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それぞれの立場

あけましておめでとうございます。

本年もよろしくお願いします。

 グッドフォロー公爵家の寮に到着して、案内された部屋に足を踏み入れてすぐ、くるりと踵を返して帰りたくなった。

 この部屋の雰囲気はなんなの?

 特にモニカは怒っているようで、私が来たことに気付いてもにこりともしないのよ。

パティは困っていたみたいで、私とエルダの登場にほっとしていた。

 

「こんな時間に呼び出してしまってごめんなさい。ぜひ、ディアとパティには第三者の意見を聞きたかったの。私は少し感情的になっていると思うから」


 いつもはほんわかと優しいモニカが、背筋を伸ばして椅子に浅く座り、固い表情で話し始めた。


「エルダとエセルも意見があったら教えてね。エルダはディアの側近として、エセルは私の護衛としてここにいるけど、友達でもあるのだから」

「エセルが学園にいる間の護衛になったと聞いていたけど、もうすっかり近衛騎士みたいね」

「そうでしょ? まだ騎士になれたわけじゃないけど、ひとまず第一関門突破ってところね」


 エセルはドレスではなくて、騎士の制服を着ていた。

 紺色の地に白と赤のラインのはいった服は、近衛騎士団の制服と同じデザインで色違いだ。学園内ではその上に制服の上着を着るんだって。

 ベリサリオの騎士団にも女性はいるけどほとんどが魔導士なので、乗馬服のような服の上にローブを着ているから、騎士の制服を着ている女性はかなり珍しいのよ。


 今まで学園内では、皇太子に近衛の護衛はついていなかったのに、婚約者にはしっかりつけておくなんて、そんなに学園内の雰囲気がやばいのか皇太子が心配性なのか。両方かな。

 ニコデムスに私が狙われたせいで、こんなところにまで影響が出ているのね。


「似合っているわ。素敵」

「ありがとう」


 エセルも、すっかり顔つきが大人びた。

 学園が始まる前から訓練と実務で忙しくて、皇宮の宿舎に泊まり込んでいたと聞いたから、だいぶ鍛えられたのかもしれない。

 騎士の訓練って大変だと思うのよ?

 でもエセルの表情は輝いて見えるから、やりがいを感じているんじゃないかな


 モニカが一番奥の席で、カーラがテーブルを挟んで向かい合う位置に座っているので、私が座ったのはパティの近くの、ちょうど審判席みたいな位置よ。

 パティとエルダに挟まれているから、私が審判長ね。


「つい先日、叔母様とヨハネス侯爵が離婚したことはみんな知っている?」


 その場にいる全員知っていたのを確認して、モニカは話を進めた。


「その席でお爺様が、ハミルトンが成人したらすぐに当主を譲り、侯爵は引退するように言ったの」

「え? そんなにヨハネス侯爵家ってまずいの?」

「そうするしかないわよね」


 驚いたのは私。納得したのはパティよ。

 エルダとエセルは無言で話を聞いている。


「あなた達の反応に安心したわ。普通はそういう反応になるわよ。ヨハネス侯爵は社交の場にはほとんど出席しないで、若い芸術家や友人と自分の領地で遊んでいたでしょ? 公の場に出るのは叔母様に任せきりだったの」


 そうやって聞くと、ヨハネス侯爵って昔から好きなことしかやってこなかった人なのね。

 観光業で成功していると聞いていたから、若いのにやり手のイメージがあったのに、婚約者候補の時の対応が悪かったのはなんだったんだろうって思っていたのよ。


「叔母様は短気だし愚かだと家族に怒られていたけど、でも社交界で注目されて、御令嬢達の派閥のひとつを作っていた人でもあるの。だから自分を大切にしない侯爵を痛い目に合わせたくて、ずいぶん前から、彼は若い女性ピアニストや画家と浮気している。私は邪魔者扱いされていると友人に話して、侯爵を悪者にしていたの」

「私、その話をお姉様に聞いたことがあるわ」

「高位貴族の間では、ヨハネス侯爵の女好きは有名だって私も聞いたわ」


 パティもエルダも知っているの?

 領地に引きこもっていたから、そういう話に私は疎いわ。

 つか、カーラも驚いているんだけど大丈夫?


「自分のプライドより、侯爵を悪者にする方を選んだの?」

「たぶん、いずれ離婚する時に侯爵家を潰す気だったんじゃないかしら」


 こわっ!

 自分の子供のことは考えないの?


「だから真実の愛のあの噂が流れても、また相手を変えたのかとしか思われなかったのね。あの噂って、要は愛人に旦那様を取られる話じゃない? しかもその愛人は正妻が亡くなったばかりの金持ちの家に後妻で入って、財産をしっかりふんだくって次の男に乗り換えた女なのよね?」

「エルダ、あっているけど言い方ってものがあるわ」

「皇太子殿下の婚約者様はこんな言い方しちゃ駄目だけど、私はいいの」


 立ち位置が変われば、同じ話も全く違う様相を呈してくる。

 貴族の奥様方が、どちらの味方になるかなんて考えなくてもわかるじゃない?


