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馬のない馬車

「馬車のどこを改造するんですか?」

「車輪を取ります」


 私、場を凍らせる天才よ。

 

「馬もいりません」

「それはもう馬車じゃないですよね?!」

 

 モイラさん、その突っ込みを待っていた。

 あなたを大好きになれそうだわ。


「みなさん、精霊獣を出すので驚かないでくださいね」


 一言断ってから精霊獣を顕現させる。


「これはまた……今まで見かけた精霊獣より大型ですね」

「こんな近くで見られるとは」


 商人ふたりは目を丸くしているけど、彼らの肩にも精霊はいるのよ。

 グレンさんは平民なのに風と土の精霊持ち。

 うちの領内、どんどん精霊の里になっています。


「精霊っていつも浮いてますよね。精霊獣も浮くんです」


 私の言葉に合わせて、イフリーもリヴァも浮いてみせた。


「私も浮かせてくれます」


 ふわりと座ったままの私の身体が浮く。


「ソファーも浮きます」


 アランお兄様の座っているソファーが浮いて、私は浮いたままソファーに座った。


「だから馬車も浮きます。ね?」


 うんうんとイフリーとリヴァが頷いて、その頭上では二色の光の球が二回上下に揺れた。

 あいつら自我がだいぶ育ってきたから、今日から浴室に入るの禁止ね。


「まじかよ」


 メガネの腹黒執事風のニックが呟いた。

 なんだ、そういう話し方なの? 普通のにーちゃん?


「質問してよろしいですか?」

「ここでは身分は関係ないよ。自由に発言してくれてかまわない」


 ぐるりとみんなの座っている椅子の背後を回り、クリスお兄様がひとりがけのソファーに座った。


「わかりました。まず、浮く高さは今ぐらいですか」

「そう。飛ぶんじゃなくて浮くの。荒れた道の上をすーーって浮いて移動したいの。高い場所を飛ぶようになるなら、航空法を作らないと」

「航空法?」

「ああ、そうか。軍隊関係の土地に侵入されるのはまずいね。街の城壁だって上を飛ばれたら意味がない。皇宮や城の周辺も飛行禁止にしないとね」


 話が早くて助かるわ。さすがクリスお兄様。


「なるほどなるほど」

「浮くのに魔力量はどのくらい必要ですか」

『ほとんど使わん。精霊でも氷や重力などを使えるほどに育っていれば出来る』

『動かすには魔力がいるな』


 商人ふたり以外は聞き専になっているのは、まだ初めての会合だから仕方ないね。

 ちょっとずつ仕事を覚えてもらおう。


『たいした魔力じゃないだろう。ディアなら自然回復量でほとんど回復出来る。半日は動かせる』

「それはお嬢だからだろ。一般人はどうなの?」


 あ、レックスが喋った。

 ク〇ラが立った!


『魔力量による。アリッサで二時間』

「随分差があるな」

「アリッサって、たしか精霊関連部署のチーフになった魔道士ですよね」


 未亡人アリッサ、大出世ですよ。

 宮廷魔道士にもパイプのある我が領地内魔道士の頂点ですよ。

 本人は泣きそうな顔で嫌がっていたから、お友達の魔道士を何人か巻き込んで、全員精霊獣を持てるまで私が手取り足取り鍛え上げました。

 これでもう私達兄妹は、領地内の精霊関連の相談や説明の仕事から解放されたぜ。

 そしたら、領地外からの依頼が来たぜ。


「ディアドラ様の魔力量はどうなっているんですか」

「ディアはほら、祝福をいただいているからね」

「ああ」

「なるほど……」

「えーー、二時間走れれば充分じゃないですか! 馬だって休憩するでしょう?」

「しかし、御者は魔道士じゃありませんからな。魔道士は皆、冒険者になるか軍で働いているんですよ」

「違いますわ。今の魔道士は貴族に仕えて雑用やりながら研究するか、冒険者か軍隊で戦う訓練をするかしか職が選べないんです」


 精霊との共存が失われて魔法を使える人が減ったから、人間は様々な魔道具を開発した。

 おかげで魔法の使い道は敵を倒すことだと思われてしまっている。

 でも魔道士にだって、特に女性の魔道士なら、精霊と一緒に戦う以外の仕事をしたい人はたくさんいるはず。精霊は武器じゃないのよ。

 

「それは……そうですな。いや、失礼しました。こういうものだという思い込みはいけませんな」

「しかし二時間ですか。商人が町から町に移動するには複数で交代する必要がありますね」


 街を一歩出れば広大な茶畑と農地が広がり、そこを過ぎると次の町まで何時間も手つかずの大自然が広がっている我が領地。

 これは別に中央でもそんなに変わらないはずよ。

 町と町の距離が近いか遠いかの違いだけよね。

 だから、確かに二時間という長さには不安がある。


「護衛の冒険者は移動に魔力を使うわけにいかないでしょうから、馬は必要ですね。御者役がふたりで交代ならいけるかな」

「町中の移動なら問題ないですね。新しい物好きの貴族が飛びつきそうです」

「馬車を小さくしたらどうなんだ?」


 珍しくアランお兄様が乗り気だ。

 男の子は、こういう話は好きなのかな?

