忙しい一日
四巻発売日決定に伴い、活動報告でカバーイラスト公開しました。
お茶会は一時間くらいで解散になった。
中央の御令嬢達は早く家族や友人に話したいネタが出来たし、モニカは皇太子に報告してお茶会の予定を組まなくちゃいけない。私もまだ今日は予定が立て込んでいたから、全員一致でさっさと解散になったの。
「四人とも素敵なお嬢さんだったわ。もっと嫌味の応酬になるか、そうじゃなくても冷ややかなやり取りになると覚悟してたの。ブリたんにどの子を招待するか選んでもらってよかったわ」
向かう方向が違うモニカと別れて、ブリたんとフルールはこのまま帰宅するので転送陣に、私はベリサリオの控室に向かっているところなの。
途中までは同じ方向なのよ。
大きな建物がいくつも通路で繋がっている構造のせいか、地下鉄の構内を目的地に向かって歩いている気分になるわよ。
内装は全く違うけど、廊下の両側が部屋になっている部分が多いせいでむしろわかりにくくて、皇宮内で遭難しそうよ。
「なに言っているのよ。発信力の強い令嬢を集めてと言われたから、活発な令嬢達が揃っていたわよ。仲のいいグループ内ではリーダー的存在の子達ばかりよ」
「そうなの?」
「あなた達が登場するまでは、モニカ様に冷ややかに接する気でいたと思うわよ。でも、妖精姫と未来の皇妃が仲良さそうに登場して、しかも妖精姫はいっさい隙のない人間離れした可愛さで、あれで嫌味を言える子がいたら私は本気で尊敬したわ」
みんなして人間離れ人間離れって、失礼じゃないかしら。
可愛くて憧れるならわかるけど、可愛くて怖いってなにさ。
「それに、なんであんなに早く本題を話し始めるのよ。もっと季節の話題とか、お茶やお菓子のお話とかあるでしょう。フェアリー商会のお菓子を売り込むかと思ったのに」
「ええ?! だってブリたんが屋敷をプレゼントされた話をしてくれたから、ここは乗っかるしかないなと思ったのよ?」
「乗っかり方が違うわよ。森はこんな感じだったとか、皇太子殿下とモニカ様が仲良さそうだったとか、近衛騎士のどなたがいらしたかとか、女子の好きな話題があるじゃない」
「そうですよ。どの騎士様がいたのか聞きたかったですよ。お相手の決まっていない令嬢にとっては一番大事な話題ですよ」
フルールは小説のネタにしたいだけでしょうが。
そうか。お茶会は女子会だったわね。つい商談のイメージになっていたわ。
本題をわかりやすくまとめて、相手のお得になるポイントを重点的に売り込めばいいやって。
「モニカ様も緊張なさっていて、話を早く進めたいみたいでしたしよかったのでは?」
「初対面だから、あんなものかしらね」
世の中、どうなるかわからないわよね。
コルケット辺境伯のパーティーの事件で立場が危うくなったふたりが、今では私の友人でありこんなにも心強い味方なのよ。
「でも婚約者の話に持って行けたのはよかったわ」
「もっと詳しく聞きたいです。カミル様とルフタネンで過ごした時のことを特に!」
「声が大きいわよ」
ともかく今日のスケジュールが無事にひとつ片付いたわ。
次はお友達ばかりだから、もっと気楽にお話出来る。
「じゃあ私はこっちだから。エルダのことで話をしたいし、また連絡するわ」
「ディア、友人を大事にするのはあなたのいいところだけど、保護者になるのはどうかと思うわよ」
「そんなつもりは……」
ブリたんの指摘に口籠ってしまった。痛いところを突かれた感じ。
ついつい友達に何かあると守らなくちゃって思っちゃうのよ。
「気持ちはわかりますよ。ディア様に関わって人生が劇的に変化した人は何人もいますから。私達みたいに」
「フルール……」
「あ、嫌味じゃないですよ。小説を集めて出版しようって思えたのは、ディア様のおかげですから」
そっちかい!
「エルダもあなたに小説を書くように勧められたのがきっかけで、結婚しないと言い出したから責任を感じているのかもしれないけど、そういう生き方を選ぶのは彼女よ? それよりもっと自分の影響力を自覚した方がいいわよ。あなたが殿下の成人祝いでアーロンの滝に着ていった毛皮が、今では女の子の冬の定番アイテムになっていて、ノーランドではその魔獣を飼育出来ないかって話があるそうじゃない」
「妖精姫と仕事をすれば大成功するって誰もが思っていますからね」
また自覚が足りない問題?