「それなのにヨハネスの生徒が学園の廊下で、ノーランドはハミルトンが成人したら跡を継がせて引退しろって侯爵に命じた。離婚されたから逆恨みして、辺境伯家のくせに侯爵家を乗っ取る気だって、大声で喚いたの」


 うわ……終わった。それで皇太子まで動いたのね。


「そん……な、だって……あの時は家族しかいなくて」

「侯爵が愛人に話して、彼女がまた噂を広めたんでしょ?」


 エルダの説明にカーラは口元を手で押さえて、目を見開いて固まっている。

 いやむしろ、カーラが驚いているのがびっくりなのよ。


「フランセルだっけ? 彼女が広い視野に立って物事を考えられる人じゃないのに、行動力だけはある一番まずいタイプの女性だというのはわかったわ」

「ディアが一番辛辣じゃない?」


 エルダが横から口を挟んできたけど無視。

 あなたにだけは言われたくないわ。


「こうなったらもうノーランドも放置出来ないの。これは民族問題にもなり得る話だということで、コルケットも動き出して、ヨハネス侯爵領との一切の関係を打ち切るという話になっているの。両辺境伯を敵に回そうと思う貴族は帝国にはいないわ。まともな貴族はもうヨハネス侯爵領で夏を過ごそうとは思わないでしょう」


 モニカの厳しい言葉に、全員無言になってしまった。

 観光業で成り立っていたヨハネス侯爵領から、観光客がいなくなったらどうなるの?

 

「ベリサリオはどうなの?」


 小声でパティに聞かれて首を傾げた。


「うちは、戴冠式やその前後に押し寄せる観光客への対応が忙し過ぎて、他領のことまで気にしていられる状況じゃないの」

「ベリサリオはいつも気にしていないでしょ。いたっ」


 余計なことを言うエルダの横腹を肘で小突く。

 この深刻な雰囲気の中で、いつも通りにしていられるエルダはすごいわ。


「あれ? ってことは、ベリサリオにもっと観光客や避暑の人達が押し掛けてくるってこと?」


 やばい。もうベリサリオのホテルはいっぱいよ。

 

「エルダ、あなたも他人事じゃないからね。ブリス伯爵領も巻き込むわよ」

「妖精姫にご指名いただけたら、お父様は小躍りして喜ぶわよ」


 冗談ではなく、もうベリサリオだけじゃ対応出来ないわよ。

 でも戴冠式は絶対に成功させなくちゃ。


「ともかくベリサリオは中立だから。ノーランドとコルケットもこの忙しい時期に何をやっているのよ。今度の戴冠式は精霊王達が祝福してくれる予定になっているのよ」

「よかった。妖精姫のあなたが、そう言っていたと皇太子殿下に報告出来るわ」

「え?」

「ノーランドもコルケットも民族問題になってしまったら、行動しないわけにはいかないのよ。領内の貴族達がヨハネス侯爵を許すなってうるさいの。でもベリサリオが今は大事な時期だから、皇太子殿下にこの問題はお任せしようと言ってくれれば、それならベリサリオの顔を立てようということで納得させられるの。ベリサリオにはお世話になっているんだもの」


 そこに更に妖精姫が、精霊王の関わる戴冠式に泥を塗るの? って言い出せば、それぞれ蘇芳と翡翠と付き合いのある辺境伯家としては、大人の対応をしないといけないってことね。


「めんどくさ……」

「貴族をまとめるって、本当に大変よね」


 苦笑いするモニカは、もうすっかり皇太子の婚約者の顔になっている。

 お妃教育のせいか子供らしい雰囲気は消えて、仕草も洗練されて別人のようだ。

 それでも、たまにほんわかとしたモニカらしさが顔を出して、それがとても魅力的だ。


 みんなどんどん大人になっていくのね。

 おかしいな。大人だったはずの私の精神年齢が、みんなより低い気がしてきたぞ。


「それに皇帝即位後、貴族の大規模な移動が行われることになっているの。地方から中央に領主が戻ったのに、まだ新しい領主が決まらずに国が運営している土地や、毒殺事件で減ってしまった貴族の分、侯爵家が足りなくなっているでしょう? 今まで何年もかけて検討してきた移動を、来年にかけて一気に行う予定なの」

「じゃあ、ヨハネス侯爵家は……」

「降格されて地方に移動になると思うわ」


 これはもうどうしようもないわ。

 ノーランドは今まで何を言われても我慢して、どうにかヨハネス侯爵家を守ろうとしてきたのに、本人達が好き勝手しているんだもん。

 今頃ハミルトンも皇太子から同じ話を聞かされているのかしら。

 十歳の子に、こんな話をしないといけないなんて。


「というところまでが現状の説明よ」


 モニカは今までの厳しい表情と声ではなく、少しだけ明るい声で言った。


「これからは、どうしたらカーラとハミルトンのダメージを少なく出来るのか考えてほしいの」

「モニカ」

「お爺様達は、あなたとハミルトンのことを心配しているの」

「……ええ」


 よかった。

 モニカはちゃんとカーラのことも考えてくれていたのね。

 でもかなり頑張らないと、カーラの評判っていまいちだったはず。

 特に高等教育課程の女生徒に、毎日カフェに来て男子生徒や留学生に話しかけているってことで、悪い印象を持たれていたって聞いたわ。


「ここで挽回出来ないと、評判に傷がついて結婚相手も決まらなくなるかもしれないもんね」


 エルダのせいで、少し明るくなったカーラの表情が、また暗くなっちゃったわよ。


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本作の書籍版1巻~6巻絶賛発売中。

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― 新着の感想 ―
[一言] ヨハネス侯爵、芸術家気取り(あくまで気取っているだけ)のおバカ放蕩領主でしたか……。 そして有能なブレーン(代官)がいるわけでもなく、外的要因のみで潤っていたと。 (そして、侯爵家だけが左遷…
[気になる点] 「エルダ、あなたも他人事じゃないからね。ブリス伯爵領も巻き込むわよ!城造りよ」 「妖精姫にご指名いただけたら、お父様は小躍りして喜ぶわよ」
[気になる点] 「ベリサリオはどうなの?」  小声でパティに聞かれて首を傾げた。 「うちは、戴冠式やその前後に押し寄せる観光客への対応が忙し過ぎて、他領のことまで気にしていられる状況じゃないの」 「デ…
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