白いレースを重ね、紫の花をかたどった飾りがついたドレスを着た私は、とても肉串を持って街を走り回る子には見えないわよ。
「やっぱりこれは持っていたいかな」
私のドレスには全部、スカート部分に小さなポケットがついている。
マジックバッグにしてあるから、大きなものもはいるわよ。
ポケットから取り出したのは、以前ルフタネンに行く時に皇太子にもらった如意棒のような魔道具だ。
普段は扇と同じくらいの長さの棒は、長く伸ばすと自動で太さも変わる。
槍くらいの長さにすると、持ち手の太さも槍くらいになるのよ。
最初はびっくりしちゃったし重いしで落としてしまって、自分の足にぶつけそうになった。
「いざという時のために自分でも戦えないと」
ニコデムスはまだ私を聖女にしようとしているらしいから、あまり人が集まる場には出たくないけど、今年は戴冠式があるから出ないわけにはいかない。
ドレスを着ている時に戦うには、剣の長さじゃスカートが邪魔になりそうでしょ?
魔法を使え?
それは精霊獣にまかせて、同時に私が物理攻撃出来る方が強いわよ。
槍だと長すぎるかな? 薙刀くらい?
どのくらいの長さだっけ?
剣と薙刀では武器の使い方が違うわよね。
こう、剣道みたいにして、脛! って……。
ガシャン!
「ぎゃーーーー!!」
鏡台の鏡を割っちゃった!
うええええん。四歳の誕生日にお父様にいただいた物なのに。
「どうなさったんですか?!」
「ディア様?!」
部屋にジェマとネリーが飛び込んできた。
ふたりともパーティー会場で私の傍にいられるようにドレス姿だ。
「鏡を割っちゃった」
「お祝いの日に何をしているんですか。お怪我はありませんか?」
「大丈夫」
心配そうなネリーに答えながら如意棒もどきを元の長さに戻す。
ポケットにしまおうとして、ジェマに睨まれているのに気付いた。
「ディア様。それを伸ばしたんですか?」
「そうよ。念のために会場に持っていこうと思って」
「室内で長くしたら、いろんなものに当たるのは当たり前でしょう。壁や天井に武器が引っかかる危険もあるんですよ」
「なるほど。槍ぐらいの長さにしてたわ」
「槍は振り回さないで、突いてください。力があまりないのに振り回していたら、攻撃が遅くなるし隙が出来ます」
「もっと早く教えてよ」
薙刀も室内では無理かも。
振り回して、横や後ろにいる味方に当てそう。
突くのか。いいことを聞いたわ。
「鏡を割った?!」
家族が集まっている部屋に行ってすぐ、ちゃんとお父様に謝った。
結構気に入っていたから、鏡だけ新しくしようかな。
「怪我はないのかい?」
「どうして鏡が? ひびでも入っていたの?」
心配してくれる両親に、如意棒もどきを振り回していたとは、非常に言いにくい。
「普通なら、祝いの日に鏡を割るなんて不吉だと言いたいところだけど、ディアの場合、いつものこと過ぎて、十三になっても変わらなくて嬉しいような気がするよ」
クリスお兄様、私はそんなには物を壊していませんよ。
「鏡台いるの? 化粧も髪も侍女がやるんだろう? ディアって鏡見るの?」
「殴っていいですか?」
拳を握ってアランお兄様に詰め寄ったら家族に笑われた。
カミルも今、笑ったわね。見たわよ。
「四歳の時に贈った物なら、もう九年も使っているんだ。今度はもう少し大人っぽいものをプレゼントしよう」
「お父様、ありがとうございます」
今日はスザンナとカミルも家族の一員として、一緒に並ぶことになっている。
スザンナはもう正式なクリスお兄様の婚約者だから、こういう場で少しずつベリサリオの一員として行動して慣れていかないとね。
「カミルは番犬の代わりに呼んだんだから、ちゃんとディアを守るんだぞ」
「言われなくても、傍を離れる気はないよ。どうせ、いろんな男が近付いて来るんだろ?」
来ないよ?
