恋人ってむずかしい
わーい、壁ドン。いや、扉ドン?
背が高いからリーチも長くて、様になっているんだろうきっと。
壁ドンされている立場だと、よくわからないけどね。
恋愛初心者の私らしくもなく、なんでこんなに落ち着いていられるのかって?
カミルの目つきが悪くて、ぜんぜんムードないからよ。カツアゲされている気分よ。
距離が近いから、独特な虹彩がよく見える。
たった一か月なのに声変わりしたせいか、また少し大人っぽくなった気がするわ。
髪も少し伸びたよね。前髪邪魔じゃないのかな。せっかく奇麗な目をしているのに、前髪に隠れたら勿体ないのに。
「まさか、会えなくてもなんともないと思っていないよな?」
「会いたいとは思ってたよ?」
なんでそんな意外そうな顔するの?
もしかして私がカミルを好きだと思っているって信じてない?
それか、私がはっきり肯定するとは思ってなかった?
「あのね、私はカミルと婚約するって宣言したのよ?」
「……ああ」
「じゃあ、なんでそんな風に言うの?」
「俺が会いに行かないと……やっぱり全然会えないじゃないか」
「え?」
「一度くらいは転移で会いに来るかと思ってた」
あーーーー。そうか。もう私もルフタネンに会いに行けるから。
私の性格だったら、会いたかったら来ると思っていたのか。
「その発想はなかった」
「……」
「だって、この前会ってから一か月よ? いろいろあって……」
墓穴を掘っている気がするのは気のせいかな。
恋人に、たったの一か月くらい会えなくても平気って言われるのは傷つくよね。
私だって平気ってわけじゃなかったよ。どうしてるかなって考えたよ。
「ほ、ほら。私、迎賓館しか行ってないでしょ。カミルの屋敷がどこにあるか知らないし?」
「迎賓館でいいじゃないか」
「突然私が出現したら大騒動でしょ」
「そんなことない。北島の、特に俺の周りはディアに慣れてる」
それ喜んでいいのだろうか……。
「でも、カミルは忙しかったでしょ? 急に行ってもいないんじゃないの?」
「ディアが来たって聞いたら戻るさ」
「駄目よ。大事な仕事だったらまずいじゃない」
「だったら前もって連絡すればいいだろう。いや、そういう話じゃないんだ」
「無理」
「え?」
「無理無理。私から押しかけるなんて迷惑だって思われたらいやだし、うざがられたくないし」
「俺が会いに行った時、迷惑だったのか?」
「嬉しかったわよ。でも……」
え? 会いに行くのが普通なの? 会いたいからって押しかけるのは我儘じゃないの?
もう少ししたら会える予定があるのに、一か月くらい我慢出来ないのかって思われるんじゃないの?
恋人になったら、その辺はフリーパスなの? ずうずうしくしていいの?
「わかった。わかったから泣きそうな顔をするな」
「してないわよ。ちょっと混乱しているだけよ」
「会いたいと思ってくれていたならいいんだ」
私の肩にカミルが額を乗せたので、ぴきっと固まってしまった。
首筋にカミルの髪が触れている。
これ、第三者目線で見たらどんな状況なの?
カップルっぽいことをする当事者になったことがないから、よくわかんないよ。
動けないし、顔が近いから鼻息とか聞かれたくなくて、呼吸も難しい。
「まったく、なんで恋愛に関してだけいつもの行動力が出ないんだよ」
「うわあ。この体勢で話さないでよ」
もうキャパオーバーよ。
抱きしめられているのと同じようなもんでしょ、これ。
「この声、好きなんだろ?」
「やめろー。わざと低い声にすんな! って、笑うな!」
「あははは。今のディアを兄上が見たら、こんなに恋愛に疎いのかって驚くだろうな。あの時の失言を、土下座して謝るかもしれない」
「嬉しくないわ」
カミルが身を起こしたので、ふたりの間に空間が出来た。
呼吸はしやすくなったけど、くっついていた時は暖かかったんだなって、離れて気付いた。
「確かに忙しかったよ。俺も精霊王が後ろ盾になったのが国中に広まったから、各島を回ったり、南方諸島や東の島からも招待が来たんだ」
「もしかして、まだ私との婚約が正式になっていない今なら間に合うかもって、女性を紹介されたり?」
カミルだって、私がここまで恋愛音痴だと思っていなかったんじゃない?