そんなの気にしていたら、何も出来なくなっちゃうわよ。
悪い影響じゃなければ問題ないでしょ。
「利用しようとする人に注意してねって話よ。御家族がしっかりしているから大丈夫だと思うけど」
「ブリたんだって保護者みたいよ?」
「これでも私は、あなたより五歳も年上なのよ。心配くらいするわよ」
私はそのブリたんの親くらいの精神年齢のはずなんですけど……。
なぜか危なっかしく見えるみたいなのよね。外見のせいかしら。
商売に関しては、私が使うと宣伝になるってことは充分わかっているし、それを活用して商売に繋げてもいるのよ。
もふもふ毛皮は寒かったから着ただけだけど、あれは優れモノなんだから問題なし……のはず。
御令嬢らしく笑顔でふたりと別れて、私はベリサリオの控室に向かった。
貴族の中では一番高位になったおかげで、控室っていっても部屋が五つあるからね。
今日皇宮にいるのはクリスお兄様だけで、今頃は皇太子と一緒にモニカの報告を聞いているはずだから、ベリサリオの控室は使い放題よ。
出迎えてくれた侍女に会釈して、一番奥の居間に向かう。
話があるから暫くジェマとふたりにしてくれとたのんで部屋に入り、ソファーにどさっと座り込んで、だらりと全身の力を抜いた。
「ジェマ、着替えたい」
「駄目です。皇宮を出るまでそのドレスでお願いします」
「ぐえええ」
なにより一番皇宮に来たくない理由は、窮屈なドレスを着ていないといけないからよ。
一歩足を踏み入れたら、ずっと気を張っていないといけないなんて拷問だわ。
皇都のタウンハウスじゃ走り込みだって出来ないじゃない。
お茶会や食事会に顔を出して美味しいものを食べたら、走らないと。
足の血液の流れをよくするには、筋肉は必要よ。
今回は若くして死ぬなんてことのないように、運動はルーティン化して、毎日やるのが日常にしておきたいの。
今回の精霊の森復活を引き受けたのは、森の中の屋敷の周りなら走れるっていうのも理由のひとつよ。
カフェやモニカの屋敷にはお客さんが来るでしょうけど、精霊王の住居に近くなる私の屋敷に来る人なんて家族か友人か。私の本性を知っている人ばかりでしょ?
庭にトラックか、ランニングコースでも作ろうかしら。
「この椅子ならドアを開けられても見えないわよね」
「見えます」
「クリスお兄様に頼んで椅子の配置を変えてもらおうかな」
「お忙しいクリス様に、そのようなことを頼むんですか?」
「よっしゃ、私が自力でやるわ」
「やめてください。私が手配しますから……」
腕まくりする真似をしながら立ち上がったら、本気で止められた。
このドレスでは、さすがにやれないわよ。
「グッドフォロー公爵家御令嬢パトリシア様とヨハネス侯爵家御令嬢カーラ様がお見えです」
さすが皇宮で働いている侍女はしっかりしているわね。
普段はお父様やクリスお兄様のお客様を相手にしているんだから当然か。
うちの執事達の場合、いつものお仲間が来ましたよとか言うもんね。
「ディア、ひさしぶりって、なんて格好をしているの?」
「そんなにお茶会大変だったの?」
部屋に入ってきたふたりは、だらりと体の力を抜いて背凭れに懐いている私を見て、呆れた顔で近づいてきた。
カーラと会うのは久しぶりだけど、そんなことを感じさせないいつもの雰囲気が友達だなって思わせてくれる。
「もうね、御令嬢っぽくするの大変。妖精姫っぽくするのはもっと大変」
「あなたが顔を出さないから、噂が先行しちゃったんでしょう」
そうなのよ。
もっと早くから、私は御令嬢らしくない女の子ですよ。妖精姫なんて名前だけなんですよって広めておけばよかったわ。
「カーラ、モニカが会いたがっていたわよ。学園で会って以来、ほとんど会えなかったんですって?」
「そうなの。お婆様に招待していただいた時も、お父様が断ってしまったの。噂を聞いているでしょう?」
「聞いているわよ。あれは本当なの?」
「相手の方との関係は私はよく知らないけど、ほぼ間違いないんじゃないかしら」
