精霊をお届け
時間の都合で全部の部屋は見て回れなかった。
使用人の仕事部屋や調理室は専門家に任せた方がいいよね。全部ぶん投げてしまおう。
美味しいご飯が食べられるならお金がかかってもかまわないわ。
みんなの私室も予算内なら好きにしてもらおうかな。
精霊の森は王都の中心から離れていて周囲がさびれているから、ここで働いてくれるだけでもありがたいもの。
でも、これから栄えていくとは思うのよ。
精霊の森が元の美しい森になったら、精霊と会えるカフェがあるっていうだけでも来たがる人が増えるでしょ。
貴族が行き来する道なら、高価なお店が出来てくるはず。
アランお兄様に、今のうちに屋敷のための土地を安く買っておくようにお勧めしようかな。
精霊の部屋に戻って、モニカの屋敷の庭に空間を繋げた。
連絡はしておいたから、突然空間に切れ目が入っても大丈夫。案内の人がちゃんと待っていてくれた。
外に出たせいか、精霊達は少し輪郭が淡くなってしまったけど、まだかろうじて見えている。
見えなくなってしまう前に移動しようということで、ぞろぞろとモニカの屋敷に上がり込んでびっくり。一階だけかもしれないけど、もうすっかり綺麗になっていた。
「茶会を開くためとはいえ、素早いわね」
「ディアが遅いんじゃないか?」
「えー。いろんなことがあってそれどころじゃなかったじゃないですか。アランお兄様だって、最近近衛の訓練サボっているでしょ」
よく考えたら未来の皇妃の別邸にお邪魔しているんだから、もっと静かに礼儀正しくしなくちゃいけないのよね。
私もアランお兄様もエルダも、カミルまでが、知り合いの屋敷に遊びに来た感覚で賑やかに話しながら歩いていた。
でも身分だけは高くて、背後に列になってふわふわと精霊がついてくる一団に、案内する人も文句言えなくて、むしろ緊張でがちがちになっていた。
「みなさん、ようこそ。飛び入り大歓迎よ」
出迎えてくれたモニカも部屋にいた人達もみんな、皇太子婚約者の茶会だということで服装にも力が入っている。
それに比べて私達は、埃だらけの屋敷に行くんだからとコートの下は普段着よ。
「精霊のお届けに来たの。この後、カミルは皇宮に行かなくちゃいけないから、転送陣を貸していただけると助かるわ」
私達についてきた精霊達は、まだ精霊のいない人間を見つけて大喜び。
今まで精霊と巡り合うために苦労していた中央の若い貴族の皆さんも、まさか精霊に突撃される日が来るとは思わなかっただろう。
「屋敷の中に魔力が残っていたために姿が見えるようになっただけで、彼らも普通の精霊と同じです。魔力を放出して話しかけてください。気が合うと思えばついていくはずです」
よし、説明完了。
私達の用事は終わったので、このままコートも脱がないで帰りたいんだけど、それは失礼かな。
「ディアの屋敷になる場所を見てきたんだって?」
「あら、ジュードもいたの?」
「エルダこそ、なんでいるんだよ」
モニカのためにジュードも顔を出したのね。
男性も招待するなら、親族がいた方が変な噂をたてられなくて済むからね。
「風の精霊があなたを気に入ったみたいですね」
「え? あ、まあ!」
精霊が手にはいった嬉しさとカミルに声をかけられた驚きで、パニックになっている子がいるわ。
精霊を出前したおかげか、友好的な態度の子が多いわね。
「あの……おふたりはご婚約されるとお聞きしたのですが」
ようやく落ち着いたお嬢さんが、私とカミルに聞いてきた。
この質問、当分されるのかしら。
婚約するってお父様がはっきりと皇太子に報告して、他の場所でも明言しているのに、それでも自分で確かめたいのかね。本当なの? っていろんな人に聞かれているのよ。
「そうです。帝国は成人しないと婚約出来ませんが……」
笑顔で答えながら、カミルは私の肩に腕を回して抱き寄せた。
「ルフタネンでは婚約出来るので、先にルフタネンで手続きをしようと思ってます。ディアはモテるから、早く正式に婚約したいんですよ」
ぐはっ。この野郎、話しながら私の頭にキスしたわ。
いかん。ここで変な顔をしたら婚約したくないと思われかねない。
だけど人前でカップルですって顔をするのは初めてだから、どうすればいいかわからないし、背後からアランお兄様が睨んでる。
「まあ、妖精姫様、真っ赤になってますよ。かわいい!」
「え? そ、そんなことないわ」
頬に手を当てたら指先の冷たさが気持ちよかったから、だいぶ顔が熱くなってる。
恥ずかしくて俯いたら、更にカミルが抱き寄せたもんだから、楽しそうな黄色い歓声があがった。
「お似合いだわ。新年会の時に着ていらっしゃったのはルフタネンの民族衣装ですよね。素敵でしたわ」
「ありがとうございます」
私も何か答えなくちゃいけないんだろうけど、口を開いたら変な音を出しそう。
それに私達だけカップルでくっついていたら変でしょう?
招待客じゃないのに押しかけた立場なのよ?