カミルは私のために精霊王に後ろ盾になってもらうために頑張ってくれたり、帝国まで会いに来てくれたりしているのに、私は友達のことばかり心配して、カミルとは新年になったら会うんだからって放置してた。
こんな薄情なやつより、傍にいる可愛い子の方がいいと思われても文句言えない。
「……」
返事がないから不安になってカミルを見上げたら、彼は俯いて下を見ていた。
なんだろうと私も下を見て、無意識にカミルの服を掴んでいたことに気付いた。
「うっ。これは……」
「かわいい」
うわーー。やめろーー。
さっと手を引込めたのに、しっかり手を握られてしまった。
素早さでは勝てなかったわ。
「確かにどこに行っても年頃の女性はたくさんいたけど、妖精姫と張り合う勇気のある子はいなかったよ。それにディアと結婚するから精霊王は俺の後ろ盾になってくれたんだ。結婚しなかったらただの人に逆戻りだと話したら、あまりしつこくする人はいなかった」
「うそでしょ。公爵なのよ?」
「あとはシロが女の子達の注目を独り占めしてくれるから、さっさと退散すればいい」
シロって優秀なのね。
寄生って言ってごめん。
「ディアの方も学園が始まったら、最後のチャンスだと各国の男が言い寄ってくるかもしれない。来年、ベリサリオがルフタネンを訪れてから横槍を入れるのは国際問題になるからな」
「たぶん、誰も来ないと思うわ。取扱注意扱いだから」
「ともかく、ディアのための屋敷に転移出来るようになったら、きみもたまには会いに来てくれ」
「わかった。約束する。だからそろそろ行こう。アランお兄様を怒らせたくないでしょ」
「しかたないな」
カミルが後ろに下がったので、ようやく扉から離れられた。
それで油断したのよね。
気付いたらしっかり抱きしめられていた。
「ちょ……ちょっと」
「少しの間だけ」
「婚約を決めた時は私が抱き着いたら硬直していたくせに」
「積極的にいかないと、一生手を握るだけで終わりそうな気がしてきたからな」
いくら私でも、そんなことはないわよ。
両親に孫を見せてあげたいって……いや、そういうことをこの状況で考えるのはやめよう。
ただでさえこうして抱きしめられると、体格差をどうしても意識してしまうんだから。
また肩に重みを感じるから、カミルが額を乗せているのかもしれない……って、ええっ!
思わず両手でカミルの胸を押したら、意外なほどあっさりとカミルは身を離した。
「カ、カミル。今……今首にキスしたでしょ!」
「そんな大きい声で言ったら、アランに聞こえる」
楽しそうな顔で言うな!
こっちは体中の血が頭に上って死にそうよ。
「そんな真っ赤な顔をしてたら、何かあったとバレてしまうよ」
扉を少しだけ開けて、外の様子を窺いながらカミルは首を傾げた。
「アラン達がいないな。もしかして上に行ったのか?」
「上? なんで?」
「俺達に気を遣ってくれたんじゃないか? たぶんエルダって子が」
カミルの言っていた通り、一階を見終わって二階に行ったら、不満そうなアランお兄様をエルダが宥めながら歩いていた。
執事や警備の人まで玄関ホールに待機させて、私とカミルがふたりだけになれるようにしてくれるなんて、エルダってばどうやって説得したんだろう。
私が皇都にいる時だけ使うには、この屋敷は広すぎる。
でももう、ここに移動して働く予定の人が決まっているから、今更やめたとは言えない。
住み込みで働く人用のスペースをゆったりと取って、家具は全部取り換えにすることにした。
サロモン達も帝国に来た時には泊まりたいと言っているみたいだから、無駄にはならないかな。