三年目の学園生活 後編
それ以降は大きな問題はなし。
リルバーン連合国は国同士の競争意識が高くて何かと張り合っているとか、デュシャン王国の人達の帝国語の発音がなまっていて聞き取りにくいけど、それが可愛くて人気になったとか、タブークの人達は遊牧生活をしていて、国もまだ出来たばかりで教育施設がないから、特別に初等教育の授業から受けてもらっているとか、小さな出来事はいろいろあったけど、どこの国も思春期の子供は同じようなものだし、相手の性格がわかって気が合えば、国籍に関係なく友達になれるもんよ。
今年から新しい建物が、ふたつの校舎の間にいつの間にか立っていたのには驚いたけどね。
どちらの生徒も使えるカフェが出来たのよ。
そこならどの学年の生徒でも、自由に食事が出来るようになったの。昼はもちろん、放課後もカフェとして使えるのよ。
「私もそこでお昼を食べるんですか?」
「嬉しいなあ。ディアと一緒に学園で食事出来るよ」
留学生が妖精姫と会えないのはまずいということで作られたんだけど、皇太子はモニカと、クリスお兄様は私と一緒に学園生活がしたくて、反対しなかったらしい。
おい、そこのコンビ、真面目にやれ。
おかげで今年から高等教育課程に通うお友達やブリたんとも学園で会えるから、まあしょうがないかなあ。
カフェに顔を出す時は左右にお兄様達が座っていて、他国の人達の話にほとんどクリスお兄様が答えてくれるので、私はにこにこしながら料理を口に運んでいればいいだけ。
最近、クリスお兄様と会える時間がどんどん減っているから、過保護ぶりも懐かしくて、ちょっと嬉しいし、皇太子とクリスお兄様の人気のすごさを初めて実感出来たかも。
だって、もう婚約者がいるっていうのに、ふたりの周囲は女性ばっかりよ。
「他国の女性も、ふたりと親しくなろうとする人が結構いるのね」
「側室でもいいと思っているんじゃないかしら。それか……私やモニカを側室に追いやって、自分が正室にと思っているか」
「あら、あなた達を側室にしたりしたら、辺境伯全員を敵に回すのに?」
「ディア、滅多なことを言わないで」
モニカは慌てているけど、スザンナはにっこり微笑んで頷いた。
「それに妖精姫を敵に回すわよね」
「うふ。私の友達を泣かす男には容赦ないわよ。それがクリスお兄様であっても」
学園生活が平和な理由のもうひとつは、みんながびびって私の傍に来ないからなのよね。お兄様達が傍にいる時の方が、安心して他国の方も話しかけてくる気さえするわ。
自国の精霊王と会えたのは妖精姫のおかげだって噂が流れちゃってるし、壁一面を港に繋げるという派手演出をしちゃったし、得体のしれない存在なんだろうね。
他国の男を牽制しなくてはと意気込んできたキースが、全く問題がなくて驚いてたもん。
こんなにモテないと思わなかったんだろうね。ははは……。
「むしろ困るのは、私の方に近付こうとする男達なの」
モニカは深刻そうな様子でため息をついた。
女性の場合は、モテなくていいのよ。モテるのも困るのよ。
何かあったと疑われたら、実際は何もなくても婚約が破談になりかねないから。
「あ……それは私も」
「パティも?!」
「皇太子やベリサリオの兄弟の婚約者が自分に乗り換えたら、浮気だけでもしたら、彼らに勝った気になるんじゃないかしら」
スザンナもここ何か月か、かなりのモテ期到来中なんだって。
クリスお兄様から婚約者を奪った男って、それで株があがったりするの?
その結果、どんな地獄が待っているか考えられないのかな。クリスお兄様は怒らないとでも思っているの?
「彼ならいくらでも相手がいるから、すぐに次の女性に乗り換えると思っているみたいよ」
「わかってないなあ。スザンナに手を出したりしたら、家族もろとも帝国で生きていけないようにされるよ。私も協力しちゃうよ」
「その悪い顔はやめなさいよ。最近、本当にこわがられているわよ」
「私のお茶会に来る令嬢達は、話しやすくて素敵な方だって言ってたわ」
「ディアって女性にはモテるのよね」
今もね、女性しかいないもんね。
モニカにスザンナにパティって、そうそうたる顔ぶれでしょ。
精霊獣を周りに侍らせているせいもあって、誰も話しかけてこないよ。
そうじゃなくても他国の男子生徒で私に話しかけてくるの、キースとガイオくらいだもん。
お兄様達でさえ、いつのまにか皇太子より恐れられている自分の妹の状態に驚いていたわよ。
でもちょっと言い訳させてもらうと、意外とカフェを利用する生徒が少ないってことも原因だと思うの。
今回最終学年のエルトンは、今年からイレーネが高等教育課程になったから、ふたりでお昼を食べたくてカフェには来ない。皇太子が許可したとはいえ、いいのか側近。ギルに怒られるぞ。
だからイレーネもいないし、結婚を控えているミーアも見かけない。パオロにカフェに行かないでくれと頼まれているらしい。
まったくどいつもこいつもいちゃいちゃしやがって。
エルダとエセルも来ないのよ。帝国語しか話せないから。
一生帝国内で生きていくから、覚えなくていいんだと言っていた。
ルフタネンに行く時は通訳をしてくれって私に頼む子って、あのふたりくらいよ。
侯爵家以上の男性陣もね、たまにしか顔を出さないよ。
なぜかというと、今は初等教育課程の中での婚約者探しがヒートアップしているからなの。
私のお友達のほとんどが、もう婚約しちゃったじゃない?