それに異国の公爵を番犬呼ばわりはやめてください、クリスお兄様。
「すごいな。兄上にすっかり信用されてるな」
「アラン、そうじゃない」
家族でがやがやと話していたらお客様がだいたい揃ったと連絡が来たので、今日のパーティーの会場に向かう。
今日は三階まで吹き抜けになっている、城で一番大きな広間を使うの。
ベリサリオの家族が並んで二階部分の廊下に姿を現すと、会場が大きな拍手に包まれた。
自分で言うのもなんだけど、うちの家族って見た目が華やかでしょう?
そこに美人さんのスザンナと、異国系イケメンのカミルが加わってさらに迫力が増したはず。
身分も財も権力もあり、美形揃いで仲がいい理想の家族だと思っている人もいるんだろうな。
仲はいいわよ?
でも見た目と違って家族の会話はかなり砕けているし、それなりにそれぞれ苦労もしているよ。
権力には重責がつき纏うし、お金があれば甘い汁を吸おうと近付いて来る人も多い。
そこにニコデムスとかニコデムスとかニコデムスとか。
誕生日が来て私はパワーアップしたんだから、近付いてきたら今年こそ潰してやるんだから。
「ディア、気を付けて」
「ええ」
正直、この状況で階段を降りるなんてやめてほしい。
ヒールのついた靴で、ふんわり膨らんで足元の見難いドレスを着て階段を降りるって、かなり高度なミッションよ。
「転びそうになったら抱えるから、悲鳴はあげないでくれよ」
「転ぶの前提で話さないでよ」
もうめんどうだから途中から少し体を浮かして、歩いている振りで足だけ動かしたわよ。
顔はしっかり微笑を貼り付けて、会釈なんかもして。
「あ、靴が脱げそう」
「ちゃんと歩けって」
「ディア、少しは緊張しようよ」
せっかく気取って微笑んでいるのに、両側からごちゃごちゃ言わないで。
特にアランお兄様は、腕を掴んで支えようとしないで。
階段降りるのがこわいんだってバレるでしょ。
カミルは、俯いて笑わない!
無事に階段を降りたところで、横に一列に並ぶ。
アランお兄様だけエスコートする相手がいないのが気になるのよね。
パティはまだ正式に婚約してはいないけど、カミルがここにいていいのならパティだっていいんじゃないの?
お父様が挨拶している間に、目でパティを探してしまったわ。
公爵家は最初に挨拶するから、ちゃんと一番前に御家族の方と一緒にいるのをすぐに見つけられた。
外国からのお客様もけっこういるのね。
挨拶するの、時間かかるんだろうな。
「お誕生日おめでとうございます」
「ありがとうございます」
「皆さん婚約者といるのでしたら、うちのパティも誘っていただけませんかな?」
おお、私が言うより早くグッドフォロー公爵が言い出してくれたわ。
「よろしいのですか?」
「もちろんですとも。むしろお願いします。パティもそうしたいだろう?」
「はい」
照れくさそうに頷くパティがめっちゃかわいい。
アランお兄様が嬉しそうでほっとしたわ。
「ディア、おめでとう!」
「ありがとう、パティ。アランお兄様、ひとりで寂しそうだったのよ」
「私だって呼んでいただけなくて寂しかったわ」
「だってよ」
カミルに横腹を肘で突かれてアランお兄様は横目で睨んでいたけど、口元が緩んでいるわよ。
「お誕生日おめでとう」
「ディア、おめでとう」
グッドフォロー公爵家に続いてパウエル公爵家、ランプリング公爵家と挨拶が続く。
パオロは秋に結婚するミーアと一緒よ。
カミルは外国人だから居心地の悪い思いをしたら嫌だなって心配だったけど、彼って身分が高い人ほど好かれているのよね。
皇太子とはたまに会っているみたいだし、パウエル公爵はカミルがお気に入りだ。
三大公爵家が仲良くしているのに、カミルに文句を言うやつはいないだろうと、その時は安心していたんだけどな。