精霊の森の屋敷へ 後編
一部変更しました。
話の流れには変化ありません。
うひゃー、生きのいい人間が来たぞ! って感じで嬉しそうに私達の周囲を飛び回った精霊達は、すぐに動きを止めて、すごすごと部屋の中に引き返して隅の方でぶるぶる震えだした。
「悪いわね、私達全属性の精霊獣がいるのよ。いない人も、魔力量で持てるギリギリの数の精霊を育てているの」
私の周囲に精霊を育てるのをサボっている人はいないのよ。
「ずっとここに閉じ込められていて、誰か来るのを待っていたのね。せっかく人が来たと大喜びだったのに。ディア、このままでは可哀そうよ」
「そうね。確か今日はモニカがお茶会をしているはずだから、そこに連れていったらいいんじゃない?」
「連れて行けるの?」
「さあ?」
エルダと顔を見合わせて首を傾げた。
「だったら精霊が欲しいって人を連れて来ればいいだろう。ディアが空間を繋げるなら、精霊を連れてだって行けるよ」
「初めて見る人は驚くんじゃないか?」
カミルは心配みたいだけど、あれだけ派手に皇族の誕生日の席で披露したから、もうみんな、私の転移魔法はおかしいって知っているのよ。
詳しく知らない人も、ともかくやばいらしいという話は聞いているみたい。
「じゃあ部屋を見終わったら、モニカのお茶会にお邪魔しましょう。エルダ、あそこに屋根が見えるでしょ? もし、この屋敷の管理責任者になってくれるのなら、あそこに住んでもらおうかと思ったの」
木々の向こうに見える屋敷も、ここよりはずっと小さいけど貴族用に作られた豪華な建物なのよ。
伯爵令嬢が住むのにはちょうどいいと思うの。
「いらないわ。もしここで働くとしても、もっと街の中心に部屋を借りるわよ。住む場所まで世話してもらうのはいやよ」
「そう? その辺りはエルダに任せるわ。でも結婚しないで小説を書き続けたいのなら、表向きの仕事はあった方がいいわよ。それに、ずっと小説だけで食べて行けるとは限らないでしょ?」
「……そうね」
窓枠に手をかけて外を見ているエルダの表情は硬い。
もういろんな人にさんざん言われている台詞だよね。私だって何度か話している。
でもエルダはもう成人して、あと三年後には学園も卒業してしまう。
貴族の常識から外れた生き方をしたいなら、かなりの覚悟とそれ相応の準備が必要よ。
でもだからって私が何もかも準備してあげてしまっては、もう友達じゃなくてパトロンだよね。確かにおせっかいすぎるかな。
「こういう道もあるよって話だから、断っても全然いいの。選択肢のひとつに入れておいて」
「うん。ありがとう」
「深刻そうだな。十八までに決めればいいんじゃないのか?」
事情を知らないカミルの問いに、エルダは俯いて首を横に振った。
「お父様に結婚相手を決めないなら家を出て行けと言われているの」
「結婚しないって決めつける理由はなんだ? 男嫌いか?」
「小説が書けなくなるでしょ。奥さんが恋愛小説を書くなんて嫌がるじゃない。結婚したら、女主人としての役割も多いし」
「女主人の仕事って屋敷の管理か? 執事がいるんだから、ある程度は任せられるだろう? ディアだって商会の仕事を一緒にやる予定だから、屋敷のほうは執事達に任せる予定だよ。つか、恋愛小説書いているくせに男に対するイメージがひどいな。空いている時間に小説書こうが刺繍をしようが好きにすればいいだろう」
カミルの想像している小説は、世間によく出回っている文学指向の恋愛小説でしょ。
エルダが書きたいのは、もっと恋愛部分をリアルに、萌え成分マシマシで書きたいのよ。
女性で小説家は少ないから、恋愛小説をいくつも書くと経験豊富なんだろうから遊ばないかと近付いてくる男もいるんだって。女が色恋の話を世間に発表するなんてはしたないっていう人もいる。
だから他の子は、誰が書いたかわからないようにしているのよ。
「あなたみたいに理解のある男は少ないのよ」
「そういう男を見つけるために、夜会に出たり、縁談相手に会うんじゃないのか?」
「いいこと言ってる」
「ディア、ちゃかすな」
そうよね。結婚するかどうかを決めるんじゃなくて、まずは結婚したいと思える男の人に会えるかどうか、十八までいろんな人に会ってみればいいのよ。
それで相手がいなかったら、その時は勘当されればいいじゃない。