 それか、馬車の長旅でお尻が四角くなりそうなのを経験しているからかな。

 

「ふたり乗りにして、こんな感じはどうです?」


 持ってきていた紙の切れ端に、人力車みたいな絵を書いてみたのに、あまり受けなかった。

 平民用はこれでもいけるけど、貴族は荷物が多いし従者がいる。なにより小さい馬車というのは好まれないらしい。車と同じだね。

 あれ、てことはあんまり現実味ないのかな。


「僕達が使う分には問題ないんだから、一台作ろう」

「そうですわね、アランお兄様。精霊に道を指示する人は必要ですから御者席はいりますけど、馬がいらないので風の抵抗を考えたいですわ」

「風の抵抗?」

「見た目を格好良くしましょう」

「いいね!」

「足を置く台も欲しいです。こうやってあげていた方が楽なんです」

「わかる。今までも椅子の上に足を乗っけてた」

「ちょっと待った」


 楽しくきゃいきゃいと話している私達に、クリスお兄様の声が割り込んだ。


「この冬の他領への旅に使うつもりなの?」

「はい。ベリサリオの紋章をつけた馬のいない馬車が、精霊に先導されて浮いて移動するのを見せてやりますわ。ビューーーンて」

 

 あれ、クリスお兄様が頭を抱えている。


「皇帝に喧嘩売ってないですか? 大丈夫ですか、これ」

「あちらさん、喧嘩買えないんですよ。妖精姫がいるから」

「かといって新商品ですと献上するのも嫌味になりますよね」

「我々も少し前までは精霊について誤解していたのは同じですからな。ディアドラ様のおかげで今はこうして仲良く付き合えていますが、ちょっと中央が気の毒ではありますね」


 グレンが自分の精霊に少しだけ魔力をあげると、精霊が嬉しそうに飛び回る。

 他のメンバーも微笑ましく彼らを見た後に、自分の精霊に魔力をあげていた。

 うちの精霊?

 勝手に吸っていくわよ。遠慮なしよ。


 皇帝には悪いけど、馬車は欲しい。

 この冬に、海岸沿いの領地をずーっと遠征しながら、精霊について説明しないといけないのよ。

 南側の地域ばかりだから寒さは平気だけど、ずっと馬車で揺れていくのは子供の身体にはきつすぎる。


「これは五年先を見越した商品開発のための試作品です」

「ほお」

「精霊と協力すればこんなことも出来るんだよと、示す意味合いもあります」

「なるほど。精霊について説明するには具体的でいいですね」

「イフリー、リヴァ。聞きたいことがあったの。魔法の中に雷属性がないよね」

『それはもう一段階成長が必要』

『雷は複合属性。四属性揃って成長してから』

『四属性揃っていれば、いろいろと魔法が開発できる』

「だよね。もう一段階育つのに人型になれるだけじゃ意味ないよね!」

「人型?!」


 こら、メガネ。立つな。

 あんた、どういう属性持ちだ。


「じゃあもうひとつ質問。空間魔法はあり?」

『あり』


 いやっほーーい!

 勝った!! 私は勝った!!!


 ……と、気付いたら、ソファーの上に立って拳を振り上げている私を、みんなが目と口を真ん丸にして見ていた。


「ごめんあそばせ」


 ソファーをいつまでも浮かせたままじゃなくていいから、戻して。

 みんなもあわてて目を逸らすのやめて。

 お兄様達、腹を抱えて爆笑すんな。


「笑っている場合じゃありませんわよ。商人と言えば物流ですわよ」

「お、そういえば、浮くなら割れ物も運べますな」

「そうよそうよ。それにね、二時間しか動かせないなら、二時間ごとに運転手を交代出来る施設を作ればいいじゃない。そういう運送会社を作ればいいのよ。そこに空間魔法よ!」

「運転手?」

「御者よ」

「空間魔法は初めて聞いたよ。どんなものなんだい?」

「クリスお兄様のその上着のポケットに、馬車一台分の荷物が入ったら?」


 はい、また空気が凍りました。

 いちいち凍らないように免疫をつけて。

 ファンタジーですよ。アイテムバッグですよ。

 空間魔法が使えるなら、いつか転移魔法だって出来るかもしれないじゃない。

 俄然(がぜん)、盛り上がってまいりました!!

