精霊の森跡地
活動報告に、書籍版店舗用POP画像とサイン色紙の画像をアップしました。
精霊の森跡地は郊外にあるので、目的地に近付くにつれて建物の数や道を歩く人の数がどんどん減っていく。
道の両側は原っぱよ。
広大な原っぱに時折壁が見えたなと思ったら、それがずーっと続いて、途切れたらまた原っぱ。
この辺りは皇都中心にタウンハウスを持つより、大きな庭付きの屋敷に住みたいという貴族の建物ばかりなのよ。
そういう建物は白や灰色の塀に囲まれていて、門を通ってから建物まで五分くらいかかるのはざらだから、塀の外側からじゃ建物が見えないの。
見えるのは目隠し代わりの木々ばかりよ。
周囲の原っぱも近所に住んでいる貴族が整備させていて、春先には青やピンクの花が一面に咲いて、映える景色になるんだけど、今はただの原っぱね。
春だったらきっと観光気分を楽しめたんだろうな。
でも、もう冬がそこまで来ている今日この頃、曇天のせいで全体的に灰色がかっているから余計に、なんとなくうら寂しい風景に見えてしまう。
「知りたいだろうと思ってな。地図を用意した。建物の持ち主の名前も書いてある。赤字の名前は死んでいる人間だ」
名前の三分の二は赤字で書いてあるよ!
事故物件の宝庫よ。
余計に周囲がどんよりと、じめっと、出そうな雰囲気に感じてきたわ。
「建物は十軒。精霊の森を潰したトリール侯爵家とその関係者の屋敷が六軒。彼らは毒殺事件で亡くなったり、元宰相ダリモア伯爵が処刑された時に、屋敷を捨てて引っ越している。ダリモア伯爵家の屋敷もあるぞ。残りの四軒は精霊の森のことを知らずに、便利な場所が売りに出ているからと購入してしまった者達の屋敷だな。彼らは領地に戻っただけで生きている」
住んでいた家族全員の名前が書いてあるから、全員亡くなっている家もあるせいで赤字が多く見えるのね。
こうやって見ると、あの毒殺事件は本当にひどかったのね。
「到着しました」
精霊車を降りてまず感じたのは、暗いなってことだった。
誰も管理していないせいで、元は庭だった部分は好き勝手に木が伸びて、藪になっている。
建物と建物の間は、元の森が残されてはいるみたいだけど、一度精霊が全くいなくなった時期があったでしょ。それで魔力が減って、それまでとは違う植物が育って、元々あった植物が枯れてしまって、それが放置されたままだから綺麗じゃないのよ。森が荒れているの。
朽ち果てた木は倒れるでしょ。
乾いてひび割れて、くすんだ色になった木が、あちこちで道を塞いでしまっているの。
道もひどい。
広い道の両側に作られた花壇のレンガが、欠けたり崩れたりして、そこに雑草が生えて、一部は私の背の高さくらいに育っている。
何よりひどいのは周囲の庭の木から飛んできた落ち葉だ。
掃除する人がいないから何年分も積もっていて、下の方は腐って、その上に新しい落ち葉が重なっているので滑りやすい。
街中なのに湿った森の匂いがするわ。
それに何年も人が訪れず、いったん精霊が消えて魔力が少なくなった場所なので、虫がたくさんいた。腐った落ち葉の下なんて虫の天国だもんね。
その虫達がね、急に魔力を持つ人間が集団で来たもんだから、慌てて逃げていくのよ。
中にはぽとって地面に落ちる虫までいて、哀愁を感じるわ。
このありさまを見て、皇太子もモニカも何をどう言っていいかわからないみたい。
近衛の騎士やベリサリオの執事達は、明らかに落胆した表情だ。
私もね、これどうすんのよって思ったわよ。一瞬ね。
でも気付いたの。
魔力を持つ人間がいることに気付いた精霊達が寄ってくる気配がしている。
まだ人間の魔力をもらっていない精霊の卵のようなものだから見えないのよ。
でも気配がするし、みんなの精霊も仲間の存在に気付いてわさわさしているの。
「魔力を放出してみて。特にまだ全属性の精霊を持っていない人。早く! ぽわーっと手に魔力を集めて」
普通はよっぽど魔力が強い人間以外は、精霊のいる場所に行ったからって、そんな簡単に精霊を見つけられるわけじゃないのよ。
精霊にしてみれば、これから一生一緒に過ごす相手なんだから慎重になるわよ。
ちゃんと魔力をくれて育ててくれて、気が合う人か守りたいと思う人か、見定める時間が欲しいじゃない。だから何回も同じ場所に通った方がいいの。
でもこの場所にいる精霊達は、人間が誰も来なかったから待ちぼうけだったところに、やっと人間がそれも大人数で来たから興奮状態よ。
次はいつ来てくれるかわからない。もうここで決めちゃう! って思う精霊もいるんじゃない?
「あ、そこ。掌に魔力よ!」
遠慮しているのかなんなのか、ちっとも魔力を放出しない騎士のひとりに駆け寄って、手首を掴んで掌を上にさせた。
「え、ええ! あの、妖精姫?」
「魔力!」
たかだか十二歳の女の子相手に赤面している場合じゃない!
