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ひんやりシート

第五章スタートです。

 ルフタネンから戻って一週間、うちの家族は全員、とんでもない忙しさの中に放り込まれた。


「えーーー! どうなってるの?!」

「戴冠式があるからじゃないか?」


 寮の私の部屋と城の家族用の居間を、空間魔法で繋いで行き来出来るようにして、お母様とアランお兄様と私が話している周りでは、執事達やフェアリーカフェのメンバーがばたばたと仕事をしている。

 お母様を守ることになったシロは、小型化した精霊獣が顕現した姿でうろうろしているベリサリオ城がすっかり気に入って、私やお兄様達が傍にいて安全な時は、ふらふらと散歩に出かけてしまうようになった。

 さっき廊下から黄色い声が聞こえていたから、シロが侍女達に愛想を振りまいたんだろう。


「パック旅行、来年にした方がよかったかしら」

「あれは、ベリサリオは通過するだけでも平気ですから、このままで大丈夫だと思います。別館はもう空きがないんですか?」

「まだ大丈夫よ。というより、ある程度お付き合いがある方しかお受けしていないの。予約出来るというのがステータスになっていいでしょう?」

「その分、海辺のホテルがもう満室だって」

「まだ一月なのに?!」


 誤解しないでね。

 戴冠式に招待している外国のお客様は、国が皇都のホテルや屋敷を用意しているの。

 今問題になっているのは、戴冠式でお祭りになっている帝国に、いい機会だから遊びに行こうという外国のお客様と、ベリサリオで夏を過ごしたいという国内のお客様が同時期に押しかけてくるってことよ。


「精霊講習、やめます?」

「今更やめられないでしょう?」


 まさかこんなに客が集まると思っていなかったから、留学生が学園で受ける講習と同じように、精霊に魔法を教えますよって各国の外交官に宣伝しちゃったのよ。

 今年もまた慌ただしい一年になりそうだわ。

 

「アランお兄様、新素材のほうは間に合いそうなんですか」

「ビーズ状にするのは道具が揃わないから無理。でもシート状はいける。新しい玉座には間に合うよ。それとルーサー、例のやつ持ってきて」


 ルーサー相手に例のやつっていうと、やばい物を持ってきそうなんだけど。

 合法的なものにしてよ。


「……何が違うんですか?」


 ルーサーがテーブルに置いたのは、瑠璃にもらったクッションの中身をシート状にした物と見た目は一緒だ。少しねちゃっとしているような気がしないでもない。


「さわってみて」

「う……」


 こわごわと人差し指で突いてみて、ひんやりした感触に思わず顔がにやけた。

 ひんやりシートだ!


「冷たい! これを枕にしたら暑い国で喜ばれますよ。間違いなく売れます!」

「だろう? ロイがおもしろがっていろいろ混ぜているうちに出来上がったんだってさ」

「彼を学園でスカウトした私天才」


 よし。これでデッキチェアを作ろう。

 ルフタネンでは夏は日に焼けて、冬は白い肌に戻すのがステータスなら、プライベートビーチを作って、白いデッキチェアに座って日光浴出来るようにしようよ。

 ベリサリオにも、城と別館の間の中庭にプール作っちゃう?

 そこにバーも作って、デッキチェアを並べて、冷えたワインや軽食を楽しみながらおしゃべりするのはどうよ。


「こういう案はどうですか?」

「人がたくさん来て困るって話しているのに、余計に客が増えそうなことをなんでするんだよ」

「素敵! それでお茶会をしようかしら」

「母上、ちゃんと止めてください」

「ディ……」


 寮の私の部屋から城のほうに来ようとしていたレックスが、アランお兄様が焦っている様子を見て、そのまま引っ込んだ。

 もう辺境伯家の傍で仕えている人は、私が空間を繋げていても気にしない。

 便利だもんね。慣れってこわいね。


「失礼します。旦那様とクリス様がお戻りになられました」

「まあ、お出迎えしなくては」

 

 部屋に入ってきたお父様とクリスお兄様も、奥の壁の一部が寮に繋がっていても驚きはしなかった。

 それどころじゃないのよ。忙しいのよ。

 お父様は戴冠式に向けて警備態勢の構築をしながら、日常の領主としての仕事もしなくちゃいけないし、ルフタネンとの新素材の協力体制作りや、パック旅行の客の出入国の手順を決めたりもしないといけないでしょ。