いつも一緒にいる侍女ってだいたい同じ顔触れだから、侍女同士も仲良くなったりするものなのよ。
それで私達の話を聞いて、部屋にいるみんなが深刻な表情になってしまっている。
精霊達までカーラの精霊の周りに集まっているから、やっぱり心配しているのかも。
「中央ではクラリッサ夫人の噂の方が有名よ。若い恋人を連れて舞踏会に出ていたそうで、評判がかなり悪くなっているわ」
「どんどん悪い方向に行っているのね」
「可愛がっていたハミルトンが、お母様から離れてしまったのもショックだったみたい」
「男の子はお母様にべったりだと、友達にからかわれるでしょう?」
奥さんの悪い噂が広がれば広がる程、侯爵への同情から、彼の不倫はしょうがないんじゃないかと認められてしまう。
もともと男性は愛人のひとりやふたりは許される世界だしね。
「でも、その女性との結婚となると反対する人も多いのよ。お母様と離縁したらノーランドを敵に回すことになるんじゃないかって。ベリサリオとも、今では私しか親しくしていないでしょ」
ヨハネス侯爵家と親しくしている高位貴族なんていたかしら。
侯爵以上は全滅じゃないの?
「当然よ。少し前まではカーラをとても可愛がっていたのに。恋人が出来た途端、娘に冷たくするなんてひどいわ」
「違うのパティ。お父様はベリサリオと不仲になったのは私のせいだと言うの。最初から婚約者候補を決める茶会だと私が正直に話していれば、あんなことにならなかったんだって」
「そんな。どう考えても侯爵の判断ミスが原因でしょう?」
「それであなたをルフタネンに嫁がせようって話になったの?」
私がそのことを知っているのが意外だったのか、カーラは驚いた顔をして、でもすぐに納得した顔に変わった。
「カミル様と婚約しているのだから、ルフタネン関係の話をディアが知っているのは当然よね」
「皇族の誕生日祝いに来た方が教えてくれたの」
「ルフタネンに嫁ぐ?! 誰に?」
驚いた様子のパティに聞かれ、私とカーラは顔を見合わせてふたりしてため息をついてしまった。
「それがね、問題を起こして廃嫡された人だったのよ」
「詳しく言うと、カミルの母方の実家の嫡男が縁談の相手ね。つまり従兄。彼はカミルを王にして利用しようとしていたの。それでその家は責任を取って西島復興のために領地が移動になって、元の土地はカミルが継ぐことになったの」
「まあ……」
人間関係が入り組んでいて嫌になるわ。
「そういう事情だったのね」
「カーラも知らなかったの?!」
「お父様は何も教えてくれないわ。たぶん私とハミルトンの存在がお父様は邪魔になってきたのね。ハミルトンは従兄のジュードと仲がいいの。年は離れているけど弟みたいにかわいがってもらっているのよ。それでジュードと仲のいいアランやダグラスとも顔見知りなの。私も高位貴族の御令嬢に友人がたくさんいるでしょ? 侯爵家の今後のことを考えたら、私達ふたりは大事なのよ。だから領地内でも発言力のある貴族達は、子爵令嬢は愛人にしておけと言うの」
「でも結婚したいの?」
「結婚して子供が出来たら、その子に後を継がせたいんじゃない? だから私は邪魔なのよ。弟は恋人が男の子を生んでくれるまでは大事な存在でしょ?」
「どんだけー!」
ヨハネス侯爵の立場は今はかなり悪いんだから、子供達の顔の広さを利用して、少しずつ立場を回復しなくちゃ駄目なんじゃないの?
それなのに恋人の肩身が狭くなるからって、娘を帝国から追い出す気?
「私ね、外国に嫁げると聞いて喜んでいたの」
「ええ?!」
「このままだと領地内のつまらない男に嫁がされそうでしょ? たぶん、力のある家には嫁がせてもらえないわ。だったら外国に行きたいの。ルフタネンでもベジャイアでもデュシャンでもいいわ」
「デュシャンは冬が長くて、雪が降るのよ!」
「……知っているけど?」
それでもかまわないくらいに遠くに行きたいの?
もしかして屋敷内の空気がとんでもなく悪いのかしら。
少し……痩せたもんな。