あなた、まだ土の精霊しかいないじゃない。
「言うことを聞いた方がいいよ」
騎士達と顔馴染みのアランお兄様に言われて、ようやく彼が頷いて掌に魔力を集めることに集中したらすぐ、アランお兄様はそっと私の手を取って、騎士の手首を掴むのをやめさせた。
「女の子が、親しい相手以外の男の人に突然触っちゃ駄目だよ」
「あー、そうでした」
精霊に夢中で忘れていたわ。
あの手首の掴み方はどう見ても触るじゃなくて、掴むだけどね。
投げ飛ばす時の掴み方に近かったと思うわ。
「……あ、ほら光った。風の剣精よ。おめでとう」
おおっと歓声があがる。
掌が緑色に光るのをまじまじと見ていた騎士は、感激しているのか手が震えてる。
「剣精だ。ありがとうございます。大事に育てます!」
もっと精霊がいる気配はするんだけど、さすがにそううまくはいかなくて、彼以外はゲット出来ないみたいだ。
でも奥に行けば、きっとまだ精霊はたくさんいるわ。
「建物を確認したいが、奥に行くのが大変そうだな」
「空を飛ぶか。近くに誰もいないだろうし、精霊車が飛んでいても驚かないだろう」
「驚く!」
皇太子とクリスお兄様が会話している間、モニカは珍し気に逃げ惑う虫を見ていた。怖がらないのはさすがね。
「どしたの?」
「皇都の虫は逃げるのね。ノーランドの虫は結界に張り付くのに」
「あれは魔獣」
天然か? 天然だったのか?
人間の顔と同じ大きさの虫がいてたまるもんですか。
「よし、護衛も精霊車に乗れ。飛ぶのでフライは危険だ」
「アラン、後ろの精霊車を頼む。魔力がきつかったら途中で交代するよ。こっちの精霊車はディアが飛ばしてくれ」
「はーい」
「無茶はなし。ゆっくり浮かしてゆっくり飛ばすこと」
クリスお兄様は私が何をすると思っているの?
地上の状況を地図と照らし合わせながら移動するんだから、空中で回転なんてしないわよ。
木々のてっぺんがすぐ下に見えるくらいに精霊車を浮かせてわかったのは、意外に森が残っていたことだ。
これなら手入れすればすぐに、一部の森は以前の姿を取り戻せるかもしれない。
「森が残っているあっち側にある建物を私はもらいます。さっきの入り口近くをカフェにするとして、モニカはこの地域の建物を選んでもらえると、何かあった時に会いやすいと思うわ」
「何かあった時?」
「ないにこしたことはないけど、先のことなんてわからないでしょ? 皇宮で何か起こって身の危険を感じたら、皇太子殿下……その時は皇帝陛下か。彼を引きずってでも転送陣で逃げられる場所があるとよくない? ただし精霊との関係が良好じゃないと駄目だし、琥珀に頼んでふたりしか知らない場所に転送陣を作ってもらわないと」
『いいアイデアだわ』
「うわ」
「きゃあ!」
びっくりした。
突然、私とクリスお兄様の間に琥珀が姿を現すんだもん。
クリスお兄様なんて、突然肩に腕を回されたものだから一瞬戦闘態勢はいっちゃって、にっこり笑顔の琥珀に気付いて硬直しちゃっている。
『化け物にでも出会ったような反応ね』
「声かけて。来る前に合図して。驚いて精霊車が揺れちゃったわ」
『ディアも驚くのは意外』
「なんでさ」
こっちの精霊車にはアランお兄様も執事もいないもんだから、エルトンが緊張した顔で、椅子をそっと琥珀のために運んできた。
間近で琥珀に微笑まれて、動き方がかくかくしちゃってる。
『モニカの屋敷ねえ。ディアもいるのだし、私もこっちに戻ろうかしら』
「森が復活するには、何年かかかるわよ。モニカがノーランドに頼んで木の苗を優先的に回してもらえるかもしれないけど」
『何年かなんてすぐよ。アーロンもいいけど、あの滝のせいで水の精霊王向きなのよ』
「琥珀が精霊の森に戻るなら、そこに屋敷を持つモニカの重要性が貴族の中で高くならない?」
「なるな」
妖精姫がいなくても、皇妃が精霊王と仲良しだってことになれば、私にとってもモニカにとってもありがたいわ。
「琥珀、さすが。とても助かる提案だわ」
『あら。そちらの都合なんて知らないわよ。人間には干渉しないの。私は懐かしいこの場所に戻りたいだけ』
「こっちの屋敷に来た時には、遊びに行くね」
「モニカは確か蘇芳様にも会っているよな」
クリスお兄様に聞かれてモニカが頷く。
ノーランドの孫ということで、六歳の頃から何度か蘇芳にも会っていたはずだわ。
「蘇芳様と何度も会っていて、琥珀様の住む精霊の森でカフェの運営をしているって、皇妃としては充分だろう」
『カフェって?』
「貴族が、特に子供が精霊と触れ合える場所を作りたいの。親はカフェでのんびりして、子供は庭で精霊と触れ合える」
『あら素敵』
「ずっと人間が来なかったから、ここの精霊は出会いがなかったでしょ? さっき騎士のひとりが風の剣精を見つけたのよ」
『それでかしら。ほら、あなたにも精霊がついているわよ』
琥珀が指さした相手は皇太子だ。
いまだに土と水の精霊しかいなかったのよね。
「アンディ、掌に魔力ってさっきディアが」
「俺に? 本当に?」
モニカに言われて掌に魔力を集めた途端、皇太子の掌が赤く光り出した。
「火の剣精ゲット、おめでとう」
『魔力が少しは増えているみたいね』
精霊に魔力をあげて精霊獣に育てたり、フライを乗り回す訓練をしていたみたいだから、ちゃんと魔力が増えたのね。
嬉しそうな皇太子と、もっと嬉しそうなモニカ。
皇太子には一緒にいてほっと出来るモニカがお似合いだ。
ふたりの様子を見る限り、皇太子もモニカが好きみたいだし、両想いでしょ?
スザンナとクリスお兄様も仲良さそうにしているから、いい組み合わせになったってことよね。
四人とも幸せそうで、ちょっと羨ましいわよ。
……カミルは今頃、なにをしているのかな?