 

『ディア、さすがにそこまで出来るのはごく限られた魔道士くらいだ』

「でも抱えられるくらいの箱なら?」

『出来る者は増えてくるな』

「馬車を半分の大きさにしても」

『元の馬車より多くの荷物を積める』


 どうよ!

 

「これは……最優先で行いましょう。まずは物流業ですな」

「ここは港がいくつもある。成功しますよこれは」

「待って、空間魔法はまだまだ先よ?」

「五年先を見越した商品開発だとおっしゃっていたじゃないですか。魔道士育成も合わせて、今からしなくては」

「まずは領地内だけだ。ただでさえうちは今、上手くいきすぎている。アイデアを他領が真似しても放置でいい。しばらくは、外を走らせるのはディア達を乗せる馬車だけにする。父上に確認するまでは先走らないでくれ」


 物流業が最初か。

 もっとこう華やかでかわいらしい女の子ならではっていう商品を作りたかったな。

 でも堅実ではあるか。

 

「クリスお兄様、十年前より以前に精霊を手に入れている人達が中央にもいますよね」

「ああ、焦って精霊を育てているようだぞ」

「つまり十一歳以上の人は精霊を持っているんですよね」

「それが……ここ十年で放置して消えてしまった精霊がけっこういるらしくて」


 そりゃ、琥珀様があれだけ怒ったはずだわ。


「皆さんにお願いです!」


 いつものように元気よく手をあげて立ち上がった。


「馬車や物流事業について誰が発案したかと聞かれたら、ここにいる全員が意見交換して出た案だと答えてください。お兄様達が言い出しっぺでもいいですけど」

「遠慮する」

「いやだ」

「私の事を聞かれたら、美味しいスイーツや可愛いお洋服を作りたいと言っていたと答えてくださいね」


 なんでみんな、そんな白けた顔をしているのよ。

 ここにいるメンバーはもう身内だからいいけど、他所にまでばらされるわけにはいかないでしょう。

 魔道契約しているのを忘れないでよ。


「もう神童兄妹って広めちゃっていいんではないですか?」

「徐々に広げたいの。六歳くらいになれば、おかしいと言われないでしょ?」

「言われるよ」

「成人するくらいじゃないとおかしいです」

「城内ではもう変わったお嬢様として有名ですし」

「全部、精霊のせいにしちゃったらどうでしょう」


 今まで黙っていたやつらまで、なんでここだけ喋るのよ。


「私、目立ちたくないんです」


 おーい。

 いっせいに残念な顔で目を逸らすな!!





 五歳の一年間は準備の年だった。

 六歳で茶会解禁になったら、すごい数の招待状が来るだろうと予想されているのに、私の侍女ふたりは自室の中でのお世話しか経験がない。

 他は執事がしてくれていたでしょ。護衛を兼ねて。

 でも女性のお茶会に男の執事は連れていけないこともあるし、レックスは商会専任になってしまった。

 しかもダナもシンシアも騎士団に彼氏が出来て、いつ結婚してもおかしくない。

 それで護衛の出来る女性のメイドがつくことになった。


 それに来年中には、歳の近い子供達の中から側近を決めなくちゃいけない。

 もうお兄様ふたりの側近や護衛になる子供達は、毎日のように城に顔を出している。

 これに私の側近も加わるから、教育係も大変よ。

 私達が成人するまでに、一人前に育て上げないといけないから。


 我が家の馬のいない馬車は、見かけるたびに形が変化していると他領でも有名になり、遭遇すると幸運が舞い込む馬車とか言われちゃっているらしい。

 夏に領地に遊びに来た客が街を観光する時に乗れるように、辻馬車を何台かと貴族用の馬車も用意することになった。

 二年後をめどに事業を開始するらしい。


 精霊が増えたことで小さな問題も起きている。

 扉の出入りで精霊が引っ掛かったとか、精霊獣に驚いて転んで怪我をしたとか。

 平民は今まで魔力をあまり意識してなかった人も多くて、街中で倒れたり吐いたり。

 過渡期ってあとで笑い話になるようなことが起こるよね。

 日本でも初めての電車に乗る人がホームで靴を脱いじゃって、降りる時にホームに靴がないって騒いだらしい。


 他の辺境伯の精霊王の住居に行くために、遠出する準備もある。

 両家とも、そろそろ精霊獣になるそうなので、来年は忙しくなるだろう。


 そんな生まれて五年目の秋、クリスお兄様がお話があると私を書斎に招いた。


「アンドリューに会ってくれないか」


 まさかクリスお兄様に皇太子に会えと言われるとは思わなかった。



いつも感想、評価、誤字脱字報告ありがとうございます。

あなたの反応でやる気を充電させてもらっています。

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