「エルダって、この何年かで性格が変わったじゃない? 前はこんなに自己主張強くなかったから、家族も戸惑っているんじゃないかな」
「だって、主張しないと相手の都合のいいようにされるだけでしょ? 自分の気持ちをアピールしないと、気付いてさえもらえないのよ」
「気付く?」
「私、失恋したって話したでしょ? 子供だったから、彼も私のことを少しは好きでいてくれると勘違いしてたのね。全く相手にされないで、告白する前に失恋したわ」
ああ。前に寮で聞いたっけ。レックスに片想いだったって。
でもレックスは独り身よね。彼女いるって聞いたことないわよ。
今から告白したら……あ、レックスは私と一緒にルフタネンに行くって言ってたわ。
「あれは失恋じゃないだろ」
部屋をぐるりと見て回っていたアランお兄様が、話に加わってきた。
「あいつだけがエルダをかまってくれたから、懐いていただけだ。向こうにとっては仕事なのに、気付いてもらえるとか、好きかもしれないとか、ありえないだろう」
「そんな言い方をしなくても」
「はっきり言った方がいいよ。商会の仕事をやらせてもらおうとか、小説を書く以外やりたくないとか、エルダは毎回考えが甘いんだよ」
アランお兄様の意見もその通りだと思うけど、でもね、エルダの気持ちもわかるのよ。
恋に恋していたって仕方ないじゃない。
貴族の令嬢は、世界が狭いの。みんな箱入り娘なんだし、子供の恋ってそんなもんでしょう。
「勘当されたら平民だよ?」
「かまわないわ」
「へえ、そうなんだ。うちはブリス伯爵家との付き合いがあるから、きみを城に入れるわけにはいかなくなる。平民を茶会に誘うわけにはいかないし、学園にも通えない。友達に会えなくなるんだよ」
「……わかってるわ」
「もっとよく考えないと。本を売るにも茶会に出られるかどうかは大きいんじゃないのか? 本を買うのはほとんど貴族だ。平民で頻繁に本を買う余裕のあるやつはまだ少ないよ」
「わかってはいるのよ」
「いいや。エルダは毎回、これと決めたら極端に視野が狭くなるんだ。頑固だし。みんな心配なんだよ」
しゅんと俯くエルダの肩を、アランお兄様は優しく叩いた。
血は繋がっていないけど、子供の頃から毎年冬の間は一緒に暮らしていたから、従姉みたいな感じなのよ。
アランお兄様もそう思っているから、きついことも言うんだと思う。
「私は平民でも茶会によ……」
「ディア、向こうの部屋も見よう。あまり時間がないんだよ」
「えー」
カミルに腕を掴まれて連行されてしまった。
「あそこは本人が自分で考えないといけないところだよ。ディアに会えるとなったら、じゃあいいやって思うかもしれないだろ」
「うん……確かに。反論出来ないのが悔しいわ」
「……学園が始まったら、あの馬鹿英雄が来るぞ」
え? なんで突然そんな話?
もしかして、この話のために私を連れ出したの?
「ルフタネンとベジャイアと帝国で同盟を結ぶことになるだろう。もうニコデムスを放置出来ない」
「ちょっと待ってよ。私は何も聞いていないわよ。カミルがニコデムスを放置出来ない理由は、あの教義のせいじゃないの?」
「そうだ」
「あれは私の問題でしょう」
「……俺には関係ないっていう気じゃないだろうな」
うっ。ただでさえ声が低くなったのに、更に低くすると迫力あるわね。
ここは意地を張る場面でもないし、恥ずかしがる場面でもない。
なかなか会えないのにあんな教義を見せられたら、カミルが苛つくのは当り前よ。
平気だったら、むしろ寂しいわよ。
「言わないわよ。あなたには怒る権利があるわ」
「そうだよな。恋人としては放置出来ない」
「こ、こびい……」
噛んだ。
だって、恋人とか突然言わないでよ。
「なんでそこで驚くんだ? 俺はきみが好きで、きみも俺が好きで、いずれ婚約するんだよな」
「するわよ」
「じゃあ恋人だろう」
「わかった。わかったから落ち着いて」
どんどん前に出て来ないで。
廊下は狭いから、後退ったらすぐに壁にぶつかるから。
「ここじゃまずいな」
「なにがまずいの? どこでもまずいことは駄目よ」
私が焦っているのなんて無視で、カミルはさっさとすぐ横の扉を開けて、私の体をぐいぐい押しながら部屋に入って、閉めた扉に私を押し付けた。