 なんて働き者なんでしょう。

 クリスお兄様は皇宮で戴冠式の準備で大忙しよ。


 だから新素材についてはアランお兄様とフェアリー商会メンバーが中心でやって、私は商品のアイデアを出しつつ精霊講習の準備もしていたの。

 お母様は戴冠式やその前後に使用する家族全員の衣装のチェックや、ベリサリオにもお客様を招くからその準備があるのよ。

 私が一番暇そうだなんてことはないわよ。気のせいよ。


「ずっと空間を繋いだままなの? ディア、魔力大丈夫かい?」

「はい。そのくらいの大きさなら自然回復で賄えます」

「また魔力増えたの?!」


 そんなことはないんじゃないかな。

 魔力を使うのも運動するのも、もう生活の一部で毎日しているから、増えているかどうか気にしていなかったわ。


「転送陣を使うより部屋同士を繋いだ方が早いでしょ? それより、また予約が増えているのよ」


 お母様の話を聞きながら、お父様はテーブルに出したままになっていたシートを指先で押してみて、楽しそうな顔になってクリスお兄様を手招きして、腕を掴んで押し付けた。


「つめたっ」

「おもしろいな」

「これは……精霊王に教えていただいた素材の作り方を公開して正解でしたね。こちらの方が売れそうです」

「そんなに売れるか?」

「熱がある時に頭に乗せたらいいんじゃないですか?」


 うわ。その手もあったか。

 むしろ、そっちが本来のひんやりシートの使い方だったかも。

 安眠ばかり話題にしていたから思いつかなかったわ。


「ディアも商品をいくつか考えていたから、フェアリー商会で扱いましょう。でも、これ以上急激に手を広げすぎるのもどうかと思うのよ。この辺りで一回、今ある商品の品質をあげたり、生産体制を整えるのもいいのではない?」

「いいね。きみはいつもたよりになる」

「あなたも子供達も忙しすぎるんですもの。もう少しゆったりと家族で過ごす時間が欲しいわ」

「私もきみと過ごす時間が足りないと思っていたところだよ」


 あっちはほっといていいかな。

 それより問題は、予想外に観光客が集まることよ。


「これは、ヨハネス侯爵が離婚したことが原因なのかしら」

「ん? なんの話?」

「予想外に国内からの予約が殺到しているんだよ。ディアはその原因を気にしているんだ」

「ああ、今回は僕も予想外だったよ。まさかここまでヨハネス侯爵領の人間が愚かだとは思ってもみなかった」


 椅子に腰を降ろしたクリスお兄様は、ひんやりシートが気に入ったみたいで話しながら指先で押している。

 でもそれ、ちょっと臭い気がするのよね。


「あのくだらない噂はもう広まっていないよ。ノーランドからの観光客が減ったせいで、売り上げが落ちてやばいと気付いた人達が、今度はフランセルが悪女だって噂しているとエルダが言っていたよ」

「その時点でもう遅いんだよ。観光客が減ったということは、もうノーランドに例の噂が知られてしまっているってことだろう? 下手したらこれは民族問題になりかねないんだ」


 ノーランドもベリサリオと同じで、中央の帝国民とは民族が違う。

 その分団結力も強いし、辺境伯家は民族の長のようなものだ。

 ノーランドから避暑にヨハネス侯爵領に行く人が多かったのは、クラリッサ様がいたからなのに、若い愛人を作って子供達を悲しませた男の領地に、わざわざ足を運ぶわけがないのよ。

 しかも真実の愛だなんていう噂が流れているのを放置しているんだもん。


「貴族の中にも例の噂を嬉しそうに話すやつがいるって、信じられるかい? モニカが婚約者に決まって、戴冠式が行われるこの時期に、まさかノーランドを怒らせるようなことをするなんて思わないじゃないか。今後の対応によっては、もっとベリサリオに客が集まってしまうよ」


 ヨハネス侯爵家は、マジでやばいんじゃないかな。

 ここでちゃんと対応しないと、取り返しのつかないことになりそう。

 でも私が何かすると面倒なことになりかねないし、今は様子見するしかないと思うの。


「クリスお兄様、臭いですよ」

「えっ?!」


 私の一言で、家族だけでなく部屋にいた全員がクリスお兄様に注目した。


「僕、臭い?」

「そのシートが、ちょっと臭いんです」


 ゲッとした顔をして自分の手の匂いを嗅いだクリスお兄様は、うっと顔をしかめて、その手をどうにかしようと周囲を見回した。

 アランお兄様が椅子ごと手の届かない位置まで逃げたってことは、なすりつけられると思ったんだろうな。


「どうぞ」


 さっと手拭きを差し出すルーサーはさすがよ。

 引っ込んだまま顔を出さないレックスは何をやっているの?


「え? いいの? はいって。……ディア……って、なんですかこれ!」


 廊下でたぶんレックスとやり取りして、エルダが寮の私の部屋に入ってきた。


「うわ、ベリサリオ城と繋がってる。ディアって本当に人間をやめている感じよね」


 うちの家族がいる前で平気でそう言う台詞を吐くのって、エルダくらいのものだと思うわ。


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本作の書籍版1巻~6巻絶賛発売中。

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― 新着の感想 ―
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[一言] 「忙しいから」の一言で超常現象を日常化してしまうベリサリオ一族(ディアドラ)…… 市販の某シートは、冷感を刺激するだけで実際には温度を下げるわけじゃないので意味がないどころか、状況によ…
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