パティや私なんて、まだ十二だけど婚約しちゃったのと同じ状況でしょ?
のんびりしていたら高位貴族のご令嬢はすぐに婚約してしまうって、男の子を持つ親御さんが焦っているのよ。
ジュードもダグラスもヘンリーもエルドレッド第二皇子さえ、まだ相手が決まっていないんだからね。
去年、コルケット辺境伯のご令嬢とパウエル公爵のお孫さんのご令嬢が初等教育課一年になって、今年はパウエル公爵の伯爵家に嫁いだ娘さんの御子息にカーラの弟、ダグラスの妹も一年生よ。
他にも力のある伯爵家のご令嬢が何人か入学するし、中央のご令嬢の中にも精霊を複数育てている方が増えてきて、カフェに行っている場合じゃなくなっているのよ。
他国のご令嬢を嫁にと思うほどには、帝国内部は落ち着いていないから、帝国内での地位を確保するための縁談がメインになるのよね。
それでも、何組かは国際結婚しそうな人もいるのよ。私もそのひとりだし。
カーラも出来るだけ実家から離れたいと言って、カフェに毎日のように顔を出して知り合いを増やしていた。
有力な伯爵家との縁談をノーランドが持ってきたのに、父親に断られてしまったらしいの。
「どうして? いいお相手だったんでしょ?」
「たぶん、ノーランドに借りを作りたくないんだと思うの。最近、お父様の愛人の人が屋敷に来るようになって」
恒例のベリサリオ寮で開くお友達との茶会の席で、カーラが驚くような話を教えてくれた。
「少しずつ女主人のように振舞いだしているの。弟とは仲良くしようとするのに、私は邪魔にされているみたいで、領地内の二十七歳の子爵との結婚を勧められたりしているのよ」
「十二で二十七の相手と?」
いくらでもいい相手に嫁がせられる娘を?
どういうこと?
「うーん、愛人に子供が出来たら跡継ぎにしたくて、それには高位貴族の知り合いの多いカーラが邪魔だとか?」
「でもハミルトンとは仲良くしようとしているんですよ。その場合、まず嫡男が邪魔でしょう?」
お兄様達の会話に私も頷くしかない。
いったい何をしたいんだろう。なんでカーラだけ邪魔なの?
「ヨハネス侯爵と愛人の考えが同じだとは限らないよ。侯爵は素直で優しい女性だと思っているんだろう? でもカーラから見たらどんな人?」
「こわいです」
クリスお兄様に聞かれて、カーラは自分の腕をさすりながら答えた。
「お友達に紹介してくれとも言われているの。妖精姫に会いたいって。きっと自分はあなたより仲良くなれるって。領地の人のためになるようなお話をしたいって」
なんで私がヨハネス侯爵領のために動かなくちゃいけないのよ。
しかもカーラを悲しませている相手のために。
「たまに視線を感じてそちらを向くと、観察するみたいに私を見ている時があって……それでこの間」
言おうかどうしようか迷っているようだったので、カーラの傍らに近付いてそっと腕に触れた。
「何でも言ってみて。勘違いでも気のせいでも何でもいいのよ」
「あの……お父様に甘えるみたいに腕に手を絡ませているところを、弟が偶然見てしまったんですって。それが、私がお父様とお話する時にたまにしていた動作によく似てるって言っていたの」
「ヨハネス侯爵のカーラ溺愛は有名だから、あなたのマネをして取り入ったってこと? すごい人ね」
スザンナはすごいと言ったけど、十二の子供と同じ仕草で甘えるって、大人がやったらあざといか、下手したら病んでいるように見えない?
カーラもハミルトンも侯爵家から離れた方がいいんじゃないかしら。
「アランお兄様、その女性のこと調べられませんか?」
「……知り合いに聞いてみるよ」
カーラやハミルトンが寮にいられる間に、私達友人達が動いて、それぞれの寮でお茶会をしている振りをして、ノーランドの人達と秘かに面会出来るようにはしたけど、ヨハネス侯爵に無断で子供をノーランドに連れて行くのは無理があるみたい。
現ノーランド辺境伯とカーラの母親が兄妹げんか真っ最中だそうだし。
何か私に出来ることはないのかな。