「屋敷の管理? なんでそんな仕事をするんだ?」
「ジュード、知らないのか? 彼女、恋愛小説を書いてるんだぜ」
私達に好意的だと思っていたら、一番弱そうな子に絡もうとするやつの声が聞こえてきた。
おかげで冷静になったわよ。
顔を覆っていた手を少しだけずらして横目でそちらを見たら、嫌な笑いを浮かべた二十歳くらいの男が、ジュードとエルダのすぐ横に立っていた。
「ああ、知っている」
「知ってるの?!」
「モニカに聞いたんじゃないぞ。本がかなり売れているそうじゃないか」
ジュードの耳に届くほど噂になってるって、どんだけ本が売れたのよ。
出版すると聞いて、挿絵を描くのをやめて正解だったわ。
「恋愛の本なんて書くくらいだから、よっぽど経験豊富なんだよな?」
馬鹿が出た。
あまりに想像通りの言葉を言うもんだから笑えてしまう。
あなた、喧嘩を売る相手を間違えているわ。エルダはおとなしいお嬢さんじゃないわよ。
「私の本は恋愛中心というわけではないのよ。女の子の夢見る異国の物語よ」
「でも恋人がふたりで過ごす場面があると聞いたぞ。そんなもの書いているから、結婚してくれる相手がいないんだろ」
「あなた失礼だわ」
「そうよ。本を読んでないくせに何を言っているの」
反論したのはエルダでも私でもなく、茶会に招待されていた中央のお嬢さん達だった。
「とても素敵な物語でしたわ。私、途中でちょっと泣いてしまいましたの」
「私もです。違うお話も読みたいですわ」
「まあ、ありがとうございます。とても嬉しい」
おおお。読者がいたのね。
嬉しいだろうな。初対面の子が小説を褒めてくれて、エルダの味方になってくれたのよ。
「な……女はこれだから」
エルダに失礼なことを言うのは自分だけだと気付いて、さっきの子は慌てて友達を巻き込もうとした。
「おまえだって作家なんて貴族の職業じゃないと思うだろ」
「落ち着けよ。作家がどうこう言う前に、相手はブリス伯爵令嬢だぞ。ベリサリオの三兄妹と幼馴染で兄は皇太子殿下の側近だぞ」
いいことを言うね、友人。きみはしっかり者だ。
はっとしてエルダを侮辱していた青年がこちらを向いたので、いつでも参戦するぜという意思表示に、腕を組んでくいっと片眉をあげてみせた。
もちろんアランお兄様もしっかり不機嫌そうな顔で彼を睨んでいる。
「う……いや……」
「馬鹿かおまえ、ベリサリオを敵に回す気か」
「あら、この程度のことでそんな大袈裟だわ。新しいことに否定的な人はどこにでもいますもの」
優雅に口元に手を当てて、でも思いっきり馬鹿にした表情で言い放つエルダって、絶対に元々今の性格だったのよ。子供の時は自分をわかっていなかっただけよ。
「小説を書くって、そんな騒ぐような趣味なのか?」
ジュードが話の流れをぶった切ってぼそっと呟いた。
「え?」
「結婚相手がいないって言ってたからさ、宝石や美術品に金を使いまくったり、夜ごとに遊びまわったりされるより、家で小説を書いていた方が安心出来るんじゃないか? 何が悪いんだ?」
「意外。あなたも、否定的だと思ってたわ」
エルダに言われて、ジュードはにやっと笑ってみせた。
「まさか。うちの母上なんて弓を担いで冒険者と狩りに行くんだぞ。それに比べたら身の危険がない分ずっといい」
さすがノーランド。 趣味で魔獣を狩りに行っちゃうのか。
あれ? ノーランドならエルダの個性的な考え方も受け入れられたりして?
「ねえエルダ。今気付いたんだけど」
カミルの腕を抜け出して、小走りでエルダに近付いて肩を叩いた。
「ジュードって、あなたの縁談相手によくない?」
「はあ?! 何を言い出すの?」
「だってノーランド辺境伯嫡男で、御家族は武人揃いで考え方も型破りで、小説書いても気にしないのよ」
「あ……」
「ノーランドなら人材が揃っているから女主人の仕事も楽だし、冒険者と知り合いになれる。それに付き合いが長いから、あなたのよき理解者でしょう」
「素晴らしい!」
「何を言ってるんだ、馬鹿」
乗り気な様子のエルダを見て、ジュードは大慌てだ。
「アランお兄様、ジュードが私を馬鹿って言いました」
「言いつけるな!」
「ジュード、一度真面目に条件を考えてみない?」
「落ち着いて考えろ! おまえ、勢いで話しているだろ」
わお。ジュードがエルダに迫られてたじたじになっている。
たぶん冗談で絡んでいるだけなんだろうけど、ありえない組み合わせじゃないのよね。
エルダか私が、ちらっとブリス伯爵かお父様に話しただけで、一気に話が進みかねないわ。
でもエルダ。ジュードは皇太子妃の兄でノーランド辺境伯嫡男だし見た目もいいから、狙っている女性はたくさんいるってわかってる?
言い出したの、私だけど。
「困りましたね、お兄様。エルダって条件は最高にいいんですよね」
「うっ……」
「お父様は喜びそうです」
モニカにまで言われて、反論出来ないジュードがかわいそうになってきた。
唯一残っているベリサリオ関係者のご令嬢だもんな。
ジュード包囲網が出来るかもしれない。
「がんばれ」
女性陣に押されているジュードの姿が他人事には見えなかったのか、カミルが気の毒そうな顔でジュードの肩に手を乗せたら、ジュードはその手を乱暴に払い除けた。
「憐みの顔をするな。もとはと言えばディアのせいだぞ。婚約者なら何とかしろよ」
「無理だ」
ごめん、たんなる思い付きだった。
言ってみてから、条件がいいことにびっくりしちゃった。
「そんな嫌がらなくてもいいじゃない。失礼ね」
「エルダ」
アラン兄さまはジュードと仲がいいから、彼を助けてあげるのかな?
「いいことを教えてやる」
「あら、なに?」
「うちの兄上を味方につければいい」
「アラーーーーン!!」
お茶会の最中だというのに、ジュードってばそんな大声を出しちゃ駄目よ。
大丈夫、この場だけの冗談だから。
……冗談よね?